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第一章
前夜
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今回短めです
※※※※※※※※※※
「なんだこりゃ」
誰かがそんな声を上げた。
私兵団が前、騎士団がその後方を占め、輜重隊はその後ろ。騎士団が飯の種である輸送部隊を守る形で進んでいる為、貴族の子弟達は機嫌も良かったのだが、ここに来て困惑の空気が広がっていた。私兵団から連絡を受けた騎士団からも確認の為の騎士が前方へと走る。
「なんだこれは」
「それが分からんから聞いている」
大森林地帯まで特に変わり映えのしない平野が広がっているはずだった。
もっともそれ自体は当り前の話で、以前はこの近辺まで開拓村が広がっていた。畑を耕し、森に薪を拾いに行き、果実を採取し、獣を狩る。エルフ達との衝突はあったが、互いにギリギリの所で譲り合い、無視しあってはいたのだ。
しかし、王国の使者が正式にエルフ側に立ち退き命令を出した事でその均衡も崩れ、開拓村の人々は避難を余儀なくされた。
だが、直前まで、そこは確かに平野のはずだったのだ。それは立ち退き命令を出した使者からの報告でも確認されている。なのに。
「何故湿地帯になっているんだ?」
だが、そこは今、泥濘に塗れた湿地帯になっていた。
「うーむ、強引に渡れん事はなかろうが」
「だが、危険だぞ。見た所、水が溜まっている場所もある」
「……下手に深みにはまれば危険か」
なにせ全員が防具を身に着けている。
そして、そもそも泳ぐ、という技能を持つ者自体がこの時代少ない。そこらにプールがある訳でもなく、川があったとしても浅い所を利用するぐらい。子供達にしても遊ぶ、という余裕自体が限られているから足がつかないぐらい深い場所で泳ぐような技能を持つのは漁村出身など一部に限られている。
そして、泳げる者でも、着衣のまま泳ぐのはまた別だ。ましてや、動きにくい鎧を着たままではたとえ革鎧でも間違いなく溺れるだろう。
「自然になったものとも思えんな」
「だとしたら、エルフ共か?」
私兵団の中でも騒いでいたが、騎士団はもっと現実的な問題を優先した。
「とりあえず、今日はここまでにして幕舎を張りましょう。明日改めてうちの副団長らと話し合いをして今後の予定を決めたいのですが」
一部には納得出来ない様子の者もいたが、大多数の者は了承した。
橋をかけるのか、それとも筏を作るのか。或いは強行突入するのか。橋や筏を作るならその材料はどうやって調達するか。いずれにせよ即座に決められるような話でもなく、時間もかかるだろうし、今日中に決まったとしても終わる頃には日が暮れているはずだ。
さすがに闇夜の中、湿地帯を突破するのは避けたい。
「全員で、というのも入りきらないのでそちらの代表を決めておいて頂きたい」
「……了解した」
最下位の貴族位とはいえ、正騎士はれっきとした騎士爵を持つ貴族だ。
一方、貴族の子弟達はあくまで「親が貴族」というだけで、貴族ではない。つまり、実はこの場だけに限れば正騎士の方が偉い上、領地を得たりする事が出来なければこの場にいる貴族の子達の大半はそのまま貴族ではなくなるだろう。貴族だってそこら辺はせちがらいんだ。土地をその度に分けてたら、やがて全員が小さな領地を持つだけの貧乏貴族になってしまうし、子がいない貴族の家に養子に入れる者は極僅かだ。
しかし、正騎士の方も相手の親の事を考えると、あまり上手に出る事も出来ない。結果として、双方が譲り合うような形になってしまっていた。
まあ、副騎士団長はれっきとした貴族家の当主なのでさすがにそちらを呼びつけるという真似は出来ないが。
「では、また明日」
「明日昼前にこちらから伺うで良いだろうか」
「承知しました」
誰ともなく、私兵団側の一人とそう言葉を交わし、彼らは別れた。
