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懐きのキス
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高校へと向かっている道の途中、わたしの後ろからついて来るような足音が聞こえる。
その足音は、わたしが早く歩けば早くなり、遅くなれば遅くなる。
ピッタリ3メートルの距離をとって、追跡者はわたしを追い掛ける。
わたしは曲がり角に入り、くるっと振り返った。
すると追跡者も追い掛けてくるので、ドンッと真正面からぶつかる。
「うわぁっ!」
わたしの胸のあたりに激突した追跡者は、体勢を崩し、転びそうになる。
追跡者がとっさに伸ばした細い手首を掴み、支えてあげる。
「はあ…。アンタ、いい加減にしたら?」
「ううっ…。危なかったぁ」
追跡者はまだ中学2年の少年。
身長も体格も、高校2年のわたしの方が良い。
「おねーさん、いきなり立ち止まんないでよ」
「アンタが追い掛けて来なきゃぶつからなかったわよ」
「えへへ」
少年は誤魔化すように笑うと、わたしにぎゅっと抱き着いてくる。
「でもおねーさんとボクの通っている学校は同じだから、行く方向が一緒でもおかしくないだろう?」
確かにウチの学校は幼等部から大学院まである。
そこの中等部と高等部に通っていれば、向かう方向も同じでおかしくはない。
「…だけどアンタは寮生でしょう? わたしは自宅通い。どこをどうやったら、通る道が同じになるのよ?」
寮は学校の敷地内にある為、少年とわたしが同じ道を通ることはまずない。
「う~。そんなツレナイこと、言わないでよぉ」
軽くスネて、抱き着きながら首を横に振る。
それはまるで子供がイヤイヤする仕草に見えるけど、コイツは中学2年生っ!
右手で拳を握り締め、少年の頭に下ろした。
ゴインッ!
「あいたっ!」
「良い歳して、甘えんじゃないわよ。ほら、とっとと学校へ行くわよ」
「ぶぅ~。…なら、手を握って」
涙目で手を差し出してくる。
わたしよりも小さな手を握りしめ、歩き出す。
この少年につきまとわれるようになったのは、ここ最近のこと。
ある日、少年から告白された。
けれどあまり恋愛ごとに興味の無かったわたしは、断った。
それ以来、何かとわたしの近くに現れるようになった。
中学生という多感な時期だし、ほっとけば飽きるだろうと思っていたのに…。
飽きることなく毎日毎日、姿を現す。
友達からは関わるなと言われているんだけど、…何かほっとけなくて。
まあ別に恋人になりたいってしつこく言い寄ってくることもないし、今のままなら気楽で良い。
「ねぇ、おねーさん。今日も家に行って良い?」
「うるさくしないなら、良いけど」
「じゃあ行く!」
ぱあっと明るい笑顔を見ると、心が和む。
恋愛感情ではないにしろ、少年を可愛く思う気持ちはある。
そして学校へ到着すると、手を離そうとした。
「ホラ、アンタはアンタのクラスに行きなさい」
「う~。おねーさんと一緒が良いのに…」
「3歳の年の差はしょうがないでしょう? ちゃんと授業、受けるのよ」
「うん…。じゃあ放課後に、門の所で待ってるから!」
「はいはい」
輝く笑顔で中等部の校舎へ向かう少年は、まるで子犬が駆けていく姿と重なって見える。
「はあ…」
ため息をつきながら、わたしも高等部の校舎へ向かう。
友達からは気を持たせるようなことはするな、とキツク言われていた。
けれど、なあ…。
悲しむ顔を見ると心が痛むし、喜ぶ顔を見ると嬉しくなる。
一度告白を断っているから、少年も恋人の関係は無いと分かりきっているだろうけど…。
…確かに少年を気にかけてしまうのは、あのコの為にはならないのかもしれない。
でもいつか、少年に相応しい可愛い女の子のことを好きになって、わたしから離れるだろう。
それまでは側にいてあげたいと思うのも……本当はいけないのかもしれない。
告白された時、正直嬉しいという気持ちはあった。
少年は可愛いし、真面目に告白してくれた。
けれどやっぱり3歳という年の差が気になって…。
本気で付き合っても、あのコがいつか同じ歳の女の子に気が向くんじゃないかって思ったら…受け入れるワケにはいかなかった。
なのに少年はずっとわたしの側にいる。
そのことを拒否しないわたしも、イヤな女だな。
母性本能が働くせいだけとは思えない。
多分…ちょっとは異性として、見ている部分がある。
でも必ず来る別れを分かっていながら、受け入れる強さがわたしには無い。
「はあ…」
少年のことを考えると、いつもこうだ。
堂々巡りの考えに陥ってしまう。
ため息も多くなったもんだ。
