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第七章
第63話【現在】皇帝と私、あるいは十三歳なりの初恋の終着点
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私はなんとか叫ぶのを抑えた。
ここが学校でなかったら、頭を抱えてその場に座り込んでいた。
学生たちからこんな話を聞いた。
曰く『アナスタシアは”血の守護騎士”――アリアナ・ブレメアの生まれ変わりである』
大体合ってるから困る。
『そばに血液操作を使う少女騎士を置いているのがその証拠』
『今生では血液操作の適性が無いアナスタシアが、『私に気づいて』と主張するべく、血液操作を使う少女騎士を採用した』
違う。ローアは元々、陛下の騎士になりたかったのだ。
それが心変わりして、たまたま私の騎士になっただけで。
最終的に私の騎士にすると決めたのはユリスお兄様だ。そこに私の意思はない。
この噂に拍車をかけているのがローアだ。
「この噂って本当なの?」と問われても、ローアは否定しない。
それは、無言の肯定。周りにそう思わせるには十分すぎた。
「あなた、主を誰だと思ってるのよ」
「主君の名声を高めるだけの噂は、あえて否定しないほうが良いかと思いまして」
しれっと言われた。言い方だけで分かった。これは絶対ベンジャミンの監修が入ってる。
『陛下も全て分かっている。だからアナスタシアを”お話相手”として選んだ。』
違います!! 分かったのは数日前です!!
頑張って噂を否定しようとした。
だが、何故か皆「またまた、わかってますよ?」という生暖かい目で見られる。
普通、「こんな噂を流してまで妃の座がほしいのか」とか皮肉を言われると思ったのに、何故か皆信じてる。解せぬ。
え、私の感性、間違えてないよね?
普通、生まれ変わりを信じるほうがおかしいよね?
「皇帝陛下がちょっとおかしくなるのってアリアナ様関連だけだからね」
「十三歳囲ってるの?この国終わった~って思ってたけど、アリアナ様の生まれ変わりならそうなるよね!」
そんなふうに人々が噂しているのを聞いてしまった。
陛下の普段の信頼が篤すぎる。あとアリアナという英雄の名が偉大すぎる。
こんな噂を流したのはベンジャミンと陛下に違いない!
そう思って宮廷に突撃してみれば、陛下からニマニマとしたわざとらしいくらいの笑顔で言われた。
「へぇー! そんな噂が流れてるんだ、びっくりだなあー!……ちなみに僕の意見も民意と一致しているよ」
絶対やったのこいつだ。
思わず拳に力が入る。皇帝陛下だからって殴られないと思ってるのか。
モーリスにぶん殴られたのを忘れたのか。
そう思ってプルプルしていると、お兄様が瞬間移動で部屋に現れた。
「アナスタシアを主役とする演劇の手配完了。コルデー領を最初にして、全国巡礼し、最後は帝都で公演予定」
「お兄様!?」
「あ」
お兄様は私がいることを知らなかったらしい。
「どうしてお兄様まで……!」
「兄は、とても見たい。――アナスタシアが元になった劇を」
そうか、みたいのか。
無表情で……でもちょっと切実な響きをにおわせた声で言われたら何も言えない。
兄はシスコンだけど、私も結構なブラコンなのだ。
「陛下は、協力したらコルデー家に……最前列を用意すると」
そのために貴重な瞬間移動能力を使っているのか。思わずその場に崩れ落ちた。
兄と陛下が協力しているところを初めて見たかもしれない。
確信した。噂の発生源、此処だ。
どいつもこいつもよぉ……!