そして、彼らが二度と会う事はなかった。
※※※※※※※※※※
「なんだこりゃ」
誰かがそんな声を上げた。
私兵団が前、騎士団がその後方を占め、輜重隊はその後ろ。騎士団が飯の種である輸送部隊を守る形で進んでいる為、貴族の子弟達は機嫌も良かったのだが、ここに来て困惑の空気が広がっていた。私兵団から連絡を受けた騎士団からも確認の為の騎士が前方へと走る。
「なんだこれは」
「それが分からんから聞いている」
大森林地帯まで特に変わり映えのしない平野が広がっているはずだった。
もっともそれ自体は当り前の話で、以前はこの近辺まで開拓村が広がっていた。畑を耕し、森に薪を拾いに行き、果実を採取し、獣を狩る。エルフ達との衝突はあったが、互いにギリギリの所で譲り合い、無視しあってはいたのだ。
しかし、王国の使者が正式にエルフ側に立ち退き命令を出した事でその均衡も崩れ、開拓村の人々は避難を余儀なくされた。
だが、直前まで、そこは確かに平野のはずだったのだ。それは立ち退き命令を出した使者からの報告でも確認されている。なのに。
「何故湿地帯になっているんだ?」
だが、そこは今、泥濘に塗れた湿地帯になっていた。
「うーむ、強引に渡れん事はなかろうが」
「だが、危険だぞ。見た所、水が溜まっている場所もある」
「……下手に深みにはまれば危険か」
なにせ全員が防具を身に着けている。
そして、そもそも泳ぐ、という技能を持つ者自体がこの時代少ない。そこらにプールがある訳でもなく、川があったとしても浅い所を利用するぐらい。子供達にしても遊ぶ、という余裕自体が限られているから足がつかないぐらい深い場所で泳ぐような技能を持つのは漁村出身など一部に限られている。
そして、泳げる者でも、着衣のまま泳ぐのはまた別だ。ましてや、動きにくい鎧を着たままではたとえ革鎧でも間違いなく溺れるだろう。
「自然になったものとも思えんな」
「だとしたら、エルフ共か?」
私兵団の中でも騒いでいたが、騎士団はもっと現実的な問題を優先した。
「とりあえず、今日はここまでにして幕舎を張りましょう。明日改めてうちの副団長らと話し合いをして今後の予定を決めたいのですが」
一部には納得出来ない様子の者もいたが、大多数の者は了承した。
橋をかけるのか、それとも筏を作るのか。或いは強行突入するのか。橋や筏を作るならその材料はどうやって調達するか。いずれにせよ即座に決められるような話でもなく、時間もかかるだろうし、今日中に決まったとしても終わる頃には日が暮れているはずだ。
さすがに闇夜の中、湿地帯を突破するのは避けたい。
「全員で、というのも入りきらないのでそちらの代表を決めておいて頂きたい」
「……了解した」
最下位の貴族位とはいえ、正騎士はれっきとした騎士爵を持つ貴族だ。
一方、貴族の子弟達はあくまで「親が貴族」というだけで、貴族ではない。つまり、実はこの場だけに限れば正騎士の方が偉い上、領地を得たりする事が出来なければこの場にいる貴族の子達の大半はそのまま貴族ではなくなるだろう。貴族だってそこら辺はせちがらいんだ。土地をその度に分けてたら、やがて全員が小さな領地を持つだけの貧乏貴族になってしまうし、子がいない貴族の家に養子に入れる者は極僅かだ。
しかし、正騎士の方も相手の親の事を考えると、あまり上手に出る事も出来ない。結果として、双方が譲り合うような形になってしまっていた。
まあ、副騎士団長はれっきとした貴族家の当主なのでさすがにそちらを呼びつけるという真似は出来ないが。
「では、また明日」
「明日昼前にこちらから伺うで良いだろうか」
「承知しました」
誰ともなく、私兵団側の一人とそう言葉を交わし、彼らは別れた。
そして、彼らが二度と会う事はなかった。
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