敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第六章

第44話【現在】得意魔法、あるいは語られない選択

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 あの「社会科見学」から数ヶ月が経とうとしていた。
 だいぶ学校にも慣れ、授業も楽しいし、学校終わりに陛下に拉致されるのにも慣れてきた。
 ……いや、どう考えても一番最後のは慣れてはいけない。

「そういえば、アンタ得意魔法の適正が発現してるわよ」
『今日のご飯はシチューよ』みたいなノリである日サラッと言われた。
 モーリスが「見える」ということは、相当色濃く発現しているということだ。

「え!? そうなの?」
 知りたいー?と、モーリスがにや、と笑う。
「知りたーい!」
 胸の前で手を組み、きゃるん! とした面持ちで陛下が言った。
 今日は駆け引きはする気分じゃないらしく、お茶にもお菓子にも何も入っていなかった。
 駆け引きをしなくていい陛下とのお茶会は、とても気楽だ。
「陛下には言ってないわよ」
 猫が毛を立てて威嚇するようにモーリスが言った。

 学校終わりにはお決まりのルートで温室へ。今日も陛下に“拉致”され、お茶を飲んでいた。
 時折モーリスや、ユリスお兄様がお茶会に参加する。
 私の宮廷内での立ち位置は「陛下のお話相手」ということになっているらしい。

「魔法さ、やっぱり知っちゃうと引きずられちゃうのよね。『適性』があるならそれにしなくちゃ! って思っちゃう」
「血液操作?血液操作かそうじゃないかだけ僕にこそっと教えてくれない?」
「陛下は黙ってて! ……ほら、得意なことと、やりたいことって違うじゃない?」

 貴族学校では得意魔法が発現していない場合は、とりあえず氷雪魔法を学ぶ。
 この国で最も適正する人が多い魔法だからだ。
 得意魔法が発現したら個別指導のクラスを追加で受講することになる。

「使いたい魔法も特に無いし、適性があるならそれを伸ばしたいです!」

 モーリスがティーカップを傾ける。音も立てずに置いた。
 ティーカップの端には薄いラメ入りのピンク色がついていた。私がプレゼントした口紅を付けてきてくれているのだ。
 優しい色合いに思わずニッコリしてしまう。

「サイコメトリーよ。触れたものの記憶を読み取る能力ね」
 触れたものの記憶を読み取る能力――。モーリスの説明を復唱した。
 それってつまり、真贋鑑定とかにすごく役立ちそう。
 芸術品の輸入で騙されないって、すごく頼れる! 将来、お父様の商会を継ぐならきっと役に立つ。

 ふーん、と言いながら陛下がお茶を口に運ぶ。
 その姿は一幅の絵のように優雅だった。長い脚を組んでお茶を飲むだけで気品が溢れてる。
「この国ではあんまりいないよね。鑑定魔法と同じくらいレアじゃない?」
「コルデー家ってレアな魔法が発現しやすいのかもね。次男が『瞬間移動』、四男が『動物会話』、アナスタシアが『サイコメトリー』でしょ。陛下、しっかり囲っときなさいよ」
「やっぱりアナスタシアには宮廷に住まいを移してもらって、その後ご両親へのご挨拶かな?逆のほうがいいかな?」
「そっちの”囲う”じゃないわよ!」

 試しにカップから残留思念を読んでみようとしたけれど……無理だった。うんともすんとも言ってくれない。
 「かくあるべし」……このコップの記憶を読めるはず、という気持ちが足りていないのかもしれない。

「あんまりさあ……」  
 小さな声で、陛下が呟いた。  
「え、なんですか?」  
  思わず顔を上げると、陛下は一瞬だけ目をぱちくりとさせた。  
 そのあとで、いつものように柔らかい笑顔を向けられた。

「いや、あんまり無理しないでね。魔法の技量を高めるって、大変だから」
 陛下が笑いながら言ったその声は、「誤魔化しています」と言っているように聞こえた。

 最近、魔力を“盗まれる”という噂が、学生の間で囁かれ始めていた。  
 実際に被害が出たという話までは聞いていないけれど――  
 陛下は、そういうところに敏感な人だ。  
『あんまり練習して有能な能力になりすぎると盗まれるかもよ』と警告したかったのかもしれない。
 だけど、陛下にとって眼の前にいる「アナスタシア」は十三歳だ。
「囲う」と冗談めかして言ったのもある意味では本心なのかもしれない。
 この国で一番安全なのは、陛下の隣なのだから。
 実際に被害が出ていないのに怖がらせることを言うのも、と思って誤魔化したのだろう。

