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第六章
第53話【現在】“忠義の騎士”、あるいは”滅私奉公の陛下”
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「ここにいるってことは……陛下の側に、自分から残るってことだぞ」
そう言って、口を噤んだお兄様の顔は、ひどく哀しそうだった。
きっと本当は『妃になる気か』と聞きたかったのだろう。
今は収まっているけれど、ほぼ毎日のように宮廷に拉致され、「陛下のお話相手」をするということ、「なにもなかった」けど、皇帝陛下の私室で一晩過ごしたということ、そして事件に遭遇した私に対して、真っ先に陛下が助け出したということ。
「交易商になりたいんじゃなかったのか?」
お兄様の袖を引っ張り、耳を貸して、と合図した。
代わりに陛下にちょっと離れて、と目線で告げた。
「……陛下のために、意味のある何かを残すことが、今の私の夢です」
小声で告げられた夢に、お兄様が数秒、固まる。
交易商でお金をいっぱい稼ぎたい、というのはかつての家族が盗んだお金を返したい、という思いからだった。
でも、思い出したのだ。
アリアナとしての死を迎え、アナスタシアとして転生した時に思ったのは……。
『皇帝陛下は今、幸せに生きているのだろうか。
幸せでないなら、その元凶を絶ちにいきたい。
だってアリアナという人間は結局、殿下のことが好きで好きで仕方ない人間だから。』
……陛下を幸せにしたい、だ。
陛下が私を手放せないというなら、コルデーに帰る選択肢はその時点でない。
それで幸せになってくれるなら、妃になる覚悟も決めつつある。
……もちろん、すぐには無理だけど。できれば十年くらい時間が欲しい。
お兄様は言葉を失った様子だった。
「コルデー領では叶わない夢なのです」
「兄としては”マジでやめたほうが良い”一択だぞ」
がしっ、と肩を掴まれて言われる。考え直せ、とお兄様の片目が訴えていた。
お兄様の口調が崩れるのが珍しくて笑いそうになった。
「私の夢を現在進行系の立場で叶えているお兄様がそれ言います?」
――近衛騎士として剣を振るう。かつての“アリアナの夢”を、生きているあなたが。
「へえ、夢なんてあったの。聞きたいなあ」
「信頼されてないからじゃないですか?」
二人の間で青い火花が散った気がする。
また喧嘩が始まりそうな気配を感じたので、慌ててお兄様を部屋から追い出した。
……お兄様は、陛下に剣を向けてそれでも軽口で許してくれた陛下の気持ちを、もうちょっと考えるべきだと思う。
私が言いたいけど、話してる途中からアリアナモードでガチ説教しちゃいそうだしなぁ……。
「アリアナ・ブレメア博物館のミニシアターにある映像をみると、きっとスカッとしますよ」
あれは、今のお兄様に必要な映像である。
陛下がモーリスによってボコボコにされる、あの映像をみて溜飲を下げてほしい。
隣で陛下が面白くなさそうな表情をしていた。
***
「お兄様をあんまりいじめないでください」
「先に喧嘩を売ってきたの、あっちだからね? 僕は悪くない。ここだけは譲らないよ」
陛下はふてくされたように頬を膨らませる。
けれど、その表情の裏にある不機嫌さは、どこか本気のようにも思える。
「あいつが“忠義の騎士”扱いされてるのって、世の中おかしいよね。
僕の前では『拝命しました』『できかねます』褒めても『……ふっ』しか言わないくせに、妹の前だと語尾に感情のせて喋るんだよ? 一人称も“兄”になるんだよ?」
お兄様のあまりの無口っぷりに嫌気が差して、報告書の音読を命じたことがあるらしい。
……陛下の騎士って、本当に大変なんだな。
お兄様に同情してしまった。
これは「マジでおすすめしない」と言ったお兄様の気持ちも、ちょっとだけ分かる。
「可愛い妹の前では饒舌で、皇帝の前では忠義という名の無言。すごいよね。これが帝都では“理想の騎士像”として人気なんだからさ」
最後に「だから一度、本気でボコボコにしてやりたかったのに」と拗ねたように付け加えた。
「陛下、そのへんにしてください。本気と思われますよ」
「そういうところが部下から尊敬されない要因なんじゃなぁい?」
お兄様と入れ替わりで入ってきたのは、ベンジャミンとモーリスだ。
だが、二人から止めるように言われてもまだ言い足りないらしい。
「あと君みたいに可愛い妹がいるってことが一番ムカつく」
陛下が気に入らないのって、「僕の前であんまり話してくれないのに妹の前では饒舌だから」ってことだよね。
……あれ、よく考えたら私、陛下に嫉妬されてる?
