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「わたしは何となく分かるなぁ」
クスクス笑いながら、雨の中を歩く。
今はもう肌寒い夕暮れ時。
人気の少ない山道を、女子高校生が一人で歩いていたら危険だと言う人もいるかもしれない。
だけどわたしは一人で帰るのが好きだった。
一人の時でしかできないことが多かったから。
それは今まさに、目の前に映った。
「ひっく…ううっ…!」
悲しげな声を上げながら、雨に濡れた一人の女子高校生。
同じ学校の制服で、見覚えがある顔だ。
確か…同学年で、別のクラスの生徒だ。
彼女は山の中でずぶ濡れになりながら、蹲っていた。
わたしはそっと近付き、彼女を傘に入れた。
「どうしたの? そんなに泣いて」
彼女は驚いて顔を上げた。
眼が真っ赤になるぐらい、泣き腫らしていた。
「…殺されたの。このコ…」
そう言って目の前の石に視線を向けた。
丸い石が、盛り上がった土の上に置かれていた。
―お墓だ。
しかもこの大きさなら、犬かな?
「殺されたって、どういうふうに?」
「バイクで…轢かれたの! なのにアイツはっ…!」
彼女の声が、怒りに満ちる。
「アイツって?」
彼女が言った名前には、聞き覚えがあった。
わたしは地元の県立高校に通っていて、今は二年生。
その名前の人物は、同じ学年で別のクラスの男子生徒だった。
「数日前の夕方、このコを連れてここら辺を散歩してたの。そしたら…アイツがありえないスピードで突っ込んできて…!」
バイク…そう言えば、最近免許を取ったのだと、廊下で自慢げに話してたっけ。
そしてバイクも手に入れて、喜んで人気のない山道で暴走していたのか。
「なのにアイツは逃げたのっ! しかも翌日には平気な顔をして学校に来てっ…」
「問い詰めたりしなかったの?」
「したわっ! でも知らん顔されたの! 証拠も証人もいないだろうって」
あ~まあ確かにこんな山の中では、証人もいないだろう。
証拠だって、バイクを洗ってしまえば消し去ってしまえる。
「だからここへ埋めたのね?」
「そう…。だってもうグチャグチャのバラバラで…。拾うのも大変だったから」
そりゃあ持ち運ぶのも、大変だっただろう。
「悔しい…! アイツ、今も平気な顔をしている! 一つの命を奪ったのに、のうのうと生きているのよ!」
彼女の顔が赤く染まり、眼が大きく見開いていく。
まるで鬼のように。
「まあ今の法律じゃあ、ペットを殺されても相手は軽罪で済んでしまうからね。しかも未成年で免許取りたてだったのなら、なおさら…」
「そんなの許さないっ!」
彼女は立ち上がり、わたしを睨み付けた。
「アイツが不幸にならないなんて、おかしい! 幸せになるなんて絶対に許さないっ!」
女は怒ると修羅になり、とても美しくなる。
真正面から怒りをぶつけられているのに、わたしは冷静にそう思った。
だって眼はとても光輝き、頬には赤みがさしていて、唇も噛み締めているから真っ赤に染まっている。
化粧もせずに、女はこんなにも美しくなれる生き物だ。
くすっと笑い、わたしは彼女を見つめ返した。
「―なら、自分の幸せと引き換えに、彼を不幸にしても構わない?」
「えっ…」
ああ、途端に光が揺らいでしまった。
けれどわたしは笑みを浮かべ、続ける。
「アナタにはわたしが受けるはずだった『不幸』を一つ、引き受けてほしいの。換わりに彼にはアナタが望む『不幸』をもたらしてあげるとしたら?」
「あなたの『不幸』を…。どっどんな内容なの?」
「それはアナタが彼に望む『不幸』次第ね。軽ければ、軽いモノを。重かったら…やっぱり同じぐらいの重さを背負ってもらうわ」
「『不幸』次第…」
彼女は眼を伏せ、胸に両手を当てた。
きっと今は亡きペットの思い出を、よみがえらせているのだろう。
しばらくして、彼女は眼を開けた。
静かな、だけど強い意志を宿した光をその眼に映しながら。
「―分かったわ。『不幸』を引き受けるから、アイツをっ…『不幸』にして!」
「ええ、確かに引き受けたわ」
その時のわたしの表情は、きっと最上級の微笑みだっただろう。
彼女はもう少し、冷静になるべきだったのかもしれない。
わたしが彼女に与える『不幸』とは、彼女が考えるほど甘くはなかったのだから…。
でも考えないことを分かりつつ、契約を出したわたしもわたしだろうな。
きっと彼女は追い詰められていたのだろう。
ペットを殺された怒りに任せ、こんな契約を結んでしまうほどに―。
少し考えれば、おかしなことだと分かるはず。
…いや、分かっているからこそ、縋ったのかもしれない。
おかしいと分かってはいた。
けれど他に縋るモノがないからこそ、わたしに頼ってしまったのは、きっと周囲に打ち明ける人間がいなかったせいだろう。
彼は学校ではとても人気者。
勉強も運動もまあ中の上ぐらいのレベル、だけどとても人付き合いが上手かった。
恨みを買われにくいタイプとでも言おうか?
