敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第五章

第30話【現在】お茶会、あるいは尋問

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 眼の前に広がるのはスコーン、ビスケット、サンドイッチ、あと揚げドーナツ。
 揚げドーナツはこの国の定番菓子だ。ジャムやチョコを詰め、油で揚げてからザラメでコーティング。冬の国は常に寒く消費カロリーが多いため、このような高カロリーなおやつが好まれていた。
 ……つまり、喉が乾くものばかりが並んでいる。

 授業終わりに、陛下に半ば強引に連れてこられたのは、城内の温室だった。
 この国は一年の半分が寒くて、作物が育たないからか城でお茶ができる場所はこういった温室に限られる。
 ガラスの天井から陽光が降り注ぎ、薄っすらと湿った土のにおいと、焼き立てのお菓子の匂いが鼻腔をくすぐった。
 居心地の良さを追求して作られた空間。ここで読書とかできたら最高だろうな。
 まだ冬が明けたばかりで寒いから庭園でお茶会というわけにはいかなかったらしい。植物も育っていないだろうし、見ごたえもないだろう。

 陛下の傍らには凍ったような無表情のユリスお兄様が控えている。
 騎士服を着こなし、直立不動の佇まいは彫刻とも見間違える程だった。

「この間は怖がらせちゃったからね、気心知れた身内が同席していたら少しは心をひらいてもらえるかなって思ってさ」

 陛下がティーポットを傾ける瞬間、お兄様の指がわずかに動いた。
 それは音にもならないほど小さな動作だったが、まるで「何かしたら切るぞ」と言わんばかりのお兄様なりの無言の抗議だった。
 目がギラギラしていて怖い。陛下がお兄様の前で変なことをしないことをただ祈る。
 再会してからお兄様のシスコンなところしか見えていないけれど、本来は寡黙で優秀な人なのだ。
 若くして近衛騎士であることが、それを証明している。

「どうぞ」
 そう言って眼の前に置かれたのは陛下が手ずから入れてくださったお茶だ。
「私がやります」と言っても「僕が呼んだから」と一切やらせてもらえなかった。
 これ、下賜にならない?大丈夫?

 私は前世から勘が鋭い。
 前世で何度もこの勘に助けられてきていた。背筋が粟立つような、自分に危険が迫る落ち着かない感覚。
 その勘が私に全力で警戒しろと訴えてきている。
「お茶がやばいぞ」「絶対のむな」と。
 ティーカップの表面がうっすら曇り、顔が見える気がした。
「こんにちは、僕は無害だよ!」とでも言いたげに。

 これは、あれだ。
「俺の酒(お茶)が飲めねぇのか!」ってやつだ。

「なにか入っているとでも思っている?」

 穏やかな声色とは裏腹に、陛下の目がこちらを試すように細められる。
 ——あ、と声を出す前に、彼は私側のカップを取り、優雅な所作で口元へと運んでいた。
 ひと口。
 その喉が動くのを、私は見逃さなかった。
 ちゃんと飲んでる。

「ほら、なんとも無いでしょ?」
 にこりと笑って、再びカップがこちらに差し出される。
 その笑顔は柔らかい。けれど、それ以上に怖い。

「俺の茶が飲めねえのか」第二弾だ。
 断る理由もない。
 この国で陛下にお茶を差し出されて断れる人間なんていない。

 毒を差し出されたことは、前世で何回かある。そのたびにうまく切り抜けてきたり、飲み干したけど。今回はどうやって逃げようか。
 方法は一つある。ちょっとだけ恥ずかしいから勇気が必要だった。
 ここで怯んだら負けだ。
 覚悟を決めてカップを手に取り、唇をつける。
 生暖かい温度のお茶が喉を通り過ぎるのが分かった。

「とても美味しいお茶ですね」
 正直味なんて分からなかったけれど、にっこり笑って返す。
 策略が無駄になって残念だったな、と言外に込めたつもりだったけれど——

「アッ……間接キ……いや、なんでも……」
 蚊の鳴くような小さな声だった。
 私の眼の前にいる陛下は、相変わらず笑顔の仮面を貼り付けてはいるけれど耳だけは赤い。
 とても照れているのが分かる。もしょもしょと何かを言いたげにして、結局何も言わない。

 私も表情を崩さないようにした。表情筋がそろそろ限界を迎えそうだ。
「なんというお茶ですか?」
 悪いが私は負けず嫌いである。こういうのは先に恥ずかしがったほうが負けなのだ。
 は?間接キス?”たまたま”同じところで飲んでしまっただけですけど?
 そういう気持ちで陛下に立ち向かう。顔を真赤にして照れている陛下なんて、怖くないのだ。

「……っ、ちょっとごめん、仕事を思い出した。呼び出しておいて申し訳なかったね」
 そう言って陛下は慌てて退席した。
 顔を隠してたから、きっと恥ずかしがっているところを見られたくなかったんだと思う。
 その場に残されたのは私とユリスお兄様だけ。
 勝った。いや、何にだよ。と思いつつもようやくホッと一息ついた。

 お兄様が眉根を寄せながら、複雑そうな顔で話しかけてきた。
「間接キスをさり気なくするほど好きなのか?……兄は応援したくない気持ちでいっぱいだ」
「お兄様、このお茶飲んでみます?」
 お兄様にそっとティーカップを差し出し、そしたら分かりますよ。と言えば察したらしい。
 毒か、媚薬か、自白剤か。
 アナスタシアに好意を抱いている反応を見るに、毒ではないだろう。
 わざわざお兄様を呼んでのお茶会ということは、媚薬でもない。
 ということは、消去法で自白剤の可能性が高い。