「へぇ」
「あー。もう、やめてよ。君のその「へぇ」ってやつほんと怖い」
下品な花火事件がトラウマなのか、陛下がきゅっと目を瞑って嫌そうに言う。
「陛下は、私がアリアナの転生先だとお考えなのですよね」
「う、うん……」
ちょっと自信がなさげだ。目を逸らされた。
「じゃあ、アリアナの生前の唯一の心残りってご存知ですか?」
陛下の眉がピクリと動く。さっきまでの情けない顔はやめて、急にキリッと真面目な顔つきになった。
「なにそれ、知らない」
「叶えてくださるのですか」
「叶えられることなら」
ふぅ、と一呼吸置いて、私は「アリアナの心残り」について話した。
「陛下に「アリアナ・カラー」のドレスを着て一緒にダンスで踊っていただくことですよ」
ベンジャミンがぶっ、と吹き出し、陛下が虚を突かれた顔をした。
「なんでそんなことに……!?」
「二人で恥を演じた舞踏会……。アリアナはとても後悔していたそうですよ。『殿下にドレスを着て踊ってもらえばよかった』って」
あの時の殿下は、つい”皇女殿下”と呼びかけそうになるくらい美しかった。
指先一つまで優雅で、瞬きの一つ、視線の一つで魅了される。
これが生粋の皇族の振る舞いってやつか……!と感動した。
背後に月と夜空を背負った姿も素晴らしかった。惜しむらくは、その時は皇族専用の礼服――つまり、男物だったのだ。
あの時、真紅のドレスを着てもらっていたら……何度もそう思ったのだ。
そして初恋を自覚した今、思う。
『そしたら”血の守護騎士”のものって主張できてたのに』と。
「今の陛下でやったらブリザードが吹きすさびそうですね……」
「でも陛下、絶対『アリアナ・カラー』のドレス似合うと思う!」
「やめて……」
今生だったら毒を差し入れしてくるクズ皇子もいないし、陛下も私も、楽しく踊れる気がする。
問題は、私がまだ十三歳で背が低いからエスコートするとちょっとダサいってこと。
でも、あの時は確か十六歳だったし、あと三年もあれば身長も大きくなってると思う。
「……君の身長が……167センチ超えたら……あと20センチのヒール履いてくれたら……ギリ……」
絞り出すような小声で言われた。
「ベンジャミン様、言質取ったんで残しておいてくださいね」
コルデーは高身長の家系だし、前世だって死ぬ前は170あったし。今回も行けそうな気がする。
私の中の「かくあるべし」……どうか頑張って成長してほしい。
「ところで、陛下は我が妹の名をご存じないのですか?」
「……」
お兄様のぽつりと呟かれた言葉に、陛下は気まずそうに顔を反らせた。
「俺は、陛下が妹の名を呼ぶところを聞いたことがありません」
私も聞いたことがない。「君」って呼ばれたことしかない。
わくわくした目で陛下を見たけど、視線は気まずそうに逸らされたままだ。
「君の腹に風穴が空いた時は喉が張り裂けそうになるほど名前を叫んだけど?」
「気絶してて聞いてないのでノーカンです!」
「陛下はまるで、“アリアナ”という名前に囚われているかのようですね。……父上は、それを皮肉って“墓守皇帝”と言っていましたが……」
なにそれ、気になる。
そう言えば「娘さんを僕にください!」イベントを私が寝ている間にこなしたって言ってたっけ。
その時に言ってたのをお兄様は見てたのかな。後で教えてもらおう。
陛下 vs お父様。勝ったのはどっちだ。
「“墓守”でも構わないよ。君を生きたままこの手で抱きしめられるならそれくらいの悪評、広い心で受け入れるよ」
陛下は行儀悪く机に頬杖を付きながら、へっ、と笑った。
ここまで言われてもまだ名前を呼ぶ気はないらしい。
「それに――春の国には、“死人しか愛せない司祭”がいるらしいから。それに比べたら、僕なんてまだ健全なほうでしょ?」
「愛と赦しの春の国なのに物騒な異名を持つ変態がいるんですね」
「どこの国にも偉い人には変態の一人や二人混じってるんだよ……たぶんね」
他の国にいる変態が『十三歳に無断で位置情報、盗聴魔法を仕掛ける変態』に勝てるようなタイプではないことを祈る。
こんな変態、大陸に一人いれば十分だ。
「アナ、お前、ちゃんと告白はされたか?」
「地獄でも一緒にいようね、と再確認はしました」
声に出して思う。
どう考えても告白ではない。物騒だし何より重い。
案の定、お兄様がちょっと固まった。
「なんだそれは。口にも出さずに囲いだけ作るような男は、信用できない。そういう男は後で絶対裏切る」