そんな悶々とした考えをしているうちに、授業は全て終了。
校門に向かうと、少年が朝言った通り、待っていた。
「あっ、おねーさんっ!」
わたしを見つけると嬉しそうに手を振ってくる。
苦笑しながら手を振り、わたしは少年の元へ行く。
「待った?」
「一時間ぐらいね。でも図書館で勉強してたから」
高校と中学では授業の時間も違う。
だから彼に待ってもらうことは、ほぼ毎日。
けれど文句一つ言わず、ちゃんと待っていてくれる。
「じゃあ行こうか」
少年は朝のように手を握って歩き出す。
人目があるけれど、気にしていないのか、それとも見せつけたいのか。
「今日は調理実習でクッキー作ったんだ。おねーさん、甘い物好きだよね?」
「うん、まあ…」
「じゃあおねーさんの部屋で一緒に食べよう?」
無邪気な笑顔が、心に突き刺さる…。
「うっうん…」
そして手を繋いだまま、わたしの家に到着。
一軒家の家には、昼間は誰もいない。
両親はスーパーを経営している為、二人で朝から仕事に出掛ける。
兄は大学、姉はバイト。
下に兄弟がいないせいで、少年には甘いのかもしれない。
少年を家に入れるのも、もう何度目か分からない。
玄関の鍵を開けると、少年は慣れたように靴を脱いで、二階のわたしの部屋へと向かう。
わたしは台所で二人分の紅茶をいれてから、二階へ上がった。
部屋の扉はすでに開かれていて、その隙間から入る。
少年はベッドに座り、床に置いてあったマンガを読み始めている。
まるで自分の部屋のようにくつろぐ少年を、怒る気にはなれない。
「ほら、紅茶いれてきたよ」
「うん」
テーブルの上にトレーを置いて、ポットからカップに紅茶を注ぐ。
少年はいつも角砂糖を2つに、ミルクも入れる。
わたしはミルクだけ。
「ありがと、おねーさん」
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」
少年はフーフーしながら紅茶を飲む。
「うん、美味しい。あっ、クッキーも美味しいと思うよ」
そう言ってカバンからクッキーを取り出す。
ビニールの袋に入れて、リボンで口を結んである。
クッキーは一口サイズで、星やハートの形などがいっぱい入ってある。
…わたしが作るよりも、上手かもしれない。
などと思いながら、一つつまんで口に入れる。
口の中に広がるバターの香りと、甘い味が舌の上で広がる。
「んっ。美味しいよ」
「ホント? 良かったー」
口溶けが良くて、紅茶と合う。
わたしがクッキーを食べる姿を、少年はニコニコしながら見ている。
「…ねぇ、見られていると何か気になるんだけど」
「そう? じゃあボクにクッキーを食べさせて。あーん」
目を閉じて口を開けるので、仕方なくクッキーを食べさせてあげる。
「ぱくっ」
と、クッキーをつまむ指まで食べられた。
「コラ」
デコピンをするとすぐに口は開かれ、指が開放される。
「あいたっ。ううっ…。おねーさんのツッコミって激しいよ」
「じゃあ優しい女の子の所へ行きなさい」
「ヤダよぉ。ボクはおねーさんが好きなんだから」
涙目になりながらも、わたしに抱き着いてくる。
「おっと…」
体重がかかって、思わず倒れ込みそうになる。
「コラ、いきなり強く抱き着いてこないでよ。倒れたら、大変でしょう」
「…ごめんなさい」
素直に謝るけれど、離れはしない。
だから背中に手を回して、頭を撫でてやる。
「…ねぇ、おねーさん」
「なに?」
少年は不安そうな表情で、わたしを見上げる。
「おねーさんは何でボクのワガママ、聞いてくれるの?」
『ワガママ』であることは、自覚していたか。
「…さてね。アンタのことは可愛いとは思っているから、母性本能かな?」
「恋愛感情じゃなくて?」
「そこまではいかない」
「…むぅ」
「アンタもいい加減にしたら?」
ポンポンと背中を叩きながら、言い聞かせるように優しい口調で言う。
「もうそろそろ新しい恋を見つけたら? アンタと同じ年頃の可愛い女の子、世の中にはいっぱいいるでしょう?」
「そりゃそういうコはいるけど、ボクの好きなおねーさんはここにしかいないもん」
そう言ってぎゅうっと力強く抱き着いてくる。
「もしかしておねーさん、不安? ボクが年下のがイヤ?」
急に顔を上げたかと思ったら、またツッコンでほしくない質問をしてくる。
「イヤって言ってもどーなるもんでもないでしょう? 確かにちょっと思うところはあるけど…」
年の差だけはどうにもできない。
同じ時代を生きているとは言え、やっぱり違いは出るものだ。
その差を埋めることをしないわたしは臆病者。
だから少年とは恋人にはなれない。
「…そっか。ボク、おねーさんが年上だから、もっと強い人かと勝手に思い込んでた」
グサッ!