 残念ながら私は陛下の昔の腹心だったので、そのあたりまで察してしまうのだ。有能って辛いね!
 そんなことを思っていたら、モーリスが手を差し出してきた。

「読んでみる?アタシの記憶」
「できるのかな」
「アタシが読めるって言ってるのよ。読めるに決まってるでしょ」

 モーリスの生身の方の手に触れた。お茶で温まった手の温度が伝わってくる。
 目を閉じてモーリスの記憶を読もうと試みた。

 指先からじわじわと温かい魔力が流れる。私の意識は、モーリスの中へとダイブした。

『……おめでとう。これで、君たちの結婚は皇帝に認められた結婚だ』
 どうやらこれは、モーリス視点の記憶らしい。
 祝言、というおめでたいイベントなのに眼の前の陛下は浮かない顔をしている。一番近いのは――そう、罰を下した、みたいな。
 視界の端で、ひらひらとしたピンク色のレースが揺れた。
『謹んで拝受いたします。今後は夫婦で力を合わせ、伯爵家の務めに尽くす所存です』
 知っている声、夢見がちでキラキラとした少女みたいな――。
 視線が隣にいる女性を見る。見知ったはずの彼女の表情には、初めて見る覚悟が滲んでいた。

 急速な疲労感に引きずられて意識が現実へと戻ってきた。
 魔力が、急速に抜けた。サイコメトリーって魔力の消費量結構多いのかも。
 慌ててお茶を口に含む。意味はないけれど、心が落ち着く。

 ん?

 状況を整理しよう。思わず眉間を揉む。
 おそらく、あれはモーリスの結婚が承認された場面だ。
 その場にモーリスがいて、ということは、隣りにいる人は奥方――伯爵夫人であるはず。
 え、モーリスってエミリアと結婚したの!?

「え、モーリス、先生って……博物館の、エミリアさんと結婚してるの?」
「あれ、言ってなかったかしら」
 陛下の前じゃなかったら言いたいことはいっぱいあった。
 なんで、エミリア?
 いや、エミリアもさ、なんでモーリス?
 あ、でも私が夜会で毒を飲んだあの事件のとき、二人とも一緒に舞踏会にいたっけ。その頃からってこと?

 エミリアの理想は「王子様」だ。
 いつかどこかの国の王子様が白馬に乗って求婚しに来てくれると本気で信じていたような人だ。
 隣国の王子様が現れるまでは「私の騎士様」で良いわと言ってアリアナに騎士服を着せて夜会へ散々連れ回していた。
 モーリスはどう見ても「白馬」に乗るタイプではない。
「はぁ?馬の色になんの意味があるのよ」って言って馬車に颯爽と乗るタイプだ。

「ちょっとアンタ、なにか失礼なこと考えてない?」
 じろりとモーリスに睨まれた。
「いえ……ナンデモ……」
「あのオブスとは恋愛結婚じゃないから勘違いしないで頂戴」
 ぴしゃりと言い切られた。

 エミリアは「かわいいもの」「ふわふわなもの」を愛する。ついでに言うと「愛に殉ずる」ことに涙する人間だ。
 対してモーリスは機能美やシンプルなものを愛する。「愛に殉ずる」人間を見たら反吐を吐くような人間だ。
 そう、二人の趣味がどう考えても合わない。
 なので、恋愛結婚でないと言われると「ああ、だよね」と安心する。

「伯爵家を継いだ以上、配偶者と子を得るか、あるいは養子を迎える必要があるんだよ」
「アタシは”種封じ”済みだし、エミリアは『恵まれない子どもたちを引き取ってスポーツチームを作るわ!』って利害が一致したのよ」

 種封じ。
 男性特有の煩わしい欲から開放され、子も残せなくする魔法らしい。
 アリアナだった時にモーリスがやったとは聞いていたけど、魔法で痛みなく「きゅっ」とできるらしい。「きゅっ」と。
 私には関係ないはずなのに、なぜか股間を守りたくなった。

 モーリスは行儀悪くテーブルの上に肘をついて、手の上に顎を載せた。
「あのオブス、アリアナの手紙を丁寧に保管してたし、ブレメア家の情報提供にも積極的だったから巻き込まれることはなかった。だけど、手厚い保護付きの国外追放か、国内で監視付きで生きるか選択させたら国内を選びやがったのよ」
 思い出して悔しくなったのか、モーリスが「キー!」と嘆いた。
「モーリスが居てくれてよかったよ。貴重な資料を提供してくれた恩人を、一生国のために祈らせるはめにならなくてよかった」

 あの時は大変だったー、みたいな顔で陛下が言った。
 モーリスがエミリアを引き取らなかったら、彼女は修道院に送られていたんだろう。
『国のためじゃない、私、愛のために祈るのよ……!』って幻聴が聞こえる気がする。
 エミリアがそうなるとは思えないが、ブレメア家の亡霊をこれ以上出さないためにも監視は絶対必要な状況だったんだ。

 こうやって、時々お茶して、前世でできなかった学生生活を楽しむ。
 アリアナとアナスタシアの人生において、最も平和な時期かもしれない――少なくとも、今だけは。
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