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第五章
第38話【過去】政治と恋と騎士のたくらみ
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パチパチと火が爆ぜる音が聞こえる。
冬の行軍中は雪洞を掘り、天幕を張ってキャンプ地にすることが多い。今日も例にもれず雪洞をいくつか掘って戦闘の疲れを癒やしていた。
「アリアナが来てくれなかったら死んでたな」
「あーあ、戦場に出すの反対してた人誰だっけ?」
「だれだっけなー?」
エリオットが気まずさから咳払いをする。
十六歳で成人を迎えるまでは、人を殺す体験を彼女にさせるつもりはなかった。
はじめて人を殺す経験をした騎士は、たいてい落ち込む。
一日でもその経験をするのを遅くしてやりたかったという親心だったのだが……。
「でもアリアナ、入団当初から『使える子』アピールすごかったじゃないか」
モーリスの部下として衛生兵見習いから始まったアリアナだったが、騎士たちに稽古をつけてもらうようになっていた。
騎士たちもキラキラとした目で頼まれて悪い気はしなかったらしい。
稽古をしながら自分の魔力量がいかに凄まじいか、自分を戦場で出すことがどれほど役に立つかをコツコツと騎士たちに売り込んだ。
自分たちよりも幼い子どもが「私の魔力スゴイの!」と言っても、誰も怒ったりしなかった。
むしろ微笑ましいと思ってみていたくらいだ。
そのうち、アリアナは置いていっても戦場までこっそりと来てピンチになると勝手に戦い始めた。
アリアナ抜きで作戦を立案すればエリオットが騎士たちから文句を言われるようになった。
『いいじゃないですか、アリアナは俺達の中の誰よりも強いでしょう』
『アリアナを仲間外れにするなー!』
『「使えるもんは親の墓石でも使え」……第三騎士団のモットーですよね』
そんなふうに主張する騎士たちの後ろで、アリアナは『アリアナを戦場へ!』『差別反対!』と書かれたお手製の看板をふんすふんすしながら持っていた。
誰だ、こんな外堀を埋めるようなやり方を彼女に教えたのは。自分たちだ。
エリオットは思わず、頭を抱えたくなった。
念願叶って彼女は十四歳で初めての初陣を経験することになる。
敵将の首を跳ね飛ばし、夜には普通に大盛り飯を平らげていた。
その日からアリアナは、エリオットたちと一緒に戦場を駆け抜けることとなった。
「”血の守護騎士”様ー! これからも俺達を守ってください!」
「干し肉くれたらいいよ」
「いくらでも食っていけよ」
「乾パンも食うか?」
そう言って騎士は気前よくアリアナに食べ物を分けた。
“血の守護騎士”とはアリアナの異名である。
幾度も夏の国の襲撃を押し返し、「異民族」を討伐する彼女は帝都でも有名な存在となっていた。
血液を操り、血の礫を降らせ、血の盾で仲間を守護する。
彼女にピッタリの異名だ、とエリオットは密かに思っていた。
話題の中心であるアリアナは、焚き火の近くでもらった干し肉を齧りながら本を読んでいた。
「うまい」
「そらよかった」
もっきゅもっきゅと頬を膨らませて食べる様は年相応である。その様子を見て、騎士たちが笑った。
彼女は唯一の女性騎士なので、別の雪洞がある。
だが一人はさみしいのか、よくエリオットやモーリスがいる雪洞でくつろぐことが多かった。
戦闘不能になっていたモーリスはアリアナの血液操作により止血され、そのあと治療魔法をかけられていた。
起きたモーリスは「チートよね、アンタ……」と呆れつつも、そのチートに助けられたことを感謝していた。
そう言えば――、とエリオットはアリアナを見た。
魔法発動時には瞳が赤く、黒髪に染まっていたが、今はいつも通りの茶色の色彩に戻っている。
アリアナに聞いてみても自覚はないみたいだ。
答えは意外なところから差し出される。
「魔法の『かくあるべし』ってやつよ。その姿がこの子にとって“理想の騎士”なんでしょ」
「『かくあるべし』……」
アリアナが口の中で響きを確認するようにポツリと呟く。
「魔力が強い人にたまに起きる現象ね。願いが身体を形作るのよ」
アタシには無縁の現象ね、とモーリスが少しすねた声を出した。
モーリスにとっての最大のコンプレックスは低い魔力量だった。
「でもかっこよかったよな!あの姿」
「血を操る騎士って感じでさ!」
褒められたアリアナは嬉しそうに笑った。
