敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第七章

第62話【現在】正体確認、あるいはこれからについて

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 後日、私は陛下とベンジャミン、モーリスと宮廷内の温室でお茶会していた。

 モーリスはあの日、陛下のもとに向かおうとしたが、荒れ狂う外を見て「行ったら死ぬ」と思い、民間人の避難を手伝っていたらしい。
 私とお兄様がアレに突っ込んでいった事を言ったら「相変わらず人間やめてるわね」と呆れたように言われた。

 ベンジャミンにだけ言わないのもなあ、と思って暴露した。
 ……ベンジャミンは言葉もなく絶句していた。口を「あ」の形に空けて。
 だけどその顔からはまだ疑念の色が浮かんだままだ。
 それはそうだろう。ブレメア家であれだけ被害を被ったのだ。疑心暗鬼になる理由もわかる。

「騎士団の営内にある倉庫の窓枠」
 それだけ言うと、ベンジャミンは一瞬止まり小さく「アリアナだ……」と呟いた。

「倉庫の窓枠?」
「あそこ、歪んで開きづらくなってたよね」

 前世で、私とベンジャミンが主君に対する「敬愛」の形で、意見が対立して取っ組み合いの喧嘩になったことがある。
 名誉のために言っておくが、先に手をだしたのは向こうだ。
 あまりの分からず屋っぷりにブチギレた私は、彼をつい投げ飛ばした。
 受け身も取れなくてすごい音立てて頭ぶつけたんだよね。窓枠が歪むくらい。
 それ以来、あの窓枠は歪みっぱなしで開閉するたびにぎぃぎぃと異音が鳴るようになったのだ。
 あの音を聞くたびに「お前らって本当に馬鹿だよなー」と、窓枠に呆れられている気分になるのだ。
 ベンジャミンにとっての黒歴史だ。わざわざ周りに言うわけがない。

「陛下は、いつからアナスタシアがアリアナだと気づかれていたんですか?」
 ベンジャミンが咳払いをして、話題をそらすべく陛下に投げかけた。

「確信したのは、一緒に博物館に行ったあたりだけど……。最初から「もしかして?」とは思ってたよ」
「「そんなに!?」」
 私とベンジャミンの声が被った。モーリスは初対面で見抜いたので、驚きもせずに紅茶を飲んでいる。
「最初は、『才能ある子なのに、ちょっともったいないな』って思ってちょっとだけ助けちゃおーって気まぐれのつもりだった」

 陛下は何かを思い出すように、一度目を伏せた。

「でもさ、アリアナが「殿下」を見るときと全く同じように……僕を、キラキラした目でみるから……」

 陛下がその時の感情を思い出したのか、一度紅茶を口に運び、ふぅ、と呟いた。
 ティーカップがミシミシと悲鳴をあげている。どうやら一口の紅茶では、彼を落ち着かせるには足りなかったらしい。

「だいたいさ、初めて会ったときから『うわぁ、殿下だぁ!』みたいなキラキラした目で見ておいて?ふとした仕草とか口調がアリアナそっくりで???」

 私の頭にぐさり、となにか刺さった気がする。
 陛下は死んだ目をしながら、クッキーをべき、べきと細かく砕いていた。
 皿の上に小さなクッキーの死骸が山を作る。

「言いづらいのかな?と思ってアリアナの名前を出したらキレられるんだよ?理不尽じゃない?はあ???怒ってる顔もアリアナそっくりなのなんなの??可愛いから速攻許したけどさ」

 ぐさ、ぐさ、連続で刺さった。最後の「可愛い」だけが救いだ。
『陛下、私はアナスタシア・コルデーです。私の後ろに誰かを見るのはやめてください』
 そう言ったのは確かに私だ。あまりの居た堪れなさに思わず顔を隠してしまう。
 お貴族様語は分かりづらい。
「あなたはアリアナですか?疑ってますよ」って聞いてくれたら分かりやすいのに。否定するけど。

「隠したいの?バレたいの? どっちか分からなくて自白剤盛ったら間接キスで回避されるし!!」

 このあたりから私は恥ずかしさのあまり顔を隠した。
 でもそれで自白剤を盛るって考えをする陛下も良くないと思うんです。
 モーリスがゲラゲラ笑いながら「それは拗れるわね~」と言う。

