ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Treasure every meeting, for it will never recur

バレンタイン・カタストロフィー ⑨

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 あれ、この声は今朝も聞いた……。
 その声の持ち主は、顔を上げてピエロの顔を見た。僅かな月明かりに照らされたその顔に私は驚いた。
 顔を上げたその声の持ち主は顔に黒いレースをつけていたが……少し透けていたためその人物が誰だか分かった。それは私の親友でありクラスの学級委員の花宮美希だった。制服を着ていることから、どうやら黒いレースをつけていること以外は、学校帰りのままのようだった。


「美希!?」
 私は驚きを抑えきれずにそう言った。すると美希はこちらを凝視してきた。

「えっ!! 舞依!?」

 美希の方も私に気づき驚いたようだった。美希は可愛らしい目をまん丸に開き、何度もこれが現実なのか瞬きをしている。私はこんな美希の顔を見るのは初めてだった。それもその筈で、今まで美希の驚いた顔を見たことがなかったからだ。
 美希は私が幻や幽霊ではないかを確認するように、私の体を自分の両手でポンポンと叩いたりさすったりした。
 そんな私と美希のやり取りに置いてかれている人物が私の隣に一人。

『……もしかして。君たちは知り合いなのか……?』

 ピエロはそう言い、ようやく私と美希のやり取りに入ってきた。言い終わったピエロの仮面の奥から、焦りの表情が感じ取れた。

『美希、今ちょうど彼女にリセマラを提供しようと思っていたんだ』

 ピエロが美希に向かってそこまで言うと、美希はピエロの言葉を遮るように言った。

「ダメですよ!! 舞依は友人なんですよ」


『しかし、このまま帰す訳にはいかないんだよなぁ……困ったな……このままこの子を返したら私がヨッフムさんに怒られるんだぞ』

 ピエロは頭を抱えて、困ったような顔をしていた。顔の上部を埋めるピエロの仮面はこちらを敵視するような目をしているのに対して、仮面で覆われていない下部の素顔部分は下唇を噛み助けを求めるような感情が見て取れた。
 少し慌てふためくピエロの様子は、先ほどまでの紳士的な様子とはまったく違っていた。

 すると、美希はピエロのスーツの裾を掴み、ピエロと少ししゃがませると、美希は背伸びを少ししてピエロの耳元に口と手を当てる。そして小さな声でピエロの耳に囁いた。
 ピエロはそれを聞くと、これはいい考えだ、といった感じに頷いた。
そして、今度はピエロが美希の背に合わせて腰を下げると耳打ちした。
私にはまるでその二人が本当の親子のように見えた。
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