「なんだよお兄様って。人生で一度でいいから呼ばれたいランキング十位に入る言葉じゃん」
「いつかベッドの上で呼んであげますね。――きっと萎えるでしょうから」
あまりにも続くしょうもないお兄様への皮肉に、思わず毒を吐いてしまった。
何故か陛下はそれまでの皮肉を突然引っ込めた。
顔を真っ赤に染めて、口元をきゅっと引き結ぶ。……今にも湯気が出そう。
最終的に耐えきれなくなって顔を隠した。
「……君みたいな小さい子が言っちゃだめなセリフだと思う」
その”小さい子”をベッドの上に無理やり乗せたのは誰でしたっけ?
部屋にいる他の二人も、同じことを思ったと思う。
思わず「うわあ」って目で陛下を見てしまった。
「あのー……話を進めてもいいですか?」
ベンジャミンは、しょうもない会話を目にしても仕事を忘れない有能な参謀だ。
ここは宮廷内にある離宮の医務室らしい。
こちらの方が高度な治療ができるし、警備も整っているからこちらに運んだということだった。
「辛いことだと思うが……」という前置きのあと、事情聴取が始まった。
あったことをできるだけ淡々と話した。
時折言葉に詰まると、モーリスが悲痛な表情でこちらを見てきた。
あいつらは、私の口を塞いだまま、さらに何かを押し込もうとしてきた。
暴力なら殴る。殺人ならとっと殺す。身代金目的の拉致なら縛って拘束する。
でもあの男たちは、とにかく“口に何かを入れよう”としていた。
パヴェル殿下と初対面のときにボコボコにされたことを思い出した。
あの時も殺意はなかった。ただ、屈辱を与えたい、という気持ちしか。
あれは「私が屈服するまでやめるつもりはない」だった。彼に膝を折っていたらきっとすぐに終わってた。
だけど今度は急いでいた、だから雑さを感じた。
まともに周りが見えないような倉庫の中に押し込んで、口を塞いでいるのに口の中に何かを入れようとしていた。
「殺すつもりは無いように思えました」
一通りの話を聞いたあと、陛下が目を閉じて天井を仰いだ。
「んー、なんかさぁ……最近増えてるんだよね。粘膜経由で魔法を盗めるって本気で信じてる人。
夏の国から密輸した怪しげな装置を使って魔法を盗める! みたいな製品に騙される馬鹿」
その言い方は本気で呆れているようでもあった。
「騙される?じゃあ、実際はなんの効果もないんですか?」
ちょっと口の中に入っちゃったから怖かったのだ。
「うん。ただの磨いただけの棒。夏の国にそういう装置があることは知ってるけど……」
「本物って可能性はないんですか?」
ないよ、と。陛下は私の不安を断ち切るようにバッサリ言った。
「向こうでも数個しか無い貴重品だよ? それが百個以上もうちの国にある」
それは、下手したら本物なんて一個もないかもしれない。
陛下は小さくため息をついたあと、続けた。
「こういうのが国内で流通してるの、正直腹が立つんだよね。学園総帥、僕が引き受けた理由の一つはこれだよ。――騙される馬鹿と、流通させて儲けてる馬鹿に、圧力かけるには“肩書き”がいるからさ」
肩書、と声に出した時、陛下は凄くいい笑顔をしていた。笑顔の裏には怒りが滲んでいた。
「君が実行犯に残した歯型が証拠になると思う。ユリスにも『ここのほうが安全』って言い切った以上、ちゃんと君のことを守るよ」
守る側だった私が、今生では守られる側になっている。
「守る」って言われて、思わず胸がどきりとした。それはアリアナの知らない感覚だ。
だから――と言葉が続けられる。
