ピエロの仮面は剥がれない

寝倉響

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Teru=Hanswurst

3月14日の蒼茫。

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 準級死神になり、早くも1ヶ月が経過した。私にも新人死神の部下が一人着くことになった。今はその新人に指導を行っているため、しばらく人間界に顔を出せずにいる。その新人はと言うと以前私が担当した人生リセマラの経験者の女性だった。
 彼女は私の部下となったため、私と同じピエロの仮面をつけている。
本当ならば今日も死神法や人生法の勉強を教えるつもりだった。

 しかし前から、今日ばかりは人間界に行くことを決めていた。今日は3月14日。美希から貰ったバレンタインのお返しをしなければと仕事の合間を縫って前々から準備をしていたのだ。

 私は部下をヨッフムさんに任せると、人間界へと向かった。
 私の足取りはとても重たく感じた。それは緊張によるものだった。女性にホワイトデーのお返しをするのは妻にしたことしかなかったからだ。

 人間界へと入ると、辺りはもう真っ暗だった。私は死神専用の携帯端末で美希を呼んだ。
 10分程すると待ち合わせ場所に指定した商店街に私服姿の美希が現れた。なぜだか隣には舞衣がいる。

「舞衣に連絡してなかったみたいなんで、舞衣も一応連れてきましたよ」
 美希は私が連絡ミスをしたと思っているようだった。確かに私はしょっちゅう連絡ミスをするので仕方ないのかもしれない。

「私帰りましょうか?」
 舞衣は私の表情を見ると気を使ったのかそう言った。

 おそらくバレンタインの日の出来事と今日の日付で私がホワイトデーのお返しのために舞衣を呼び出したのだと理解したのだろう。

『いや!!大丈夫だよ』
 私は少し慌ててしまったがすぐにそう言った。今舞衣を帰らせたら疑われサプライズにならないだろう。

 美希は私のその様子に不思議に思ったような表情を見せた。
 舞衣はというと私のことをよく観察しているようで美希の陰から手をグッドマークにしてこちらに向けた。舞衣は美希と違って勘が働くようだった。

『ヨッフムさんに呼ばれてこれから死神界へ来て欲しいんだ』
 私は死神界へ美希を連れていくためにそう言った。

「はい。わかりました」
 美希はまったく疑わずにそう返事をした。そんな素直な美希に嘘をつくのは少し嫌な気持ちだったが今回ばかりは仕方ない。



 私は顔が少し赤くなってしまった。
 私は美希と舞衣を連れて宙に死神界への扉を作ると死神界へと向かった。
 バベルタワーに入るとそのまま一直線にエレベーターへと向かった。エレベーターに乗り込むと私は最上階である150階を押した。例のごとくエレベーターは高速で上へ上へと上がっていった。僅か2分足らずでドアが開いた。

 私達の目の前に果てしなく広がっていたのは目を疑うほどの光景だった。
 真っ暗な空に四方八方に広がる青い透明な光。オーロラだった。
その青いオーロラは生き物のようにゆっくりと動いている。動く度に光の温度と濃さが少しずつ変化していく。

 私は美希と舞衣の顔を見た。2人とも夢中でこの美しい空を眺めている。美希の目はきらきらと輝きを見せていた。ヨッフムにこの場所を聞いておいてよかったと心底思った。ここに入るための料金は3人で私の給料2ヶ月分だったが出してよかったと心から思った。

 私はそんな2人を連れて屋上の先端へと向かった。
 そして下を見るように言う。私と美希、舞衣は手すりを掴むとゆっくりと下を見下ろした。

 150階から見下ろす景色はとても綺麗だった。
 空に浮かぶ星のように街は輝きを放っている。赤、緑、青、白と様々な色の光が大小問わずに広がっていた。


「いきなりこんな素敵なところに連れてきてどうしたんですか?」
 美希は景色を楽しみながらそう言った。

『ホワイトデーのお返しだよ』
 私もそう言うと美希が見ている景色を見た。

 舞衣はというと私と美希を気遣って、エレベーターの方へゆっくりと歩いていた。そして私にガッツポーズを向けて、頑張れと伝えるとそのままエレベーターに乗って行ってしまった。
 2人きりになったところで私はズボンのポケットから四角い箱を取り出した。

『美希、バレンタインのお返しだ』
 私はそのリボンのついた箱を美希に渡した。

 美希は少し驚いたような顔をこちらに向けていたが、すぐにその箱を受け取った。そしてその場で箱を開けた。

 箱の中に入っていたのは赤い革のベルトの腕時計。この時計は私が合間を縫って人間界でオーダーメイドで作れる時計屋さんに頼んで作ってもらったものだった。ベルトの裏面にはmikiとローマ字が彫られていた。
 美希はそれを手に取ると嬉しそうに手に着けた。そしてそれを空へと掲げて時計を覗き込んだ。美希の表情はとても嬉しそうだった。

「ありがとうございます!!そういえば舞衣がいない」
 満面の笑みを浮かべていた美希はキョロキョロと辺りを見渡した。

『舞衣なら先に降りていったよ』

「そなんですね。こんな綺麗な景色なのにもったいない」
 美希はそう言うと空を見上げた。

 口元に笑みを浮かべながら空を見上げている美希の後ろ姿はなんとなく妻に似ていた。

「あっ!!ピエロさんあれ見てください!!」
 美希は突然そう言って空を指さした。

 オーロラの後ろを光り輝く星が流れていた。それも一つではない。流星群だった
 光の跡を残して流れていく星はとても綺麗だった。
 美希の方を見ると、目をつぶり祈るように手を合わせていた。

『何を願ったんだい?』

「いつかお父さんとお母さん、美優にまた会えますようにって」
 美希はそう言うと流れていく星達を真っ直ぐな瞳で見つめていた。

『そうかこんなに流れ星があるんだ。一つくらい美希の夢を叶えてくれるかもな。私も一つ願っておこうかな』

 私はそう言うと目を閉じ、手を目の前に合わせた。


 どうか、私の娘が幸せで暮らせますように。と。
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