「なあなあ、敵の本体はどうやって分かったんだ?」
「魔力の流れを見ました。そしたら、鎧兵たちの頭から一箇所に伸びてたのでそこを攻撃したら、あってました」
「鑑定魔法を使いながら戦ってたの!?」
騎士たちの知っている鑑定魔法というのは、モーリスのような特殊な才能を持っている一握りの人間のみが使える……という認識だ。
そのモーリスでさえ、使った後はグロッキーになりまともに動けない。
「魔力の流れを見ただけで、モーリスみたいに色々見たわけじゃない」
「見ようと思えば見れたんでしょ」
ほーんと、羨ましいわ。とモーリスはへっ、と肩をすくめて言った。
エリオットは慌てて話題を変える。
「帝都の様子はどうだった?」
そもそも今回アリアナが帝都にいなかったのは、皇帝陛下からの呼び出しに応じたからだ。
流石に国家の最高峰からの呼び出しは断れない。
「変わらずですよ。皇帝陛下からのお褒めの言葉を賜り、その後は第一、第二皇子からのお誘い、高位貴族からのお誘い……唯一の癒やしがエミリアとの夜会でした」
エミリアというのはアリアナの従姉であり『私の騎士様、かっこいいでしょ!』というためだけにアリアナを連れ回している。
彼女はエミリアのためだけに男性パートのダンスを覚えたのだとか。
夢見がちで圧が強い彼女のことを「疲れる」と評しながらも、それが癒しになる程度には今回の帝都行きは彼女にとってストレスだったようだ。
皇帝陛下は「異民族」たちを犠牲無しで抑える手腕を称えたらしいが、報奨は金銭のみ。
彼女は褒美として「叙爵」を望んだが、第一、第二皇子たちの反対により無くなった。
彼らは「自分たちの派閥につく褒美」として貴族籍を与えたいのだ。そう簡単に皇帝から与えられては困ると思ったのだろう。
ブレメア家をこれ以上調子に乗らせないための政治的配慮も働いたのかもしれない。あるいは、彼女が女性だからか。
「異民族」の討伐で成果を上げるアリアナのおかげで、ブレメア家では社交界でも目立つ存在になりつつあった。
今までの「悪目立ち」では無い、「アリアナという戦力を生み出した」という功績が評価されたのだ。
パヴェルもアリアナの価値を見直したのか、度々オファーをかけてきた。
ただ、本人が直々にアリアナに頭を下げるわけではない。
かつてアリアナの治療をした女性医師を通じて懐柔をしているようだ。
高位貴族からのお誘い、というのは要は戦争のお誘いである。
この国の南に位置する夏の国に全面戦争をしかけ、その土地を手に入れないか。夏の国との戦争に勝ったらお前に国土の半分をやろう。というなんとも無謀なお誘いだ。
アリアナとして「くそ暑くてろくな食料も育たない、いつ後ろから襲われるかも分からない国を手に入れて何がいいんだ」と度々ぼやいている。エリオットも同感である。
ときには「子爵家の小娘が俺の命令に逆らうのか」という難癖を付けてくる貴族もいる。
「私は殿下の命令無しには魔法が使えない、そういう偏向術式を組んでいます。どうしても戦争をしたいなら殿下に言ってください」と言ってエリオットに丸投げしている。
数年前に組んだ偏向術式が、エリオットが近くに居らずとも彼女を守っていた。
「皇后陛下から、第二皇子の妃にならないかと言われました」
あまりに衝撃的な言葉にエリオットは思わず飲んでいたスープを吐き出しそうになった。
「なんて答えたの?」
モーリスがワクワクとした目でアリアナに聞く。
「”私は子どもを産める体ではないですよ。”――と言ったら慌てて取り消してました」
アリアナはあまり感情を込めないように、淡々と語った。
アリアナとしては本当はどちらの皇子にも「お前らに付くくらいなら亡命するわボケ!」と言いたい。
だが、それを口実に自分の主であるエリオットが攻撃されかねない。
だからこそ自分を下げて、波風が立たないようにして回避しているのだ。
政治って大変だなあ。でも殿下はこれを宮中にいるときはいつもやってるんだもんなあ。と思いながら、アリアナは対応していた。
アリアナが子どもを産めるかは分からない。試したこともない。
だが、どうせ一年の殆どを辺境で過ごすのだ。皇后にとって調べる方法は無いだろう。
「帰り道に第二皇子派の瞬間移動持ちの人に会って、送ってもらいました。酷いことを言わせてしまった、と気にしていたみたいで」
「だから早く帰ってこれたのね。かっこよかった?どこのひと?」
