ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Treasure every meeting, for it will never recur

純粋無垢な ③

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 そんなある時、美玲がいなくなり一人部屋に戻ったこの病室で夜寝ていると、瞼の裏からでも分かるような眩しい光が一瞬現れた。私はその光が眩しすぎて、すぐに目が覚めてしまった。そして重たい瞼を開いた。目の前にいたのは椅子に腰をかけ黒いスーツを身にまとった男性らしきもののシルエット。ベッドランプで照らされた男性の顔にはピエロの仮面が付けられていた。

『貴方に死を届けに来ましたよ』
 そのピエロは優しく語りかけるような声でそう言った。

「誰だお前は!!」
 私は突然の訪問者に驚きを隠せずにいた。病院の中だと言うのについ大声を出してしまった。私はその訪問者に見えないようにナースコールのボタンに手をかけた。

『とりあえずナースコールから手を離してください。私は死神です。貴方は今すぐ死にたいと考えていますよね?』

 私はナースコールのボタンから手を離した。不本意ながらこのピエロの言う通りだった。
 あの少女と出会って人間の温かさを初めて知ることが出来た。
これ以上生きていても私の周りにそんな温かい人間が来ることは無い。
 金に目が眩んだ薄汚い大人が私の財産を狙って作り笑いを私に向けてくるだけだ。私はそんな大人の一員から早く抜け出したかった。それは私が生きている限り叶わないことだった。
しかしこのピエロのことはまだ100%信用出来なかった。

「お前が死神だという証拠はあるのか……」

 私がそう言うとピエロは立ち上がると病室の壁をすり抜けて見せた。何かのトリックではと一瞬疑ったが私がずっとこの病室にいるのに仕掛けなど出来る筈がないと考え、大馬鹿だとは思ったがこの男を信用してみようと思った。
 ピエロはまるで私のその考えが分かっているかのようで気味悪く感じた。

『貴方の人生は残り8年です。なのでこの篋の中から2枚紙を取るだけで貴方は楽に死ぬことが出来ます』

 どこから出したのか私が一瞬目を離した瞬間にピエロの手には黒い立方体の大きな箱があった。

 私は言われるがまま箱の中に手を入れようとした。しかしピエロがそれを阻止しようと箱を動かした。

『すいません。その前に死神法で人生リセマラについて説明して同意を貰わねばなりませんので、説明させてください』

 ピエロはそう言うと人生リセマラとやらの説明を始めた。
 長ったらしい退屈な説明を聞いたが、要するに人生4年をこのピエロに渡すことで1枚紙を引くことが出来るという事だった。私の場合、2回引けばこのまま安らかに死ぬことが出来るらしい。
私はピエロから契約書を受け取るとすぐにサインをした。このピエロと言葉を交わすうちに長年生きてきた勘でこの男は信用できると思った。

 私はピエロが持つ箱に手を入れた。箱の中は冷蔵庫に手を入れているかのように冷たかった。私は奥にある紙を1枚取り出した。折り畳まれたその紙を開くこともせずに続いて紙をもう1枚取り出した。

 そしてその2枚をピエロに手渡した。

『もうこの世に未練はありませんか?』

「ああ。薄汚い大人の一員からさよなら出来るかと思うと嬉しい気分だよ」

 私がそう言うとピエロは少し驚いたような顔をして見せた。

「どうした?」

『いや、貴方みたいに未練もなくこの世を去る人は少ないので』
 ピエロはそう言うと少し顔を下げて暗い表情を見せた。

「君は未練があったのか?」

『……はい。私は未練しかありませんでしたよ』
 そう言ったピエロの顔は悲しみで満ちていた。


「そうか。だがな悲しみは時として憎しみを生む。生み出された憎しみは色褪せずに、ただただ色を濃くしていくだけだぞ。気をつけねばいつか憎しみに飲み込まれてしまう
。生きる希望を見つけるんだ」

『ありがとうございます。今は僅かですが希望がありますのでなんとか大丈夫です。それでは貴方の人生はこれで終わりです。目を閉じてください』

 私はピエロにそう言われると目を閉じた。
 最後に見たピエロの顔は私が今まで見てきた薄汚い大人達のそれとは違っていた。純粋無垢な人間の顔だった。
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