いわゆる世渡り上手な性格で、人の顔色を自然と見てしまい、順応力が抜群に優れている。
だから彼の味方をする者は多い。
下手に騒げば、彼女の方が悪者になってしまうぐらいに。
今回の件は特にそうだろう。
人気の無い山の中で、ペット一匹がバイクで轢かれた。
彼女が彼を犯人だと分かったのは、そのバイクに彼が乗っている光景を、学校の駐輪場で見たことがあるから。
そして事故った後、彼は一応止まったらしい。
そしてヘルメットを外して、自分の仕出かしたことを確認した。
…そこまでしたのにシラを切れるのは、罪悪感が全く無いからか、あるいは心の奥底ではかなりびびっているかのどちらかだろう。
知らない振りをすることで、自分の記憶から消し去ろうとする努力がある意味、泣ける。
「だけどもう一人、事故のことを知っている人間はいるからねぇ」
彼女は知っている。
そして誤魔化そうとも忘れようともしない。
彼はそれが恐ろしくてならない。
だからこそ今学校で、彼女のウワサを流しているんだろうな。
ウワサの内容は呆れるぐらい、悪いことばかり。
実は援助交際をしているとか、黒魔術をしているとか。
…でも黒魔術については、案外否定はできないかもしれない。
何せこのわたしと契約をしてしまったのだから。
「さて、と…」
契約を交わした翌朝から、動き出さなければならない。
仕事は迅速・丁寧に。
基本よね。
クスクス笑いながら、雨の中を歩く。
今はもう肌寒い夕暮れ時。
人気の少ない山道を、女子高校生が一人で歩いていたら危険だと言う人もいるかもしれない。
だけどわたしは一人で帰るのが好きだった。
一人の時でしかできないことが多かったから。
それは今まさに、目の前に映った。
「ひっく…ううっ…!」
悲しげな声を上げながら、雨に濡れた一人の女子高校生。
同じ学校の制服で、見覚えがある顔だ。
確か…同学年で、別のクラスの生徒だ。
彼女は山の中でずぶ濡れになりながら、蹲っていた。
わたしはそっと近付き、彼女を傘に入れた。
「どうしたの? そんなに泣いて」
彼女は驚いて顔を上げた。
眼が真っ赤になるぐらい、泣き腫らしていた。
「…殺されたの。このコ…」
そう言って目の前の石に視線を向けた。
丸い石が、盛り上がった土の上に置かれていた。
―お墓だ。
しかもこの大きさなら、犬かな?
