ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Treasure every meeting, for it will never recur

夢の価値 

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 32歳……。
【片宮京一郎 個展】

 お客さんはいつも通り少なかった。20代の頃にも2回ほど個展を開いたがどちらもお客さんは少なかった。

 まばらに私の絵の前にいるお客さんの一人によく来てくれている老人がいるのが分かった。
 その老人はハンチング帽に銀縁の眼鏡をかけて、無精髭を生やしていた。その老人の方に視線を向けていると、老人の方がこちらの視線に気付いたようで振り返った。そして私の方へと杖をつきながら歩いてきた。

「私は片宮先生の絵好きですな。私が好きだった人の絵に似てます」
 老人は小さくも優しい声でそう声をかけてきた。

「そうなんですね!!ありがとうございます!!」
 私は滅多に自分の絵を褒められないため、その言葉が物凄く嬉しかった。

 しかし、その老人に私は奇妙な感情を感じていた。その感情は悲しみや喜びだった。そして、ここではないどこかで会ったような不思議な感覚もした。


「あの……失礼ですがお名前は?」
 私は無意識のうちのそう訪ねていた。

「私は鮎川と申します」
 その老人はそう言った。




――――――――――――――――――――




【秋月栄太郎 個展】三日目
 秋月栄太郎の三日目の個展は、作者不在だった。
 何故なら個展が終わった二日目の夜、作者で個展の主催者でもある秋月栄太郎が事故にあって亡くなったためだった。工事現場を歩いていた時、鉄骨が落下し頭部に直撃したのだ。

 秋月栄太郎の個展は二日目と同じで相変わらずお客さんは少ない。
二日目に来ていた悲しそう目をした男性は今日も来ている。

「私はやっぱり……怪盗ちゅー助好きだったなぁ……。おやおや……来ましたね」
 そう言った男性の姿は煙のように一瞬で消えた。


 お気に入りのハンチング帽を被り、無精髭を生やして銀縁の眼鏡をかけた男性が個展会場へと入ってきた。その男性は会場を一周しながら全ての絵をじっくりと見て回った。そしてある絵の目の前で足を止めた。

 その絵は、終末を連想させる暗い背景に、悲しい表情をした男が真ん中に立っている。その男の両脇にはその男と似た男が何人も描かれている、そんな絵だった。その絵の題名は代役だった。

「秋月君。君の代わりはこの世にただの1人もいないよ。僕は君の絵が好きだから」
 そういった男性の目には涙が浮かんでいた。
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