36 / 57
終章
9
しおりを挟む
ガーネット宮殿にも、その話は届いていた。
養子ではあるが、皇女の立場になったエルザはこの地位を堂々とガーネット宮殿で利用していた。
大体のことは、皇帝から下賜された王家の紋章の入った指輪を見せれば許される。
自由奔放な姫である。
「エ、エルザ姫!」
「お義父上に用があって来た」
「は! どうぞお通り下さい!」
と、門衛は背筋を正して道を空ける。
エルザはいつもの黒い外套姿にローグ装備といった冒険者の身なりで、正門からズカズカと宮殿に入り皇帝のいる庭園へと向かう。
「姫、ご機嫌麗しゅう」
宮廷に勤める文官や騎士が頭を下げて通路を空ける。
と、歩いていたら偶然ルチラ姫と出くわした。
「皇女殿下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう」
エルザは通路の端に寄って会釈する。
「お義姉様に於かれましてもご機嫌麗しゅうございます。本日は皇帝陛下に面会のご予定ですか?」
エルザの方が一歳年上であり、ルチラ姫からお義姉様と呼ばれている。
とは言え、養子であるためエルザも実子には気を遣っている。
ちなみに、エルザがこの宮廷で気を遣う相手は皇帝、皇后、ルチラ姫の三人だけである。
と言っても通路で会ったら道を空けて挨拶するだけだが。
この辺は宮廷のしきたりに従っているが、エルザが高貴な身分の生まれであることはほぼ間違いないと思われているため、ルチラ姫や皇后も身分の上下を感じさせないよう、エルザにできる限り配慮しているようだった。
オリハルコンランクで機関と繋がりを持っている冒険者であることもエルザに箔をつけており、重臣たちも今ではエルザを信頼している。
エルザとしても皇帝を義父と呼ぶ以上、できれば宮廷の重臣たちの地位や身分、血縁や付き合い、しきたり、伝統、行事、歴史、マナーなど色々と覚えたいと思っているが、まだあまり知らない。
多分、困った時は周りがなんとかしてくれるだろう。
「いや、別に。旅に出る日が決まったから一言伝えに来ただけだ。いないなら伝言を残してすぐに帰る」
事前に連絡はしていなかった。
ただ数日前に、皇帝が領内の巡幸(主にゴルフ)から戻ったとエルザは聞いており、宮殿に行けば会えると聞いていた。
「一度戻って来られたのですけど、今度は皇后陛下と離宮の方へお出かけになりました」
「分かった。じゃあ帰る」
「あ、待って下さい。せっかく足を運ばれたのですから、ゆっくりして行って下さい。お庭の方に席をご用意します」
「ありがとう」
「いえいえ、とんでもないことです。さあ参りましょう」
庭園のあずまやで二人はささやかなお茶会を開いた。
このガーネット宮殿は初代皇帝の時代に造られたらしい。趣きがあり、庭園は景色が良い。
造園は和洋折衷といった風情だが、これはアズマ国や竜大国から献上されたものを活かしている。
コイや松などは、皇帝が気に入っていると知ってアズマ国の使節がわざわざ陸路で運んできたらしく、池が造られたり庭土を変えたりして大事に育てられているそうだ。
室内の調度品には東ガズールの品もあった。
サザンドキア帝国の外国交際は相当に広いようだ。
「前から気になっていたんだけど、なんで目に布を当ててるんだ?」
ルチラ姫は両目を黒いアイマスクで隠している。
目が見えないわけではないらしい。
「特殊技能を制御するためですよ。能力はゾルさんと似ていますけど、私の場合魔力ではなく、人や魔物の能力値が見えるんです」
「便利だな」
「ええ、でも見られたくない人もいるでしょうから、こうしてマジックアイテムのアイマスクベールで隠しているんです」
「私の数値も見えるのか?」
「はい。お教えしますか?」
「うん。知りたい」
ルチラ姫はアイマスクを外した。
「エルザさんは筋力12(+1)、耐久力12(+1)、俊敏力18(+4)、知力12(+1)、判断力12(+1),魅力20(+5)です」
「凄いのか凄くないのか分からない。あと、カッコの数値はなんだ?」
「神殿の話によると、この世界はゲームの盤上のようなものだそうです。我々は言わば、盤上の駒のようなもの。カッコの数値はその遊びに使う際の修正値と呼ばれるものだと言われています。エルザさんの数値についてですが、かなり凄いですよ。指輪を外したらさらに上がるかもしれませんね。視てみますか?」
