31 / 65
第五章
第30話【現在】お茶会、あるいは尋問
しおりを挟む眼の前に広がるのはスコーン、ビスケット、サンドイッチ、あと揚げドーナツ。
揚げドーナツはこの国の定番菓子だ。ジャムやチョコを詰め、油で揚げてからザラメでコーティング。冬の国は常に寒く消費カロリーが多いため、このような高カロリーなおやつが好まれていた。
……つまり、喉が乾くものばかりが並んでいる。
授業終わりに、陛下に半ば強引に連れてこられたのは、城内の温室だった。
この国は一年の半分が寒くて、作物が育たないからか城でお茶ができる場所はこういった温室に限られる。
ガラスの天井から陽光が降り注ぎ、薄っすらと湿った土のにおいと、焼き立てのお菓子の匂いが鼻腔をくすぐった。
居心地の良さを追求して作られた空間。ここで読書とかできたら最高だろうな。
まだ冬が明けたばかりで寒いから庭園でお茶会というわけにはいかなかったらしい。植物も育っていないだろうし、見ごたえもないだろう。
陛下の傍らには凍ったような無表情のユリスお兄様が控えている。
騎士服を着こなし、直立不動の佇まいは彫刻とも見間違える程だった。
「この間は怖がらせちゃったからね、気心知れた身内が同席していたら少しは心をひらいてもらえるかなって思ってさ」
陛下がティーポットを傾ける瞬間、お兄様の指がわずかに動いた。
それは音にもならないほど小さな動作だったが、まるで「何かしたら切るぞ」と言わんばかりのお兄様なりの無言の抗議だった。
目がギラギラしていて怖い。陛下がお兄様の前で変なことをしないことをただ祈る。
再会してからお兄様のシスコンなところしか見えていないけれど、本来は寡黙で優秀な人なのだ。
若くして近衛騎士であることが、それを証明している。
「どうぞ」
そう言って眼の前に置かれたのは陛下が手ずから入れてくださったお茶だ。
「私がやります」と言っても「僕が呼んだから」と一切やらせてもらえなかった。
これ、下賜にならない?大丈夫?
私は前世から勘が鋭い。
前世で何度もこの勘に助けられてきていた。背筋が粟立つような、自分に危険が迫る落ち着かない感覚。
その勘が私に全力で警戒しろと訴えてきている。
「お茶がやばいぞ」「絶対のむな」と。
ティーカップの表面がうっすら曇り、顔が見える気がした。
「こんにちは、僕は無害だよ!」とでも言いたげに。
これは、あれだ。
「俺の酒(お茶)が飲めねぇのか!」ってやつだ。
「なにか入っているとでも思っている?」
穏やかな声色とは裏腹に、陛下の目がこちらを試すように細められる。
——あ、と声を出す前に、彼は私側のカップを取り、優雅な所作で口元へと運んでいた。
ひと口。
その喉が動くのを、私は見逃さなかった。
ちゃんと飲んでる。
「ほら、なんとも無いでしょ?」
にこりと笑って、再びカップがこちらに差し出される。
その笑顔は柔らかい。けれど、それ以上に怖い。
「俺の茶が飲めねえのか」第二弾だ。
断る理由もない。
この国で陛下にお茶を差し出されて断れる人間なんていない。
毒を差し出されたことは、前世で何回かある。そのたびにうまく切り抜けてきたり、飲み干したけど。今回はどうやって逃げようか。
方法は一つある。ちょっとだけ恥ずかしいから勇気が必要だった。
ここで怯んだら負けだ。
覚悟を決めてカップを手に取り、唇をつける。
生暖かい温度のお茶が喉を通り過ぎるのが分かった。
「とても美味しいお茶ですね」
正直味なんて分からなかったけれど、にっこり笑って返す。
策略が無駄になって残念だったな、と言外に込めたつもりだったけれど——
「アッ……間接キ……いや、なんでも……」
蚊の鳴くような小さな声だった。
私の眼の前にいる陛下は、相変わらず笑顔の仮面を貼り付けてはいるけれど耳だけは赤い。
とても照れているのが分かる。もしょもしょと何かを言いたげにして、結局何も言わない。
私も表情を崩さないようにした。表情筋がそろそろ限界を迎えそうだ。
「なんというお茶ですか?」
悪いが私は負けず嫌いである。こういうのは先に恥ずかしがったほうが負けなのだ。
は?間接キス?”たまたま”同じところで飲んでしまっただけですけど?