思いっきり言葉の矢を放ちやがって…!
「てっきりボクがまだ子供だから、断られたのかと思ってた。頼りなく思われたのかと思って…」
「そんなことは思っていない。3つも年上の女に告白してきた時点で、アンタは強いコだって分かっているから」
でも相手のわたしが弱くちゃ話にならない。
告白を断っても、少年を避けられないのが良い証拠だ。
「……うん、分かった。じゃあこうすれば良いんだ」
少年はわたしの両肩に手を置き、顔を伸ばしてきた。
「んっ…!」
そして小さな唇が、わたしの唇に触れる。
一瞬の、触れるような甘いキスは、けれど全身の血がかけ上るのに充分な威力だった。
「なっ何すんのよ!」
ゴンッ!
だからつい、少年の頭にゲンコツを落としてしまう。
「いったー! だっだから、こうすれば不安なんか感じないだろう?」
「身の危険を感じたわっ!」
子供だと思って油断してた!
やっぱり男なんだ!
少年は殴られた部分を両手で抑えながら、それでも真っ直ぐにわたしを見る。
「おねーさんが弱い分は、ボクが強くなる。それで良いんじゃないかな?」
「はあっ!?」
「だからずっと一緒にいる。絶対に不安に思わせないぐらいに、傍にいるから! だから…ボクのこと、信じてくれない?」
そう言ってわたしの両手を掴んでくる。
…ヤバイ。振り解けない。
少年が本気であることが、ビシビシ伝わってくるから…。
「ゴメンね…。もっと早くボクが気付けば良かった。ずっとおねーさんは年の差、気にしていたんだね」
「…それは年上女の勝手な被害妄想だから、アンタが気付かなくても良いことよ」
「良くないよ! だってそのせいで、おねーさんはボクの告白、断ったんだろう?」
…ごもっとも。
「だからボクが強くなるよ! そうすれば、おねーさんは恋人になってくれる?」
強気な表情から、一気にすがるような顔になるなーっ!
心の中が妙にうずく!
「えっ、あのっ、それは…」
「不安に思うことがなかったら、ボクでも恋人になれるってことだろう?」
「…まあ、なくは、ないけど…」
「なら! ボクがおねーさんの不安を感じさせないぐらい、強くなるから。だから恋人になってよ」
二度目の告白―。
それでも触れている手が震えていることから、かなり勇気を使っていることが分かる。
…わたしなんかに二度も告白をしてくる男なんて、きっとこのコ以外はいないだろうな。
わたしは思いっきりため息を吐いた。
「やっやっぱり、ダメ?」
「ううん。もう堕ちたなって思っただけ」
「えっ?」
キョトンとする少年の頬に、キスをした。
「ええっ!?」
「これからよろしくね。アンタが知っている通り、わたしはあんまり強くないけど」
「でっでもおねーさん、結構暴力強いよ?」
「…こういう時に、言う言葉じゃないってこと、分かってる?」
思わず握り拳を見せると、少年はヒッと息を飲む。
「ごっゴメン! 悪気は無かったんだ。ただ…ちょっとビックリして」
ぼ~っと夢見心地の表情で、キスした頬に触れる。
「何よ? ずっと恋人になることが夢だったんでしょう?」
「うん…うんっ! ボク、おねーさんの恋人になったんだ!」
改めて少年は喜んで、わたしに抱き着いてくる。
ああ、やっぱり可愛いな。
まだ始まったばかりの関係だけど、少年がいつまでもこのままだったら良いのに…と思ってしまう。
まっ、きっと大きく成長しても、少年はわたしに懐いたままなんだろうな。
その足音は、わたしが早く歩けば早くなり、遅くなれば遅くなる。
ピッタリ3メートルの距離をとって、追跡者はわたしを追い掛ける。
わたしは曲がり角に入り、くるっと振り返った。
すると追跡者も追い掛けてくるので、ドンッと真正面からぶつかる。
「うわぁっ!」
わたしの胸のあたりに激突した追跡者は、体勢を崩し、転びそうになる。
追跡者がとっさに伸ばした細い手首を掴み、支えてあげる。
「はあ…。アンタ、いい加減にしたら?」
「ううっ…。危なかったぁ」
追跡者はまだ中学2年の少年。
身長も体格も、高校2年のわたしの方が良い。
「おねーさん、いきなり立ち止まんないでよ」
「アンタが追い掛けて来なきゃぶつからなかったわよ」
