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第六章
第50話【現在】ローア、あるいは“性別:モーリス”
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私は、自分よりも背の高い平民の血液操作使い――ローアを庇うように立った。
学校の総帥用に準備された執務室にいきなり呼び出されたローアは、可哀想なくらい震えていた。
怖いかもしれないけど、ローアの夢を叶えるならこの誤解は早急に解いておくべきだ。
ローアの夢は、私の夢でもあるのだ。ここで潰えさせるわけにはいかない。
念の為部屋の隅にベンジャミンを配置している。
陛下は相変わらず冷たい目でこちらを睥睨している。
いつもの適当に束ねたような無造作な髪と違い、綺麗に梳かれ、後れ毛ひとつ落ちていない。
今朝は私が整えさせてもらったのだ。
コルデー家ではお互いの髪の毛を梳かし合う習慣がある。
私は、自分の髪の毛を梳かしてもらうお礼にお兄様たちの髪の毛をいつもセットしているから、実は結構得意なのだ。
そんな皇帝たる威厳をもった陛下が、ローアに低い声で問いかける。
「……お前は、アナスタシアと結婚したいと思っているのか」
問われた意味を理解するのに時間がかかったらしい。
「え……?」
「二度同じことを言わせるな。とっとと答えろ」
「め、滅相もございません!」
この言い方だとまずい。助け舟を出す。
「というか、仮に私達が対等な関係だったとして、制度上できないものね。そうよね、ローア」
「はい!」
陛下が不快そうに眉をしかめる。『何が言いたい』とでも言いたげに。
「ローア、陛下は誤解していらっしゃるのだけど……言っても良いのかしら」
こてん、と首をかしげてローアに訪ねた。
“誤解”、そして昨日の陛下の言葉にぴんときたらしい。
彼女は慌てて学生証をカバンから取り出し、机の上に置いた。
ああ、良かった。言っていいやつなんだ。
学生証には彼女の身分を証明する内容と……――「性別:女」とはっきり記載されていた。
ローアにしてみたら新しくできた友達と楽しくお喋りしてたらいきなり「殺すぞ」と脅されて、本当に可哀想な目にあったと思っている。
主に私のせいだけど、彼女には同情しかない。
学生証を見せた瞬間、陛下の顔がぴたりと止まる。
部屋中に充満していた嫌な「圧」が霧散するのが分かった。ようやく息がしやすくなった。
「薔薇を添えますか?」
これでもまだ処刑とか言いますか?
ちらりと横をみると、ベンジャミンが呆れた顔をしていた。多分私も同じ顔をしていると思う。
「いや、……」
言葉にもならないらしい。片手で顔を抑えたまま黙り込んでしまった。
昨日やらかした所業とか、今朝のしょうもない嫌味とかを思い出して恥ずかしがってるんだろう。
「ローア――行っていいぞ」
ベンジャミンが助け舟を出した。
「また今度お話しましょうね」
ローアと目配せした。小さく頷いてくれたのでホッとした。
彼女は学生証を手に取ると、そのまま礼をして出ていった。よほど怖かったらしい。
とたとた、軽い足音が部屋から離れていく。
陛下は簡単に謝るわけにはいかない。多分影でベンジャミンか、騎士団の人が代わりに謝ってくれるんだろう。
足音が完全に離れてから陛下がこちらを見た。
「……よく気づいたね」
「わざと低い声で喋ろうと、意識していたようでしたから」
私は思い出したのだ。確かに前世で瓦礫を粉砕して、救助した。――ワンピースを着た女の子を。
一度思い出してしまえばあとは点と点が線でつながっていく。
丸っこい可愛い文字はエミリアが良く書いていた。
時々声が高くなるのは普段わざと低くしているから。素が出たときだけ高い声が出るのだろう。
「私も……」
「私も?」
「……いえ、私も、気づいたのは今朝でしたから」
私も、”立派な騎士”を演じている時は、低い声を意識して喋っていたので。と言いそうになった。危ない。
「彼女は、……その、……つまり、モーリスみたいな?」
モーリスはまた違うと思う。あれは「性別:モーリス」だ。
男とか女とか、そういう垣根を超えて「アタシに一番にあっているのはこのスタイルなの」と主張している感じ。
でも彼女は男のふりをした女の子で……。逆だったら男の娘って言い方があるんだけど……。
「デリケートな問題なので、本人の口から言ってもらったほうが良いかと」
こういうのは周りが言うのはだめなのだ。なんか、難しい言い方がいっぱいあるから。
「彼女、見どころありますよ」
そう言い出したのはベンジャミンだ。珍しく、薄っすらと微笑みを浮かべている。
どうやら昨日、私が陛下に攫われたあと、騎士団に報告したらしい。
彼女は騎士たちの前で跪き、こう言ったとか。
『罰は、いかようにもお与えください。すべての咎は、私にございます。――だから、どうか……彼女をお救いください』
私室のドアから出たあと、大量の騎士達がいた理由が分かった。
じんわりと胸が暖かくなる。
初めて会って喋った、ただそれだけなのに。
わけもわからないまま巻き込まれて、皇帝陛下に脅されて怖かったはずなのに。
それでも、たった数時間過ごしただけの私のために、彼女が動いてくれたという事実が嬉しかった。
陛下の参謀であるベンジャミンが「見どころがある」と評した。
ローアにとっては怖い思いをしただろうけれど、彼女の夢が一歩先に進んだということなのではないか。
「陛下、無理しすぎないでくださいね。必要だったらまた寝かしつけに来ますね」
私も部屋から退出することにした。
陛下はまだいっぱい仕事があるのだ。気ままな学生の私にできることはあんまりない。寝かしつけくらいかな。