「子どもでしたよ。まだ学校にも通ってないような……見習いだったのかな。グランバレーの隣の領地の人だったみたいで、近くに来たことがあるからって」
「となり……、で瞬間移動持ちならコルデー伯爵のところかな」
──なお、数年後。「瞬間移動持ちの彼」は、アリアナのお兄様となる。
だがこの時のアリアナは、まだそのことを知らない。
「ふふ、小さいのに紳士的だったんです。エスコートされちゃいました」
思い出したのか、頬を赤く染めて照れたように笑った。
帰る時に跪かれ「瞬間移動に必要なので、お手を握ってもよろしいですか?」と言われたらしい。
たとえ子どもであっても、女性扱いされたのはアリアナにとって貴重な経験になったようだ。
途端に、騎士たち――特に、貴族出身者に衝撃が走る。
彼らは今までずっと血と硝煙の中でこれまで生きてきた。
ここにいる殆どが、アリアナのことを十三歳の頃から知っているのだ。もはや女として見るよりも、妹とか、家族とかのほうが近い。
女性というよりも、仲間として過ごしてきた、いや、過ごしてきてしまった。
そのため、彼らはアリアナをエスコートすることはなかった。するという発想が、そもそも欠けていた。
どこか、決定的な「何か」を逃したような感覚があったことに、男たちは慌てる。
「そろそろ皇帝陛下の即位記念式典で帝都に戻るだろ。その時に夜会でエスコートしよう」
「ドレスも贈ろう。ひらひらの可愛いヤツ」
「俺! 俺がエスコートしたい! 婚約者居ないやつが優先だろ!」
モーリスとアリアナが恋バナに夢中になっている間に、男たちがひそひそと作戦会議を始める。
「アリアナって貴族だから会場入れるよな……?ってことは平民でもチャンスが!」
「はーい、ダンス踊れない平民は黙っててくださーい」
「今から練習すっぞ!」
「……今喋った奴ら、全員表に出る覚悟はできてる?」
絶対零度の声が、騎士たちを固まらせた。
エリオットが笑顔のまま静かな怒りを燃やしていたからだ。
アリアナは知らなかったが、この頃から「暴虐皇帝」の片鱗は存在していた。
「僕よりもアリアナを大事にできて、強くて、爵位が上で、顔が良くて、性格が良い奴がいたら……その時は、諸手を上げて祝福するよ」
でも、そんなやついるかなぁ?首をかしげながらエリオットは目を細めた。
青色の瞳には、氷よりも冷たい何かが滲んでいた。
その時、騎士たちの心が一つになった。
(((絶対祝福する気ねーじゃん!!!!)))
冬の行軍中は雪洞を掘り、天幕を張ってキャンプ地にすることが多い。今日も例にもれず雪洞をいくつか掘って戦闘の疲れを癒やしていた。
「アリアナが来てくれなかったら死んでたな」
「あーあ、戦場に出すの反対してた人誰だっけ?」
「だれだっけなー?」
エリオットが気まずさから咳払いをする。
十六歳で成人を迎えるまでは、人を殺す体験を彼女にさせるつもりはなかった。
はじめて人を殺す経験をした騎士は、たいてい落ち込む。
一日でもその経験をするのを遅くしてやりたかったという親心だったのだが……。
「でもアリアナ、入団当初から『使える子』アピールすごかったじゃないか」
モーリスの部下として衛生兵見習いから始まったアリアナだったが、騎士たちに稽古をつけてもらうようになっていた。
騎士たちもキラキラとした目で頼まれて悪い気はしなかったらしい。
稽古をしながら自分の魔力量がいかに凄まじいか、自分を戦場で出すことがどれほど役に立つかをコツコツと騎士たちに売り込んだ。
自分たちよりも幼い子どもが「私の魔力スゴイの!」と言っても、誰も怒ったりしなかった。
むしろ微笑ましいと思ってみていたくらいだ。
そのうち、アリアナは置いていっても戦場までこっそりと来てピンチになると勝手に戦い始めた。
アリアナ抜きで作戦を立案すればエリオットが騎士たちから文句を言われるようになった。
『いいじゃないですか、アリアナは俺達の中の誰よりも強いでしょう』
『アリアナを仲間外れにするなー!』
『「使えるもんは親の墓石でも使え」……第三騎士団のモットーですよね』
そんなふうに主張する騎士たちの後ろで、アリアナは『アリアナを戦場へ!』『差別反対!』と書かれたお手製の看板をふんすふんすしながら持っていた。
誰だ、こんな外堀を埋めるようなやり方を彼女に教えたのは。自分たちだ。
エリオットは思わず、頭を抱えたくなった。
念願叶って彼女は十四歳で初めての初陣を経験することになる。
敵将の首を跳ね飛ばし、夜には普通に大盛り飯を平らげていた。
