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10日間の謹慎処分が開けて学校へ行くと、彼女に近付く人はいなかった。
遠巻きに彼女を見ては、ヒソヒソと話をしている。
だが彼女はそのことに、怒りを感じなかった。
あの日、あの時感じた戸惑いから、未だ抜け出さずにいた。
クラスメートを押した時、さして力なんて入れていなかった。
なのにクラスメートの体は吹っ飛び、ガラス窓を突き破ったのだ。
そんなこと、大人の男性でも難しい。
そこまでの力が自分にあるとは思えなかった。
しかしコレは現実。
つまり自分は元気を通り越して、力が有り余っている状態になっているのか。
彼女は制服の上からネックレスを掴んだ。
赤い石は、クリスタルより二回り小さいぐらいになった。
最初はそれこそクリスタルの10分の1ぐらいの大きさだったが、今ではここまで大きくなっていた。
この赤い石の成長と、自分の力は無関係なのだろうか?
今頃になって、このネックレスの不気味さを感じてきた。
確かあの店の青年は言わなかったか?
『感情はコントロールしてください。くれぐれも、あまり昂らせないよう、お気をつけてください』
…と。
すなわち、自分の感情の昂りが、このネックレスを通して発揮されるということだろうか?
彼女はグッと歯を食いしばった。
それからというもの、彼女は元気になる以前よりも、人と接することを減らした。
感情の昂りが、力の制限を越えてしまうことを自覚したからだ。
本当はネックレスを外せば良かった。
けれど外そうとネックレスを見ては、赤いハートを目にして、思い留まってしまう。
外すよりも、自分で感情をコントロールすればいいだけだと、考えてしまうのだ。
周囲の人間の態度は冷たいものの、何かを傷つける方が怖かった。
彼女はしばし、感情を殺した生活を送っていた。
…だが、それも長くは続かなかった。
人と触れ合うことを減らすと、だんだんストレスが溜まっていった。
何故自分がこんな目に合わなくちゃいけないのか。
そもそもあのクラスメートが自分を怒らせなければ、こんなことにはならなかったのではないのか。
誰にも打ち明けることのできない不満は、クリスタルの中の赤い石を大きく成長させていった。
バキンッ!
「えっ?」
彼女は驚いて顔を上げた。
無意識に掴んでいた鏡が、割れていた。
「あっ、今…イライラしてたから?」
彼女は呆然と割れた鏡を見下ろした。
少しの感情の昂りも、すでに力となって現われてしまう。
ネックレスはすでに、クリスタルの部分は無くなっていた。
真っ赤なハートのネックレスを首から下げ、彼女は暗い表情をしていた。
「外さなきゃ…でも…」
ハートを見るたびに、外そうと思う気持ちは消え失せてしまう。
毒々しくも、見るモノを魅了する赤い色。
それが眼に焼き付くのだ。
「もう…部屋から出なくてもいいかな」
外すぐらいなら、外の世界との関わりを絶った方が良いと思ってしまう。
そうして彼女は部屋から出なくなった。
けれど両親は心配する。
なので夜にたまに散歩することにした。
人に見られるのがイヤだった。
例の学校での事件は、かなり噂になっていたから。
そしてある日、彼女は試した。
街外れには廃墟が建ち並んでいる。
景気が良い時は盛り上がっていたが、不景気になるとここには人が寄り付かなくなった。
廃墟となったマンションやビル、それに工場が建ち並ぶここには、人は滅多に寄り付かない。
彼女はネックレスを握り締め、眼を閉じた。
心の底から、封印していた激情がわき起こる。
彼女は足を踏み締め、その場でジャンプした。
すると軽く3メートルは跳んだ。
建物のベランダに足をかけると、次々と跳び、ついには30階建てのマンションの屋上までたどり着くことができた。
そこまで息1つ切らさず、しかし彼女は愁いの表情を浮かべていた。
「どうしてっ…こんなことができるの?」
例の店に行こうとした。
だが何故か、何度行っても行けなくなっていた。
あの建物と建物の間の道を通っても、裏通りに出るだけ。
そこは住宅街になっていて、店なんてどこにもなかった。
住人達に店のことを尋ねるも、誰も知らないと首を横に振るだけだった。
店の人達のことを聞いても、知らぬ存ぜぬという言葉が返ってくるだけ。
「どうなっているんだろう…」
ため息をつきながら、屋上の柵に寄り掛かった。
感情を押し殺そうと思っても、一度解放することを覚えてしまったせいか、中々上手くいかない。
