敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

文字の大きさ
49 / 65
第六章

第48話【現在】寝かしつけ作戦、あるいはその後

しおりを挟む
 一通り恥ずかしがった後に部屋の扉を開けた瞬間、何かが襲いかかってきた――と思ったら、ユリスお兄様だった。
 全身を締めつけるような抱擁。息が詰まりそうなほど、強い。

「怖かったな、大丈夫だったか? どこも怪我はしていないか?」

 抱きしめる手が、ほんの少し震えていた。
 横目で見た顔は蒼白で、目には薄い涙の膜が張っていた。
 ベンジャミンも来ていて、視線を合わせるようにしゃがんでくれた。

「大丈夫です。未遂です……心配かけてごめんなさい」
「今ならあいつの首を切り落とせる。――やるか?」

 お兄様はそう言って、拳で首を切る動作をした。
 その声には抑えきれない殺意が滲んでいた。

「はい」の「は」の字でも発した瞬間に本当に寝込みの陛下を殺しにいきそうな気配を感じる。
「お兄様の手が血で汚れたら、悲しいからやめてほしいです」
 悲しそうな顔を作ってそう言えば、お兄様の体全体から出ていた殺意が消えた。陛下の私室が血で染まることはなさそうで一安心。

 お兄様とベンジャミンの背後に大量の騎士たちが控えていた。
 彼らの視線はどこか緊張していて、それでも誰一人として顔色を変えずに直立していた。
『「何か」あったら、たとえ刺し違えてでも』という気迫すら感じる。
 ……陛下は十三歳を手籠めにしても許される立場である。
 むしろ皇帝陛下の夜伽に突撃するなんて、騎士たちの方が首を撥ねられてもおかしくない所業だ。
「何か」を起こさないために、こんなにたくさんの大人たちが動いてくれて、心配しててくれたんだ。
 そう思うと胸が熱くなった。
 ユリスお兄様の腕から抜け出して、感謝を示すべく淑女の礼を取った。

「陛下は寝ました。爆睡です」
「寝た……!?陛下が!?」
 そら人間誰だって毎日寝るでしょう。
 でも、その反応からして陛下がどれほど長い間、休息を取っていないか察してしまった。
「大きな声を出したら起きちゃいます!」
 しー、と人差し指を口の前に立てた。
 お兄様とベンジャミンも同じように人差し指を口の前に立ててきた。
 強面、無表情の二人がそういう仕草をするのが妙におかしかった。

「今のうちに逃げよう」
「位置情報魔法でどこにいてもバレます」
「アナ、腕の一本くらい無くても兄がどうにかする」

 位置情報と盗聴魔法をかけられている右腕を、お兄様なら本気で切り落としかねない。
 思わず自分の背後に両腕を持っていって、お兄様から見えないようにした。

「利き腕なのでやめてください」
「そこじゃない。……とりあえず、今日は客室に泊まってもらおう」

 兄妹のどこかずれたやり取りにベンジャミンが突っ込む。

「陛下、起きた時に私が居ないほうがまずいんじゃないですか?」
「「それは……」」

 二人の声がハモった。顔には「うわあ、確かに面倒くさそう」と書かれていた。

「私、寝ないで本でも読んでいますよ。陛下が起きるまで。ドアを開けていれば『なにもなかった』ことの証明にはならないですか?」
「それは願ってもないことだが……」
 ベンジャミンが唸り、お兄様は難しい顔をしていた。
『陛下に休息を取ってほしい』『でもそのために妹を犠牲にはしたくない』『でも起きた時に不機嫌な陛下の相手をするのは嫌だな』の三つが書かれていた。

「っていうか、何があったんですか?」
 一瞬の空白。言うのを躊躇しているようだった。
「大量の仕事があってだな……」
 嘘じゃないけど、それだけじゃないな。
 そう思ったので、勝手に当ててみることにした。

「陛下の婚約者候補として、断りづらいところから十三歳前後で発育の良い女の子が何人か紹介されました?特に茶髪で目が緑色の――」
 ベンジャミンの顔が歪んだ。あげた特徴はどれもアナスタシアと一致する特徴だからだ。
「あとは、コルデー家に私宛の婚約申込みが大量に来てたり?」
 ユリスお兄様の顔に怒りの色が浮かんだ。
「皇帝過激派が『欲しければとっとと抱いちゃえば?』って煽ったり?」
 二人が同時に「はー」とため息をついた。どうやら全部正解らしい。
 そんな時に私が夜中、中庭で青春してたらイラッとするかもしれない……。

「ユリス、お前の妹どうなってるんだ」
「俺の妹が賢すぎて怖いです」
 どうやらピンポイントで全部正解だったようだ。

 陛下が起きるまで、私は陛下の私室でゆっくりと待つことにした。
 部屋には驚く程ものがなかった。大きなベッドと、書き物机と、クローゼットだけ。
 趣味のものもない様子は、どれほど彼が国に尽くしてきているかを象徴している。
 ベンジャミンはろうそくとマシュマロ入りのココア、それと本を大量に持ってきてくれた。コップから溢れそうなくらいマシュマロを入れてくれている。大盤振る舞いだ。
 ベンジャミンが用意してくれた本は英雄譚、シリーズものの小説、国の歴史書、刺繍の図面集など、多種多様で時間を潰せるものばかりだ。さすがベンジャミンだ、本のチョイスにセンスと実利を感じる。

『対外交易白書』も入っていた。これはここ数年の輸出入の品目、相手国、割合などが網羅されている資料であり、国が毎年発行している白書だ。
 公式に出しているものなので、私が見ても問題ない。
 お兄様は私がお父様の跡を継いで交易商になりたいと思っているのを知っているはずなので、資料の中に入れてくれたのだろう。

 革表紙に銀の箔押しがされた冊子を、ろうそくの近くで広げた。
 アリアナが生きてた時は輸出産業のトップは「一位宝石、二位傭兵」そのあとはどんぐりの背くらべだった。毎年コロコロと変わる程度には後が詰まっている。
 だけど、この数年で一躍その比率を伸ばしているものがある。
 指先で文字をなぞって、小さく呟いた。
「二位 芸術……?」
 三位には傭兵業が続き、あとは変わらずだんごの状態が続いている。
 誰か有名な芸術家でも出てきたのかな。
 でも傭兵業を上回るほどの芸術家だったらコルデー家に話が入ってこないはずがない。
 いくら考えてもその場で答えは出なかったので、気分転換に別の本を読むことにした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

処理中です...