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第六章
第52話【現在】兄の愛、あるいは皇帝の所有
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***
暴力的な描写があります。
苦手な方はご注意ください!
***
陛下以外に私をさらう人がいるなんて思ってもいなかった。
ほんの数分前まで、ただ歩いていただけだったのに。
しいて自分の非をあげるとしたら、人気のない通路を歩いてしまったところだろうか。
急に口を抑えられ、そのまま近くの倉庫まで引きずられた。
「――!!」
残酷にも倉庫の扉が閉められる。暗くて何も見えない。
気配がした。四人ほど、どれも私より背が高い。
その荒い息遣いと体格の大きさから、男たちだとわかった。
男たちの力は強く、びくともしない。もがいても嗤って拘束が強くなっただけだった。
手で口を拘束したまま、口に何かを突っ込もうとするものだから滑って頬に当たる。
つるりとして、冷たくて先が丸い。赤ちゃんの腕くらいの太さだ。
「暗くて見えねーよ!」
「ほら早く! 粘膜ならどこでも良いって言ってたじゃん!」
「じゃあ目に突っ込むか?」「バカ、そこじゃねーよ!」
耳の奥で、笑い声と怒鳴り声が混ざって響いた。
蹴り飛ばそうともがいても笑いながら足を押さえつけられて床に縫い付けられた。
殺される気配はない。だけど、何かわからないことをされようとしている。
こわい、ずっと鳥肌が止まらない。触られている箇所が気持ち悪い。
口を抑える手を思いっきり噛んだ。
「助けッ――!!」
拘束が緩んだうちに逃げ出そうとしたら、髪の毛を掴まれて床に叩きつけられた。
髪を掴まれた頭皮から、ぶちぶち、と音がする。
暗かった視界が一瞬白く染まり、身体の力が抜ける。
意識、とばすの、まずい。舌を噛んだ。
強烈な痛みと、口内に広がる血の味が、かろうじて意識を現実につなぎとめる。
――これは事件だ。
もしここで私が何も見なければ、きっと、また誰かが同じ目に遭う。
騎士だった私は知っている。証言がどれだけの命を救うか。
どれだけ気持ち悪くても、どれだけ怖くても。
“これは事件だ”と、誰かに伝えなきゃいけない。
だから、私は見なきゃいけない。記憶しなきゃいけない。
犯人につながる、何かを証言しないといけない。
私は気絶して逃げることは許されない。
「死んだかな」「だいじょうぶっしょ」「はやいうちにとろう」
男たちの手が、自分に伸びてくるのが分かる。
くらくらする役立たずの脳みそでは、もう身体を自由に動かすことさえできない。
この変態たちになにかされるくらいなら、陛下と一線超えておけばよかったかな……。
暗かったはずの倉庫が、明るくなる。眩しさに目を細めた。
真冬の晴れた日の朝みたいな、冷たく澄んだ魔力の気配。
たぶん、私は助かったのだ。そう思って意識を飛ばした。
***
頭が痛い。くらくらする。舌も鈍く痛い。
知らないベッドの上で寝ていた。明るくて、清潔感がある場所……学校内の保健室ではないけど、どこだろうとぼんやり考える。
そばにある魔力還癒炉《まりょくかんゆろ》から伸びたチューブ類が私の身体に繋がれていた。
久しぶりに見たな、これ。パヴェル殿下にボコボコにされて以来だから、十一年ぶりくらい?