昨日から起きっぱなしだったから、いい加減眠い。これでようやく眠れる。
くわあ、と大きく欠伸をした。
学校の総帥用に準備された執務室にいきなり呼び出されたローアは、可哀想なくらい震えていた。
怖いかもしれないけど、ローアの夢を叶えるならこの誤解は早急に解いておくべきだ。
ローアの夢は、私の夢でもあるのだ。ここで潰えさせるわけにはいかない。
念の為部屋の隅にベンジャミンを配置している。
陛下は相変わらず冷たい目でこちらを睥睨している。
いつもの適当に束ねたような無造作な髪と違い、綺麗に梳かれ、後れ毛ひとつ落ちていない。
今朝は私が整えさせてもらったのだ。
コルデー家ではお互いの髪の毛を梳かし合う習慣がある。
私は、自分の髪の毛を梳かしてもらうお礼にお兄様たちの髪の毛をいつもセットしているから、実は結構得意なのだ。
そんな皇帝たる威厳をもった陛下が、ローアに低い声で問いかける。
「……お前は、アナスタシアと結婚したいと思っているのか」
問われた意味を理解するのに時間がかかったらしい。
「え……?」
「二度同じことを言わせるな。とっとと答えろ」
「め、滅相もございません!」
この言い方だとまずい。助け舟を出す。
「というか、仮に私達が対等な関係だったとして、制度上できないものね。そうよね、ローア」
「はい!」
陛下が不快そうに眉をしかめる。『何が言いたい』とでも言いたげに。
「ローア、陛下は誤解していらっしゃるのだけど……言っても良いのかしら」
こてん、と首をかしげてローアに訪ねた。
“誤解”、そして昨日の陛下の言葉にぴんときたらしい。
彼女は慌てて学生証をカバンから取り出し、机の上に置いた。
ああ、良かった。言っていいやつなんだ。
学生証には彼女の身分を証明する内容と……――「性別:女」とはっきり記載されていた。
ローアにしてみたら新しくできた友達と楽しくお喋りしてたらいきなり「殺すぞ」と脅されて、本当に可哀想な目にあったと思っている。
主に私のせいだけど、彼女には同情しかない。
学生証を見せた瞬間、陛下の顔がぴたりと止まる。
部屋中に充満していた嫌な「圧」が霧散するのが分かった。ようやく息がしやすくなった。
「薔薇を添えますか?」
これでもまだ処刑とか言いますか?
ちらりと横をみると、ベンジャミンが呆れた顔をしていた。多分私も同じ顔をしていると思う。
「いや、……」
言葉にもならないらしい。片手で顔を抑えたまま黙り込んでしまった。
昨日やらかした所業とか、今朝のしょうもない嫌味とかを思い出して恥ずかしがってるんだろう。
「ローア――行っていいぞ」
ベンジャミンが助け舟を出した。
「また今度お話しましょうね」
ローアと目配せした。小さく頷いてくれたのでホッとした。
彼女は学生証を手に取ると、そのまま礼をして出ていった。よほど怖かったらしい。
とたとた、軽い足音が部屋から離れていく。
陛下は簡単に謝るわけにはいかない。多分影でベンジャミンか、騎士団の人が代わりに謝ってくれるんだろう。
足音が完全に離れてから陛下がこちらを見た。
「……よく気づいたね」
「わざと低い声で喋ろうと、意識していたようでしたから」
私は思い出したのだ。確かに前世で瓦礫を粉砕して、救助した。――ワンピースを着た女の子を。
一度思い出してしまえばあとは点と点が線でつながっていく。
丸っこい可愛い文字はエミリアが良く書いていた。
時々声が高くなるのは普段わざと低くしているから。素が出たときだけ高い声が出るのだろう。
「私も……」
「私も?」
「……いえ、私も、気づいたのは今朝でしたから」
私も、”立派な騎士”を演じている時は、低い声を意識して喋っていたので。と言いそうになった。危ない。
「彼女は、……その、……つまり、モーリスみたいな?」
モーリスはまた違うと思う。あれは「性別:モーリス」だ。
男とか女とか、そういう垣根を超えて「アタシに一番にあっているのはこのスタイルなの」と主張している感じ。
でも彼女は男のふりをした女の子で……。逆だったら男の娘って言い方があるんだけど……。
「デリケートな問題なので、本人の口から言ってもらったほうが良いかと」
こういうのは周りが言うのはだめなのだ。なんか、難しい言い方がいっぱいあるから。
「彼女、見どころありますよ」
そう言い出したのはベンジャミンだ。珍しく、薄っすらと微笑みを浮かべている。
どうやら昨日、私が陛下に攫われたあと、騎士団に報告したらしい。
彼女は騎士たちの前で跪き、こう言ったとか。
『罰は、いかようにもお与えください。すべての咎は、私にございます。――だから、どうか……彼女をお救いください』
私室のドアから出たあと、大量の騎士達がいた理由が分かった。
じんわりと胸が暖かくなる。
初めて会って喋った、ただそれだけなのに。
わけもわからないまま巻き込まれて、皇帝陛下に脅されて怖かったはずなのに。
それでも、たった数時間過ごしただけの私のために、彼女が動いてくれたという事実が嬉しかった。
陛下の参謀であるベンジャミンが「見どころがある」と評した。
ローアにとっては怖い思いをしただろうけれど、彼女の夢が一歩先に進んだということなのではないか。
「陛下、無理しすぎないでくださいね。必要だったらまた寝かしつけに来ますね」
私も部屋から退出することにした。
陛下はまだいっぱい仕事があるのだ。気ままな学生の私にできることはあんまりない。寝かしつけくらいかな。
昨日から起きっぱなしだったから、いい加減眠い。これでようやく眠れる。
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