ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Tunnel of cherry blossoms

愛する人のために生きる④

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 そんな日々が続いたある日。
 一週間に一回のリハビリに母を送った帰り道。私は娘を抱きながら散歩でもしようかと病院の前の散歩道を歩いていた時、突然携帯に電話がかかってきた。携帯に表示された電話番号を見ると、それはまったく知らない番号だった。

「もしもし……」

 どこかで聞いたことのある声が電話越しに聞こえた。その声は少し暗く思えた。

「もしもし永野ですが。どちら様でしょうか?」

「斎藤です……由実さん。優二の母です……」
 電話の主は私の婚約者の母だった。どこかで聞いたことがあったのは当たり前だった。一度彼に連れられて、彼の両親の家に挨拶に行ったことがあったからだ。

「実はですね……」

 私は彼の母親の話を聞いて絶望した。私の婚約者、斎藤優二は仕事中、火事に巻き込まれ煙を吸い込んで亡くなったそうだ。

 私はすぐに彼の元へと向かった。何かの間違いであって欲しい。そう願いながら。
 彼のいる病院に着くと、私は……安置室に案内された。そこに行くまでの廊下には何人かの消防士が防火服を着たまま意気消沈した様子で立っていた。そして安置室に入ると中には、彼の両親と兄弟、それに消防士が一人いた。そして、中央にある台の上には、防火服を着て顔に白い布を置かれた人物が仰向けで寝ていた。
私はその白い布を取るまで信じていなかった。

 私はその白い布を静かにとった。
 煙で黒ずんでいたが、そこには優しい彼の顔があった。彼は目を閉じて安らかに眠っていた。
私は自然と膝が崩れ落ち、ダムが決壊した。目から大量の涙が溢れた。その涙は止まることをしらなかった。

「斎藤は……消化活動中……建物内に残されていた少女の声を聞き、救助に当たりましたが、火と煙に巻かれて殉職いたしました」
 そこにいた消防士がそう言った。彼の上司だと思わしきその消防士は黒こけた顔に、涙が溢れ落ちないように必死に堪えていた。

 私はしばらく放心状態で泣き続けた。

「由実ちゃん……優二の鞄の中にね。これが入っていたの」
 そう言って私は彼の母親に白い紙袋を手渡された。

 私はそれを受け取ると放心状態のまま、その部屋を出ていった。

 そして、外に預けていた娘を抱いて、私はそのまま何も考えず屋上に向かった。

 そして、病院の屋上についた。もうすっかり夜で屋上の端から見下ろす夜景がとても綺麗だった。

 無意識に私は、金網を乗り越え死を選択しようとしていた。死ねばまた彼に会える……と。
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