「えへへ」
少年は誤魔化すように笑うと、わたしにぎゅっと抱き着いてくる。
「でもおねーさんとボクの通っている学校は同じだから、行く方向が一緒でもおかしくないだろう?」
確かにウチの学校は幼等部から大学院まである。
そこの中等部と高等部に通っていれば、向かう方向も同じでおかしくはない。
「…だけどアンタは寮生でしょう? わたしは自宅通い。どこをどうやったら、通る道が同じになるのよ?」
寮は学校の敷地内にある為、少年とわたしが同じ道を通ることはまずない。
「う~。そんなツレナイこと、言わないでよぉ」
軽くスネて、抱き着きながら首を横に振る。
それはまるで子供がイヤイヤする仕草に見えるけど、コイツは中学2年生っ!
右手で拳を握り締め、少年の頭に下ろした。
ゴインッ!
「あいたっ!」
「良い歳して、甘えんじゃないわよ。ほら、とっとと学校へ行くわよ」
「ぶぅ~。…なら、手を握って」
涙目で手を差し出してくる。
わたしよりも小さな手を握りしめ、歩き出す。
この少年につきまとわれるようになったのは、ここ最近のこと。
ある日、少年から告白された。
けれどあまり恋愛ごとに興味の無かったわたしは、断った。
それ以来、何かとわたしの近くに現れるようになった。
中学生という多感な時期だし、ほっとけば飽きるだろうと思っていたのに…。
飽きることなく毎日毎日、姿を現す。
友達からは関わるなと言われているんだけど、…何かほっとけなくて。
まあ別に恋人になりたいってしつこく言い寄ってくることもないし、今のままなら気楽で良い。
「ねぇ、おねーさん。今日も家に行って良い?」
「うるさくしないなら、良いけど」
「じゃあ行く!」
ぱあっと明るい笑顔を見ると、心が和む。
恋愛感情ではないにしろ、少年を可愛く思う気持ちはある。
そして学校へ到着すると、手を離そうとした。
「ホラ、アンタはアンタのクラスに行きなさい」
「う~。おねーさんと一緒が良いのに…」
「3歳の年の差はしょうがないでしょう? ちゃんと授業、受けるのよ」
「うん…。じゃあ放課後に、門の所で待ってるから!」
「はいはい」
輝く笑顔で中等部の校舎へ向かう少年は、まるで子犬が駆けていく姿と重なって見える。
「はあ…」
ため息をつきながら、わたしも高等部の校舎へ向かう。
友達からは気を持たせるようなことはするな、とキツク言われていた。
けれど、なあ…。
悲しむ顔を見ると心が痛むし、喜ぶ顔を見ると嬉しくなる。
一度告白を断っているから、少年も恋人の関係は無いと分かりきっているだろうけど…。
…確かに少年を気にかけてしまうのは、あのコの為にはならないのかもしれない。
でもいつか、少年に相応しい可愛い女の子のことを好きになって、わたしから離れるだろう。
それまでは側にいてあげたいと思うのも……本当はいけないのかもしれない。
告白された時、正直嬉しいという気持ちはあった。
少年は可愛いし、真面目に告白してくれた。
けれどやっぱり3歳という年の差が気になって…。
本気で付き合っても、あのコがいつか同じ歳の女の子に気が向くんじゃないかって思ったら…受け入れるワケにはいかなかった。
なのに少年はずっとわたしの側にいる。
そのことを拒否しないわたしも、イヤな女だな。
母性本能が働くせいだけとは思えない。
多分…ちょっとは異性として、見ている部分がある。
でも必ず来る別れを分かっていながら、受け入れる強さがわたしには無い。
「はあ…」
少年のことを考えると、いつもこうだ。
堂々巡りの考えに陥ってしまう。
ため息も多くなったもんだ。
そんな悶々とした考えをしているうちに、授業は全て終了。
校門に向かうと、少年が朝言った通り、待っていた。
「あっ、おねーさんっ!」
わたしを見つけると嬉しそうに手を振ってくる。
苦笑しながら手を振り、わたしは少年の元へ行く。
「待った?」
「一時間ぐらいね。でも図書館で勉強してたから」
高校と中学では授業の時間も違う。
だから彼に待ってもらうことは、ほぼ毎日。
けれど文句一つ言わず、ちゃんと待っていてくれる。
「じゃあ行こうか」
少年は朝のように手を握って歩き出す。
