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第五章
第37話【過去】血と鉄くず
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絶体絶命。
この言葉がこれほど似合う状況を、エリオットは知らない。
辺境にて魔物を討伐した帰り道、敵に囲まれた。
見たことのない鎧を着た敵は、「異民族」と呼ばれるものだ。
エリオットは剣を振るい、辛うじて一体を動けなくした。だが、これも時間稼ぎにしかならない。
倒した鎧の隙間から、赤黒い液体のようなものが滲んだ。
だが、それは血ではない。鉄のような匂いも、腐臭もない。ただ、濃く、滑らかに流れている。
そして、まるで意思を持っているかのように鎧の中へと逆流していき――再びギシギシと動き始めた。
いつまで続くかもわからない消耗戦。
常に緊張状態が続くことで、集中が途切れてミスが出る。
敵の異様な動きに目が追いつかず、誰かが雪に足を取られてつまずくたびに、別の誰かが叫ぶ。
「邪魔だ! どいてろ!」
「おいやめろ! 身内で争っている場合かよ!」
剣を振るう声よりも、悲鳴のほうが大きくなっていく。
誰かが地面に膝をついた音が聞こえた。
恐怖と諦めが、戦場を色濃く染めていく。
頼みのモーリスはまっさきに潰されて戦闘不能。赤黒い血がじわじわとモーリスの腹のあたりに滲む。
このままではまずい。撤退をしたいのに、鎧兵たちに囲まれて身動きが取れない。
腰まで積もった雪が逃げ道を呑み込んでいく。
氷雪魔法を使い撤退のルートを除雪しても嘲笑うかのようにその場に大量の鎧兵が配備される。
こんな時に限って、頼りになるアリアナは居ない。
帰ってくるのは数日後だ。
人間の動きとは思えない、奇妙に痙攣したように歩く鎧兵たちはじわじわとこちらを追い詰めていく。
戦場に、風を切り、草木をなぎ倒す音が響く。
金属同士がぶつかる音、そしてどさどさどさっという、なにか重いものが大量に地面に落ちる音。
振り返ってみれば鎧兵たちが地面に山を作っていた。
一体倒すだけでも時間がかかったというのに、エリオットが振り返る間にアリアナが倒してくれていたのだ。
「アリアナ!」
誰かがホッとしたように叫んだ。その姿が視界に入った瞬間、戦場の空気が変わった。
「うわあ、なんだこれ!」
アリアナは倒した鎧兵――そのうち一体の頭を蹴り飛ばし、鎧を剥いだ。
だが、そこにはあるはずの”中身”がなかった。空っぽだったのだ。
――こいつらは人ではない。鎧が、自立して動いている。
「どこかに本体がいるんだ!」
エリオットはアリアナに向かって叫んだ。
それだけでアリアナは自分のやるべきことを理解したらしい。
相手をするのは鎧兵ではない、どこか近くにいる本体だと。
「殿下、戦闘許可を!」
「許可する!」
アリアナはエリオットの命令がなければ魔法を使うことはできない。
エリオットが許可を叫んだ瞬間、鼻先がピリピリと痺れるような、魔力の気配が場を支配した。
アリアナの瞳が、血のように赤く、燃えるような赤色に染まる。
茶色の髪の毛が色濃く、漆黒に。
鎧兵から放たれた矢が、アリアナたちに雨のように降り注いだ。
アリアナは全てを剣戟で撃ち落とし、わざとそのうちの一本を手に受ける。
わざと受けた矢傷から勢いよく血が噴き出す。――その血は、重力に従って地面に落ちることは無かった。
息をつく間もなく第二陣が放たれた。
――赤い布が、あたりを覆った。
エリオットはそう錯覚した。
赤い布に当たった矢は、地面へと力なく落ちる。
布ではない。――景色が薄く透けるほど伸ばされたアリアナの血だ。
彼女自身の血液を代償にして編まれた、毒々しく美しい、破られることのない盾。
そのままでは周囲を覆うには足りないので薄く伸ばした血と温度操作で溶かした雪を混ぜ、硬化させたのだ。
呼吸をするように多種多様な魔法を使う。彼女がそこにいるだけで、戦況が変わっていく。
「そこっ!」
血の礫は風を切って音もなく飛び、次の瞬間、本体らしきものの頭部を穿った。
耳を塞ぎたくなるような断末魔の後、鎧兵たちはまるで糸を切られた人形のように、その場に崩れ落ちる。
一瞬の静寂。雪がしんしんと降る音しか聞こえない。
先ほどまでの殺戮の気配は、消えていた。
勝った。勝ったのだ。あの絶望的な状況から。
理解した瞬間、騎士たちが快哉の声を叫ぶ。雪ではかき消せないほどの喜びだった。
「勝ったぁあああ!!」
「さすが俺達の”血の守護騎士様”!」
その言葉は、歓喜の中で自然と口をついて出た。
騎士たちに抱きつかれ、肩を組まれ、抱き上げられ、アリアナは笑った。