その日からアリアナは、エリオットたちと一緒に戦場を駆け抜けることとなった。
「”血の守護騎士”様ー! これからも俺達を守ってください!」
「干し肉くれたらいいよ」
「いくらでも食っていけよ」
「乾パンも食うか?」
そう言って騎士は気前よくアリアナに食べ物を分けた。
“血の守護騎士”とはアリアナの異名である。
幾度も夏の国の襲撃を押し返し、「異民族」を討伐する彼女は帝都でも有名な存在となっていた。
血液を操り、血の礫を降らせ、血の盾で仲間を守護する。
彼女にピッタリの異名だ、とエリオットは密かに思っていた。
話題の中心であるアリアナは、焚き火の近くでもらった干し肉を齧りながら本を読んでいた。
「うまい」
「そらよかった」
もっきゅもっきゅと頬を膨らませて食べる様は年相応である。その様子を見て、騎士たちが笑った。
彼女は唯一の女性騎士なので、別の雪洞がある。
だが一人はさみしいのか、よくエリオットやモーリスがいる雪洞でくつろぐことが多かった。
戦闘不能になっていたモーリスはアリアナの血液操作により止血され、そのあと治療魔法をかけられていた。
起きたモーリスは「チートよね、アンタ……」と呆れつつも、そのチートに助けられたことを感謝していた。
そう言えば――、とエリオットはアリアナを見た。
魔法発動時には瞳が赤く、黒髪に染まっていたが、今はいつも通りの茶色の色彩に戻っている。
アリアナに聞いてみても自覚はないみたいだ。
答えは意外なところから差し出される。
「魔法の『かくあるべし』ってやつよ。その姿がこの子にとって“理想の騎士”なんでしょ」
「『かくあるべし』……」
アリアナが口の中で響きを確認するようにポツリと呟く。
「魔力が強い人にたまに起きる現象ね。願いが身体を形作るのよ」
アタシには無縁の現象ね、とモーリスが少しすねた声を出した。
モーリスにとっての最大のコンプレックスは低い魔力量だった。
「でもかっこよかったよな!あの姿」
「血を操る騎士って感じでさ!」
褒められたアリアナは嬉しそうに笑った。
「なあなあ、敵の本体はどうやって分かったんだ?」
「魔力の流れを見ました。そしたら、鎧兵たちの頭から一箇所に伸びてたのでそこを攻撃したら、あってました」
「鑑定魔法を使いながら戦ってたの!?」
騎士たちの知っている鑑定魔法というのは、モーリスのような特殊な才能を持っている一握りの人間のみが使える……という認識だ。
そのモーリスでさえ、使った後はグロッキーになりまともに動けない。
「魔力の流れを見ただけで、モーリスみたいに色々見たわけじゃない」
「見ようと思えば見れたんでしょ」
ほーんと、羨ましいわ。とモーリスはへっ、と肩をすくめて言った。
エリオットは慌てて話題を変える。
「帝都の様子はどうだった?」
そもそも今回アリアナが帝都にいなかったのは、皇帝陛下からの呼び出しに応じたからだ。
流石に国家の最高峰からの呼び出しは断れない。
「変わらずですよ。皇帝陛下からのお褒めの言葉を賜り、その後は第一、第二皇子からのお誘い、高位貴族からのお誘い……唯一の癒やしがエミリアとの夜会でした」
エミリアというのはアリアナの従姉であり『私の騎士様、かっこいいでしょ!』というためだけにアリアナを連れ回している。
彼女はエミリアのためだけに男性パートのダンスを覚えたのだとか。
夢見がちで圧が強い彼女のことを「疲れる」と評しながらも、それが癒しになる程度には今回の帝都行きは彼女にとってストレスだったようだ。
皇帝陛下は「異民族」たちを犠牲無しで抑える手腕を称えたらしいが、報奨は金銭のみ。
彼女は褒美として「叙爵」を望んだが、第一、第二皇子たちの反対により無くなった。
彼らは「自分たちの派閥につく褒美」として貴族籍を与えたいのだ。そう簡単に皇帝から与えられては困ると思ったのだろう。
ブレメア家をこれ以上調子に乗らせないための政治的配慮も働いたのかもしれない。あるいは、彼女が女性だからか。
「異民族」の討伐で成果を上げるアリアナのおかげで、ブレメア家では社交界でも目立つ存在になりつつあった。
今までの「悪目立ち」では無い、「アリアナという戦力を生み出した」という功績が評価されたのだ。
パヴェルもアリアナの価値を見直したのか、度々オファーをかけてきた。
ただ、本人が直々にアリアナに頭を下げるわけではない。
かつてアリアナの治療をした女性医師を通じて懐柔をしているようだ。
