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第五章
第36話【現在】社会科見学、あるいはアリアナの正体
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とても満足度の高い映像を見てしまった。
千回見直したい。自宅に持って帰りたい。
陛下が目を閉じて黒髪になるシーンは印刷して部屋に飾りたい。
あれは上映されるべきだ。ただ、お子様には刺激が強いから十五禁くらいにするべきかもしれない。
次の部屋の前には展示物の説明文がかかれた看板が置いてあった。
『アリアナがグランバレーにおいて倒した化け物の1/10スケールの模型
人間のもつ本能的な「恐怖」という感情を掻き立て、恐怖を喰らい成長する化け物は、皇帝陛下によってナラカと名付けられた。
カサンドラ元皇后によって夏の国より持ち込まれた未知の生物』
部屋の入口の前にバケツが重ねて置いてある。
『気分が悪くなられた場合は、こちらをご利用ください』
そんなにすごい展示なのか。中は薄暗い、一歩足を進めた。
中に居たのは、私の背よりも高いワーム――その模型。
皮膚は溶けかけたロウのようにどろどろで、内臓のような生々しい肉色をしていた。
口に当たる部分は半開きになっており、醜悪な二枚貝のような歪みを描いている。
その内側には、氷柱のように尖った歯が、隙間なくずらりと生え揃っていた。
胴体からはでっぷりと太った触手が無数に生えており、その先端に備わった目玉はすべてが「私」を睨めつけていた。
一歩部屋に入って、触手と目があって離せなくなった。魂ごと、ワームに捉えられてしまったみたいに。
心臓の鼓動がうるさいほど音を立てている。
は、は、は、と短く荒い呼吸しかできない。
――怖い。
逃げたい、なのに、足が動かない。目が離せない。瞬きすらできない。
叫び声をあげたいのに、喉が動かない。声を上げる機能を忘れてしまったようで。
あの時の衝撃波のような、鳴き声。全身がビリビリと震えるような、高音の残響が今にも聞こえてきそうだった。
埃と土煙、血の混じった臭いが――あの時の臭いが鼻先をかすめた。
被ったままの帽子の内側から、じわりと汗が流れ出た。
視界が滲む。胃の奥から何かがせり上がってきて、涙が自然に溢れてくる。
――怖い。
怖くてたまらない。でも、これを部屋の外に出したら皆が死んでしまう。きっと。だから、戦わないといけない――どうやって?
(だって私はもう、アリアナじゃない)
パニックになった私の視界が突然、暗くなった。何かを被せられて抱き上げられた。
一見すると誘拐だけど、今度は怖くなかった。知っている品の良い、甘い香りがしたから。
「陛下」
ぎゅう、と陛下にしがみついた。
「ごめん、怖かったよね」
一日二回も抱っこされてしまった。不本意ながら、抱き上げられて安心してしまった。
視界が戻ったのはすぐだった。どこかのサンルームの椅子にちょん、と置かれた。
エミリアが慌ててこちらに来るのが分かった。
陛下が何かをエミリアに指示している。
涙が滲む視界で周りを見てみたら、どうやらここは博物館内のカフェのようだ。
よく見てみると、机はピンク色のハート型で、椅子も夢見る少女が喜びそうなデザインになっていた。
涙は止まらなくて、あとからボロボロと溢れてくる。涙腺が壊れてしまったみたいだ。
怖かった。今までで一番怖かった。
――分かったことがある。
アリアナは、どこか壊れた人間だった。
私は、前世において「恐怖」を感じたことがなかった。
パヴェル殿下と初めて会った時に感じたのは「なんでこんな事されないといけないの?」という混乱と怒り、そして屈辱。
ナラカと対峙した時だって、怖いとは思わなかった。未知の化け物と戦う興奮、仲間を守るために必死で他のことを考える余裕なんてなかった。
あんなの、対峙してまともでいられる人間がいてはいけない。
いるとしたらそれは壊れている。
1/10スケールであれなのだ。単純に考えて、あの十倍は恐ろしいものだ。
私は転生して「普通の人」になって、アリアナの異質さが理解できるようになった。
