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第六章
第59話【過去】「最善にして最悪の決断」
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帝国暦2083年グランバレー領――。
「あいつは恐怖を食らって生きてるのよ。……このままだと、太刀打ちできないくらい強くなる」
「殿下、魔力砲を撃たせましょう」
ベンジャミンが静かに言った。
「アリアナごと、です」
「そんな決断できるわけ無いだろ!」
エリオットは大声で叫んだ。人生で初めて、出した大声だった。
「他に方法はないのか、あの化け物を倒し、アリアナも救う方法が……」
二人は一瞬怯んだように見えたが、一瞬目を伏せて決意したように言った。
「ありません」
「アタシも同感よ」
エリオットは戦うアリアナを見た。
彼女は潰された足を血液で覆い無理やり動かしていた。
弱点を探るような動きだったのが、被弾を極力せず、新たに発生する触手を潰すような動きに変わったのがわかった。
勝つためじゃなく、時間稼ぎのための戦いに切り替えたのだ。
「殿下――、アタシたちがここにいるだけでアリアナが不利になる。少し離れた距離にいるアタシたちですらこれよぉ?」
モーリスの顔色は悪く、自身を抱きしめる手足は震えていた。
そうでもしないと自我を保てなくなるとでも言うように。
あのワームは人間の恐怖を掻き立て、それを喰らい、青天井に強くなる。
魔法使いは恐怖に飲まれた状態では魔法の行使が出来ない。
――魔法使いを確実に殺すために産まれてきたとしか思えない魔物だった。
エリオットもできれば逃げ出したかった。
それでも、逃げなかったのは彼が司令官であり、皇族として臣下を守る義務があると思っていたからだ。
(「破壊」を使えるだろうか)
魔法の発動に大事なのは安定した精神だ。
恐怖に飲まれたこの状況では、「破壊」どころか他の魔法すら使えそうにない。
あのワームの前でいつも通り魔法を発動出来ているアリアナがおかしいのだ。
今まで目を背け続けたエリオットの中に巣食う”化け物”は、言うことを聞いてくれそうもない。
無理やり発動したら、今度は自分がワーム以上の化け物と成り果てる、そんな確信すらあった。
「やるなら短期決戦は必須。でなければ……国が滅びます」
ベンジャミンはそう、重々しく告げた。
その時、伝令がやってきて三人に残酷な真実を告げた。
「魔力砲の準備できました。……いつでも使用可能です」
目元に涙を浮かべ、下唇をぎゅう、と噛んで悔しそうに。
この場で、アリアナに死んでほしいと思っている人なんて誰ひとりいない。
だというのに、それを叶える方法は、ない。
アリアナはワームに絞め殺される寸前でありながらも、血液操作を使ってワームの全身を拘束した。
二発目のない魔力砲を放つには、これ以上無いタイミングである。
全身に血液をまとわせ、無理やり動かすその姿はもはや戦っているとは言い難い。
死にながら、それでも無理やり身体を動かしている。そういった方がよほど適切だった。
彼女は手足を潰れても戦うことを迷わない。
主君が命令を下すその瞬間まで、命を時間に変えて捧げ続ける。
(なら苦痛の時間を一秒でも短くするべきじゃないか)
(それでも、彼女を殺すなんて選べない)
相反する二つの感情が、エリオットの思考を邪魔する。
「あなたがやらないなら俺が魔術師たちに指示します。殿下のせいじゃない」
「――だめだ。これは、指揮官としての責任だ」
もしも自分の指示が間違いだったら。
いや、間違いだなんて思ってはいけない。
これは最善の策である。国家にとって、最善の。
アリアナの全身がワームによって締め上げられていた。大蛇が獲物を丸呑みする、その直前のように。
血に濡れ、骨がきしみ、顔に広がった魔力のアザが赤錆のように浮かび上がる。
アリアナがにやりと口元を吊り上げた。
血に濡れたその顔には、痛みや死には屈しない意志が宿っていた。
“お前が私を嬲っている間に、あの人がきっとなんとかしてくれる”――そう信じて疑わない者の、凄絶な笑いだった。
(君は、こんな時ですら泣かないのか)
その姿を見て、エリオットは――皇族らしく背筋を伸ばした。
自分に言い聞かせた。
『これは最善の策である』
彼女が命令を最期まで遂行するのであれば、自分もまたそうするべきだと。
皇族は国を生かし続ける義務がある。
たとえ、何を犠牲にしてでも。
命ずる者が、迷いを見せてはならない。
人を殺すことを躊躇した魔術師が一人でも出れば、ワームを殺しきれず、アリアナの時間稼ぎは無駄に終わる。
あのワームはここで仕留めなければ、国を喰らう。
そんな確信があった。絶対に、ここで止めなければいけない。
たとえ、どんな犠牲を払ったとしても。
――その犠牲が、可愛い部下だったとしても。
『これが最善の策である』
誰よりもそう、自分が信じなければいけない。
無理やり口角を上げた。
無理やり声を張った。
無理やり胸を張った。
すべては、“迷いのない司令官”に見せるため。
誰一人として、魔術師たちの手を止めさせないために。
じわ、とエリオットの金髪の一房が黒く染まりはじめた。
ひとつの色が混ざっただけで、もう、二度と元の色には戻れない気がした。
「焼き殺せ、彼女ごとだ!」
この場にいるすべてのものの迷いを吹き飛ばすように叫んだ。喉を裂くような叫び。きっと生涯において、これ以上に酷い声を出すことはないだろう。
――母と姉を殺した女と、年下の女の子を殺すように命令した自分。
そこになんの違いがあるというのだろう。
アリアナの最期は、「裏切られた」、「悲しい」、「辛い」――そのどれとも違う。
親から見放された子どものような顔をしていた。
(きっと、僕は一生、彼女の最期の顔を忘れられないのだろう)
白い閃光が、戦場を包む。
残されたのは、地に落ちたひとつの指輪。
あの日、彼女にあげた「偏向術式」を制御するための指輪が――地面に落ちて、青い石が鈍く光る。
それしか、残らなかった。
それほどの熱量でなければ、成し遂げることはできなかったに違いない、あのワーム――後にナラカと名付けられる化け物――を殺すことなんて。
誰よりも、生きてその価値を証明してほしいと願っていたはずなのに。
彼女の人生に幕を下ろすように命令したのは、自分だった。
「あいつは恐怖を食らって生きてるのよ。……このままだと、太刀打ちできないくらい強くなる」
「殿下、魔力砲を撃たせましょう」
ベンジャミンが静かに言った。
「アリアナごと、です」
「そんな決断できるわけ無いだろ!」
エリオットは大声で叫んだ。人生で初めて、出した大声だった。
「他に方法はないのか、あの化け物を倒し、アリアナも救う方法が……」
二人は一瞬怯んだように見えたが、一瞬目を伏せて決意したように言った。
「ありません」
「アタシも同感よ」
エリオットは戦うアリアナを見た。
彼女は潰された足を血液で覆い無理やり動かしていた。
弱点を探るような動きだったのが、被弾を極力せず、新たに発生する触手を潰すような動きに変わったのがわかった。
勝つためじゃなく、時間稼ぎのための戦いに切り替えたのだ。
「殿下――、アタシたちがここにいるだけでアリアナが不利になる。少し離れた距離にいるアタシたちですらこれよぉ?」
モーリスの顔色は悪く、自身を抱きしめる手足は震えていた。
そうでもしないと自我を保てなくなるとでも言うように。
あのワームは人間の恐怖を掻き立て、それを喰らい、青天井に強くなる。
魔法使いは恐怖に飲まれた状態では魔法の行使が出来ない。
――魔法使いを確実に殺すために産まれてきたとしか思えない魔物だった。
エリオットもできれば逃げ出したかった。
それでも、逃げなかったのは彼が司令官であり、皇族として臣下を守る義務があると思っていたからだ。
(「破壊」を使えるだろうか)
魔法の発動に大事なのは安定した精神だ。
恐怖に飲まれたこの状況では、「破壊」どころか他の魔法すら使えそうにない。
あのワームの前でいつも通り魔法を発動出来ているアリアナがおかしいのだ。
今まで目を背け続けたエリオットの中に巣食う”化け物”は、言うことを聞いてくれそうもない。
無理やり発動したら、今度は自分がワーム以上の化け物と成り果てる、そんな確信すらあった。