あまり大きな変化はないけれど、ランプが点灯したり、中が見えるようにスケルトンな仕様になっていた。相変わらず、ロマンに溢れた装置だ。
「アナ……!」
私が起きたことに気づいたのか、ユリスお兄様がベッドの側にひざまずく。
そのまま痛いほど抱きしめられた。
ここ最近、ユリスお兄様に心配しかかけてないな。
ぎゅうってされる頻度が増えてる気がする。
「心配かけて、ごめんなさい」
「お前が謝る必要はない! 兄が、お前を……どれほど心配したか……」
初めて見るお兄様の涙だった。白皙の頬につうと透明な涙が伝う。
ユリスお兄様の背後には陛下も居た。
ていうかなんで陛下、気づいたんだろう。
……あ、そうか、位置情報魔法と盗聴魔法か。
連れ込まれて数分くらいで来てくれたみたいだし、初めて恩恵に預かれたかもしれない。
アレが無かったらどうなっていたかと思うと、ゾッとした。
「アナ、帰ろう。これ以上は許せない。コルデー領に戻ろう」
「それは無理だ。」
これまで邪魔をしないように口をつぐんでいた陛下が、初めて口に出した。
「悪いけど、彼女を手放すことはできない」
陛下の言葉に、ユリスお兄様がぴり、とひりついたのが分かった。
「安全?……妹が襲われた直後の人間に、よくもそんな言葉が吐けますね」
お兄様が吐き捨てるように言う。
「それでも許可できない。帰るならお前一人で帰れ」
ぶちり、と。何かがキレる音がした。
陛下からの言葉に、私を抱きしめていたお兄様が立ち上がった。
お兄様はずっと我慢していた。
私が腕にあざを作って帰ってきたときも、位置情報魔法を無断で付けられた時も、自白剤を盛られていたと話したときも、本当は、アリアナ祭りに行く妹を止めたかったのに、陛下に止められたときも。
陛下に深夜に私室に無理やり連れ込まれたときも。
ずっと、我慢していた。それが短い期間で連続した。
彼の中で、限界点を突破してしまったんだと思う。
ユリスお兄様は手にはめていた白手袋を投げ、そのまま陛下の足元に叩きつけた。
ひえ、と声にならない悲鳴が喉の奥から漏れ出る。
白手袋を叩きつける、つまり、――命をかけた殺し合い、決闘を申し込む合図である。
皇帝にやってはいけない。それは、謀反だ。
「決闘」「謀反」――彼が度々口に出していたのは、軽口なんかじゃない。毎回本気で「殺る」と思っていたのだ。
「止めるというのなら――たとえ陛下であろうと、俺は剣を引かない」
その声音は静かだった。だからこそ、底知れない。
お父様そっくりの灰色の目には、すべてを斬る覚悟だけが、滲んでいた。
腰に佩いた剣に、お兄様が手をかけた。
「へえ、……瞬間移動ごときが、私に勝てるとでも?」
陛下は足元の手袋を無造作に踏みつけた。
その瞬間、部屋ごと凍りつくような魔力が空気を支配した。
見えない刃で皮膚の先からじわじわと削られるような圧。肌が粟立ち、肺が凍った空気を拒否する。
魔力還癒炉のランプが、一斉にチカチカと点滅し、機械の隙間からは煙が上がり、計器類が一斉に異常を訴えた。
ユリスお兄様は、そんな陛下の魔力なんて気にしない様子で真っ向から見据えていた。
そばにいるだけでも身体が屈服する魔力の圧を、「その程度か」とでもいいたげに対峙している。
「やめてください!!!」
慌てて立ち上がって二人の間に立った。まだぶつけた頭がくらくらする。
ケーブルが引きずられて、魔力還癒炉が鈍い音を立てて動いた。
それでも二人は止まってくれない。
いいだろう。殺してやる。とでも言うように、陛下も剣に手をかける。
「私の!!」
二人に叩きつけるように叫んだ。
倉庫で噛んだ舌が、再び鈍い痛みを訴える。
そうでないと二人を止められないと分かっていた。
けが人にこんな無茶な思いはさせないでほしい。
「私の意見は!! 聞いてくださらないのですか!」
二人の視線が私を見る。答えを待っているかのように。
「私は、ここに居たいです」
「怖い思いをしたのに、か」
ユリスお兄様がまた泣きそうな顔をした。迷子になった子どもみたいな顔で。
「ここに居たいです」
もう一度言った。泣きたくもないのに、ポロポロと涙がこぼれた。
振り下ろした拳を、収める方法が見つからない。
お兄様はそんな顔をしていた。
「ふぅん、そう。……”そっち”はそれでいいけど、”こっち”はどうするの?」
不機嫌そうな陛下の声は、氷のナイフを喉元に押し当てているかのように冷たかった。
皇帝陛下に殺意を向けたのだ。ブレメア家のように一族郎党殺されてもおかしくない所業。
「……――あっ、そうだ! ”陛下のお嫁さんになりたーい”、って。ほら、……お前の妹にかわいく言わせてみろよ」
馬鹿にしたような口調。わざとらしい笑み。
お兄様を更に怒らせるために、わざと煽っているのが分かる。
私に「お兄様を助けたいなら”妃になります”って言え」と脅すのではなく、わざわざお兄様を経由して言わせるのだ。
それが一番効果的に相手を怒らせると分かっている。
「そしたら、皇帝に剣を向けたことをなかったことにしてやる」
ここで、陛下の言う通りのことを言ってはいけない。
お兄様がコルデー領の騎士団を率いて戻ってくることになる。