あんな化け物をみて、恐怖を感じなかったアリアナは”異常”だ。
国を滅ぼせるだけの力を持った少女がどこか壊れている。
その”壊れ”によっては自らの力の奮いどころを間違えていたかもしれない。
人間として、どこか壊れた少女が大量破壊兵器の起動ボタンを持っている。私だったら怖いし絶対に近寄らない。
これの手綱を握ってた殿下、心労が凄まじかっただろうな……。
――もし、殿下が受け入れてくださらなかったら。
――もし、殿下が悪い人間だったら。
――もし、他国に亡命していたら。
――もし、パヴェル殿下との対峙で心が折れて彼に忠誠を誓っていたら。
有り得たかも知れない"もしも"が頭の中でいくつもぐるぐると周る。
きっとその"もしも"の先にあったものは、アリアナによる大量虐殺だ。
アリアナは英雄譚で語られているような、恐怖を克服した英雄ではない。
ただの壊れた――誰とも共有できない“異常”を抱えた孤独な人間だった。
その「壊れ」はアリアナが生まれ持ったものだったのか、それともあの家で十三年生きているうちに「壊された」結果なのかは今となっては分からない。
そんなことを考えていたらエミリアが何かを運んできた。どうやら食べ物と飲み物を持ってきてくれたらしい。
ハート型の揚げドーナツに、ピンク色のクリームがかかったパンケーキ、ハート型に切り抜かれたホットサンド。
極めつけが一つのカップにストローが二本刺さってる。バカップルが飲む、アレだ。顔を近づけないと飲めないやつ。ピンクソーダにハート型のナタデココが入って、下にはゼリーが溜まっている。上にはアイスが乗っている。
エミリアが考案したらそりゃそうなるよね、という商品の数々に涙も思わず引っ込んだ。
「え、これ、どうする?でもさ、間接キスしてるし、いいかな」
ソワソワしている陛下をスルーして、私はエミリアを再度呼んで温かいお茶を求めた。
……バカップル御用達ドリンクは、陛下が一人で淋しく飲むこととなった。
揚げドーナツの中身はバニラアイスだった。外側にはザラメがかけられてて、食べるたびにガリガリとした食感が面白い。
ドーナツを一口かじって脳天を突き刺すような甘さに眉間を抑えて思わず「あめぇ」と呟き――それから、私はぽつりと聞いた。
「あれを見て……陛下は、怖くなかったんですか?」
陛下は少しの間、黙っていた。
「……始めて見た時は怖かったよ。アリアナにも遠回しに『怖いなら引っ込んどけ』って言われた」
違います。言ったのは「司令官としての役割が残っているから後ろに下がってください」とは言いました。
……確かに言葉の裏では「怖いなら引っ込んどけ」とは思っていたけれど。
でも今の私はアナスタシアだから言わないのだ。
代わりにお茶を一口飲んだ。温かくて、落ち着く味だった。
「僕は何回か来て、見慣れていたからね。……あんなに怖がると思っていなかったんだ。怖い思いをさせてしまって、本当にごめん」
「どうして、あんなに怖いものを残そうとしたんですか?」
「グランバレーの戦いで、アリアナが戦っている姿をたまたま芸術家が見ていたんだ。彼は、ナラカを模型化するだけでなく、その時に感じた“恐怖”そのものを魔法で空間に定着させた」
陛下はハート型のストローでくるくるとドリンクをかき混ぜた。ナタデココが泳ぐように上下に舞う。
「……そうでなければ、アリアナの功績は認められなかったかもしれない」
『国を守れた。私一人の命では十分すぎるくらいのことをやれたと思ってるよ』
『「アリアナ・カラー」という私の名が後世に残るように「誰か」が動いてくれた。
誰も何もしなかったらここまでアリアナの名前が残るはずがない。』
かつて、保健室でモーリスに言ったことが脳裏をよぎる。
「アリアナ・カラー」が残っているということ。
グランバレーの怪物を討った英雄の名。
あの時は、ただ漠然と『誰かが私の名を残した』と思っていた。
でも今、その『誰か』のうち一人が、――たぶん一番動いてくれた人が、目の前でジュースを飲んでいる人なのだ。
なんだ。やっぱり「嫌われてる」わけでも「恨まれてる」わけでもなかった。
「陛下は、アリアナが怖くなかったんですか?」