「やるなら短期決戦は必須。でなければ……国が滅びます」
ベンジャミンはそう、重々しく告げた。
その時、伝令がやってきて三人に残酷な真実を告げた。
「魔力砲の準備できました。……いつでも使用可能です」
目元に涙を浮かべ、下唇をぎゅう、と噛んで悔しそうに。
この場で、アリアナに死んでほしいと思っている人なんて誰ひとりいない。
だというのに、それを叶える方法は、ない。
アリアナはワームに絞め殺される寸前でありながらも、血液操作を使ってワームの全身を拘束した。
二発目のない魔力砲を放つには、これ以上無いタイミングである。
全身に血液をまとわせ、無理やり動かすその姿はもはや戦っているとは言い難い。
死にながら、それでも無理やり身体を動かしている。そういった方がよほど適切だった。
彼女は手足を潰れても戦うことを迷わない。
主君が命令を下すその瞬間まで、命を時間に変えて捧げ続ける。
(なら苦痛の時間を一秒でも短くするべきじゃないか)
(それでも、彼女を殺すなんて選べない)
相反する二つの感情が、エリオットの思考を邪魔する。
「あなたがやらないなら俺が魔術師たちに指示します。殿下のせいじゃない」
「――だめだ。これは、指揮官としての責任だ」
もしも自分の指示が間違いだったら。
いや、間違いだなんて思ってはいけない。
これは最善の策である。国家にとって、最善の。
アリアナの全身がワームによって締め上げられていた。大蛇が獲物を丸呑みする、その直前のように。
血に濡れ、骨がきしみ、顔に広がった魔力のアザが赤錆のように浮かび上がる。
アリアナがにやりと口元を吊り上げた。
血に濡れたその顔には、痛みや死には屈しない意志が宿っていた。
“お前が私を嬲っている間に、あの人がきっとなんとかしてくれる”――そう信じて疑わない者の、凄絶な笑いだった。
(君は、こんな時ですら泣かないのか)
その姿を見て、エリオットは――皇族らしく背筋を伸ばした。
自分に言い聞かせた。
『これは最善の策である』
彼女が命令を最期まで遂行するのであれば、自分もまたそうするべきだと。
皇族は国を生かし続ける義務がある。
たとえ、何を犠牲にしてでも。
命ずる者が、迷いを見せてはならない。
人を殺すことを躊躇した魔術師が一人でも出れば、ワームを殺しきれず、アリアナの時間稼ぎは無駄に終わる。
あのワームはここで仕留めなければ、国を喰らう。
そんな確信があった。絶対に、ここで止めなければいけない。
たとえ、どんな犠牲を払ったとしても。
――その犠牲が、可愛い部下だったとしても。
『これが最善の策である』
誰よりもそう、自分が信じなければいけない。
無理やり口角を上げた。
無理やり声を張った。
無理やり胸を張った。
すべては、“迷いのない司令官”に見せるため。
誰一人として、魔術師たちの手を止めさせないために。
じわ、とエリオットの金髪の一房が黒く染まりはじめた。
ひとつの色が混ざっただけで、もう、二度と元の色には戻れない気がした。
「焼き殺せ、彼女ごとだ!」
この場にいるすべてのものの迷いを吹き飛ばすように叫んだ。喉を裂くような叫び。きっと生涯において、これ以上に酷い声を出すことはないだろう。
――母と姉を殺した女と、年下の女の子を殺すように命令した自分。
そこになんの違いがあるというのだろう。
アリアナの最期は、「裏切られた」、「悲しい」、「辛い」――そのどれとも違う。
親から見放された子どものような顔をしていた。
(きっと、僕は一生、彼女の最期の顔を忘れられないのだろう)
白い閃光が、戦場を包む。
残されたのは、地に落ちたひとつの指輪。
あの日、彼女にあげた「偏向術式」を制御するための指輪が――地面に落ちて、青い石が鈍く光る。
それしか、残らなかった。
それほどの熱量でなければ、成し遂げることはできなかったに違いない、あのワーム――後にナラカと名付けられる化け物――を殺すことなんて。
誰よりも、生きてその価値を証明してほしいと願っていたはずなのに。
彼女の人生に幕を下ろすように命令したのは、自分だった。
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