今度は本当に、内乱が始まってしまう。
あれだけ内乱を避けていた「殿下」が、血を流すことも厭わない思考に変わってしまった事を悲しく思う。
言ってることはただの子どもの喧嘩なのに、やってる相手が皇帝と、絶対捨てられないプライドを持つ騎士だとこんな大事になるのだ。
ふたりとも譲れないものがあるなら、私が「恥をかく」しかないのだ。
そういう戦い方もあると「殿下」が教えてくれた。
あの日、陛下が「皇女役」を演じてくれたように。私が毒を笑って飲み干した時のように。
「陛下……――”私がついうっかり落とした”手袋を拾っていただけますか?」
私の言葉に、陛下が「そうきたか」と言いたげに片眉を上げた。
「そう。……こんなところまで飛ぶなんて、君は、――随分お転婆なんだね」
「とっても怖い思いをして、起きたら知らないところにいて、パニックになりました。……ええと、”たまたま”近くにあったお兄様の手袋が弾け飛んでしまったようです。陛下にはお恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません」
やたらと説明くさい口調になってしまった。だけど、どうかそういうことにして欲しい。
心臓が早鐘を打っている。”暴虐皇帝”と対峙するのは、相変わらず怖い。
数秒の沈黙が部屋に満ちる。
お兄様の手が、私の肩にかかる。だめだったら逃げよう、そういうつもりなのだ。
「そういうことにしておいてあげるよ。これ以上貴族の数が減るのは本意じゃないからね」
陛下は床に叩きつけられた白い手袋を私の手に握らせてくれた。
この場所には私達しか居ない。先程のお兄様の一線を越えた行動を、無かったことにしてくれたのだ。ひとまず粛清の対象にならなくてホッとした。
「ああ、ユリス。謝るなよ。――お前の妹の献身を無駄にしたくなければな」
脅すように陛下が言った。陛下は、お兄様の顔すら見なかった。
ぎゅう、と痛い程お兄様が手を握っているのが分かった。ちらりと見える指先が白く染まるほど、強く握っている。
その目が『いつか絶対殺す』と言っていた。
暴力的な描写があります。
苦手な方はご注意ください!
***
陛下以外に私をさらう人がいるなんて思ってもいなかった。
ほんの数分前まで、ただ歩いていただけだったのに。
しいて自分の非をあげるとしたら、人気のない通路を歩いてしまったところだろうか。
急に口を抑えられ、そのまま近くの倉庫まで引きずられた。
「――!!」
残酷にも倉庫の扉が閉められる。暗くて何も見えない。
気配がした。四人ほど、どれも私より背が高い。
その荒い息遣いと体格の大きさから、男たちだとわかった。
男たちの力は強く、びくともしない。もがいても嗤って拘束が強くなっただけだった。
手で口を拘束したまま、口に何かを突っ込もうとするものだから滑って頬に当たる。
つるりとして、冷たくて先が丸い。赤ちゃんの腕くらいの太さだ。
「暗くて見えねーよ!」
「ほら早く! 粘膜ならどこでも良いって言ってたじゃん!」
「じゃあ目に突っ込むか?」「バカ、そこじゃねーよ!」
耳の奥で、笑い声と怒鳴り声が混ざって響いた。
蹴り飛ばそうともがいても笑いながら足を押さえつけられて床に縫い付けられた。
殺される気配はない。だけど、何かわからないことをされようとしている。
こわい、ずっと鳥肌が止まらない。触られている箇所が気持ち悪い。
口を抑える手を思いっきり噛んだ。
「助けッ――!!」
拘束が緩んだうちに逃げ出そうとしたら、髪の毛を掴まれて床に叩きつけられた。
髪を掴まれた頭皮から、ぶちぶち、と音がする。
暗かった視界が一瞬白く染まり、身体の力が抜ける。
意識、とばすの、まずい。舌を噛んだ。
強烈な痛みと、口内に広がる血の味が、かろうじて意識を現実につなぎとめる。
――これは事件だ。
もしここで私が何も見なければ、きっと、また誰かが同じ目に遭う。
騎士だった私は知っている。証言がどれだけの命を救うか。
どれだけ気持ち悪くても、どれだけ怖くても。
“これは事件だ”と、誰かに伝えなきゃいけない。
だから、私は見なきゃいけない。記憶しなきゃいけない。
犯人につながる、何かを証言しないといけない。
私は気絶して逃げることは許されない。
「死んだかな」「だいじょうぶっしょ」「はやいうちにとろう」
男たちの手が、自分に伸びてくるのが分かる。
くらくらする役立たずの脳みそでは、もう身体を自由に動かすことさえできない。
この変態たちになにかされるくらいなら、陛下と一線超えておけばよかったかな……。
暗かったはずの倉庫が、明るくなる。眩しさに目を細めた。
真冬の晴れた日の朝みたいな、冷たく澄んだ魔力の気配。
たぶん、私は助かったのだ。そう思って意識を飛ばした。
***
頭が痛い。くらくらする。舌も鈍く痛い。
知らないベッドの上で寝ていた。明るくて、清潔感がある場所……学校内の保健室ではないけど、どこだろうとぼんやり考える。
そばにある魔力還癒炉《まりょくかんゆろ》から伸びたチューブ類が私の身体に繋がれていた。
久しぶりに見たな、これ。パヴェル殿下にボコボコにされて以来だから、十一年ぶりくらい?