「いや、今度でいい。なんか、前にそんな話を聞いたことがある。神々ですら、盤上の駒なんだろ? じゃあ遊んでいるのは誰なんだ?」
「〈運命〉と〈偶然〉だそうです。運命と偶然には誰も抗えないのかもしれませんね」
「なんだか、僧侶の説法を思い出した」
ルチラ姫はアイマスクを元に戻した。
「私の能力とは関係ありませんが、帝国では各国の武力をゲームのように数値にしているんですよ」
「エルキア王国とサザンドキア帝国はどっちが強いんだ?」
「この二カ国は互角ですね。こんな感じです。公国15万、王国25万、帝国25万、聖王国25万、バロニア20万、竜大国100~150万、アズマ国25万、エルフ国50万、ドワーフ国50万」
「竜大国だけ飛び抜けて強い」
「はい。内裏の戦闘力が未知数ですので、おおよその値しか出ていませんが」
「内裏って、大王と近衛の戦闘力ってことか? そいつらの武力だけで五十万も数値が変わるのか?」
ルチラ姫は頷く。
「竜大国の大王は数十世紀を生きるドラゴンです。近衛も選ばれたドラゴンヒューマンたちなので、かなり強いと言われています。マジックアイテムの保有量もかなりの量だと予想されますので」
「それだけ武力があるのに、竜大国は世界を支配しようとしたりしないのか?」
「そうした思惑はないようです。力を蓄えているのは、なんでも次の神魔戦争に備えているからだとか」
「神魔戦争なんて大昔の話だろ。また起きるのか?」
「分かりません。今はその予兆すらありませんが」
「他の国は大体同じくらいの強さなんだな」
「そうですね。友好関係にある五カ国、公国、王国、帝国、聖王国、バロニアの戦力を合計すると、竜大国と互角に戦えると見積もられています。戦争になることはないと思いますが」
「私の故郷はどのくらいだったんだろ?」
「ウィンターランドは未知です……ですが、もしエルザさんの故郷の人たちが、エルザさんと同じように魔力の色を操る能力などを持っているとなると武力はかなり高かったでしょうね」
エルザはそうなんだなぁ、と感じる。
「ルチラ姫は色々と知っているんだな」
「いえいえ」
「そう言えば、ニール公爵の作戦だったトライアングル構想ってなんだったか知っているか?」
「三領の軍事同盟ということになります。もし敵が攻めて来たとき、ニール公爵を全軍の総帥に就かせるといった特別な措置も含まれていました。費用の多くをニール公爵が負担する約束をして領主たちを納得させていたようです。森林のドラゴンが一斉に攻めてきても追い返すことができるはずだったようですが」
「絵に描いた餅だな」
「あの戦いは、もしオークリー山脈で暮らすバーバリアンたちを味方にしていたら戦況は変わっていたかもしれません。少なくとももっと情報を掴むことができていたと思うんです」
「どちらにせよ、悪魔に古代魔法を使われて負けだ」
「やっぱりそうですよね。犠牲が増えてただけで」
「古代バロニア帝国の時代から、人と亜人との戦いは続いてきたみたいだけど、こうして悪魔の干渉を受けるたびに負けてきたんだろうな。悪魔が裏から戦争を引き起こしている理由も、全て人の、魂、を手に入れるためだろ?」
「恐らくは。他にも、戦争を長引かせて世の中を混乱させようとする意図があるのかもしれません。人の心につけ入りやすくするために。でも、一つ気になることがあるんです。古代魔法に、魂、が燃料として使われるなら、戦争で得た分の、魂、を使ってしまうことになります。悪魔もあまりあの魔法は使いたくないはずです。それだけターラム砦の兵が強かったということでしょうか?」
「悪魔を捕らえたら、その辺のことは全部吐かせる」
悪魔が魂を回収できるのは、悪行を犯した者や契約を交わした者が死んだときだ。
古代魔法で無差別に人を殺しても、死者が増えるだけで悪魔は魂を手に入れることはできない。
ターラム砦の兵が強いから古代魔法を使った、と考えるのは妥当だと思えるし、亜人たちが手に入れたものの大きさを考えれば使った分の魂は十分に補っているようにも感じられた。
堅固なターラム砦だけでなく、亜人たちは兵たちの装備品や大量の巻物、備蓄していた食糧、さらに荘園や人の奴隷まで手に入れることができたのだから。
それとも何か他に目的があったのだろうか?
