ユキバナの咲く地へ

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ゾルの過去

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 ダットン・バークト伯爵。御年五十歳、顔は厳めしく、鷲鼻で体格が良く、口癖は「絶好調!」。日頃からウォーフェイスを崩さないタフガイである。ターラム砦で、最も強い男だ。
 先祖は建国の際にこの地で戦った身分の低い兵士だった。軍人として数世代に渡り王家に仕え、一世紀前に王家が分断した際、その穴を埋めるようにバークト家は叙爵を受け、今では伯爵位を授かっている。また、ダットンは戦功を上げた事で将軍の称号を授かっていた。
 ダットンは王家への絶対の忠誠心を持ち、エルキアの民を愛してやまない。とりわけこの砦の兵は深く愛している。
 その愛は時として彼を過激な行動に駆り立てる。
 領地を踏みにじる、亜人や魔物に対して。

 亜人の対策を講じるため、会議室には指揮官、騎士団長、参謀、副司令官が集まっていた。
 参謀が説明を始めた。
 
「亜人たちは部族ごとに行動し、荘園を目差しているようです。大方、食い物が目当てだと思われますが、森で何か亜人の集団を動かす異常事態が起きたとも考えられます。数はオーク千、ゴブリン千、オーガ三百。二千強の集団ですな。森の中にはまだ亜人の部族が残っており、こちらの動きを伺っているようですが、それを含めて三千程の集団になるかと思われます」

「誠に以って、絶好調!」

 葉巻を咥えたダットンが、厳めしい顔付きでそう言った。

(何が絶好調なんだ?)

 と、グレイシャは思う。ダットンの事は尊敬しているが、何を言っているのか分からない事も多い。

「はい。おっしゃる通り、亜人共を駆逐する絶好の機会です。また、兵に実戦経験を積ませるにも良い状況と思われますな」

(ああ、そう言う事か。確か、ダットン将軍のモットーは『兵は常に絶好調であるべし』だったっけ。将軍の『絶好調』には色々な意味が含まれているんだろう。多分)

「ブタさんたちには沢山死んでもらい、明日の鍋の具になってもらおう。丁度ポトフが食いたかった所だ」

(……オークを食うのか? まぁ、食料が無かったら何でも食うのか。私は食べた事ないけど)

「つきましては、布陣はこのように展開してはいかがかと」

 と、参謀が陣容を説明する。
 皆、把握した。ダットンが口を開く。

「それでいい。が、一つ作戦を付け足すべきだ。俺に豚共を蹂躙させろ。連中の脇腹を抉りたい」

 ダットンの言う脇腹を抉るとは、騎兵を率いて敵の側面に突撃する作戦の事らしい。

(司令官が出陣するのか? じゃあ指揮権も移譲する事になるのか。本営に参謀が居れば作戦に支障は無いと考えての事か……? ダットン将軍は強いが、少し軽率な気も……。でも、将軍のこう言った所が兵の士気を上げるのかも)

「閣下の出陣はお控え願います。森の状況が今少しはっきりしましたら、どうぞ存分にお戦い下さい」

(……ダットン将軍を諫めるのも大変そうだな)

「参謀は俺の楽しみを奪うつもりのようだ!」

 本心か、冗談か、真顔でそんな事をダットンは言う。
 グレイシャはダットンの顔を窺う。
 厳しい。

(……ダットン将軍の強さは過去の英雄たちと比べて遜色ないらしい。昔、ドラゴンと勇猛に戦い勝利したと聞く。出陣したい気持ちは分かる気がするが……)

「そのつもりは毛頭ございませんが、閣下はこの砦の司令官であらせられます。猛将ダットンとは言え、後方に控え指揮を取るのは大将の勤めと存じます。将軍をお諌めするのも私の責務。私は私に与えられた勤めを果たしているものとご承知おき下さい」

(参謀の言葉は将校の総意だろうな。将軍には後方に控えて指揮を取って頂かないと、やはり不安と言うか、いざと言うとき混乱しそうだ。大規模な戦の経験が無い兵ばかりだからな。私もだけど)

 参謀の言葉に、ダットンがウォーフェイスを崩して眉尻を下げたため、居合わせた部下たちは皆笑った。

 ダットンは参謀の進言を受け入れ自ら出陣はしなかった。ダットン将軍の麾兵は千。本営からいつでも出陣できるよう待機する。

 この戦は多くの亜人を殺し、森からの脅威を減らす絶好の機会でもあった。わざわざ森から出て、こちらの戦いやすい平原に出てきたのだから、全力で討ち滅ぼしたい。森に追い返すだけでは、勝ったとは言えない。そう、ダットンは思っていたようだ。