「何だよ君、僕の心のトラウマを再燃させにきたスパイ?それとも本当にアリアナ???って毎回困惑させられた気持ちにもなってほしい」
「それは……ごめんなさい……」

 だって、言ったらまた殺されるかと思ったんだもん……とは言えなかった。
 陛下の心のトラウマを刺激するから。

「いやもういいよ、スパイでもアリアナそっくりの人間に騙されるなら、それでいい。そう思った」

 陛下はそこで手元のカップに視線を落とした。
 ベンジャミンが「良いわけあるか!」って感じの顔をしていたけれど、何も言わなかった。
 彼は空気の読める優秀な参謀である。

「……アリアナに似た人間が存在するだけで、もう充分だと思えた」

 陛下の覚悟が決まりすぎてて怖い。

「陛下、ちょっとアリアナのこと美化しすぎじゃないですか?記憶の中でも……」

 記憶、と言われて陛下がちょっと気まずそうに視線をそらせた。
 あの時、暴走する陛下に触れた途端、大量の、脳を焼くんじゃないかってくらいの記憶が流れ込んできた。
 陛下は「わかってほしい」と心のなかで泣いて、叫んでいた。
 うん、分かるよ、あれ見たあとだと「この国滅んで良いよ」って思ったもん。
 人の形を保ててる時点で陛下は偉い。

「一行一行ツッコミ入れましょうか?」
「また国を滅ぼしそうになるからやめて……」
「じゃあ一つだけ……陛下は『僕は地獄に落ちるだろう』って言ってましたけど、――」

 私の言葉に、モーリスとベンジャミンがぎょっとした顔を見せた。
 一体どんな世界を見たんだ、とも言いたげな顔をしている。

「私がどんだけ人を殺したと思ってるんですか。私は、アナスタシアに呼ばれてなかったら間違いなく地獄行きでしたよ」

 アイシングでコーディングされた揚げドーナツを一口食べた。中からどろっとラズベリージャムが溢れてきて、甘酸っぱい味が口の中に広がる。

「魂はアリアナのままだし、今生で死んだら地獄行きですよ。安心してくださいね」

 ラズベリーの赤が、唇の端からとろりと垂れる。
 血みたいで、ちょっと笑った。
 そんなわけで陛下が一人で地獄から抜け出す必要は、ないのだ。

「私が先に亡くなったら、地獄の獄卒たちの首を並べて『陛下―!! 見てください! 大漁大漁!』って笑ってお出迎えしますね」

 おそらく、地獄の底でも私は笑える、そういう化け物なので。
 私の言葉を聞いた陛下が顔を真赤にして照れだした。
「……それって……」
 紅茶を飲んで落ち着こうとしているのに、ティーカップを持つ手がカタカタと震えていて、紅茶が盛大にこぼれてる。

「地獄でも、一緒にいてくれるってこと……?」

 震える声で陛下からそう問われた。

「そのつもりでしたよ。――前世で、あなたが私に『生き延びること』をのぞんだ、あの日から」

 陛下は一瞬硬直して、ふぅ、とため息を付き――そのあと、感情を爆発させた。

「もー! 今は僕の騎士じゃないのになんでそんなにかっこいいの……!? 今すぐ結婚したい……」

 突然入った結婚というワードに私も思わず照れてしまう。
 口元がもにょもにょして落ち着かない、思わずティーカップの縁を意味もなくなぞってしまう。
 モーリスが「何この二人ぃ……」って感じの顔をしてる。

「結婚はしますけど、そのうち、いずれ……でもいまはまだ、覚悟ができてないので勘弁してください」
「いいよ」
「え、いいんですか?『すぐに結婚しないとやだー!破壊する!』って暴れられるかと」
「僕を何だと思ってるの」

 じとっとした目つきで見られた。
 うーん、激怒すると国を破壊しようとする、大人げない皇帝陛下だと思ってます。

「僕はさ、君のいない地獄の六年を生きたんだよ。君のいる十数年くらいなら待つよ」
 陛下は蕩けるような微笑みを浮かべて、あまりに穏やかに言った。

「あ、でもそのかわり……逃げないで、ね」

 ぎゅう、と腕を掴まれた。先ほど浮かべた笑みと余裕はどこへ消えたと言いたくなるほど、ゾッとする恐ろしい顔をしている。
 目が笑ってない。瞳孔が底が見えないほど真っ黒でぐるぐるとしている。
 なんか、前もこんな光景あったな。
 顔が良くても、これは……さすがにちょっと怖い。
 ちょっと病んでるところすら「まあ陛下だし」で受け入れてしまう私は、もう末期だ。診断名は恋の病。
 これはもう、好きになった私が悪い。