高位貴族からのお誘い、というのは要は戦争のお誘いである。
この国の南に位置する夏の国に全面戦争をしかけ、その土地を手に入れないか。夏の国との戦争に勝ったらお前に国土の半分をやろう。というなんとも無謀なお誘いだ。
アリアナとして「くそ暑くてろくな食料も育たない、いつ後ろから襲われるかも分からない国を手に入れて何がいいんだ」と度々ぼやいている。エリオットも同感である。
ときには「子爵家の小娘が俺の命令に逆らうのか」という難癖を付けてくる貴族もいる。
「私は殿下の命令無しには魔法が使えない、そういう偏向術式を組んでいます。どうしても戦争をしたいなら殿下に言ってください」と言ってエリオットに丸投げしている。
数年前に組んだ偏向術式が、エリオットが近くに居らずとも彼女を守っていた。
「皇后陛下から、第二皇子の妃にならないかと言われました」
あまりに衝撃的な言葉にエリオットは思わず飲んでいたスープを吐き出しそうになった。
「なんて答えたの?」
モーリスがワクワクとした目でアリアナに聞く。
「”私は子どもを産める体ではないですよ。”――と言ったら慌てて取り消してました」
アリアナはあまり感情を込めないように、淡々と語った。
アリアナとしては本当はどちらの皇子にも「お前らに付くくらいなら亡命するわボケ!」と言いたい。
だが、それを口実に自分の主であるエリオットが攻撃されかねない。
だからこそ自分を下げて、波風が立たないようにして回避しているのだ。
政治って大変だなあ。でも殿下はこれを宮中にいるときはいつもやってるんだもんなあ。と思いながら、アリアナは対応していた。
アリアナが子どもを産めるかは分からない。試したこともない。
だが、どうせ一年の殆どを辺境で過ごすのだ。皇后にとって調べる方法は無いだろう。
「帰り道に第二皇子派の瞬間移動持ちの人に会って、送ってもらいました。酷いことを言わせてしまった、と気にしていたみたいで」
「だから早く帰ってこれたのね。かっこよかった?どこのひと?」
「子どもでしたよ。まだ学校にも通ってないような……見習いだったのかな。グランバレーの隣の領地の人だったみたいで、近くに来たことがあるからって」
「となり……、で瞬間移動持ちならコルデー伯爵のところかな」
──なお、数年後。「瞬間移動持ちの彼」は、アリアナのお兄様となる。
だがこの時のアリアナは、まだそのことを知らない。
「ふふ、小さいのに紳士的だったんです。エスコートされちゃいました」
思い出したのか、頬を赤く染めて照れたように笑った。
帰る時に跪かれ「瞬間移動に必要なので、お手を握ってもよろしいですか?」と言われたらしい。
たとえ子どもであっても、女性扱いされたのはアリアナにとって貴重な経験になったようだ。
途端に、騎士たち――特に、貴族出身者に衝撃が走る。
彼らは今までずっと血と硝煙の中でこれまで生きてきた。
ここにいる殆どが、アリアナのことを十三歳の頃から知っているのだ。もはや女として見るよりも、妹とか、家族とかのほうが近い。
女性というよりも、仲間として過ごしてきた、いや、過ごしてきてしまった。
そのため、彼らはアリアナをエスコートすることはなかった。するという発想が、そもそも欠けていた。
どこか、決定的な「何か」を逃したような感覚があったことに、男たちは慌てる。
「そろそろ皇帝陛下の即位記念式典で帝都に戻るだろ。その時に夜会でエスコートしよう」
「ドレスも贈ろう。ひらひらの可愛いヤツ」
「俺! 俺がエスコートしたい! 婚約者居ないやつが優先だろ!」
モーリスとアリアナが恋バナに夢中になっている間に、男たちがひそひそと作戦会議を始める。
「アリアナって貴族だから会場入れるよな……?ってことは平民でもチャンスが!」
「はーい、ダンス踊れない平民は黙っててくださーい」
「今から練習すっぞ!」
「……今喋った奴ら、全員表に出る覚悟はできてる?」
絶対零度の声が、騎士たちを固まらせた。
エリオットが笑顔のまま静かな怒りを燃やしていたからだ。
アリアナは知らなかったが、この頃から「暴虐皇帝」の片鱗は存在していた。
「僕よりもアリアナを大事にできて、強くて、爵位が上で、顔が良くて、性格が良い奴がいたら……その時は、諸手を上げて祝福するよ」
でも、そんなやついるかなぁ?首をかしげながらエリオットは目を細めた。
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