(亜人の戦力はこちらの半分以下。普通に考えれば圧倒的にこちらが有利だが……この侵攻の原因が分かるまで、油断できない)

 始め、司令部は亜人の集団よりも、森で起きたと思しき異変の方を警戒していた。亜人たちの部族が協調して侵攻してくるのは、王国建国以来、始めての事だったからだ。



 この時、ゾルは二十人の兵を預かる兵長になっていた。ちなみに、親友のトランも兵長に昇進していた。二人とも、今年で二十二歳になる。
 ゾルたちの所属する部隊は、指揮官の命令の下すぐにターラム砦から出陣し、荘園東側に布陣した。
 この時の亜人たちは部族ごとにバラバラに森から出てきて荘園に向かって進んでいた。大群だが、用兵の知識があるようには思えなかった。

 軍は、荘園の西、中央、東の三カ所に二千ずつに別れて展開した。各部隊、右翼左翼に陸獣騎士団、中央に歩兵、空中に飛獣騎士団を配置する形で布陣を敷いた。少し遅れてターラム砦内の魔術師ギルドと神殿から派遣されたウィザードとクレリックが到着する。
 荘園に踏み込まれる前に、陣容は整い終えた。

 防衛戦が始まった。亜人たちを一歩たりとも荘園に踏み込ませるわけにはいかない。荘園は広大なため、兵たちは戦場を駆け回る事になった。
 この戦いは、ターラム砦軍の大勝利に終わる。
 軍は布陣を残したまま、数日の間昼夜を問わず警戒を続けた。
 亜人の侵攻が終えたと見て、司令部は軍をターラム砦に帰還させた。

 兵たちは砦に戻り、戦勝祝いをした。
 大規模な戦は始めてだったため、皆興奮が収まっていなかった。部隊に死者は出ていない。
 ゾルとトランは戦の神とゾルの信仰する神に乾杯し、一気にエールを飲み干した。
 二杯目の酒がもうテーブルに運ばれている。

「かー! うめぇー! こんな美味い酒は飲んだ事ないよ! 勝利って酒を引き立てるな、ゾル!」

「そうだな!」

「僕たちは凄く強かった! 騎士、兵、そして何よりゾル! ターラム軍に乾杯!」

「トランの活躍とターラム軍に乾杯!」

 二人は二度目の乾杯を交わした。

「聞いた話じゃさ、なんでもダットン司令官殿は、倒したオークの肉を鍋にして食ったらしいぞ! オークの肉なんて美味いのかな?」

「俺も食った事はないな。美味いんじゃないか?」

「ははっ。オークのポトフに腸詰め、香草焼き、ゾルなら何が食べたい?」

「食うなら腸詰めだな。腸詰めは普通に美味いからな」

「軍の飯は塩漬け肉が多いし、案外オークの方がイケるのかもな!」

「人型生物の中では一番抵抗がないしな」

「言えてる! 言えてる!」

 二人は酒を酌み交わし、宴もたけなわ。
 少しずつ潰れる兵が出てきて、酒場の席でぐうすか寝始めた。
 顔を赤らめたトランが、静かな口調で言った。

「実は、来月結婚する事になったんだ」

 トランに恋人がいる事は知っていた。
 ゾルも明るい気持ちになる。

「おめでとう」

「式にはゾルも来てくれよ」

「ああ」

「気になってたんだけどさ、ゾルは恋人も作らないし、結婚には興味ないのか?」

「使命の事を考えるとな。まだ、村を出て何も成し遂げていないから」

「そっか……。ゾルがいつか砦から居なくなると思うと寂しいな」

「まだ先の話だよ。ようやく魔法剣を買えたが、全財産を使ったからな」

「その剣、ゾルによく似合ってるよ。それにしても三千金貨貯めるなんて凄いな。僕なんか大して貯金ないよ」

 剣はエンキと契約を済ませていたが、帯刀するのは兵士の義務だったため、鞘に納めて腰に佩いていた。

「トランも競技大会に出ればいいんじゃないか? ロングボウの扱いは上手くなっただろ」

「そうだな……。来年は弓術だけ参加してみようかな」

 それも、束の間の出来事だった。
 亜人の集団の第二波が、キルデア大森林から侵攻してきた。
 数は前回より多く、五千は集まっている。
 少し雰囲気が前回の亜人たちと違った。この五千の亜人たちは、森を抜けた先にあるオークリー山脈の部族だと思われた。
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