人目があるけれど、気にしていないのか、それとも見せつけたいのか。
「今日は調理実習でクッキー作ったんだ。おねーさん、甘い物好きだよね?」
「うん、まあ…」
「じゃあおねーさんの部屋で一緒に食べよう?」
無邪気な笑顔が、心に突き刺さる…。
「うっうん…」
そして手を繋いだまま、わたしの家に到着。
一軒家の家には、昼間は誰もいない。
両親はスーパーを経営している為、二人で朝から仕事に出掛ける。
兄は大学、姉はバイト。
下に兄弟がいないせいで、少年には甘いのかもしれない。
少年を家に入れるのも、もう何度目か分からない。
玄関の鍵を開けると、少年は慣れたように靴を脱いで、二階のわたしの部屋へと向かう。
わたしは台所で二人分の紅茶をいれてから、二階へ上がった。
部屋の扉はすでに開かれていて、その隙間から入る。
少年はベッドに座り、床に置いてあったマンガを読み始めている。
まるで自分の部屋のようにくつろぐ少年を、怒る気にはなれない。
「ほら、紅茶いれてきたよ」
「うん」
テーブルの上にトレーを置いて、ポットからカップに紅茶を注ぐ。
少年はいつも角砂糖を2つに、ミルクも入れる。
わたしはミルクだけ。
「ありがと、おねーさん」
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて」
少年はフーフーしながら紅茶を飲む。
「うん、美味しい。あっ、クッキーも美味しいと思うよ」
そう言ってカバンからクッキーを取り出す。
ビニールの袋に入れて、リボンで口を結んである。
クッキーは一口サイズで、星やハートの形などがいっぱい入ってある。
…わたしが作るよりも、上手かもしれない。
などと思いながら、一つつまんで口に入れる。
口の中に広がるバターの香りと、甘い味が舌の上で広がる。
「んっ。美味しいよ」
「ホント? 良かったー」
口溶けが良くて、紅茶と合う。
わたしがクッキーを食べる姿を、少年はニコニコしながら見ている。
「…ねぇ、見られていると何か気になるんだけど」
「そう? じゃあボクにクッキーを食べさせて。あーん」
目を閉じて口を開けるので、仕方なくクッキーを食べさせてあげる。
「ぱくっ」
と、クッキーをつまむ指まで食べられた。
「コラ」
デコピンをするとすぐに口は開かれ、指が開放される。
「あいたっ。ううっ…。おねーさんのツッコミって激しいよ」
「じゃあ優しい女の子の所へ行きなさい」
「ヤダよぉ。ボクはおねーさんが好きなんだから」
涙目になりながらも、わたしに抱き着いてくる。
「おっと…」
体重がかかって、思わず倒れ込みそうになる。
「コラ、いきなり強く抱き着いてこないでよ。倒れたら、大変でしょう」
「…ごめんなさい」
素直に謝るけれど、離れはしない。
だから背中に手を回して、頭を撫でてやる。
「…ねぇ、おねーさん」
「なに?」
少年は不安そうな表情で、わたしを見上げる。
「おねーさんは何でボクのワガママ、聞いてくれるの?」
『ワガママ』であることは、自覚していたか。
「…さてね。アンタのことは可愛いとは思っているから、母性本能かな?」
「恋愛感情じゃなくて?」
「そこまではいかない」
「…むぅ」
「アンタもいい加減にしたら?」
ポンポンと背中を叩きながら、言い聞かせるように優しい口調で言う。
「もうそろそろ新しい恋を見つけたら? アンタと同じ年頃の可愛い女の子、世の中にはいっぱいいるでしょう?」
「そりゃそういうコはいるけど、ボクの好きなおねーさんはここにしかいないもん」
そう言ってぎゅうっと力強く抱き着いてくる。
「もしかしておねーさん、不安? ボクが年下のがイヤ?」
急に顔を上げたかと思ったら、またツッコンでほしくない質問をしてくる。
「イヤって言ってもどーなるもんでもないでしょう? 確かにちょっと思うところはあるけど…」
年の差だけはどうにもできない。
同じ時代を生きているとは言え、やっぱり違いは出るものだ。
その差を埋めることをしないわたしは臆病者。
だから少年とは恋人にはなれない。
「…そっか。ボク、おねーさんが年上だから、もっと強い人かと勝手に思い込んでた」
グサッ!