「陛下。そういうところよぉ?」
 モーリスが私の言いたいことを代弁してくれた。

 陛下がはっ、としたようにこちらに身を乗り出す。
「そういえば、あいつら始末したらほっぺにちゅーするって約束したよね!!」
「腹に風穴空いたから無効じゃなぁい?」

 うーん、私としては、「ちゅー」くらいならいいけど……
 他の二人を見てみた。
 モーリスは「ここでやるな」って感じの顔をしてるし、ベンジャミンは「許さん」って感じの顔をしている。
 ……十三歳の倫理って難しい。
 私は自分の手を見た。アリアナだった頃と違う、小さくて傷ひとつついてない可愛い手。
 人差し指と小指をたてて、他の三つの指をくっつけて――キツネの形を作った。
 そのまま、自分の口に一回当てたあと、陛下の頬に押し当てた。
 陛下のほっぺはすべすべで、柔らかかった。ぷに、と指が頬に沈む感覚。

「はい、おわり」

 これくらいなら子どもの戯れで許される、気がする。そう思ったので。

「なに、いまの……!!!! かわいい……!!! ねえ、ふたりとも、見た?見た?」
「あー、はいはい。お好きにどうぞ」
「俺は何も見ていません」
 ふたりとも陛下から目をそらす。
 そんな大げさに反応しないでほしい。
 やったことの恥ずかしさに今更顔が熱くなってくる。

「照れてる?もう一回してもいいよ?」
 陛下がこっちを覗いてニマニマとしている。
「照れないですけど!」
 顔を隠せるものが欲しくて、私は持ってきた「もの」で顔を隠した。

 ――途端に、他三人が固まった。凍結魔法でもかけられたかのように。
 モーリスが紅茶をこぼしかけ、ベンジャミンが咳き込む。  
 陛下に至っては「うげぇ」って感じの顔をしている。
 私が顔を隠すのに使っているのは黒い背表紙に「2083」と金字で刻まれた――博物館で見かけたあの本だ。

 陛下との”貸し”を消費するために今日持ってきたのだ。

 内容は――『皇帝陛下の詩歌集』らしい。それも、アリアナに対する詩歌が大量に収録されているとか。
 陛下の内面世界――あの時の言葉のチョイスは詩のようだった。
 言葉の一文一文に魂が込められていて、見るたびに胸を掻きむしりたくような、それでいて、頭を殴られるような衝撃に襲われた。
 このシリーズは、アリアナに出会った2078からグランバレーの戦いで命を落とすまでの2083まで一冊ずつ出ている。
 その人気っぷりは国内だけにとどまらず、大陸内外で大人気なのだとか。
 国内の輸出割合を大きく変動させた評判の高い本らしい。
 陛下がこの年齢まで独身で許されているのも「陛下のお心はすでにアリアナ様一人と定められているから……」と、この本の影響もあるとか。

 顔の熱さが収まったところで、本の端からひょっこりと顔を出して陛下を見た。
「これを情緒たっぷりに読み上げて下さい!!」
 陛下が、「屈辱だ」と言わんばかりに顔を歪ませた。整った顔立ちが台無しである。

「夏の国を滅ぼせって言われたほうがまだマシ……夏の国じゃだめ?」
「くそ暑くてろくな食料も育たない、いつ後ろから襲われるかも分からない国より、陛下の生声読み上げの方がずぅーっと価値があります!!」

 というか、これをやってほしいから無理やり恩を売りつけたのだ。
 さんざん交渉した末に「貸し三つとチャラ」で引き受けてくれることになった。
「『2083――』」
 半ばやけくそになりながら耳まで真っ赤にして詩歌集を読み上げる陛下を、私はにっこりしながら見ていた。
「陛下って本を出しちゃうくらい私のこと好きだったんですかー!」と所々茶々を入れることも忘れなかった。
 陛下とベンジャミンが見つめ合って、そのあとベンジャミンが僅かに視線をそらした。

 ……聞いていたけど、アリアナへの愛が重い。しかも、これが大陸中に知られているのか。
「私と陛下の結婚って民衆に受け入れられないのでは……?
 だって、陛下はアリアナ命!!って感じじゃないですか。それが急にポッと出の十三歳と結婚……って……」

「あー……」
 ベンジャミンと陛下が気まずそうに顔をそらした。

 ……?
 とりあえず、今は待て、とだけ言われたので、前世のくせで「はい」とそれ以上聞かずに答えた。

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