あまり大きな変化はないけれど、ランプが点灯したり、中が見えるようにスケルトンな仕様になっていた。相変わらず、ロマンに溢れた装置だ。
「アナ……!」
私が起きたことに気づいたのか、ユリスお兄様がベッドの側にひざまずく。
そのまま痛いほど抱きしめられた。
ここ最近、ユリスお兄様に心配しかかけてないな。
ぎゅうってされる頻度が増えてる気がする。
「心配かけて、ごめんなさい」
「お前が謝る必要はない! 兄が、お前を……どれほど心配したか……」
初めて見るお兄様の涙だった。白皙の頬につうと透明な涙が伝う。
ユリスお兄様の背後には陛下も居た。
ていうかなんで陛下、気づいたんだろう。
……あ、そうか、位置情報魔法と盗聴魔法か。
連れ込まれて数分くらいで来てくれたみたいだし、初めて恩恵に預かれたかもしれない。
アレが無かったらどうなっていたかと思うと、ゾッとした。
「アナ、帰ろう。これ以上は許せない。コルデー領に戻ろう」
「それは無理だ。」
これまで邪魔をしないように口をつぐんでいた陛下が、初めて口に出した。
「悪いけど、彼女を手放すことはできない」
陛下の言葉に、ユリスお兄様がぴり、とひりついたのが分かった。
「安全?……妹が襲われた直後の人間に、よくもそんな言葉が吐けますね」
お兄様が吐き捨てるように言う。
「それでも許可できない。帰るならお前一人で帰れ」
ぶちり、と。何かがキレる音がした。
陛下からの言葉に、私を抱きしめていたお兄様が立ち上がった。
お兄様はずっと我慢していた。
私が腕にあざを作って帰ってきたときも、位置情報魔法を無断で付けられた時も、自白剤を盛られていたと話したときも、本当は、アリアナ祭りに行く妹を止めたかったのに、陛下に止められたときも。
陛下に深夜に私室に無理やり連れ込まれたときも。
ずっと、我慢していた。それが短い期間で連続した。
彼の中で、限界点を突破してしまったんだと思う。
ユリスお兄様は手にはめていた白手袋を投げ、そのまま陛下の足元に叩きつけた。
ひえ、と声にならない悲鳴が喉の奥から漏れ出る。
白手袋を叩きつける、つまり、――命をかけた殺し合い、決闘を申し込む合図である。
皇帝にやってはいけない。それは、謀反だ。
「決闘」「謀反」――彼が度々口に出していたのは、軽口なんかじゃない。毎回本気で「殺る」と思っていたのだ。
「止めるというのなら――たとえ陛下であろうと、俺は剣を引かない」
その声音は静かだった。だからこそ、底知れない。
お父様そっくりの灰色の目には、すべてを斬る覚悟だけが、滲んでいた。
腰に佩いた剣に、お兄様が手をかけた。
「へえ、……瞬間移動ごときが、私に勝てるとでも?」
陛下は足元の手袋を無造作に踏みつけた。
その瞬間、部屋ごと凍りつくような魔力が空気を支配した。
見えない刃で皮膚の先からじわじわと削られるような圧。肌が粟立ち、肺が凍った空気を拒否する。
魔力還癒炉のランプが、一斉にチカチカと点滅し、機械の隙間からは煙が上がり、計器類が一斉に異常を訴えた。
ユリスお兄様は、そんな陛下の魔力なんて気にしない様子で真っ向から見据えていた。
そばにいるだけでも身体が屈服する魔力の圧を、「その程度か」とでもいいたげに対峙している。
「やめてください!!!」
慌てて立ち上がって二人の間に立った。まだぶつけた頭がくらくらする。
ケーブルが引きずられて、魔力還癒炉が鈍い音を立てて動いた。
それでも二人は止まってくれない。
いいだろう。殺してやる。とでも言うように、陛下も剣に手をかける。
「私の!!」
二人に叩きつけるように叫んだ。
倉庫で噛んだ舌が、再び鈍い痛みを訴える。
そうでないと二人を止められないと分かっていた。
