敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第六章

第58話【現在】とびきり下品な花火、あるいはその効果について

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 止まった。魔力の放出も、荒れ狂う天気も。
 呼吸をするたびに肺が凍りつきそうだったのに、今はちゃんと呼吸ができる。
 新鮮な酸素をめいいっぱい吸い込んだ。
 それだけで「成功した」と理解できた。

 陛下は無言で歩き出す、入ってきた扉とは別の扉に。
 私はしがみついたままついて行った。
 たぶん、背後の騎士たちは何が起こっているかわからないだろう。

 どうやら先程の部屋の準備室に当たる場所らしく、ちょっと狭い。
 私は陛下の背中から自主的に降りた。
 ちょっとふらふらする。魔力は底を尽きている。さらに言うなら病み上がりで体力もない。
 そんな私の様子をみて、陛下は椅子に座らせてくれた。うん、ちゃんと紳士的な行いだ。
 ”暴虐皇帝”だったら壁に押し付けられて首を絞められてると思う。
 どうやら、三割の”即死コース”は引かなかったようで一安心だ。
 陛下はしゃがみ込み、私に向かい合う。
 陛下の頭には霜がへばりついてた。動くたびにパラパラと落ちる。

「ねえ!!! ちょっとまって!!! どういうこと!?!?」

 陛下が私の肩を掴み、ぶんぶんと揺さぶった。悲鳴のような声だった。
 よかった。いつもの陛下だ。恥ずかしがってる、”人”としての陛下だ。

 あれは戦場で敵の魔法使いを無力化するのと同じだ。
 とびきり下品で、この場にふさわしくない一言を、耳元で囁く。
 魔力の制御には、メンタルが何より大事――陛下の怒りの感情を、吹き飛ばす必要があった。
 そのためには他の人間ではだめだった。
 私のような「幼い子供」が「陛下に100%非があること」を「その場の壊すくらいの衝撃」で与える必要があった。

「耳の穴、かっぽじってよく聞いてくださいね」

 口角が上がるのを抑えられない。だって私はずっと、この時を待っていたから。

「十三歳のお風呂を盗聴してシコるって、どんな気持ちですか!?」

 先ほど陛下の耳元で囁いた言葉をもう一回言ってやった。今度は大きな声で。

「シ……してない!! 絶対してないから!!! 信じてほしい!」

 私の口からでたあまりに品のない言葉に、陛下は驚愕して、口を抑えようとしてきた。
 だけど、手を叩いて阻止した。
 傷ついた、みたいな顔をしているけれど、被害者の前でしていい顔じゃないからねそれ。

「私がお風呂に入る時間、二十時なんですよね。ユリスお兄様に聞いたら、陛下ってその時間、仮眠を取られているんですよね?」

 タウンハウスはユリスお兄様の指導により、細かく時間が決められている。
 つまり、毎日同じ時間に聞けば私のお風呂に入ってる時の音が聞けるのだ。

「違う!!! 毎日その時間だから、そこ”だけ”は聞かないようにって! 配慮してたの!」
「へぇ」

『声当てクイズです。この声の女の出身地はどの国でしょうか!』『冬の国!』『正解!』
 脳内でアナスタシア劇場が繰り広げられる。
 それくらい、低い声が出た。
 陛下の肩がぴくりと動く。
 思わず椅子から立ち上がって、一歩踏み出した。陛下は一歩下がる。
 すう、と思わず目を細めて陛下を見た。そこにいたのは、先程までの荒れ狂う化け物じゃない。
 気まずそうな顔をした、一人の大人がいた。

「二十時にお風呂ってこと、知ってたんですね」

「あっ」って顔をして、ばつが悪そうに目をそらされた。
 お兄様が私のお風呂の時間を陛下に言うはずがない。
 少なくとも二回以上は聞いたことがあるな。これ。
 そうじゃなきゃ知り得ないもん。

「あっ! もしかして陛下はお風呂じゃなくてトイレ派ですかぁ?」

 答えない陛下に対して私がもう一歩踏み出したら、また一歩下がった。
 ねちねちと言うのは、陛下が嫌味と皮肉たっぷりに言う口調を真似した。
 自分が今まで言ってきたことが返ってきてるだけだから反省してほしい。

 アナスタシアの顔は可愛い。
 ふわふわと広がるミルクティー色の柔らかい髪の毛、まん丸で可愛らしい宝石のような翡翠色の瞳、冬の国らしい透き通った白い肌、紅をさしていないのに赤く色づく頬、果実のような唇。同年代の学生よりも低い身長。
 この子は愛されるために生まれてきたような外観を持った少女だ。
 そんな可愛らしい少女の口から出てくるはずのないギャップのある言葉の数々。正気に戻すには威力が強すぎるくらいだ。

「き、君が……!! 女の子が、変なこと言わないで!」
 猫背になって手で顔を覆う姿に、もはや皇帝たる威厳はない。

「だって、初対面の十三歳に圧かけて内緒で位置情報と盗聴魔法をかけるって、――シコる以外になにか理由ってありますぅ?」

 また一歩踏み出し、陛下が一歩下がった。陛下の背中が壁にぶつかる。
 私はそのまま、陛下の顔を下から覗き込んだ。
 今まで恥ずかしがっている顔は数多く見てきたけれど、その中でも一番恥ずかしそうにしている。
 私が打ち上げた「とびきり下品な花火」。
 それはこの国の”最強”を無力化する唯一の、割としょうもない方法だった。

「なんで我を忘れる程怒ったんですか?」
「君を傷つけられたから……」
「へぇー! 許可もなしに盗聴魔法しかけられたことは傷つかないとでも?なるほどなぁー。勉強になります!」

