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再会の夏休み

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「いいよ。どのぐらい、宿題出た?」

後は他愛の無い話に移った。

どうも…彼と恋愛話はしたくなかった。

由月は田舎にいる人としては珍しく、キレイな顔立ちをしていた。

このまま成長すれば、男女関係なく人気が出るだろう。

中学に入ると、少し友人が出来たらしい。

メールでそれを知った時、胸が痛んだ。

でも夏休みに会いに行けば、彼は僕を歓迎してくれる。

変わらない接し方が嬉しくも、どこか悲しいと感じるのは何でだろう?

疑問を胸に抱きながらも、由月とは笑顔で話をする。

彼も笑ってくれる。

この瞬間は確かに幸せなハズなのに…。

「…ん?」

「どうかした? 由月」

「母さんだ」

そう言って立ち上がり、由月は襖を開けた。

「由月、雅貴くん、お夕飯ができたわよ」

「分かった」

「今行くよ」

2人で台所へ行き、お膳を持って部屋に戻る。

これは6年間、変わらなかった。

「相変わらず家族とは一緒にご飯食べないの?」

「気が向いたら食べる」

お姉さん達や伯父とはまだ少し、問題があるらしい。

けれど伯母や弟妹の手前、気を使い、できるだけ一緒にいるようにしているみたいだ。 

「そうだ。今晩、川原で花火大会があるんだ。雅貴、行こうぜ」

「良いよ。ここの花火大会、結構盛り上がるよね」

「他に楽しみなんてねーもん。あっ、浴衣着ろよ。母さん、雅貴の浴衣作ってたから」

「えっ? 何だか悪いなぁ。伯母さん、ずっと浴衣作ってくれるから」

最初に会った時、由月の浴衣姿が珍しかったと伯母に告げたら、作ってくれると言ってくれた。

それから毎年夏になると、浴衣や甚平を作ってくれている。

伯母は縫い物が趣味だから、気にするなとは言われているけれど…。

「何かお礼したいなぁ」

「なら頑張って魚釣ったら? 母さん、川魚好きだし」

「ああ、だから伯父さん、川釣りするんだ」

「いや、逆。親父が川釣りばっかするから、母さんが魚好きになったんだ」

「ははっ、仲良い夫婦だね」

まあそうじゃなきゃ、あんなに子供は生まれないよな。

「まあ、な…」

そこで口ごもるところを見ると、やっぱり伯父との確執があるらしい。

でも母親である伯母のことは好きだから、複雑みたいだ。

「伯父さん、まだ跡継ぎのこと言ってるの?」

「ああ。でも二番目の姉貴が、婿を取って家を継いでやろうかって言い出したから、余計にだ」 

この6年間で、この家の事情も多少は変わった。

一番上のお姉さんはお嫁に行ってしまい、家を出た。

そして二番目のお姉さんは最近、婚約したらしく、来年には式を挙げる予定だ。

三番目から五番目のお姉さん達にはすでに彼氏がいて、いつ結婚となってもおかしくないらしい。

まあ五番目のお姉さんは僕より1つ年上なだけだから、すぐに結婚とはいかないだろうけど、それでも婚約はできるしな。

「でも二番目のお姉さんがそう言うなら、跡継ぎは任せても良いんじゃない?」

「親父以外はみんなそう言ってる。二番目の姉貴は元々、農業をして生きてくつもりだから、余計にな。あのクソ親父だけが、譲らないんだよ」

苦々しく言う彼を見て、同じく苦々しい顔をしている伯父の顔が浮かぶ。

「はは…。由月は将来、やりたいこととかあるの?」

「オレは…パソコンとか、機械関連で働きたいんだ。地元にはいたいけど、いれば親父がうるさいから、悩んでる」

地元にいれば、絶対に伯父は騒ぐだろうしな。

「雅貴は将来、どうするつもり?」

「一応、教師になろうかと考えてる。でっできればここみたいな田舎で、のんびりと先生ができたらなぁって思ってる」 

「へぇ、良いじゃん。今いる先生達なんて、年寄りばっかだし。若いのがいれば、みんな喜ぶよ」

「うっうん…」

本当にここで働ければ…いいんだけど。

食事を終え、お膳を下げると、伯母に呼ばれた。

新しい浴衣を着せてくれた。

そして僕と由月は新しい浴衣に身を包み、川原へ向かった。

「楽しみだなぁ。ボクの住んでいる所でも花火大会はあるけど、人が多過ぎてよく見えないんだよね」

「あと建物が高いからだろう? 都会の贅沢な悩みだよな」

「そんなじゃないよ」

2人で談笑しながら歩いていると、近くにいた3人の少年達が由月を呼んだ。

「おーい! 宮乃原ぁ!」

「あっ、クラスの連中だ」

由月は軽く手を振った。

「お前達も来てたのか」

「もっちろん! 他に楽しみなんてないだろう?」

ははっ、由月と同じことを言うんだな。

少年達は由月の隣にいる僕を、じっと見た。

「あれ? 宮乃原、もしかしてその人…」

「玖城雅貴さん?」

「いつも宮乃原が話してる、従兄のお兄さん?」

「へっ?」

由月が、僕のことを?

「ばっ! うっるさいな! とっとと行けよ!」

由月が顔を真っ赤にして、両手を振り回した。

「あはは、じゃーな!」

3人の少年達は、笑顔で走って行った。 

「ったく…」

「由月、学校で僕のことを言ってたの?」

「そっそれはっ、都会に住んでるし、珍しいからっ…!」

彼にしては珍しく、動揺している。

「そうなんだ。何だか嬉しいよ」

「そっそうか」

その後は無言で歩いた。

けれど僕は心の中がくすぐったい気分だった。

由月にとって僕は、少なくとも会話に出るぐらいの存在らしい。

それが嬉しかった。

「ははっ」

「何笑ってんだよ?」

「いや、由月ってやっぱり同級生より大人っぽいなと思って。落ち着きがあるよ」

「オレはどーせ可愛げがねーよ」

「そんなことないよ。心をなかなか開いてくれないだけで、本当はスゴク優しいし」

「やっ優しいのは雅貴みたいなヤツのことを言うんだろう? オレみたいなガキの面倒見てるし」

「それは由月がとても話しやすいからだよ。僕には多少なりとも心を開いてくれてるだろう?」

「…どうだろうな?」

そう言いつつ、由月の手が僕の手を掴んだ。

今はもう夜。

辺りに光は少なく、手を繋いでいても気付かれないだろう。

僕は自分より一回り小さな手を、握り返した。

川原に近付くにつれ、人が多くなった。

そのせいで、せっかく繋いだ手も離されてしまった。 
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