人を虫ケラのようにしか思っていないだけなのか。
悪魔の考えることだ。
どうせ碌なことじゃない。
とエルザは思い、話をしてるだけで怒りが込み上げてきそうになる。
「ご武運をお祈りいたします。無事に帰ってきて下さいね」
「ああ」
「王国の戦争、聖王国の高利貸し、バロニアでの汚職の数々。シベール半島の墳墓にいたゼスも、もしかしたら悪魔と関係があったのかもしれません」
「そう言えば、麝教はあれからどうなったんだ?」
「はい。私も神殿から送られてきた調書を読んだのですが、暗殺者のリーダー、ラディスが自供して分かった信徒の取り調べは終わったそうです。犯した罪には刑罰が科されますが、末端の信徒を全て見つけるのは難しいかもしれません。それにしても、信徒のあのプライベートを覗き見る能力は恐ろしいですね。滅ぼして下さって本当にありがとうございました」
「やっぱり私は正しかった」
と、エルザは鼻を高くした。
「はい。神殿はこの件を伏せていますが、民衆は麝教壊滅をいたく喜んでいます」
エルザは静かに頷く。
「聖王国で銀行の高利貸しが許されるのもおかしい」
と、エルザは言ってお茶に口をつける。
ルチラ姫は小さく頷いて言った。
「金利を上げても、神殿が信仰のパワーを失うことがないと言った理由で許されているみたいですけど……」
「いや、上手い抜け道があるだけだ。恐らく何人かの僧侶を犠牲にしている」
「悪魔ですね」
「それにバロニアの選挙もおかしい。なんで明らかに変な奴が議員になれるんだ?」
「バロニアは共和制ですから、仕方ない部分もありますけど。選挙は変えることのできない仕組みですし」
「投票なんて悪魔が簡単に操れるだろ」
「そう言われると、そうですね。元首はいい方なんですよ」
「でも駄目だろ」
ルチラ姫は相槌を打って言った。
「エルザさんは、超常の存在の勢力範囲をご存じですか?」
「知らない」
「神々の支配領域は公国、王国、帝国、聖王国、バロニアの西側諸国とエルフ国、ドワーフ国、都市同盟です。それと少し離れていますがアズマ国も含まれます。他にドラゴンが治める国が竜大国と西の大陸にあります」
「うん」
「神々と対立する怪物の支配領域は南の大陸にあり、ここには人間はもちろんですが、蟲人族やダークエルフ、イヴィルドワーフなどが暮らしています。私たちが神々を信仰するのと同じようにこれらの種族は怪物を崇めてます。怪物は悪属性であり、混沌から生まれる存在です。ですので我々とはあまり交わることはありません。ちなみに、亜人や魔物はどこにでもいます」
「うん」
「悪魔というのは、この神々の支配する領域に姿を見せます。神々を敵に回さない範囲で人族に関わろうとしてきているんです」
「じゃあ、悪魔は南の大陸や竜大国にはいないのか?」
「比較的、少ないと思います」
「悪魔は大して支配領域を持っておらず、神々を恐れている。……じゃあもしかして、君主たちは、国が悪魔に被害を受けるのは仕方ないと諦めているのか? 放置していても、国を滅ぼすだけのことはしてこないと高を括って」
「悪魔による被害は、天災と同じだと考えています。ですから、君主たちはこのいわゆる腫瘍、を取り除こうとはしません。内包したまま国を運営するしかないんです」
「それは、分かった。歪んでいる。一つ思ったことを聞いていいか?」