「怖かったことが一度もないと言ったら嘘になる」
握手したくない相手だな~、って思ったことはあったよ。と陛下から軽い口調で言われた。
いつのことだろう。問い詰めたい……。
「でも、それ以上に可愛くて仕方がなかったんだ」
陛下は蕩けるような微笑みを浮かべて言った。
あまりにも幸せそうに笑うから、それ以上何も言えなくなってしまった。
***
帰りにお土産を買おうとショップに立ち寄ったところ、化粧品コーナーがあった。
意外なことに、アリアナ・カラーのラインナップは少ない。
エミリアが好みそうな柔らかい色でラメが入っているもの、ケースがやたら夢見がちな乙女趣味のものが数多く取り揃えられていた。彼女が運営しているなら「そう」なるよな、と思うラインナップの数々。
ここ、帝都で一番かわいい化粧品のラインナップが多いんじゃないかな……。
エミリアにも相談しながら、口紅を吟味して一つ選んだ。
色もおしゃれで、ケースもかわいい。使うたびにテンションが上がること間違いなしの品だ。
これはモーリスにあげるんだ。
他のコーナーにはベンジャミンの映像記録であった陛下が目を閉じて黒髪になるシーンのポストカードが売ってあった。
エミリア、めちゃめちゃ分かってるじゃん……!!
陛下に見つからないうちに思わず買ってしまった。部屋に飾ろう。
ショップの中でもひときわ目立つコーナーがあった。本を販売しているらしく、「2083」と書かれた黒い表紙の分厚い本がピラミッド積みされていた。
ポップには『2083――それは単なる年号ではない。個人的神話、あるいは感情の原風景』と書かれている。
なんだろう。近づいてみようとしたら、いつの間にか背後に居た陛下が私の肩を掴んだ。
「帰るよ」
「え、もうちょっと見た――」
ぎゅう、と音がするほど掴んだ肩に力を入れられる。
あっ、これ、「暴虐陛下」になってるな!
「はい! 帰りましょう!! すぐに!」
近所の本屋さんでも売ってるかな。あとで探してみよう。
千回見直したい。自宅に持って帰りたい。
陛下が目を閉じて黒髪になるシーンは印刷して部屋に飾りたい。
あれは上映されるべきだ。ただ、お子様には刺激が強いから十五禁くらいにするべきかもしれない。
次の部屋の前には展示物の説明文がかかれた看板が置いてあった。
『アリアナがグランバレーにおいて倒した化け物の1/10スケールの模型
人間のもつ本能的な「恐怖」という感情を掻き立て、恐怖を喰らい成長する化け物は、皇帝陛下によってナラカと名付けられた。
カサンドラ元皇后によって夏の国より持ち込まれた未知の生物』
部屋の入口の前にバケツが重ねて置いてある。
『気分が悪くなられた場合は、こちらをご利用ください』
そんなにすごい展示なのか。中は薄暗い、一歩足を進めた。
中に居たのは、私の背よりも高いワーム――その模型。
皮膚は溶けかけたロウのようにどろどろで、内臓のような生々しい肉色をしていた。
口に当たる部分は半開きになっており、醜悪な二枚貝のような歪みを描いている。
その内側には、氷柱のように尖った歯が、隙間なくずらりと生え揃っていた。
胴体からはでっぷりと太った触手が無数に生えており、その先端に備わった目玉はすべてが「私」を睨めつけていた。
一歩部屋に入って、触手と目があって離せなくなった。魂ごと、ワームに捉えられてしまったみたいに。
心臓の鼓動がうるさいほど音を立てている。
は、は、は、と短く荒い呼吸しかできない。
――怖い。
逃げたい、なのに、足が動かない。目が離せない。瞬きすらできない。
叫び声をあげたいのに、喉が動かない。声を上げる機能を忘れてしまったようで。
あの時の衝撃波のような、鳴き声。全身がビリビリと震えるような、高音の残響が今にも聞こえてきそうだった。
埃と土煙、血の混じった臭いが――あの時の臭いが鼻先をかすめた。
被ったままの帽子の内側から、じわりと汗が流れ出た。
視界が滲む。胃の奥から何かがせり上がってきて、涙が自然に溢れてくる。
――怖い。
怖くてたまらない。でも、これを部屋の外に出したら皆が死んでしまう。きっと。だから、戦わないといけない――どうやって?
(だって私はもう、アリアナじゃない)
パニックになった私の視界が突然、暗くなった。何かを被せられて抱き上げられた。
一見すると誘拐だけど、今度は怖くなかった。知っている品の良い、甘い香りがしたから。
「陛下」
ぎゅう、と陛下にしがみついた。
「ごめん、怖かったよね」
一日二回も抱っこされてしまった。不本意ながら、抱き上げられて安心してしまった。
視界が戻ったのはすぐだった。どこかのサンルームの椅子にちょん、と置かれた。
エミリアが慌ててこちらに来るのが分かった。
陛下が何かをエミリアに指示している。
涙が滲む視界で周りを見てみたら、どうやらここは博物館内のカフェのようだ。
よく見てみると、机はピンク色のハート型で、椅子も夢見る少女が喜びそうなデザインになっていた。
涙は止まらなくて、あとからボロボロと溢れてくる。涙腺が壊れてしまったみたいだ。
怖かった。今までで一番怖かった。
――分かったことがある。
アリアナは、どこか壊れた人間だった。
私は、前世において「恐怖」を感じたことがなかった。
パヴェル殿下と初めて会った時に感じたのは「なんでこんな事されないといけないの?」という混乱と怒り、そして屈辱。
ナラカと対峙した時だって、怖いとは思わなかった。未知の化け物と戦う興奮、仲間を守るために必死で他のことを考える余裕なんてなかった。
あんなの、対峙してまともでいられる人間がいてはいけない。
いるとしたらそれは壊れている。
1/10スケールであれなのだ。単純に考えて、あの十倍は恐ろしいものだ。
私は転生して「普通の人」になって、アリアナの異質さが理解できるようになった。
あんな化け物をみて、恐怖を感じなかったアリアナは”異常”だ。
国を滅ぼせるだけの力を持った少女がどこか壊れている。
その”壊れ”によっては自らの力の奮いどころを間違えていたかもしれない。
人間として、どこか壊れた少女が大量破壊兵器の起動ボタンを持っている。私だったら怖いし絶対に近寄らない。
これの手綱を握ってた殿下、心労が凄まじかっただろうな……。
――もし、殿下が受け入れてくださらなかったら。
――もし、殿下が悪い人間だったら。
――もし、他国に亡命していたら。
――もし、パヴェル殿下との対峙で心が折れて彼に忠誠を誓っていたら。
有り得たかも知れない"もしも"が頭の中でいくつもぐるぐると周る。
きっとその"もしも"の先にあったものは、アリアナによる大量虐殺だ。
アリアナは英雄譚で語られているような、恐怖を克服した英雄ではない。
ただの壊れた――誰とも共有できない“異常”を抱えた孤独な人間だった。
その「壊れ」はアリアナが生まれ持ったものだったのか、それともあの家で十三年生きているうちに「壊された」結果なのかは今となっては分からない。
そんなことを考えていたらエミリアが何かを運んできた。どうやら食べ物と飲み物を持ってきてくれたらしい。
ハート型の揚げドーナツに、ピンク色のクリームがかかったパンケーキ、ハート型に切り抜かれたホットサンド。
極めつけが一つのカップにストローが二本刺さってる。バカップルが飲む、アレだ。顔を近づけないと飲めないやつ。ピンクソーダにハート型のナタデココが入って、下にはゼリーが溜まっている。上にはアイスが乗っている。
エミリアが考案したらそりゃそうなるよね、という商品の数々に涙も思わず引っ込んだ。
「え、これ、どうする?でもさ、間接キスしてるし、いいかな」
ソワソワしている陛下をスルーして、私はエミリアを再度呼んで温かいお茶を求めた。
……バカップル御用達ドリンクは、陛下が一人で淋しく飲むこととなった。
揚げドーナツの中身はバニラアイスだった。外側にはザラメがかけられてて、食べるたびにガリガリとした食感が面白い。
ドーナツを一口かじって脳天を突き刺すような甘さに眉間を抑えて思わず「あめぇ」と呟き――それから、私はぽつりと聞いた。
「あれを見て……陛下は、怖くなかったんですか?」