そのせいで、部屋中の物が壊れてしまっている。
壊したくて壊しているワケじゃない。
けれどもれ出した感情が、暴走しているのだ。
「わたし、どうなっちゃうんだろう…?」
この先の不安はあった。
親しい人々が離れて行って、寂しい気持ちもあった。
けれど溜まりに溜まった気持ちを、どこにも吐き出せないのが一番辛かった。
誰にも打ち明けられず、押し殺すことしかできないのがイヤだった。
「でもっ…!」
今更クラスメート達に謝るのもイヤだと思う自分がいた。
彼女はまだ、感情を良く理解できていなかった。
だから周囲の人間が離れて入った理由も、よく理解できていなかったのだ。
周囲からどんなに言われても、聞き入れられなかった。
いや、聞き入れたくなかった。
今まではしてくれたのに、いきなりしてくれなかったことに不満を感じたのだ。
その理由が、自分が元気になったことだなんて、納得できるはずがなかった。
彼女は自分が元気になろうがなるまいが、変わらぬ接し方を求めていたのだ。
だがそこの意見が食い違い、あんなことに…。
「何よ…。わたしは悪くない。わたしは元気になりたいって、願っただけじゃない」
願いは叶った。
あの店で買ったネックレスによって。
ネックレスを服の下から出し、ぎゅっと握った。
赤いハート型の石は、買った時よりも美しく輝いていた。
「わたしにはコレさえあれば、充分」
そう思っているハズなのに、どこか心が満たされない。
ぐっと歯を食いしばった。
閉じたまぶたの裏には、自分を気味悪そうに見ている周囲の人間達の姿が、浮かんでは消える。
「何よ…。何でそんな眼で、わたしを見るのよ…!」
じわじわと、暗い感情が心を満たしていく。
それと同時に、赤い石が光り輝きだす。
「わたしは…悪くない! わたしは何にも悪いことはしていない!」
石の光は彼女の手からもれ出し、周囲を赤く染める。
しかし眼を閉じている彼女は気付かない。
「何よ何よっ! 全部消えてよっ!」
彼女は耐え切れなくなり、地面を蹴った。
すると…。
ピシビシっ
建物にヒビが入っていく。
やがて地面にまでヒビが入り、建物は崩れ始めた。
「っ!?」
彼女が気付いて動くのには、数瞬ほど遅かった。
崩れていく建物に、彼女の体は飲み込まれていった。
彼女の体と共に、赤い光も落ちていった。
遠巻きに彼女を見ては、ヒソヒソと話をしている。
だが彼女はそのことに、怒りを感じなかった。
あの日、あの時感じた戸惑いから、未だ抜け出さずにいた。
クラスメートを押した時、さして力なんて入れていなかった。
なのにクラスメートの体は吹っ飛び、ガラス窓を突き破ったのだ。
そんなこと、大人の男性でも難しい。
そこまでの力が自分にあるとは思えなかった。
しかしコレは現実。
つまり自分は元気を通り越して、力が有り余っている状態になっているのか。
彼女は制服の上からネックレスを掴んだ。
赤い石は、クリスタルより二回り小さいぐらいになった。
最初はそれこそクリスタルの10分の1ぐらいの大きさだったが、今ではここまで大きくなっていた。
この赤い石の成長と、自分の力は無関係なのだろうか?
今頃になって、このネックレスの不気味さを感じてきた。
確かあの店の青年は言わなかったか?
『感情はコントロールしてください。くれぐれも、あまり昂らせないよう、お気をつけてください』
…と。
すなわち、自分の感情の昂りが、このネックレスを通して発揮されるということだろうか?
彼女はグッと歯を食いしばった。
それからというもの、彼女は元気になる以前よりも、人と接することを減らした。
感情の昂りが、力の制限を越えてしまうことを自覚したからだ。
本当はネックレスを外せば良かった。
けれど外そうとネックレスを見ては、赤いハートを目にして、思い留まってしまう。
外すよりも、自分で感情をコントロールすればいいだけだと、考えてしまうのだ。
周囲の人間の態度は冷たいものの、何かを傷つける方が怖かった。
彼女はしばし、感情を殺した生活を送っていた。
…だが、それも長くは続かなかった。
人と触れ合うことを減らすと、だんだんストレスが溜まっていった。
何故自分がこんな目に合わなくちゃいけないのか。
そもそもあのクラスメートが自分を怒らせなければ、こんなことにはならなかったのではないのか。
誰にも打ち明けることのできない不満は、クリスタルの中の赤い石を大きく成長させていった。
バキンッ!