 トドメの一撃となったようだ。力をなくした陛下がその場にへなへなと座り込んだ。
 その後はしばらくプルプルと震えている。
 よし、これで先程までのように我を忘れる程怒ることはないだろう。
 仮にそうなったとしても「どの口がほざいていらっしゃいます?」と言ってやる。

 これまで散々嫌味や皮肉、圧で追い詰められてきた。
 数ヶ月もの間、鬱陶しい盗聴魔法に耐え続けたかいがあった。
 全ては今日のためだったのだ。
 やっぱり私は、詰められるよりも、自ら追い詰める方が好きだ。だってその方が楽しいし。

「昔、……可愛い部下がパヴェル兄上にボコボコにされたことがあって」
 ぽつり、と陛下がこぼした。

「到着が遅れて、凄く後悔したんだ。ボロボロになった姿で、横たわってて『このままじゃ死んじゃうかも』って思うくらいで……繰り返したくない、そう思っちゃって」
 陛下の声は震えていた。誰にも言ったことのなかったトラウマを、吐露するように。
 しゃがみ込んだまま、陛下は手で顔を隠し、私と目を合わせようとしなかった。
 ……どうやらそれが、陛下が位置情報と盗聴魔法を仕掛けた理由らしい。

 アリアナにとっては「あいつ許せん、殿下の許可が出たらぶっ殺して温室の鯉の餌にしてやる」で済んでたことでも、陛下にとってはトラウマだったようだ。

「……陛下が変態だったから、私が襲われた時にもすぐ助けに来てくれた。それで許します」

 あの時、夏の国偽製品を口に突っ込まれて、何も起こらなかったら。
 無傷で帰してもらえるとは思えなかった。腹いせに「何か」はされてたと思う。
 陛下がすぐに来てくれたから、「ちょっと怖い」思いをした、くらいで済んだのだ。
 べつに「可愛い部下」って言われてころっと機嫌を直したわけじゃない。そんな軽い女じゃないもん。

 本当は他にももっと言いたいことはある。
 コスト型でもないのに血液操作を選ぶ人間が、”傷つきたい願望”をこじらせてる変態、であるなら、「十三歳の位置を監視して盗聴するのはどういう願望をこじらせてる変態なんですかぁ?」とか。
 ローアやユリスお兄様のことねちねちと言ったこと、私は忘れていない。
 あと正直アリアナが死んでから美化しすぎてませんか?とか。
 あの変態共が私を倉庫に連れ込んだのは数分間ですが、陛下はいつから位置情報と盗聴をしていらっしゃったんでしたっけ? へえー! 数カ月間もの間、私に恐怖を与えてたんですか! とか。
『感情的に動いて、組織の効率を低下させる人間』って、今の陛下のことですよね。
『組織が低下する以上の結果を残すから許されている』場合と、『周りのはけ口として利用されている』でしたっけ。今の陛下はどっちですかぁ?そのブーメラン痛くないんですか?とか。
 十三歳の言う『私がする』ってなにを『する』と思ってたんですかぁ?ねえねえ教えて下さいよ。とか。
 ……こうやって思い返してみると、私、結構言いたいことが溜まっていたのかもしれない。

 こうやって詰めたのは、復讐とか、陛下をいじめることが目的じゃない。
 人間らしく”皮肉”と”理詰め”と”羞恥”を使って、陛下を”人”に戻す事が目的なので、このあたりの言いたいことは私の心の中にしまっておく。
 陛下は優しい私に大いに感謝するべきだと思う。

「位置情報魔法をかけるなら、私じゃなくて、性犯罪者にでしょう」

 去勢をしたところで、その暴虐性が別の方向にいくだけだということは、歴史が証明している。

「陛下、戻れます?」
「うん……。戻る」
「皇帝陛下の顔できます?」
「できるよ。君は?抱っこしようか?」
「一人で歩けます」

 一人で歩けると言ったけれど、その人は手を繋いでくれた。
 冷たい手だった。あんな場所に長時間いたなら当然だ。
 軽く頭を振ったら雪とか瓦礫のカスとかがパラパラと落ちてきた。よく見てみれば、全身細かい傷だらけでボロボロだ。
 早く家に帰ってお風呂に入りたい。
 今日から盗聴されないから、のんびり入れるはずだ。
「お嬢様、また(背が)大きくなられましたね――」と、風呂場で私を見て愛おしそうに言う侍女の発言に、「何故今ここで言う!」とヒヤヒヤすることもなくなる。

 そうして扉を開けると、騎士団員たちが私を見て、次に平常に戻った陛下を見て、快哉の声を上げた。
 遺書を書くようなあの絶望的な状況から考えたら、彼らにとっては奇跡なんだろう。

 陛下が「破壊」した貴族のうち、その一人が、こちらを睨んでいた。

「死ね!! 化け物!!!!」

 その言葉がどちらにかけられたものなのかは分からない。
 彼らにとって、あの状態の陛下を止めた私も十分化け物であることに変わりない。

 氷の槍がこちらに向かってくるのが分かった。

 そこからはもう、反射だった。
 このままだと私と陛下が貫かれる。そう思ったから、とっさに陛下を突き飛ばした。
 血しぶきが上がる音、肉が裂ける音、何かが砕ける音が、やけに生々しく響いた。

 ――自分の腹に風穴が空いている光景を目にすることは、今後きっと無いだろう。

(血液操作、使えるかな)
 穴の部分に手を添えた。べじゃり、と生暖かい血が、手を汚す。前世でよく知った感覚。
 だけど、……だめだった。そうだ、魔力、尽きてたんだ。
 視界の端から、ゆるりと緞帳が降りていく。
 誰かが、私を呼ぶ声がする。
 でも私はもう、起きてはいられない。
「へ……いか……」

 結局、私という人間は生まれ変わっても陛下が好きみたいだから、――こうなるのもしょうがないのかもしれない。
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