これはアリアナが騎士団に入ってから、三年後――皇帝歴2081年、アリアナが十六歳の冬の話である。
この言葉がこれほど似合う状況を、エリオットは知らない。
辺境にて魔物を討伐した帰り道、敵に囲まれた。
見たことのない鎧を着た敵は、「異民族」と呼ばれるものだ。
エリオットは剣を振るい、辛うじて一体を動けなくした。だが、これも時間稼ぎにしかならない。
倒した鎧の隙間から、赤黒い液体のようなものが滲んだ。
だが、それは血ではない。鉄のような匂いも、腐臭もない。ただ、濃く、滑らかに流れている。
そして、まるで意思を持っているかのように鎧の中へと逆流していき――再びギシギシと動き始めた。
いつまで続くかもわからない消耗戦。
常に緊張状態が続くことで、集中が途切れてミスが出る。
敵の異様な動きに目が追いつかず、誰かが雪に足を取られてつまずくたびに、別の誰かが叫ぶ。
「邪魔だ! どいてろ!」
「おいやめろ! 身内で争っている場合かよ!」
剣を振るう声よりも、悲鳴のほうが大きくなっていく。
誰かが地面に膝をついた音が聞こえた。
恐怖と諦めが、戦場を色濃く染めていく。
頼みのモーリスはまっさきに潰されて戦闘不能。赤黒い血がじわじわとモーリスの腹のあたりに滲む。
このままではまずい。撤退をしたいのに、鎧兵たちに囲まれて身動きが取れない。
腰まで積もった雪が逃げ道を呑み込んでいく。
氷雪魔法を使い撤退のルートを除雪しても嘲笑うかのようにその場に大量の鎧兵が配備される。
こんな時に限って、頼りになるアリアナは居ない。
帰ってくるのは数日後だ。
人間の動きとは思えない、奇妙に痙攣したように歩く鎧兵たちはじわじわとこちらを追い詰めていく。
戦場に、風を切り、草木をなぎ倒す音が響く。
金属同士がぶつかる音、そしてどさどさどさっという、なにか重いものが大量に地面に落ちる音。
振り返ってみれば鎧兵たちが地面に山を作っていた。
一体倒すだけでも時間がかかったというのに、エリオットが振り返る間にアリアナが倒してくれていたのだ。
「アリアナ!」
誰かがホッとしたように叫んだ。その姿が視界に入った瞬間、戦場の空気が変わった。
「うわあ、なんだこれ!」
アリアナは倒した鎧兵――そのうち一体の頭を蹴り飛ばし、鎧を剥いだ。
だが、そこにはあるはずの”中身”がなかった。空っぽだったのだ。
――こいつらは人ではない。鎧が、自立して動いている。
「どこかに本体がいるんだ!」
エリオットはアリアナに向かって叫んだ。
それだけでアリアナは自分のやるべきことを理解したらしい。
相手をするのは鎧兵ではない、どこか近くにいる本体だと。
「殿下、戦闘許可を!」
「許可する!」
アリアナはエリオットの命令がなければ魔法を使うことはできない。
エリオットが許可を叫んだ瞬間、鼻先がピリピリと痺れるような、魔力の気配が場を支配した。
アリアナの瞳が、血のように赤く、燃えるような赤色に染まる。
茶色の髪の毛が色濃く、漆黒に。
鎧兵から放たれた矢が、アリアナたちに雨のように降り注いだ。
アリアナは全てを剣戟で撃ち落とし、わざとそのうちの一本を手に受ける。
わざと受けた矢傷から勢いよく血が噴き出す。――その血は、重力に従って地面に落ちることは無かった。
息をつく間もなく第二陣が放たれた。
――赤い布が、あたりを覆った。
エリオットはそう錯覚した。
赤い布に当たった矢は、地面へと力なく落ちる。
布ではない。――景色が薄く透けるほど伸ばされたアリアナの血だ。
彼女自身の血液を代償にして編まれた、毒々しく美しい、破られることのない盾。
そのままでは周囲を覆うには足りないので薄く伸ばした血と温度操作で溶かした雪を混ぜ、硬化させたのだ。
呼吸をするように多種多様な魔法を使う。彼女がそこにいるだけで、戦況が変わっていく。
「そこっ!」
血の礫は風を切って音もなく飛び、次の瞬間、本体らしきものの頭部を穿った。
耳を塞ぎたくなるような断末魔の後、鎧兵たちはまるで糸を切られた人形のように、その場に崩れ落ちる。
一瞬の静寂。雪がしんしんと降る音しか聞こえない。
先ほどまでの殺戮の気配は、消えていた。
勝った。勝ったのだ。あの絶望的な状況から。
理解した瞬間、騎士たちが快哉の声を叫ぶ。雪ではかき消せないほどの喜びだった。
「勝ったぁあああ!!」
「さすが俺達の”血の守護騎士様”!」
その言葉は、歓喜の中で自然と口をついて出た。
騎士たちに抱きつかれ、肩を組まれ、抱き上げられ、アリアナは笑った。
これはアリアナが騎士団に入ってから、三年後――皇帝歴2081年、アリアナが十六歳の冬の話である。
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