「えっ?」
彼女は驚いて顔を上げた。
無意識に掴んでいた鏡が、割れていた。
「あっ、今…イライラしてたから?」
彼女は呆然と割れた鏡を見下ろした。
少しの感情の昂りも、すでに力となって現われてしまう。
ネックレスはすでに、クリスタルの部分は無くなっていた。
真っ赤なハートのネックレスを首から下げ、彼女は暗い表情をしていた。
「外さなきゃ…でも…」
ハートを見るたびに、外そうと思う気持ちは消え失せてしまう。
毒々しくも、見るモノを魅了する赤い色。
それが眼に焼き付くのだ。
「もう…部屋から出なくてもいいかな」
外すぐらいなら、外の世界との関わりを絶った方が良いと思ってしまう。
そうして彼女は部屋から出なくなった。
けれど両親は心配する。
なので夜にたまに散歩することにした。
人に見られるのがイヤだった。
例の学校での事件は、かなり噂になっていたから。
そしてある日、彼女は試した。
街外れには廃墟が建ち並んでいる。
景気が良い時は盛り上がっていたが、不景気になるとここには人が寄り付かなくなった。
廃墟となったマンションやビル、それに工場が建ち並ぶここには、人は滅多に寄り付かない。
彼女はネックレスを握り締め、眼を閉じた。
心の底から、封印していた激情がわき起こる。
彼女は足を踏み締め、その場でジャンプした。
すると軽く3メートルは跳んだ。
建物のベランダに足をかけると、次々と跳び、ついには30階建てのマンションの屋上までたどり着くことができた。
そこまで息1つ切らさず、しかし彼女は愁いの表情を浮かべていた。
「どうしてっ…こんなことができるの?」
例の店に行こうとした。
だが何故か、何度行っても行けなくなっていた。
あの建物と建物の間の道を通っても、裏通りに出るだけ。
そこは住宅街になっていて、店なんてどこにもなかった。
住人達に店のことを尋ねるも、誰も知らないと首を横に振るだけだった。
店の人達のことを聞いても、知らぬ存ぜぬという言葉が返ってくるだけ。
「どうなっているんだろう…」
ため息をつきながら、屋上の柵に寄り掛かった。
感情を押し殺そうと思っても、一度解放することを覚えてしまったせいか、中々上手くいかない。
そのせいで、部屋中の物が壊れてしまっている。
壊したくて壊しているワケじゃない。
けれどもれ出した感情が、暴走しているのだ。
「わたし、どうなっちゃうんだろう…?」
この先の不安はあった。
親しい人々が離れて行って、寂しい気持ちもあった。
けれど溜まりに溜まった気持ちを、どこにも吐き出せないのが一番辛かった。
誰にも打ち明けられず、押し殺すことしかできないのがイヤだった。
「でもっ…!」
今更クラスメート達に謝るのもイヤだと思う自分がいた。
彼女はまだ、感情を良く理解できていなかった。
だから周囲の人間が離れて入った理由も、よく理解できていなかったのだ。
周囲からどんなに言われても、聞き入れられなかった。
いや、聞き入れたくなかった。
今まではしてくれたのに、いきなりしてくれなかったことに不満を感じたのだ。
その理由が、自分が元気になったことだなんて、納得できるはずがなかった。
彼女は自分が元気になろうがなるまいが、変わらぬ接し方を求めていたのだ。
だがそこの意見が食い違い、あんなことに…。
「何よ…。わたしは悪くない。わたしは元気になりたいって、願っただけじゃない」
願いは叶った。
あの店で買ったネックレスによって。
ネックレスを服の下から出し、ぎゅっと握った。
赤いハート型の石は、買った時よりも美しく輝いていた。
「わたしにはコレさえあれば、充分」
そう思っているハズなのに、どこか心が満たされない。
ぐっと歯を食いしばった。
閉じたまぶたの裏には、自分を気味悪そうに見ている周囲の人間達の姿が、浮かんでは消える。
「何よ…。何でそんな眼で、わたしを見るのよ…!」
じわじわと、暗い感情が心を満たしていく。
それと同時に、赤い石が光り輝きだす。
「わたしは…悪くない! わたしは何にも悪いことはしていない!」
石の光は彼女の手からもれ出し、周囲を赤く染める。
しかし眼を閉じている彼女は気付かない。
「何よ何よっ! 全部消えてよっ!」
彼女は耐え切れなくなり、地面を蹴った。
すると…。
ピシビシっ
建物にヒビが入っていく。
やがて地面にまでヒビが入り、建物は崩れ始めた。
「っ!?」
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崩れていく建物に、彼女の体は飲み込まれていった。
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