思いっきり言葉の矢を放ちやがって…!
「てっきりボクがまだ子供だから、断られたのかと思ってた。頼りなく思われたのかと思って…」
「そんなことは思っていない。3つも年上の女に告白してきた時点で、アンタは強いコだって分かっているから」
でも相手のわたしが弱くちゃ話にならない。
告白を断っても、少年を避けられないのが良い証拠だ。
「……うん、分かった。じゃあこうすれば良いんだ」
少年はわたしの両肩に手を置き、顔を伸ばしてきた。
「んっ…!」
そして小さな唇が、わたしの唇に触れる。
一瞬の、触れるような甘いキスは、けれど全身の血がかけ上るのに充分な威力だった。
「なっ何すんのよ!」
ゴンッ!
だからつい、少年の頭にゲンコツを落としてしまう。
「いったー! だっだから、こうすれば不安なんか感じないだろう?」
「身の危険を感じたわっ!」
子供だと思って油断してた!
やっぱり男なんだ!
少年は殴られた部分を両手で抑えながら、それでも真っ直ぐにわたしを見る。
「おねーさんが弱い分は、ボクが強くなる。それで良いんじゃないかな?」
「はあっ!?」
「だからずっと一緒にいる。絶対に不安に思わせないぐらいに、傍にいるから! だから…ボクのこと、信じてくれない?」
そう言ってわたしの両手を掴んでくる。
…ヤバイ。振り解けない。
少年が本気であることが、ビシビシ伝わってくるから…。
「ゴメンね…。もっと早くボクが気付けば良かった。ずっとおねーさんは年の差、気にしていたんだね」
「…それは年上女の勝手な被害妄想だから、アンタが気付かなくても良いことよ」
「良くないよ! だってそのせいで、おねーさんはボクの告白、断ったんだろう?」
…ごもっとも。
「だからボクが強くなるよ! そうすれば、おねーさんは恋人になってくれる?」
強気な表情から、一気にすがるような顔になるなーっ!
心の中が妙にうずく!
「えっ、あのっ、それは…」
「不安に思うことがなかったら、ボクでも恋人になれるってことだろう?」
「…まあ、なくは、ないけど…」
「なら! ボクがおねーさんの不安を感じさせないぐらい、強くなるから。だから恋人になってよ」
二度目の告白―。
それでも触れている手が震えていることから、かなり勇気を使っていることが分かる。
…わたしなんかに二度も告白をしてくる男なんて、きっとこのコ以外はいないだろうな。
わたしは思いっきりため息を吐いた。
「やっやっぱり、ダメ?」
「ううん。もう堕ちたなって思っただけ」
「えっ?」
キョトンとする少年の頬に、キスをした。
「ええっ!?」
「これからよろしくね。アンタが知っている通り、わたしはあんまり強くないけど」
「でっでもおねーさん、結構暴力強いよ?」
「…こういう時に、言う言葉じゃないってこと、分かってる?」
思わず握り拳を見せると、少年はヒッと息を飲む。
「ごっゴメン! 悪気は無かったんだ。ただ…ちょっとビックリして」
ぼ~っと夢見心地の表情で、キスした頬に触れる。
「何よ? ずっと恋人になることが夢だったんでしょう?」
「うん…うんっ! ボク、おねーさんの恋人になったんだ!」
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