「ユリス、おまえ情緒無いって言われない?ていうかそれってもしかして自己紹介?お前さ、僕に剣を捧げたくせに裏切ったよね」
陛下は、皮肉めいた笑みのまま言った。
やっぱり陛下は剣を向けられたことをちょっと根に持っていたみたい。
「へぇ、部下の名は平然と呼ぶのに可愛い妹の名は呼べないんですか?」
「へぇ」の言い方がそっくりで、やっぱり私とこの人って血が繋がってるんだなって思った。
お兄様はどこか挑戦するような顔つきだ。
お兄様は普段無表情だけど、陛下の前でだけ表情筋が仕事するのだ。
陛下はそんな煽りにも動じずにこやかに応じる――ように見せかけて、右手の人差し指が神経質そうに机の表面をなぞっているのを見逃さなかった。
「君たちみたいに"情緒のない"兄妹には"一生"理解できないかもしれないけど、"好きな女の子"の名前って、簡単に呼べるもんじゃないんだよ」
そこで陛下はわざとらしいくらいにため息をついた。
「呼ぶことを想像しただけで心臓が痛くなって気絶しそうになる。……"部下"の名前なんかと、同じにしないでくれるかな?」
”情緒のない”、“一生”、“好きな女の子”、“部下”。
その四つの言葉を、いっそ演技臭く感じるくらい妙にゆっくりと発音された。
彼の言う“部下”の中にはアリアナも含まれているのだろう。
「……という”自称健全”な大人の言い訳らしいが、アナ、お前は陛下に名を呼んでほしくないのか?」
「呼んでほしいです! 呼んでくれないなら私も近衛騎士を目指します! そしたら部下だから呼んでくれますよね?」
お兄様と背中合わせで戦う未来というのも楽しそうだ。
でも陛下は絶対に許可しないだろう。私に危ない目にあってほしくないと思っているのだから。
できれば”部下”じゃなくて、”好きな子”として名前を呼んでほしい。というか、ここでチャンスを逃したら次はないかもしれない。
わくわくとした目で陛下を見つめた。
兄妹からの容赦のない口撃を受けた陛下は諦めたように一度だけため息をついた。
陛下は、その場で立ち上がり、私の前に来た。
口を開きかけて、閉じた。
また開きかけて、また閉じる。
長い沈黙のあと、ようやく、それは、音になった。
「……アナスタシア」
陛下は、顔を真っ赤にして呟くように小さい声で私の名前を呼んでくれた。
甘さも、痛さも、後悔も、恋も、全部含んだような、震えていて、でも小さい声。
私は、初めて名前を呼んでもらえたのが嬉しくて、あの時みたいに「ぴょいーん!」と跳躍して、陛下の胸に飛び込んだ。
陛下の腕が、ブレること無く私を受け止めてくれたのが分かった。
十三歳に許される恋の倫理観としては、「名前を呼ぶ」くらいがちょうどいいのかもしれない。
私が十八歳になったとき、陛下に「アリアナ・カラー」のドレスを着せることができるのか。
それとも、身長が足りず――今度は私が「アリアナ・カラー」のドレスを着る羽目になるのかは、……きっとまた、別の話なのである!
敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います! 完結
***
これにて、本編は終了になります。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
細々した内容は近況ノートにあとがきを載せる予定なので、こちらでは手短に……。
本編は完結しますが、外伝を更新予定です。
本編に入れるか悩んだ程度には重要な内容が明かされますので、ぜひそちらも合わせてご覧いただければ幸いです。
外伝のタイトルは「2083の真実」です。具体的にはこういう話です。
***
エリオットが詩歌集を読み上げるたびに「陛下って本を出しちゃうくらい私のこと好きだったんですかー!」と無邪気にアナスタシアが喜ぶ。
そんな様子を見て、エリオットはベンジャミンに目配せした。
『言ったら殺す』。
一瞬で意味を察したベンジャミンは、無言で頷くしかなかった。
……というか、言えるわけがなかった。
アリアナ――アナスタシアはまだ知らない。
彼女はナラカとの戦いで国を救った。でも、”それだけじゃない“。
……エリオットとベンジャミンが、絶対に知られたくない「真実」がそこにあった。
***
――待て次回!
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