ユキバナの咲く地へ

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終章

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 サザンドキア帝国、ガーネット宮殿。
 選帝侯に選出され、レストリア候がサザンドキア帝国皇帝に叙任されたのが十五年前。それにともない、レストリアに首都がうつされたのだが、山腹の田舎だったレストリアにそこまで人が集まることはなく、現在に至っても景気は変わらずにいる。
 皇帝に選出されたところで、田舎領主だった頃と何も変わりはない。
 むしろ、あれやこれやと余計な出費が増えただけだ。
 ガーネット宮殿の庭でコイに餌をやりながら、皇帝はそう思う。

 しかし、お家の事情だけで税を上げるわけにはいかない。自領の防衛や整備のための増税であれば民も納得しようものだが、領内になんの利益もない税を取れば民は不満を抱く。
 極端な話、内乱の火種にもなりかねない。
 内乱や戦争が一番金がかかるのだ。いいことなし。それで儲かるのは戦争で商売している傭兵や商人だけだ。
 争わず、できる限り何ごとも穏便に収める。

(それが余のやり方……)

 金策には私札の発行をしてなんとかやりくりしている。領内の豪商が主な買い手になっているが、それだけでは金が足りず、最近では聖王国の銀行にも売り渡している状況だ。

 銀行に購入してもらっている分の私札に関しては、担保はレストリア領の将来に渡る税収だ。信用だけで金を借りていた。

 それもこれも皇帝という立場が悪い。
 一介の田舎領主だった人間に皇帝位を授けられても、サザンドキア帝国を治めるだけの収入などないのだ。そのくせ、諸侯は一カッパーの貢納金もよこさない。まるでババ抜きでジョーカーを引いたような心境だ。

 とにかく、それでも皇帝である以上、この国の君主には違いない。
 ほとんどの人族国家で血統は重要視される。
 カレル三世も遡れば偉大なるデミゴッド、初代皇帝の末裔である。
 だが、その血は薄れ、もう特別な力など受け継いではいない。
 それでもカレル三世を民や諸侯が皇帝として認めるのは、神殿の持つ民衆への影響力が大きいからだ。
 選帝侯により選出された侯爵は、教皇により皇帝位を授けられる。
 これにより、皇帝が神に認められた存在だと民衆に示すことになる。
 実際には、神からの啓示などないのだが。
 人が勝手に皇帝を選出しているだけだ。

 ちなみに、竜大国ではドラゴンが大王として国を治めている。
 アズマ国でも、デミゴッドが君主だ。
 この二国では、君主は絶対の支配者として君臨している。

 力のある君主というのは、それだけで十分に民を惹きつける。
 カレル三世も、この二国の君主が少し羨ましかったりする。
 この地位を得て唯一良かった思えることは、子供たちの結婚相手を自由に決めることができることだろうか。



 権力を強化するためには、ライバルに勝たなければならない。そのためには武力を持ち、政略を用い、間諜を至る所に放って他国他領の情報を集め、相手よりも優位に立つ必要がある。
 だが、人族同士で無用な争いを招くことは神殿に禁じられているし、公国、王国、帝国は同盟を結んでいる。
 これを破ることはできない。
 そうなると、国内で権力を強化する手段は必然的に政略結婚ということになってくる。

 カレル三世は、自分が生きている間に子供や孫を有力な家と婚姻させ、レストリア家の権威を盤石なものにしようと考えている。
 資産家の家と姻戚関係を結べば、それだけレストリア家も大きくなる。
 大して力のない皇帝と言えども、その地位の持つ影響力は大きい。皇帝の嫡子となれば、縁談に不満を持つ者はいない。

 皇帝には現在五人の実子がいる。男子三人、女子が二人だ。
 長男、次男はもう成人し結婚している。
 長男の相手はサザンドキア帝国の侯爵家の娘だ。次男はエルキア王国の伯爵家の娘を娶っている。どちらの家も富豪である。いい縁組みだったと皇帝は満足している。

 三男は長男の領内に騎士見習いとして勤めており、歳はまだ十四歳と若い。来年十五歳になったら騎士の叙任をして、結婚相手を探すつもりでいる。エルフ国か聖王国から嫁を見つけたい。
 長女はサザンドキア帝国の侯爵家へと嫁いでいる。
 まんべんなく、各地の有力者と姻戚関係を結んでいた。

 次女は十六歳。年頃だ。
 そろそろ結婚を考える時期だが、皇帝の側近として働いており、仕事ができるためいなくなると困る。魔法の腕も達者で、この歳で第三位階魔法を扱うことができる。
 いっそ、オリハルコンやアダマンタイト冒険者の婿養子でもとってしまおうか。

 婿共々宮殿に勤めさせておき、然るべき時期が来たら知行を与える。在野の戦士の方が世襲貴族より上手く領地運営する例も多い。
 実力者の婿を見つけられれば、北の守りを任せたいとも思う。
 かの地は常にミノタウロス族からの脅威に晒されているため、強い城代を必要としている。