「殺されたって、どういうふうに?」
「バイクで…轢かれたの! なのにアイツはっ…!」
彼女の声が、怒りに満ちる。
「アイツって?」
彼女が言った名前には、聞き覚えがあった。
わたしは地元の県立高校に通っていて、今は二年生。
その名前の人物は、同じ学年で別のクラスの男子生徒だった。
「数日前の夕方、このコを連れてここら辺を散歩してたの。そしたら…アイツがありえないスピードで突っ込んできて…!」
バイク…そう言えば、最近免許を取ったのだと、廊下で自慢げに話してたっけ。
そしてバイクも手に入れて、喜んで人気のない山道で暴走していたのか。
「なのにアイツは逃げたのっ! しかも翌日には平気な顔をして学校に来てっ…」
「問い詰めたりしなかったの?」
「したわっ! でも知らん顔されたの! 証拠も証人もいないだろうって」
あ~まあ確かにこんな山の中では、証人もいないだろう。
証拠だって、バイクを洗ってしまえば消し去ってしまえる。
「だからここへ埋めたのね?」
「そう…。だってもうグチャグチャのバラバラで…。拾うのも大変だったから」
そりゃあ持ち運ぶのも、大変だっただろう。
「悔しい…! アイツ、今も平気な顔をしている! 一つの命を奪ったのに、のうのうと生きているのよ!」
彼女の顔が赤く染まり、眼が大きく見開いていく。
まるで鬼のように。
「まあ今の法律じゃあ、ペットを殺されても相手は軽罪で済んでしまうからね。しかも未成年で免許取りたてだったのなら、なおさら…」
「そんなの許さないっ!」
彼女は立ち上がり、わたしを睨み付けた。
「アイツが不幸にならないなんて、おかしい! 幸せになるなんて絶対に許さないっ!」
女は怒ると修羅になり、とても美しくなる。
真正面から怒りをぶつけられているのに、わたしは冷静にそう思った。
だって眼はとても光輝き、頬には赤みがさしていて、唇も噛み締めているから真っ赤に染まっている。
化粧もせずに、女はこんなにも美しくなれる生き物だ。
くすっと笑い、わたしは彼女を見つめ返した。
「―なら、自分の幸せと引き換えに、彼を不幸にしても構わない?」
「えっ…」
ああ、途端に光が揺らいでしまった。
けれどわたしは笑みを浮かべ、続ける。
「アナタにはわたしが受けるはずだった『不幸』を一つ、引き受けてほしいの。換わりに彼にはアナタが望む『不幸』をもたらしてあげるとしたら?」
「あなたの『不幸』を…。どっどんな内容なの?」
「それはアナタが彼に望む『不幸』次第ね。軽ければ、軽いモノを。重かったら…やっぱり同じぐらいの重さを背負ってもらうわ」
「『不幸』次第…」
彼女は眼を伏せ、胸に両手を当てた。
きっと今は亡きペットの思い出を、よみがえらせているのだろう。
しばらくして、彼女は眼を開けた。
静かな、だけど強い意志を宿した光をその眼に映しながら。
「―分かったわ。『不幸』を引き受けるから、アイツをっ…『不幸』にして!」
「ええ、確かに引き受けたわ」
その時のわたしの表情は、きっと最上級の微笑みだっただろう。
彼女はもう少し、冷静になるべきだったのかもしれない。
わたしが彼女に与える『不幸』とは、彼女が考えるほど甘くはなかったのだから…。
でも考えないことを分かりつつ、契約を出したわたしもわたしだろうな。
きっと彼女は追い詰められていたのだろう。
ペットを殺された怒りに任せ、こんな契約を結んでしまうほどに―。
少し考えれば、おかしなことだと分かるはず。
…いや、分かっているからこそ、縋ったのかもしれない。
おかしいと分かってはいた。
けれど他に縋るモノがないからこそ、わたしに頼ってしまったのは、きっと周囲に打ち明ける人間がいなかったせいだろう。
彼は学校ではとても人気者。
勉強も運動もまあ中の上ぐらいのレベル、だけどとても人付き合いが上手かった。
恨みを買われにくいタイプとでも言おうか?
いわゆる世渡り上手な性格で、人の顔色を自然と見てしまい、順応力が抜群に優れている。
だから彼の味方をする者は多い。
下手に騒げば、彼女の方が悪者になってしまうぐらいに。
今回の件は特にそうだろう。
人気の無い山の中で、ペット一匹がバイクで轢かれた。
彼女が彼を犯人だと分かったのは、そのバイクに彼が乗っている光景を、学校の駐輪場で見たことがあるから。
そして事故った後、彼は一応止まったらしい。
そしてヘルメットを外して、自分の仕出かしたことを確認した。
…そこまでしたのにシラを切れるのは、罪悪感が全く無いからか、あるいは心の奥底ではかなりびびっているかのどちらかだろう。
知らない振りをすることで、自分の記憶から消し去ろうとする努力がある意味、泣ける。
「だけどもう一人、事故のことを知っている人間はいるからねぇ」
彼女は知っている。
そして誤魔化そうとも忘れようともしない。
彼はそれが恐ろしくてならない。
だからこそ今学校で、彼女のウワサを流しているんだろうな。
ウワサの内容は呆れるぐらい、悪いことばかり。
実は援助交際をしているとか、黒魔術をしているとか。
…でも黒魔術については、案外否定はできないかもしれない。
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