「ちゃんとアイツらを始末したら、ほっぺにちゅーくらいはしてくれる?」
キメ顔で何言ってるんだ。
呆れた。「君を守る」なんてかっこいいセリフを言ったあとにそれか。
『ちゅーくらいはしても良かったのにな、とはちょっとだけ思いました』
あの時の私とモーリスが話していた会話を、やっぱり盗聴していたのだ。
モーリスの手が怒りに震えている。
「殴りたい」「でも相手は陛下」「やっぱり殴らせろ」の狭間で揺れているのが分かった。
きっとモーリスとユリスお兄様はきっと仲良くなれるだろう。
「私、やっぱりお兄様とコルデー領に帰るべきだったかもしれませんね」
小首をかしげて、頬に手を当ててお嬢様らしく脅した。
「してもいい」――とは思ってるけど、タイミングと雰囲気とか、色々あるのだ。
***
次の日、ユリスお兄様がお見舞いに来てくださったので私は聞いてみた。
「お兄様は陛下の前ではあまりお話にはならないんですか?」
私は、お兄様に『妹の前ではいっぱい喋るのに陛下の前では無口』という、陛下からの評価を話した。
すると、お兄様はほんの一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからぱちくりと瞬いた。
「……陛下が感情的になっているのを見たのは、お前相手が初めてだ」
「え、そうなんですか?」
お兄様は無言で頷き、湯気の立つ紅茶を一口、静かにすする。
「あの人は、“滅私奉公”というか……機械のように仕事をこなして、皇帝として判断する。感情を挟まず、ひたすら国のために個を殺しているように……兄からは、そう、見える。……エリオット皇帝陛下の“個”を、お前のこと以外で見たことがない」
そう言えばブラック労働にも付き合わされてたっけ。いや、下が勝手にやっているだけか。
ふう、とお兄様が小さなため息を吐いた。
「なので……兄としては、”お前が言うな”の一言だ」
本人には言わないけど、とお兄様が続ける。
うん、私もそう思う。
“忠義の騎士”と、”滅私奉公の陛下”。二人は、結構似た者同士なのかもしれない。
そう言って、口を噤んだお兄様の顔は、ひどく哀しそうだった。
きっと本当は『妃になる気か』と聞きたかったのだろう。
今は収まっているけれど、ほぼ毎日のように宮廷に拉致され、「陛下のお話相手」をするということ、「なにもなかった」けど、皇帝陛下の私室で一晩過ごしたということ、そして事件に遭遇した私に対して、真っ先に陛下が助け出したということ。
「交易商になりたいんじゃなかったのか?」
お兄様の袖を引っ張り、耳を貸して、と合図した。
代わりに陛下にちょっと離れて、と目線で告げた。
「……陛下のために、意味のある何かを残すことが、今の私の夢です」
小声で告げられた夢に、お兄様が数秒、固まる。
交易商でお金をいっぱい稼ぎたい、というのはかつての家族が盗んだお金を返したい、という思いからだった。
でも、思い出したのだ。
アリアナとしての死を迎え、アナスタシアとして転生した時に思ったのは……。
『皇帝陛下は今、幸せに生きているのだろうか。
幸せでないなら、その元凶を絶ちにいきたい。
だってアリアナという人間は結局、殿下のことが好きで好きで仕方ない人間だから。』
……陛下を幸せにしたい、だ。
陛下が私を手放せないというなら、コルデーに帰る選択肢はその時点でない。
それで幸せになってくれるなら、妃になる覚悟も決めつつある。
……もちろん、すぐには無理だけど。できれば十年くらい時間が欲しい。