「アダマンタイト……いや、贅沢は言わん。オリハルコンでもよい。その代わり若く聡明な美男子がいいのぉ」

 誰かそんな相手はいないものか。
 早く心配の種をなくしたい。



 カレル三世には特に武芸に秀でたところや学問芸術に優れたところがあるわけではなかった。凡人だからこそ皇帝に選出されたと、そんな噂も囁かれている。
 あまり野心がある者を皇帝に選びたくはない。かと言って空位にするのもよくない。それが選帝侯の思惑だ。


 しかし、皇帝には一つだけ特技がある。
 他人の器を計ることだ。臣下の能力を見極める力と言えるかもしれない。
 これは特殊技能や魔法の類いではない。
 ただの眼力、皇帝が苦労して身につけた人を見る力である。

 優秀な者を登用し、能力に応じた職を与える。これができれば国は治まり、民は幸せに暮らすことができると書物に書かれている。そうであろうなぁ、と皇帝も思う。


 レイ司祭を登用できたのは大きかった。
 いっそ世襲貴族としてレストリア家に仕えてほしかったが、レイの性格や任務を考えるとその責は重いように思えたため、一代限りの爵位を与えるに留まった。

 司祭が領主になってから、プラヴェール領は発展している。平和は保たれ、民は安寧に過ごしているという。優秀な者の所には優秀な者が集まるのか、第五位階魔法の使い手がレイ司祭の臣下……と言うか仲間に三人もいる。メザイア、エメル、エルザのことだ。

 第五位階魔法の使い手となれば、雇うとなると年俸一万金貨以上必要になる。それがタダで村で暮らしているのだからレイ司祭の手腕を褒めるしかない。

 宝石の埋蔵場所を発見したのもレイ司祭の仲間だ。あの場所は昔、竜の巣だったのではないかと調査したドワーフは話している。
 発掘された財宝は金貨にして十万にのぼるという。これには財務長官も満面の笑みだ。
 それから宝珠の塔での一件。パルの町から税収を取ることができるようになった。実に見事な働きである。
 

 今、皇帝が気になっているのは、エルザのことだ。
 実際に一度この目で見てみたい。レイの報告書を読み、皇帝はそうした想いを抱いていた。
 ふいに、後ろから声がかかった。

「お父様、何をお考えです?」

 次女のルチラ姫だ。

「エルザのことをな」

「それでしたら、レイから報告が入っていましたよ。お父様にお目通りが叶うことを、望外の栄誉に思うとのことですわ」

「そうか……。レイ司祭が上手く話をしてくれたんだろう」

 この謁見について皇帝が重臣に相談した際に、宰相と司教が難色を示した。

 エルザはニール公爵を殺している。他にも数人の貴族をシベール半島の墳墓に送り込み、罰を食らわせた。狂気の沙汰だ。怒らせると何をするか分からないらしい。

 彼女は第五位階魔法コーン・オヴ・コールドを使えるソーサラーだ。
 拝謁となれば、皇帝の御座所のすぐそばまで近寄るわけで、弑することができてしまう。
 その可能性があるだけで、臣下からすれば軽々に認めるわけにはいかないと言うのだ。

 謁見には条件がつき、コーン・オヴ・コールドの射程範囲の外から行うことになった。玉座から二十メートル離れることになる。
 また、近衛兵を皇帝の前面に配置し、元アダマンタイト冒険者の近衛長を抜刀の上二人のそばに置き、怪しい動きがあれば即座に対処させるといったものだった。

 こんなに警護を厳重にしなくても。と、皇帝は思う。なんだか皇帝の権威が落ちる気がする。それにエルザも不快に思うだろう。
 しかし重臣や近衛長の意見だ。その通りにするべきなんだろう。

「何か御懸念でも?」

「いや、そういうわけではない。いっそ、エルザをレストリア家の養子にしてはどうかと思ってな。儂の娘になってくれんかな?」

「お父様はエルザさんを養子にして、どうなさるおつもりです? 他家に嫁がせるおつもりですか? それなら反対です。エルザさんにはゾルさんがいますし、政略のために養子にするのはエルザさんに失礼ですよ」

「いや、無論だ。政略など、そんなことは考えてない。儂もエルザには自由に生きてもらえればよい。縛るような真似はせん。結婚相手にも口を出すつもりはない。その上で養子を考えるのは、人族の将来を見据えてだ」

「そういうことであれば、私に異論はありませんけれど……。エルザさんは引き受けて下さるでしょうか?」

「分からん。こればかりは、会ってみないといかんな」

 エルザに神聖なパワーが宿っているのは周知の事実だ。
彼女に神や天使の血が流れているのは恐らく間違いない。そしてこれも憶測だが、彼女ほどの潜在能力を持っている存在となれば、いずこかにある故郷の国の王族であってもおかしくはない。

 エルザが養子になってくれれば、エルザが故郷を見つけたときに、その国と友好関係を築くのが容易くなる。


 とは言え、これは皇帝の先物買いである。
 もしかしたらエルザが人族の脅威となる存在と関係があるのかもしれないのだ。
 とにかく、一度本人を見てみないといけない。
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