「はい」
「……私の故郷を支配領域に持っていた、超常の存在はなんなんだろう?」
「ウィンターランドは未知の世界ですから、何とも……」
「もしかしたら、そこに悪魔が私の故郷を滅ぼした理由があるかもしれない」
「理由……?」
「神々、ドラゴン、悪魔、怪物の他にもまだ超常の存在がいる」
「東ガズール諸国では、強大な力を持つ精霊や魔物を崇めていますけど……そういう類いですか?」
「いや……私が思いついたのは、古代神のことだ」
「古代神……あまり詳しくは存じませんが」
「あまり気にしないでいい。ただの戯れ言だ。ただなんか、〈運命〉と〈偶然〉は遊びすぎだ。駒の身にもなってほしい。そう思ったんだ」
「それは私も同感ですよ」
エルザはもうしばらくそこでルチラ姫と話を続けた。
歳が近いからか二人は気が合い、エルザはこれまで経験してきた冒険などについて詳しく語ったり、ルチラ姫からは皇帝が自分の結婚相手を探しているといったことを聞いた。
ルチラ姫のステータスを視る特殊技能が貴重で、皇帝は彼女を手放すつもりがないようで、今のところルチラ姫がどこかに嫁ぐことはなさそうだということだった。
結婚まで親に決められるのだから貴族の子女は苦労してるんだなぁ、とエルザもルチラ姫の話には真剣に耳を傾けていた。
風が少し冷えてきたと感じる頃、二人はまたお話をしようと約束してお茶会を終えた。
ルチラ姫に正門まで見送られて、エルザはシガル村へと帰った。
養子ではあるが、皇女の立場になったエルザはこの地位を堂々とガーネット宮殿で利用していた。
大体のことは、皇帝から下賜された王家の紋章の入った指輪を見せれば許される。
自由奔放な姫である。
「エ、エルザ姫!」
「お義父上に用があって来た」
「は! どうぞお通り下さい!」
と、門衛は背筋を正して道を空ける。
エルザはいつもの黒い外套姿にローグ装備といった冒険者の身なりで、正門からズカズカと宮殿に入り皇帝のいる庭園へと向かう。
「姫、ご機嫌麗しゅう」
宮廷に勤める文官や騎士が頭を下げて通路を空ける。
と、歩いていたら偶然ルチラ姫と出くわした。
「皇女殿下に於かれましては、ご機嫌麗しゅう」
エルザは通路の端に寄って会釈する。
「お義姉様に於かれましてもご機嫌麗しゅうございます。本日は皇帝陛下に面会のご予定ですか?」
エルザの方が一歳年上であり、ルチラ姫からお義姉様と呼ばれている。
とは言え、養子であるためエルザも実子には気を遣っている。
ちなみに、エルザがこの宮廷で気を遣う相手は皇帝、皇后、ルチラ姫の三人だけである。
と言っても通路で会ったら道を空けて挨拶するだけだが。
この辺は宮廷のしきたりに従っているが、エルザが高貴な身分の生まれであることはほぼ間違いないと思われているため、ルチラ姫や皇后も身分の上下を感じさせないよう、エルザにできる限り配慮しているようだった。
オリハルコンランクで機関と繋がりを持っている冒険者であることもエルザに箔をつけており、重臣たちも今ではエルザを信頼している。
エルザとしても皇帝を義父と呼ぶ以上、できれば宮廷の重臣たちの地位や身分、血縁や付き合い、しきたり、伝統、行事、歴史、マナーなど色々と覚えたいと思っているが、まだあまり知らない。
多分、困った時は周りがなんとかしてくれるだろう。
