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夜/バイト開始
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わたしは仕事着に着替え、部屋に戻った。
この駅は独特な制服だ。黒づくめと言っても過言じゃない。
わたしの仕事着は女性用というだけで、男性用とあまりデザインは変わらない。
「それじゃ、今晩も行ってきます!」
「ああ、頑張ってな」
「ケガなどしないようにね」
「まっ、ほどほどにな」
三人を駅員室に残し、わたしは一人、ホームに行った。
わたしの『バイト』を開始する為に。
制服は独特のデザインのスーツみたいなもの。
この地下鉄は少し寒いので、生地は厚く出来ている。
わたしは帽子を被り直し、地下鉄の中を歩き出した。
電車を動かすのは、彼等の役目。
地下鉄の運営をするのも、彼等の役目。
わたしの役目とは、『案内』だ。
この地下鉄には、乗れる資格のあるモノと、乗ってはいけないモノが集まる。
最近、霧が濃くなっているせいで、『迷子』が多い。
行き先が分からなくなる迷子じゃない。
この地下鉄の意味が分からず、迷っているモノを『迷子』と言う。
つまり、乗る資格のないモノのことを、『迷子』と言うのだ。
わたしはその『迷子』を、正しい所へ案内するのが役目だ。
今日も地下にしては明るい駅の中を歩く。
一般の地下鉄と違って、売店やどこぞの宣伝ポスターなんかは無い。
ただただ壁が続くだけ。
入り口は決まっていない。
地下鉄に乗れるモノの前に、入り口は現れるから。
無音の中を歩いていると、現実味が無い。
…いや、これは皮肉だろう。
わたし達の血族こそ、現実味の無い存在だ。
でもまだわたしはマシな方。
従姉妹のマカは、それこそ感情が壊れそうなほど重い血族の運命を背負わされているのだから―。
音楽も音も聞こえない所にいるせいか、思考が暗くなりがちになってしまう。
頭を振り、気分を変える。
ふと、目の前にぼんやり人の姿が見えた。
もしやと思い、近付いてみる。
「こんばんわ」
声をかけると、和服姿の老女が振り返った。
「こんばんわ。今日は良い満月ですね」
霧で月は見えなかったが、そうか。今日は満月なのか。
「そうですね。ところで行き先はお分かりですか? 分からなくなったのであれば、ご案内いたしますが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今は待ち時間なだけなんです」
明るく言って、老女は懐から一枚の切符を見せた。
「…確かに。まだ僅かに時間がありますね」
「ええ、ご親切にどうもね」
老女は軽く頭を下げた。
「いえいえ。ならわたしと少しお話でもしましょうか? これもわたしの仕事なんですよ」
「あら、そう? 嬉しいわ。ちょっと寂しかったのよね。今夜は私だけかと思って」
「地下鉄に乗れば、いろんな方がいらっしゃいますよ。寂しくはありません」
「そう? …そうね、きっとそう」
老女はどこか悲しそうに微笑んだ。
「ちなみに思い残すことはありましたか?」
「いいえ、特には。平凡ながらも、幸せな人生でしたよ。先に逝った両親や姉達に会えるかと思うと、死ぬことも怖くないと思いましたし」
「それは良かったですね」
確かに老女には思い残すことはなさそうだ。
生前の美しい姿のまま、ここにいるのだから。
それは己の死を受け入れている証拠。
生を満足して、過ごした証拠。
「まあ望むならば、すぐに息子達に会わないことですかね」
「…何か心配ごとでも?」
「息子達は会社を立ち上げまして…。少々働き過ぎだと生前、もめましてね。孫達も寂しい思いをしていましたので、ちょっと…」
言い辛そうに、老女は語った。
「まあ死に行く私の言葉ですから、ある程度は意識してくれているとは思うのですけど…。なるべくなら、すぐに再会はしたくないと思いまして」
「そうでしたか…」
「まあ杞憂で済めば良いんですけどね」
語っていた老女は、ふと周囲をキョロキョロ見回した。
「あら、いやだ。そろそろ時間だわ」
「そうですか。それでは最後の良き旅を」
「ええ、ありがとう」
老女はにっこり微笑んで、歩いて行った。
老女は自分がどこへ行けば良いのか、分かっていた。
迷うことなき足取りが、それを物語っている。
―が、老女は珍しい方だった。
普通なら、エライモノになっていることが多い。
まあそれは彼等が対応することになっているから良いのだが、わたしの場合、『迷子』の対処が難しい。
この駅は独特な制服だ。黒づくめと言っても過言じゃない。
わたしの仕事着は女性用というだけで、男性用とあまりデザインは変わらない。
「それじゃ、今晩も行ってきます!」
「ああ、頑張ってな」
「ケガなどしないようにね」
「まっ、ほどほどにな」
三人を駅員室に残し、わたしは一人、ホームに行った。
わたしの『バイト』を開始する為に。
制服は独特のデザインのスーツみたいなもの。
この地下鉄は少し寒いので、生地は厚く出来ている。
わたしは帽子を被り直し、地下鉄の中を歩き出した。
電車を動かすのは、彼等の役目。
地下鉄の運営をするのも、彼等の役目。
わたしの役目とは、『案内』だ。
この地下鉄には、乗れる資格のあるモノと、乗ってはいけないモノが集まる。
最近、霧が濃くなっているせいで、『迷子』が多い。
行き先が分からなくなる迷子じゃない。
この地下鉄の意味が分からず、迷っているモノを『迷子』と言う。
つまり、乗る資格のないモノのことを、『迷子』と言うのだ。
わたしはその『迷子』を、正しい所へ案内するのが役目だ。
今日も地下にしては明るい駅の中を歩く。
一般の地下鉄と違って、売店やどこぞの宣伝ポスターなんかは無い。
ただただ壁が続くだけ。
入り口は決まっていない。
地下鉄に乗れるモノの前に、入り口は現れるから。
無音の中を歩いていると、現実味が無い。
…いや、これは皮肉だろう。
わたし達の血族こそ、現実味の無い存在だ。
でもまだわたしはマシな方。
従姉妹のマカは、それこそ感情が壊れそうなほど重い血族の運命を背負わされているのだから―。
音楽も音も聞こえない所にいるせいか、思考が暗くなりがちになってしまう。
頭を振り、気分を変える。
ふと、目の前にぼんやり人の姿が見えた。
もしやと思い、近付いてみる。
「こんばんわ」
声をかけると、和服姿の老女が振り返った。
「こんばんわ。今日は良い満月ですね」
霧で月は見えなかったが、そうか。今日は満月なのか。
「そうですね。ところで行き先はお分かりですか? 分からなくなったのであれば、ご案内いたしますが」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今は待ち時間なだけなんです」
明るく言って、老女は懐から一枚の切符を見せた。
「…確かに。まだ僅かに時間がありますね」
「ええ、ご親切にどうもね」
老女は軽く頭を下げた。
「いえいえ。ならわたしと少しお話でもしましょうか? これもわたしの仕事なんですよ」
「あら、そう? 嬉しいわ。ちょっと寂しかったのよね。今夜は私だけかと思って」
「地下鉄に乗れば、いろんな方がいらっしゃいますよ。寂しくはありません」
「そう? …そうね、きっとそう」
老女はどこか悲しそうに微笑んだ。
「ちなみに思い残すことはありましたか?」
「いいえ、特には。平凡ながらも、幸せな人生でしたよ。先に逝った両親や姉達に会えるかと思うと、死ぬことも怖くないと思いましたし」
「それは良かったですね」
確かに老女には思い残すことはなさそうだ。
生前の美しい姿のまま、ここにいるのだから。
それは己の死を受け入れている証拠。
生を満足して、過ごした証拠。
「まあ望むならば、すぐに息子達に会わないことですかね」
「…何か心配ごとでも?」
「息子達は会社を立ち上げまして…。少々働き過ぎだと生前、もめましてね。孫達も寂しい思いをしていましたので、ちょっと…」
言い辛そうに、老女は語った。
「まあ死に行く私の言葉ですから、ある程度は意識してくれているとは思うのですけど…。なるべくなら、すぐに再会はしたくないと思いまして」
「そうでしたか…」
「まあ杞憂で済めば良いんですけどね」
語っていた老女は、ふと周囲をキョロキョロ見回した。
「あら、いやだ。そろそろ時間だわ」
「そうですか。それでは最後の良き旅を」
「ええ、ありがとう」
老女はにっこり微笑んで、歩いて行った。
老女は自分がどこへ行けば良いのか、分かっていた。
迷うことなき足取りが、それを物語っている。
―が、老女は珍しい方だった。
普通なら、エライモノになっていることが多い。
まあそれは彼等が対応することになっているから良いのだが、わたしの場合、『迷子』の対処が難しい。
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