陛下は少しの間、黙っていた。
「……始めて見た時は怖かったよ。アリアナにも遠回しに『怖いなら引っ込んどけ』って言われた」
違います。言ったのは「司令官としての役割が残っているから後ろに下がってください」とは言いました。
……確かに言葉の裏では「怖いなら引っ込んどけ」とは思っていたけれど。
でも今の私はアナスタシアだから言わないのだ。
代わりにお茶を一口飲んだ。温かくて、落ち着く味だった。
「僕は何回か来て、見慣れていたからね。……あんなに怖がると思っていなかったんだ。怖い思いをさせてしまって、本当にごめん」
「どうして、あんなに怖いものを残そうとしたんですか?」
「グランバレーの戦いで、アリアナが戦っている姿をたまたま芸術家が見ていたんだ。彼は、ナラカを模型化するだけでなく、その時に感じた“恐怖”そのものを魔法で空間に定着させた」
陛下はハート型のストローでくるくるとドリンクをかき混ぜた。ナタデココが泳ぐように上下に舞う。
「……そうでなければ、アリアナの功績は認められなかったかもしれない」
『国を守れた。私一人の命では十分すぎるくらいのことをやれたと思ってるよ』
『「アリアナ・カラー」という私の名が後世に残るように「誰か」が動いてくれた。
誰も何もしなかったらここまでアリアナの名前が残るはずがない。』
かつて、保健室でモーリスに言ったことが脳裏をよぎる。
「アリアナ・カラー」が残っているということ。
グランバレーの怪物を討った英雄の名。
あの時は、ただ漠然と『誰かが私の名を残した』と思っていた。
でも今、その『誰か』のうち一人が、――たぶん一番動いてくれた人が、目の前でジュースを飲んでいる人なのだ。
なんだ。やっぱり「嫌われてる」わけでも「恨まれてる」わけでもなかった。
「陛下は、アリアナが怖くなかったんですか?」
「怖かったことが一度もないと言ったら嘘になる」
握手したくない相手だな~、って思ったことはあったよ。と陛下から軽い口調で言われた。
いつのことだろう。問い詰めたい……。
「でも、それ以上に可愛くて仕方がなかったんだ」
陛下は蕩けるような微笑みを浮かべて言った。
あまりにも幸せそうに笑うから、それ以上何も言えなくなってしまった。
***
帰りにお土産を買おうとショップに立ち寄ったところ、化粧品コーナーがあった。
意外なことに、アリアナ・カラーのラインナップは少ない。
エミリアが好みそうな柔らかい色でラメが入っているもの、ケースがやたら夢見がちな乙女趣味のものが数多く取り揃えられていた。彼女が運営しているなら「そう」なるよな、と思うラインナップの数々。
ここ、帝都で一番かわいい化粧品のラインナップが多いんじゃないかな……。
エミリアにも相談しながら、口紅を吟味して一つ選んだ。
色もおしゃれで、ケースもかわいい。使うたびにテンションが上がること間違いなしの品だ。
これはモーリスにあげるんだ。
他のコーナーにはベンジャミンの映像記録であった陛下が目を閉じて黒髪になるシーンのポストカードが売ってあった。
エミリア、めちゃめちゃ分かってるじゃん……!!
陛下に見つからないうちに思わず買ってしまった。部屋に飾ろう。
ショップの中でもひときわ目立つコーナーがあった。本を販売しているらしく、「2083」と書かれた黒い表紙の分厚い本がピラミッド積みされていた。
ポップには『2083――それは単なる年号ではない。個人的神話、あるいは感情の原風景』と書かれている。
なんだろう。近づいてみようとしたら、いつの間にか背後に居た陛下が私の肩を掴んだ。
「帰るよ」
「え、もうちょっと見た――」
ぎゅう、と音がするほど掴んだ肩に力を入れられる。
あっ、これ、「暴虐陛下」になってるな!
「はい! 帰りましょう!! すぐに!」
近所の本屋さんでも売ってるかな。あとで探してみよう。
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