ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Shape of love

最上の愛④

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残り人生 68年 性別 女
桃山 陽子

0歳~
・大人気歌手の母と一般男性との間に生まれる。
・母は仕事で毎日忙しく、母の知らないところで父親からの酷い虐待を受ける。
・小学校卒業前に虐待のことが母親にバレて父親と母親が離婚。親権はもちろん母親へ。
12歳~
・私立の中学校に通いエスカレーター式に高校、大学へ。
・大学在学中に七光りタレントとして芸能界デビューをする。主にタレントや子役として活躍をする。
24歳~
・今までタレントや子役として活動していたが、歌手デビューを果たす。
・ドラマのタイアップ曲で新人賞獲得。ミリオン達成し、紅白出場をする。
34歳~
・父親が事故死。
・一般男性と結婚。
・母とのコラボ曲で3回目の紅白出場。
50歳~
・母が病死。
・娘が歌手デビューする。
68歳
・寿命を迎え永眠。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【母さんね、陽子を産めて幸せよ】
【お母さん!!私ねお母さんと一緒で歌手になりたいの。だってね!!お母さん歌ってる時お姫様みたいに綺麗なんだもん!!】

「母さん……」
 僕の口からふいにでたその言葉に自分で気づかなかった。
 僕の目からは、自然にポタポタと涙が落ちていた。黒い机の上に水たまりを作るほどに……。

『……さあ、3回目だよ』


 僕はまた篋の中に手を入れた。3回目は何故か篋の中に手を入れた瞬間から違っていた。今まで冷たかった箱の中は、ほんのりと温かかった。僕はそれを不思議に思いながらも紙を一枚取り出した。


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残り人生 64年 性別 男

0歳~
・シングルマザーの母親のもとに生まれる。
・家族2人での生活は貧しいが楽しく生活している。
17歳~
・友達がいじめられてるのを助けたせいでいじめの対象になる。






64歳 死去。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 頭の中に映し出された映像に映っていた少年に見覚えがあった。

 その少年は小さな公園で母親と一緒にいた。母親にブランコを押されて、楽しそうにそれでいて幸せに満ちた顔でブランコに乗る少年。

 小学校一年生の運動会。徒競走で1番を取り、自分の事のように大はしゃぎで喜んでいる母親に真っ先に駆け込んだ。

 中学校の体育祭。徒競走で1番になった。母親は子供のように無邪気に大喜びしている。そんな母さんの顔を見る、少年は幸せそうな顔を僕に向けている。 

 これは、僕の小さい頃だ。この紙……これは僕の人生だ。
 母さんととても仲の良かった父さんは僕が物心つく前に交通事故で死んで、母さんと2人だけど毎日楽しく生活していた。

 幼稚園に通っていた時、僕が母さんと離れたくなくて泣いていた時も、母さんは僕のことを見捨てずに、一緒に幼稚園まで行ってくれた。
 小学校に行きたくなかった時だって母さんは、いつだってどんな時も僕の味方だった。
 困った時は 母さん母さん だったけど、今は母さんに優しくしてもらってると……なんかうざったい気持ちや情けない気持ちになってしまうんだ。

 それに思い返せば今まで見てきた人生は辛いことにちゃんと立ち向かって、最後にはいい結果が返ってきてる……。
 僕は……今までいじめに立ち向かおうとしていなかったのかもしれない。
 いじめられてることも母さんに正直に相談すれば、このピエロに会うこともなかったのかもしれない。

(母さん………)



「ピエロさん。その人生にしてください」
 僕は決心した。

『本当にいいのかい? これからも辛い事や大変な事にあうかもしれないよ』

「いいんです。僕は、母さんに恩返しをしたいんです。辛いことから逃げてばっかじゃいけないって分かったんです。それに母さんは僕がずっと守っていきたいんです」
 僕はそう言って、久しぶりに本当の顔で笑った気がした。目から零れる涙はとても暖かいものだった。

『わかった。ここでの記憶は全て消して、元の人生に戻そう。さあ目を閉じて』

 僕は静かにゆっくりと目を閉じた。ここでの記憶を無駄にしないように。

『―――――――――した』

 ピエロが最後に僕に言った言葉は覚えていない。



 気が付くと、魚屋や定食屋のある寂れた商店街の右隅の既に閉店しシャッターの降りた文房具屋の前にいた。
 おぼろげな視界を目を凝らしてよく見るとホームレスもぽつりぽつりと歩いている。
 そしてなぜだか僕はホームレスのとなりに横たわっていた。

 僕は自分でも分からないまま走って家に帰った。
 そして何かが吹っ切れたようにいじめられてることを母さんに話した。

 母さんは、泣いていたけどちゃんと相談にのってくれて、僕は違う高校のある東京都内を離れた県に引っ越すことになった。





 10年後……。

 僕は社会人になって働いている。高校を卒業後、母への負担を少なくするため大学や専門学校などへは進学せずに就職した。
 その職場で働く後輩社員と結婚もして子供にも恵まれた。可愛い娘が出来て、母さんに孫の顔を見せてあげることが出来た。
 その時の母さんは、僕が小学校の頃、徒競走で1番になった時に見せた顔と同じ顔をしていた。

 時々、見たこともないピエロの仮面を被った喪服の男が夢の中に現れる。他人から見たら不気味に思えるはずのその男を僕はまったくそうは思わなかった。
 そのピエロの男は夢の中で僕にこう囁くんだ。


『君は正しい選択をした』と。
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