お兄様は言葉を失った様子だった。
「コルデー領では叶わない夢なのです」
「兄としては”マジでやめたほうが良い”一択だぞ」
がしっ、と肩を掴まれて言われる。考え直せ、とお兄様の片目が訴えていた。
お兄様の口調が崩れるのが珍しくて笑いそうになった。
「私の夢を現在進行系の立場で叶えているお兄様がそれ言います?」
――近衛騎士として剣を振るう。かつての“アリアナの夢”を、生きているあなたが。
「へえ、夢なんてあったの。聞きたいなあ」
「信頼されてないからじゃないですか?」
二人の間で青い火花が散った気がする。
また喧嘩が始まりそうな気配を感じたので、慌ててお兄様を部屋から追い出した。
……お兄様は、陛下に剣を向けてそれでも軽口で許してくれた陛下の気持ちを、もうちょっと考えるべきだと思う。
私が言いたいけど、話してる途中からアリアナモードでガチ説教しちゃいそうだしなぁ……。
「アリアナ・ブレメア博物館のミニシアターにある映像をみると、きっとスカッとしますよ」
あれは、今のお兄様に必要な映像である。
陛下がモーリスによってボコボコにされる、あの映像をみて溜飲を下げてほしい。
隣で陛下が面白くなさそうな表情をしていた。
***
「お兄様をあんまりいじめないでください」
「先に喧嘩を売ってきたの、あっちだからね? 僕は悪くない。ここだけは譲らないよ」
陛下はふてくされたように頬を膨らませる。
けれど、その表情の裏にある不機嫌さは、どこか本気のようにも思える。
「あいつが“忠義の騎士”扱いされてるのって、世の中おかしいよね。
僕の前では『拝命しました』『できかねます』褒めても『……ふっ』しか言わないくせに、妹の前だと語尾に感情のせて喋るんだよ? 一人称も“兄”になるんだよ?」
お兄様のあまりの無口っぷりに嫌気が差して、報告書の音読を命じたことがあるらしい。
……陛下の騎士って、本当に大変なんだな。
お兄様に同情してしまった。
これは「マジでおすすめしない」と言ったお兄様の気持ちも、ちょっとだけ分かる。
「可愛い妹の前では饒舌で、皇帝の前では忠義という名の無言。すごいよね。これが帝都では“理想の騎士像”として人気なんだからさ」
最後に「だから一度、本気でボコボコにしてやりたかったのに」と拗ねたように付け加えた。
「陛下、そのへんにしてください。本気と思われますよ」
「そういうところが部下から尊敬されない要因なんじゃなぁい?」
お兄様と入れ替わりで入ってきたのは、ベンジャミンとモーリスだ。
だが、二人から止めるように言われてもまだ言い足りないらしい。
「あと君みたいに可愛い妹がいるってことが一番ムカつく」
陛下が気に入らないのって、「僕の前であんまり話してくれないのに妹の前では饒舌だから」ってことだよね。
……あれ、よく考えたら私、陛下に嫉妬されてる?
「なんだよお兄様って。人生で一度でいいから呼ばれたいランキング十位に入る言葉じゃん」
「いつかベッドの上で呼んであげますね。――きっと萎えるでしょうから」
あまりにも続くしょうもないお兄様への皮肉に、思わず毒を吐いてしまった。
何故か陛下はそれまでの皮肉を突然引っ込めた。
顔を真っ赤に染めて、口元をきゅっと引き結ぶ。……今にも湯気が出そう。
最終的に耐えきれなくなって顔を隠した。
「……君みたいな小さい子が言っちゃだめなセリフだと思う」
その”小さい子”をベッドの上に無理やり乗せたのは誰でしたっけ?
