ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Treasure every meeting, for it will never recur

バレンタイン・カタストロフィー ⑧

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『そこのお嬢さん』

 私の後ろからそう言う声が聞こえた。私は突然のことに驚くが、すぐに周りを確認する。しかし街灯の少ない橋の上ではその声の持ち主を視認することが出来なかった。

『キミだよキミ』

 不気味にも思えるその声がまた私の耳に届くと、もう一度周りを確認する。すると私の後ろ誰かが立っているのが分かった。
 月を覆っていた黒い雲が晴れ、月の明かりで私の後ろにいるその誰かが、その正体が男性で黒いスーツを着ているのが分かった。ネクタイも黒く、よくみると喪服のようだった。
 そして一番驚き不審に思ったのは、その人物がピエロの仮面を被っていることだった。

『お嬢さん。今死のうとしてたね』

 そのピエロの声は、恐怖を煽るピエロの仮面とは裏腹に優しい声だった。私はその声に少し心の傷が癒えるのを感じていた。私はその時沖山君の優しい声とピエロの声を重ねていた。


「えっ、なんで分かるんです。あなただれですか?」

 私はその不審に男性に対して、少しの恐怖も抱かず普通に返答をしていた。

『私は死神です』

 その返答に私はただただ困惑するだけだった。死神なんて漫画や小説の中でしかきいたことがなかったのだから当然と言えば当然だ。
 今まで人の気配なんてまったくしなかったのに、いきなり現れたこと。それと普通の不審者ならば私に声なん掛けずに襲うか拉致するということを考えると、あながち嘘ではなさそうという考えに至った。

『なにがあったか詳しくは分からないが、命を簡単に捨ててはいけないよ。なにがあったんだい私に話してみないかい?』

 そう言うとピエロは白い手袋をつけた右手でパチンと指を鳴らした。
すると私が立っている目の前に、突然木で作られたベンチが現れた。
そしてピエロはその木のベンチを指し、どうぞと手振りをした。

 そして私はそのベンチに座った。隣にピエロも座る。今までは気にも留めていなかったがそのピエロの身長が高いことに気付いた。 
 私はふとそのピエロの仮面を見た。するとそのピエロが仮面の下で優しく微笑えんでいた。その笑顔に私はまた少し心の傷が癒えた気がした。私が口を開くまで待つピエロの姿は優しく、頼りがいのある人間だと感じるには充分だった。私はその不審なピエロの仮面をつけた男性に安心感を得ると、バレンタインの出来事を話したのだ。
 ピエロは話の途中、頷いたりしながら私の話を決して嫌がらず真摯に聞いてくれた。私はピエロに今日起きた最悪な出来事を聞いて貰ったことで重荷が取れた気がし、彩への怒りも少し和らいだ。それと共に冷静さも取り戻していった。

『……なるほど、親友に裏切られたわけですね』
 ピエロは何かを考えるかのように、腕を組んでいた。


「すいませ~ん!!」

 そのピエロが再び声を出そうと口を少し開いた時、突然遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 その声の持ち主が走ってくる足音が段々とこちらに近づいてきた。

 そしてベンチに座る私とピエロの目の前に着くと、膝に手を置きぜーぜーと息を切らしていた。

「遅れました。すいません。只今到着しました。いきなりピエロさんから連絡がきたから、急ぎましたよ」
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