「いや、別に。旅に出る日が決まったから一言伝えに来ただけだ。いないなら伝言を残してすぐに帰る」
事前に連絡はしていなかった。
ただ数日前に、皇帝が領内の巡幸(主にゴルフ)から戻ったとエルザは聞いており、宮殿に行けば会えると聞いていた。
「一度戻って来られたのですけど、今度は皇后陛下と離宮の方へお出かけになりました」
「分かった。じゃあ帰る」
「あ、待って下さい。せっかく足を運ばれたのですから、ゆっくりして行って下さい。お庭の方に席をご用意します」
「ありがとう」
「いえいえ、とんでもないことです。さあ参りましょう」
庭園のあずまやで二人はささやかなお茶会を開いた。
このガーネット宮殿は初代皇帝の時代に造られたらしい。趣きがあり、庭園は景色が良い。
造園は和洋折衷といった風情だが、これはアズマ国や竜大国から献上されたものを活かしている。
コイや松などは、皇帝が気に入っていると知ってアズマ国の使節がわざわざ陸路で運んできたらしく、池が造られたり庭土を変えたりして大事に育てられているそうだ。
室内の調度品には東ガズールの品もあった。
サザンドキア帝国の外国交際は相当に広いようだ。
「前から気になっていたんだけど、なんで目に布を当ててるんだ?」
ルチラ姫は両目を黒いアイマスクで隠している。
目が見えないわけではないらしい。
「特殊技能を制御するためですよ。能力はゾルさんと似ていますけど、私の場合魔力ではなく、人や魔物の能力値が見えるんです」
「便利だな」
「ええ、でも見られたくない人もいるでしょうから、こうしてマジックアイテムのアイマスクベールで隠しているんです」
「私の数値も見えるのか?」
「はい。お教えしますか?」
「うん。知りたい」
ルチラ姫はアイマスクを外した。
「エルザさんは筋力12(+1)、耐久力12(+1)、俊敏力18(+4)、知力12(+1)、判断力12(+1),魅力20(+5)です」
「凄いのか凄くないのか分からない。あと、カッコの数値はなんだ?」
「神殿の話によると、この世界はゲームの盤上のようなものだそうです。我々は言わば、盤上の駒のようなもの。カッコの数値はその遊びに使う際の修正値と呼ばれるものだと言われています。エルザさんの数値についてですが、かなり凄いですよ。指輪を外したらさらに上がるかもしれませんね。視てみますか?」
「いや、今度でいい。なんか、前にそんな話を聞いたことがある。神々ですら、盤上の駒なんだろ? じゃあ遊んでいるのは誰なんだ?」
「〈運命〉と〈偶然〉だそうです。運命と偶然には誰も抗えないのかもしれませんね」
「なんだか、僧侶の説法を思い出した」
ルチラ姫はアイマスクを元に戻した。
「私の能力とは関係ありませんが、帝国では各国の武力をゲームのように数値にしているんですよ」
「エルキア王国とサザンドキア帝国はどっちが強いんだ?」
「この二カ国は互角ですね。こんな感じです。公国15万、王国25万、帝国25万、聖王国25万、バロニア20万、竜大国100~150万、アズマ国25万、エルフ国50万、ドワーフ国50万」
「竜大国だけ飛び抜けて強い」
「はい。内裏の戦闘力が未知数ですので、おおよその値しか出ていませんが」
「内裏って、大王と近衛の戦闘力ってことか? そいつらの武力だけで五十万も数値が変わるのか?」
ルチラ姫は頷く。
「竜大国の大王は数十世紀を生きるドラゴンです。近衛も選ばれたドラゴンヒューマンたちなので、かなり強いと言われています。マジックアイテムの保有量もかなりの量だと予想されますので」
「それだけ武力があるのに、竜大国は世界を支配しようとしたりしないのか?」
「そうした思惑はないようです。力を蓄えているのは、なんでも次の神魔戦争に備えているからだとか」
「神魔戦争なんて大昔の話だろ。また起きるのか?」
「分かりません。今はその予兆すらありませんが」
「他の国は大体同じくらいの強さなんだな」
「そうですね。友好関係にある五カ国、公国、王国、帝国、聖王国、バロニアの戦力を合計すると、竜大国と互角に戦えると見積もられています。戦争になることはないと思いますが」
「私の故郷はどのくらいだったんだろ?」
「ウィンターランドは未知です……ですが、もしエルザさんの故郷の人たちが、エルザさんと同じように魔力の色を操る能力などを持っているとなると武力はかなり高かったでしょうね」
エルザはそうなんだなぁ、と感じる。
「ルチラ姫は色々と知っているんだな」
「いえいえ」
「そう言えば、ニール公爵の作戦だったトライアングル構想ってなんだったか知っているか?」
「三領の軍事同盟ということになります。もし敵が攻めて来たとき、ニール公爵を全軍の総帥に就かせるといった特別な措置も含まれていました。費用の多くをニール公爵が負担する約束をして領主たちを納得させていたようです。森林のドラゴンが一斉に攻めてきても追い返すことができるはずだったようですが」
「絵に描いた餅だな」
「あの戦いは、もしオークリー山脈で暮らすバーバリアンたちを味方にしていたら戦況は変わっていたかもしれません。少なくとももっと情報を掴むことができていたと思うんです」
「どちらにせよ、悪魔に古代魔法を使われて負けだ」
「やっぱりそうですよね。犠牲が増えてただけで」
「古代バロニア帝国の時代から、人と亜人との戦いは続いてきたみたいだけど、こうして悪魔の干渉を受けるたびに負けてきたんだろうな。悪魔が裏から戦争を引き起こしている理由も、全て人の、魂、を手に入れるためだろ?」
「恐らくは。他にも、戦争を長引かせて世の中を混乱させようとする意図があるのかもしれません。人の心につけ入りやすくするために。でも、一つ気になることがあるんです。古代魔法に、魂、が燃料として使われるなら、戦争で得た分の、魂、を使ってしまうことになります。悪魔もあまりあの魔法は使いたくないはずです。それだけターラム砦の兵が強かったということでしょうか?」
「悪魔を捕らえたら、その辺のことは全部吐かせる」
悪魔が魂を回収できるのは、悪行を犯した者や契約を交わした者が死んだときだ。
古代魔法で無差別に人を殺しても、死者が増えるだけで悪魔は魂を手に入れることはできない。
ターラム砦の兵が強いから古代魔法を使った、と考えるのは妥当だと思えるし、亜人たちが手に入れたものの大きさを考えれば使った分の魂は十分に補っているようにも感じられた。
堅固なターラム砦だけでなく、亜人たちは兵たちの装備品や大量の巻物、備蓄していた食糧、さらに荘園や人の奴隷まで手に入れることができたのだから。
それとも何か他に目的があったのだろうか?
人を虫ケラのようにしか思っていないだけなのか。
悪魔の考えることだ。
どうせ碌なことじゃない。
とエルザは思い、話をしてるだけで怒りが込み上げてきそうになる。
「ご武運をお祈りいたします。無事に帰ってきて下さいね」
「ああ」
「王国の戦争、聖王国の高利貸し、バロニアでの汚職の数々。シベール半島の墳墓にいたゼスも、もしかしたら悪魔と関係があったのかもしれません」
「そう言えば、麝教はあれからどうなったんだ?」
「はい。私も神殿から送られてきた調書を読んだのですが、暗殺者のリーダー、ラディスが自供して分かった信徒の取り調べは終わったそうです。犯した罪には刑罰が科されますが、末端の信徒を全て見つけるのは難しいかもしれません。それにしても、信徒のあのプライベートを覗き見る能力は恐ろしいですね。滅ぼして下さって本当にありがとうございました」
「やっぱり私は正しかった」
と、エルザは鼻を高くした。
「はい。神殿はこの件を伏せていますが、民衆は麝教壊滅をいたく喜んでいます」
エルザは静かに頷く。
「聖王国で銀行の高利貸しが許されるのもおかしい」
と、エルザは言ってお茶に口をつける。
ルチラ姫は小さく頷いて言った。
「金利を上げても、神殿が信仰のパワーを失うことがないと言った理由で許されているみたいですけど……」
「いや、上手い抜け道があるだけだ。恐らく何人かの僧侶を犠牲にしている」
「悪魔ですね」
「それにバロニアの選挙もおかしい。なんで明らかに変な奴が議員になれるんだ?」
「バロニアは共和制ですから、仕方ない部分もありますけど。選挙は変えることのできない仕組みですし」
「投票なんて悪魔が簡単に操れるだろ」
「そう言われると、そうですね。元首はいい方なんですよ」
「でも駄目だろ」
ルチラ姫は相槌を打って言った。
「エルザさんは、超常の存在の勢力範囲をご存じですか?」
「知らない」
「神々の支配領域は公国、王国、帝国、聖王国、バロニアの西側諸国とエルフ国、ドワーフ国、都市同盟です。それと少し離れていますがアズマ国も含まれます。他にドラゴンが治める国が竜大国と西の大陸にあります」
「うん」
「神々と対立する怪物の支配領域は南の大陸にあり、ここには人間はもちろんですが、蟲人族やダークエルフ、イヴィルドワーフなどが暮らしています。私たちが神々を信仰するのと同じようにこれらの種族は怪物を崇めてます。怪物は悪属性であり、混沌から生まれる存在です。ですので我々とはあまり交わることはありません。ちなみに、亜人や魔物はどこにでもいます」
「うん」
「悪魔というのは、この神々の支配する領域に姿を見せます。神々を敵に回さない範囲で人族に関わろうとしてきているんです」
「じゃあ、悪魔は南の大陸や竜大国にはいないのか?」
「比較的、少ないと思います」
「悪魔は大して支配領域を持っておらず、神々を恐れている。……じゃあもしかして、君主たちは、国が悪魔に被害を受けるのは仕方ないと諦めているのか? 放置していても、国を滅ぼすだけのことはしてこないと高を括って」
「悪魔による被害は、天災と同じだと考えています。ですから、君主たちはこのいわゆる腫瘍、を取り除こうとはしません。内包したまま国を運営するしかないんです」
「それは、分かった。歪んでいる。一つ思ったことを聞いていいか?」
「はい」
「……私の故郷を支配領域に持っていた、超常の存在はなんなんだろう?」
「ウィンターランドは未知の世界ですから、何とも……」
「もしかしたら、そこに悪魔が私の故郷を滅ぼした理由があるかもしれない」
「理由……?」
「神々、ドラゴン、悪魔、怪物の他にもまだ超常の存在がいる」
「東ガズール諸国では、強大な力を持つ精霊や魔物を崇めていますけど……そういう類いですか?」
「いや……私が思いついたのは、古代神のことだ」
「古代神……あまり詳しくは存じませんが」
「あまり気にしないでいい。ただの戯れ言だ。ただなんか、〈運命〉と〈偶然〉は遊びすぎだ。駒の身にもなってほしい。そう思ったんだ」
「それは私も同感ですよ」
エルザはもうしばらくそこでルチラ姫と話を続けた。
歳が近いからか二人は気が合い、エルザはこれまで経験してきた冒険などについて詳しく語ったり、ルチラ姫からは皇帝が自分の結婚相手を探しているといったことを聞いた。
ルチラ姫のステータスを視る特殊技能が貴重で、皇帝は彼女を手放すつもりがないようで、今のところルチラ姫がどこかに嫁ぐことはなさそうだということだった。
結婚まで親に決められるのだから貴族の子女は苦労してるんだなぁ、とエルザもルチラ姫の話には真剣に耳を傾けていた。
風が少し冷えてきたと感じる頃、二人はまたお話をしようと約束してお茶会を終えた。
ルチラ姫に正門まで見送られて、エルザはシガル村へと帰った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる