桜の森の満開の下

hosimure

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けれど行けども行けども、周囲の景色が変わらない。

桜の木が、わたしを囲んでいる。

あんなに感動したのに、今では恐怖を感じてしまう。

「ヤダな…。昔は怖くなんてなかったのに…」

思わず早足になる。

こんな所で今、迷子になったら、本当に大変なことになる。

わたしは自分の勘を頼りに、歩く。

だけど…景色は変わらなかった。

これはさすがにマズイ。

祖母の言葉で言うのなら、この桜の森にわたしは呑まれかけている。

焦りから、足が速くなる。心臓も早く動いてしまう。

一本の大きな木を通った時だった。

ドンッ!

「きゃあ!」

「うわっ」

人に、ぶつかってしまった。

「ごっごめんなさい! 慌てたもので…」

「ううん。オレの方こそ、ちょっとぼ~っとしてたから」

顔を上げると、わたしとそう歳が変わらない青年が目の前にいた。

人がいたことに、心底ほっとした。

「あっあのね、ちょっと聞きたいんだけど…」

「うん?」

「バス亭に行きたいの。道、分かるかな?」

「分かるよ。教えてあげる。一緒に行こうか?」

「ありがとう!」

これで一安心。

わたしは彼と一緒に歩き出した。

途中、いろいろな話をした。

彼も昔ここにいて、懐かしくなって来たらしい。

「春休みを利用して来たんだ。まさかオレの他にも誰かいるとは思わなかったけど」

「わたしも。でも安心した。何せ迷子になってたから」


「迷子ねぇ。気をつけないとダメだよ。この桜の森は、人を呑みこむって言われているんだから」

「あっ、それお祖母ちゃんにも言われた。確かにちょっと、今となると怖いわね」

風も冷たくなってきた。

桜の舞い散る花びらが、視界を何度も埋め尽くす。

「でも…不思議と帰れるという自信は揺るがないのよね。あなたがいてくれるからかな?」

「…どうだろう? オレはちょっと自信ないよ。無事にキミを送り届けることができるかどうか」

そうは言うけど、彼の足は迷うことなく進んでいる。

「ここには詳しいんじゃないの?」

「詳しいよ。ずっとここにいるからね」

「じゃあわたしとも会ったこと、あるのかな? 10年前まで、ここに住んでいたから」

「う~ん…」

彼はじっとわたしの顔を見つめた。

「…ちょっと見たことがある気がするなぁ。もしかしたら会っていたかもね」

「だと良いわね。わたし、来年も来るつもりだから、良かったら一緒に見て回らない?」

「キミは…ここにはずっといられないのかな?」

「えっ…」

思いがけない言葉に、思わず足が止まる。

彼は真っ直ぐに、真剣な眼差しでわたしを見ていた。

「ずっと…はムリよ。わたしは今の生活を捨てられない。わたしを呼ぶ人達がいる限り、わたしは今のわたしを捨てるつもりはないわ」

きっぱりと言った言葉に、自分で驚いた。

わたし、何故こんな言葉を…?

でも…この言葉を言ったことがある?

ずっと昔、この桜の森で…。

「…そっか。じゃあ仕方ないね」

彼が歩き出したので、わたしも慌てて付いていった。

その後、特に会話は無く、桜の森を抜け、あの大きな桜の木にたどり着いた。

「ここまで来たら、大丈夫?」

「あっ、うん。ありがとう」

「ここを真っ直ぐ下れば、バス停に一直線だから」

「そう…なんだ」

来た時はいろいろな場所をウロウロしていたから、バス停から離れた場所だと思っていた。

「ねぇ…。来年も会ってくれる?」

わたしは桜の木の下で、彼の眼を真っ直ぐ見つめた。

「…キミが望むなら。オレはずっとここにいるから」

彼は切なそうにわたしの目を見つめ返し、そっと頬に触れた。

…その手の感触には、どこか覚えがあった。

「あっ、枝が欲しいんだったよね」

彼の手はわたしから離れ、桜の枝に伸びた。

スッと撫でただけなのに、枝は彼の手の中にあった。

「何で…?」

「はい」

彼に枝を渡され、わたしは呆然としたまま受け取った。

「それじゃあ」

彼は元来た道に戻っていく。

その時、急に強い風がふいた!

「きゃっ…!」

風が運んできた花びらで、彼の姿が見えなくなる!

けれど風には勝てず、わたしは思いっきり目をつぶった。

…しばらくして目を開けた時、彼の姿は消えていた。
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