部屋にいる他の二人も、同じことを思ったと思う。
思わず「うわあ」って目で陛下を見てしまった。
「あのー……話を進めてもいいですか?」
ベンジャミンは、しょうもない会話を目にしても仕事を忘れない有能な参謀だ。
ここは宮廷内にある離宮の医務室らしい。
こちらの方が高度な治療ができるし、警備も整っているからこちらに運んだということだった。
「辛いことだと思うが……」という前置きのあと、事情聴取が始まった。
あったことをできるだけ淡々と話した。
時折言葉に詰まると、モーリスが悲痛な表情でこちらを見てきた。
あいつらは、私の口を塞いだまま、さらに何かを押し込もうとしてきた。
暴力なら殴る。殺人ならとっと殺す。身代金目的の拉致なら縛って拘束する。
でもあの男たちは、とにかく“口に何かを入れよう”としていた。
パヴェル殿下と初対面のときにボコボコにされたことを思い出した。
あの時も殺意はなかった。ただ、屈辱を与えたい、という気持ちしか。
あれは「私が屈服するまでやめるつもりはない」だった。彼に膝を折っていたらきっとすぐに終わってた。
だけど今度は急いでいた、だから雑さを感じた。
まともに周りが見えないような倉庫の中に押し込んで、口を塞いでいるのに口の中に何かを入れようとしていた。
「殺すつもりは無いように思えました」
一通りの話を聞いたあと、陛下が目を閉じて天井を仰いだ。
「んー、なんかさぁ……最近増えてるんだよね。粘膜経由で魔法を盗めるって本気で信じてる人。
夏の国から密輸した怪しげな装置を使って魔法を盗める! みたいな製品に騙される馬鹿」
その言い方は本気で呆れているようでもあった。
「騙される?じゃあ、実際はなんの効果もないんですか?」
ちょっと口の中に入っちゃったから怖かったのだ。
「うん。ただの磨いただけの棒。夏の国にそういう装置があることは知ってるけど……」
「本物って可能性はないんですか?」
ないよ、と。陛下は私の不安を断ち切るようにバッサリ言った。
「向こうでも数個しか無い貴重品だよ? それが百個以上もうちの国にある」
それは、下手したら本物なんて一個もないかもしれない。
陛下は小さくため息をついたあと、続けた。
「こういうのが国内で流通してるの、正直腹が立つんだよね。学園総帥、僕が引き受けた理由の一つはこれだよ。――騙される馬鹿と、流通させて儲けてる馬鹿に、圧力かけるには“肩書き”がいるからさ」
肩書、と声に出した時、陛下は凄くいい笑顔をしていた。笑顔の裏には怒りが滲んでいた。
「君が実行犯に残した歯型が証拠になると思う。ユリスにも『ここのほうが安全』って言い切った以上、ちゃんと君のことを守るよ」
守る側だった私が、今生では守られる側になっている。
「守る」って言われて、思わず胸がどきりとした。それはアリアナの知らない感覚だ。
だから――と言葉が続けられる。
「ちゃんとアイツらを始末したら、ほっぺにちゅーくらいはしてくれる?」
キメ顔で何言ってるんだ。
呆れた。「君を守る」なんてかっこいいセリフを言ったあとにそれか。
『ちゅーくらいはしても良かったのにな、とはちょっとだけ思いました』
あの時の私とモーリスが話していた会話を、やっぱり盗聴していたのだ。
モーリスの手が怒りに震えている。
「殴りたい」「でも相手は陛下」「やっぱり殴らせろ」の狭間で揺れているのが分かった。
きっとモーリスとユリスお兄様はきっと仲良くなれるだろう。
「私、やっぱりお兄様とコルデー領に帰るべきだったかもしれませんね」
小首をかしげて、頬に手を当ててお嬢様らしく脅した。
「してもいい」――とは思ってるけど、タイミングと雰囲気とか、色々あるのだ。
***
次の日、ユリスお兄様がお見舞いに来てくださったので私は聞いてみた。
「お兄様は陛下の前ではあまりお話にはならないんですか?」
私は、お兄様に『妹の前ではいっぱい喋るのに陛下の前では無口』という、陛下からの評価を話した。
すると、お兄様はほんの一瞬だけ驚いたように目を見開き、それからぱちくりと瞬いた。
「……陛下が感情的になっているのを見たのは、お前相手が初めてだ」
「え、そうなんですか?」
お兄様は無言で頷き、湯気の立つ紅茶を一口、静かにすする。
「あの人は、“滅私奉公”というか……機械のように仕事をこなして、皇帝として判断する。感情を挟まず、ひたすら国のために個を殺しているように……兄からは、そう、見える。……エリオット皇帝陛下の“個”を、お前のこと以外で見たことがない」
そう言えばブラック労働にも付き合わされてたっけ。いや、下が勝手にやっているだけか。
ふう、とお兄様が小さなため息を吐いた。
「なので……兄としては、”お前が言うな”の一言だ」
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