ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Tunnel of cherry blossoms

希死念慮⑤

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[故 永野知世 儀 葬式場]

 都内の葬儀場で行われた。母の葬式には多くの参列者が訪れていた。母は、私と一緒に父さんと妹の由実の墓参りに行った次の日、病院で急変し、そのままこの世を去っていった。その時の母の顔は何故か満足したような顔をしていた。それは私が見た母の最後の笑顔だった。

 遠くの田舎に住む親戚もわざわざ都内まで訪れてくれた。母の通っていた料理教室の友人や、地元で母の担当医だったお医者さんも参列してくれている。
 しかし、参列者の中に見覚えのない男性がいた。その男性は年齢30代頃で、とても優しそう雰囲気を醸し出していた。その優しい表情の中に悲しみに満ちた表情も併せ持っていた。

 その参列者が私の元へ来ると、私にいった。
『"桜のトンネル"は……とても綺麗なところですね』

 桜のトンネル。それがどんな意味なのか分からなかったが、何処かで聞いたような覚えのある言葉だった。
 私はその言葉が気になりすぐ、その参列者に声をかけようとしたが、気づいた時には目の前に彼の姿はなく、辺りを探しても見当たらなかった。

 そして告別式が終わった。

 私はその帰りにお父さんと由実の眠る墓に行くことにした。行く途中に通った花屋で私は花を二輪買った。
 その途中の道をふと見上げた。そこは母と一緒に墓参りをしに行った時に通った道。上に上げた視界に写っていたのは半分以上の花びらを失った桜だった。強く吹く風で桜の花びらが吹き荒れている。
 私はこの道を歩いていくうちにようやく思い出した。桜のトンネル。
私達家族の間でこの道をそう呼んでいたことを今になってやっと思い出した。

 その思い出が私の胸を強くしめつけ、私の目からは自然と涙が溢れ出ていた。

「お母さん、お父さん、由実。みんな大好きだよ……」
 私は涙でその桜のトンネルが汚れないように上を向いた。


 桜のトンネルを通り抜けた。そしてみんなが眠る墓についた。菊の花と赤いカーネーションを供えて、私はその前で片膝をつき、目を瞑った。

「……いつか、みんなで花見にいこうね……。お父さん、由実。桜のトンネルは今も変わらず綺麗だよ」
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