けが人にこんな無茶な思いはさせないでほしい。
「私の意見は!! 聞いてくださらないのですか!」
二人の視線が私を見る。答えを待っているかのように。
「私は、ここに居たいです」
「怖い思いをしたのに、か」
ユリスお兄様がまた泣きそうな顔をした。迷子になった子どもみたいな顔で。
「ここに居たいです」
もう一度言った。泣きたくもないのに、ポロポロと涙がこぼれた。
振り下ろした拳を、収める方法が見つからない。
お兄様はそんな顔をしていた。
「ふぅん、そう。……”そっち”はそれでいいけど、”こっち”はどうするの?」
不機嫌そうな陛下の声は、氷のナイフを喉元に押し当てているかのように冷たかった。
皇帝陛下に殺意を向けたのだ。ブレメア家のように一族郎党殺されてもおかしくない所業。
「……――あっ、そうだ! ”陛下のお嫁さんになりたーい”、って。ほら、……お前の妹にかわいく言わせてみろよ」
馬鹿にしたような口調。わざとらしい笑み。
お兄様を更に怒らせるために、わざと煽っているのが分かる。
私に「お兄様を助けたいなら”妃になります”って言え」と脅すのではなく、わざわざお兄様を経由して言わせるのだ。
それが一番効果的に相手を怒らせると分かっている。
「そしたら、皇帝に剣を向けたことをなかったことにしてやる」
ここで、陛下の言う通りのことを言ってはいけない。
お兄様がコルデー領の騎士団を率いて戻ってくることになる。
今度は本当に、内乱が始まってしまう。
あれだけ内乱を避けていた「殿下」が、血を流すことも厭わない思考に変わってしまった事を悲しく思う。
言ってることはただの子どもの喧嘩なのに、やってる相手が皇帝と、絶対捨てられないプライドを持つ騎士だとこんな大事になるのだ。
ふたりとも譲れないものがあるなら、私が「恥をかく」しかないのだ。
そういう戦い方もあると「殿下」が教えてくれた。
あの日、陛下が「皇女役」を演じてくれたように。私が毒を笑って飲み干した時のように。
「陛下……――”私がついうっかり落とした”手袋を拾っていただけますか?」
私の言葉に、陛下が「そうきたか」と言いたげに片眉を上げた。
「そう。……こんなところまで飛ぶなんて、君は、――随分お転婆なんだね」
「とっても怖い思いをして、起きたら知らないところにいて、パニックになりました。……ええと、”たまたま”近くにあったお兄様の手袋が弾け飛んでしまったようです。陛下にはお恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません」
やたらと説明くさい口調になってしまった。だけど、どうかそういうことにして欲しい。
心臓が早鐘を打っている。”暴虐皇帝”と対峙するのは、相変わらず怖い。
数秒の沈黙が部屋に満ちる。
お兄様の手が、私の肩にかかる。だめだったら逃げよう、そういうつもりなのだ。
「そういうことにしておいてあげるよ。これ以上貴族の数が減るのは本意じゃないからね」
陛下は床に叩きつけられた白い手袋を私の手に握らせてくれた。
この場所には私達しか居ない。先程のお兄様の一線を越えた行動を、無かったことにしてくれたのだ。ひとまず粛清の対象にならなくてホッとした。
「ああ、ユリス。謝るなよ。――お前の妹の献身を無駄にしたくなければな」
脅すように陛下が言った。陛下は、お兄様の顔すら見なかった。
ぎゅう、と痛い程お兄様が手を握っているのが分かった。ちらりと見える指先が白く染まるほど、強く握っている。
その目が『いつか絶対殺す』と言っていた。
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