「ちょっと謀反を起こしてくる」
 そう言って腰に佩いている刀に手をかけたので、慌ててその手を止めた。
「やめてください。未遂です。『私が気づいた』『だから何も起こらなかった』それでいいじゃないですか」
「なぜ気づいたんだ」
「皇帝陛下がお茶なんて淹れるわけないじゃないですか。『なにかやりますよ』って言ってるようなものです」
 お兄様が気づかなかったということは、元からティーカップに塗ってたんだろうな。
 陛下が飲んだ箇所以外に。

 お兄様はふぅ、と重い溜息をつき、無表情だけれど複雑そうな顔でそう言った。
「あの人は優秀だ。まだ、この国には必要な人だ。……どんな変態でも」
 私からしてみたら「自分が死んでる間になぜか闇落ちしてる元上司」だけど、お兄様からしたら「妹に手を出しそうな成人済み男性」だ。
 それは「変態」以外に最適な呼び方は無いかもしれない。
「わかりますよ」
「普段は執務室から絶対離れない。機械のようにずっと仕事をしている。いつ寝ているのか誰も知らない。部下たちも陛下が仕事をしているから、と一緒に仕事をしてしまう。非効率的だ」
「そんな事になっているんですね」
 大人って大変だなあ。と人ごとのような感想を抱いた。
「……不本意だが、お前とのお茶会で執務室から離れて休憩しているのは喜ばしいことなんだ。……また誘われたら、無理しない範囲で応えてやってほしい」

 お兄様の言葉に頷いた。陛下を休憩させられる人がいないのか。
 そういえばお妃様もいらっしゃらないし、安らげる場所がないのかな。
 めったにお願い事なんてしない兄の、珍しいお願いだ。できるだけ叶えたいと思うのが妹心というやつである。
「陛下には休憩が必要なんだ。……今回、普段話さない文官たちからも感謝された」

 仕事に戻るぞ、そう言ってお兄様は温室から退出した。

 お兄様を見送りながらぼんやり思った。

 陛下、絶対アナスタシアのこと好きだよなあ……。
 正直に言うと、間接キスについてあんな反応されるとは思わなかった。
 難しい課題をこなした時みたいに嬉しそうに頷いて、「そうだよね、これくらいじゃ引っかかってくれないよね。次の手考えよう」って言わんばかりの表情を見せるものだと思っていた。
 ――もしかして、陛下、恋に慣れていない、とか?
 童貞、という大変不敬な言葉を思いついてしまって、慌てて頭を振ってその言葉を追い出した。

 ……自意識過剰なことを言えば、アリアナを好きだと言われるのはわかる。
 なんでも「はい」で応えてくれて、命を賭して戦ってくれる異性を好きにならない理由がない。それに、死んで美化されたというのはあると思うから。

 でも、まだ数回しか会ったことの無いアナスタシアに執着する理由はなんだろう。
 ……あっ! 可愛いからか!
 お母様を見ていて分かるけれど、将来絶対美人になることが約束されてるもんな。
 うんうん、と一人で頷いた。

 ***

 お兄様と入れ違いで入ってきたのは、見覚えのある長身の男だった。
 黒くて好き勝手な方向にぴょんぴょんと飛び跳ねる質感の髪を背中に流しており、まっすぐな性格とは無縁ですと物語っている。
 眉間には万年深い渓谷が刻まれつづけており、見るからに苦労性であると分かる。
(ベンジャミン!!!!)
 思わず叫ぶところだった。危ない。
 私の知っているベンジャミンがそのまま歳を取った姿がそこにいた。

 立ち上がって淑女の礼を取ると、ベンジャミンは「ああ、君が……例の……」と声をかけてきた。

「陛下が暴走して、申し訳なく思う。私では止められなくてね」

 あのベンジャミンが謝った!!しかも本当に申し訳無さそうな顔をしている!
 背の低い私に合わせて膝を折ってくれている!
 親戚の女の子に話しかけるような優しい口調だ。前世で初めて会ったときも同じくらいの年齢だったのに、そんな対応したことなかったくせに。
 顔は変わっていないのに中身がぜんぜん違うベンジャミンに内心ひやひやする。
 まともな教育を受けていなかった私の教育係はベンジャミンかモーリスだった。
 飴と鞭という言葉があるが、飴担当がモーリスなら、鞭担当はベンジャミン。
 貴族としても、騎士としても通用するように厳しく教育されたので彼の前では自然と背筋が伸びてしまう。

「いえ、陛下とご一緒できて大変光栄でした」
「悪い人ではないんだが……。また来てくれると嬉しい」
 ベンジャミンはそこで一度言葉を区切った。
「――暴走しないように最大限努力するから」
 真顔でしれっと付け足されたその言葉。前世でよく聞いてたから分かる。
 これは何もしないってことだ。
 現状でも最大限努力しているから、これ以上やりようがないと。

 気を使ってくれたのか、お土産までもらったのでコルデー家に帰ったらみんなで食べようと思う。
 陛下とお茶会して、駆け引きでひりついて、ベンジャミンとも遭遇して、濃い一日だった。
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