そういう気持ちで陛下に立ち向かう。顔を真赤にして照れている陛下なんて、怖くないのだ。
「……っ、ちょっとごめん、仕事を思い出した。呼び出しておいて申し訳なかったね」
そう言って陛下は慌てて退席した。
顔を隠してたから、きっと恥ずかしがっているところを見られたくなかったんだと思う。
その場に残されたのは私とユリスお兄様だけ。
勝った。いや、何にだよ。と思いつつもようやくホッと一息ついた。
お兄様が眉根を寄せながら、複雑そうな顔で話しかけてきた。
「間接キスをさり気なくするほど好きなのか?……兄は応援したくない気持ちでいっぱいだ」
「お兄様、このお茶飲んでみます?」
お兄様にそっとティーカップを差し出し、そしたら分かりますよ。と言えば察したらしい。
毒か、媚薬か、自白剤か。
アナスタシアに好意を抱いている反応を見るに、毒ではないだろう。
わざわざお兄様を呼んでのお茶会ということは、媚薬でもない。
ということは、消去法で自白剤の可能性が高い。
「ちょっと謀反を起こしてくる」
そう言って腰に佩いている刀に手をかけたので、慌ててその手を止めた。
「やめてください。未遂です。『私が気づいた』『だから何も起こらなかった』それでいいじゃないですか」
「なぜ気づいたんだ」
「皇帝陛下がお茶なんて淹れるわけないじゃないですか。『なにかやりますよ』って言ってるようなものです」
お兄様が気づかなかったということは、元からティーカップに塗ってたんだろうな。
陛下が飲んだ箇所以外に。
お兄様はふぅ、と重い溜息をつき、無表情だけれど複雑そうな顔でそう言った。
「あの人は優秀だ。まだ、この国には必要な人だ。……どんな変態でも」
私からしてみたら「自分が死んでる間になぜか闇落ちしてる元上司」だけど、お兄様からしたら「妹に手を出しそうな成人済み男性」だ。
それは「変態」以外に最適な呼び方は無いかもしれない。
「わかりますよ」
「普段は執務室から絶対離れない。機械のようにずっと仕事をしている。いつ寝ているのか誰も知らない。部下たちも陛下が仕事をしているから、と一緒に仕事をしてしまう。非効率的だ」
「そんな事になっているんですね」
大人って大変だなあ。と人ごとのような感想を抱いた。
「……不本意だが、お前とのお茶会で執務室から離れて休憩しているのは喜ばしいことなんだ。……また誘われたら、無理しない範囲で応えてやってほしい」
お兄様の言葉に頷いた。陛下を休憩させられる人がいないのか。
そういえばお妃様もいらっしゃらないし、安らげる場所がないのかな。
めったにお願い事なんてしない兄の、珍しいお願いだ。できるだけ叶えたいと思うのが妹心というやつである。
「陛下には休憩が必要なんだ。……今回、普段話さない文官たちからも感謝された」
仕事に戻るぞ、そう言ってお兄様は温室から退出した。
お兄様を見送りながらぼんやり思った。
陛下、絶対アナスタシアのこと好きだよなあ……。
正直に言うと、間接キスについてあんな反応されるとは思わなかった。
難しい課題をこなした時みたいに嬉しそうに頷いて、「そうだよね、これくらいじゃ引っかかってくれないよね。次の手考えよう」って言わんばかりの表情を見せるものだと思っていた。
――もしかして、陛下、恋に慣れていない、とか?
童貞、という大変不敬な言葉を思いついてしまって、慌てて頭を振ってその言葉を追い出した。
……自意識過剰なことを言えば、アリアナを好きだと言われるのはわかる。
なんでも「はい」で応えてくれて、命を賭して戦ってくれる異性を好きにならない理由がない。それに、死んで美化されたというのはあると思うから。
でも、まだ数回しか会ったことの無いアナスタシアに執着する理由はなんだろう。
……あっ! 可愛いからか!
お母様を見ていて分かるけれど、将来絶対美人になることが約束されてるもんな。
うんうん、と一人で頷いた。
***
お兄様と入れ違いで入ってきたのは、見覚えのある長身の男だった。
黒くて好き勝手な方向にぴょんぴょんと飛び跳ねる質感の髪を背中に流しており、まっすぐな性格とは無縁ですと物語っている。
眉間には万年深い渓谷が刻まれつづけており、見るからに苦労性であると分かる。
(ベンジャミン!!!!)
思わず叫ぶところだった。危ない。
私の知っているベンジャミンがそのまま歳を取った姿がそこにいた。
立ち上がって淑女の礼を取ると、ベンジャミンは「ああ、君が……例の……」と声をかけてきた。
「陛下が暴走して、申し訳なく思う。私では止められなくてね」
あのベンジャミンが謝った!!しかも本当に申し訳無さそうな顔をしている!
背の低い私に合わせて膝を折ってくれている!
親戚の女の子に話しかけるような優しい口調だ。前世で初めて会ったときも同じくらいの年齢だったのに、そんな対応したことなかったくせに。
顔は変わっていないのに中身がぜんぜん違うベンジャミンに内心ひやひやする。
まともな教育を受けていなかった私の教育係はベンジャミンかモーリスだった。
飴と鞭という言葉があるが、飴担当がモーリスなら、鞭担当はベンジャミン。
貴族としても、騎士としても通用するように厳しく教育されたので彼の前では自然と背筋が伸びてしまう。
「いえ、陛下とご一緒できて大変光栄でした」
「悪い人ではないんだが……。また来てくれると嬉しい」
ベンジャミンはそこで一度言葉を区切った。
「――暴走しないように最大限努力するから」
真顔でしれっと付け足されたその言葉。前世でよく聞いてたから分かる。
これは何もしないってことだ。
現状でも最大限努力しているから、これ以上やりようがないと。
気を使ってくれたのか、お土産までもらったのでコルデー家に帰ったらみんなで食べようと思う。
陛下とお茶会して、駆け引きでひりついて、ベンジャミンとも遭遇して、濃い一日だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、
飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、
気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、
まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、
推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、
思ってたらなぜか主人公を押し退け、
攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・
ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
コンバット
サクラ近衛将監
ファンタジー
藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる