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第七章
外伝1「2083の真実」
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エリオットが詩歌集を読み上げるたびに「陛下って本を出しちゃうくらい私のこと好きだったんですかー!」と無邪気にアナスタシアが喜ぶ。
そんな様子を見て、エリオットはベンジャミンに目配せした。
『言ったら殺す』。
一瞬で意味を察したベンジャミンは、無言で頷くしかなかった。
……というか、言えるわけがなかった。
アリアナ――アナスタシアはまだ知らない。
彼女はナラカとの戦いで国を救った。でも、”それだけじゃない“。
……エリオットとベンジャミンが、絶対に知られたくない「真実」がそこにあった。
――帝国暦2086年、ベンジャミンは自身に与えられた執務室で頭を抱えていた。
(このままでは、国が滅びる)
ようやく血の粛清も終わり、ブレメア家による騒動も一区切りついて、最底辺まで到達した。
あとは上がるだけ。そのはずだった。
ヴィンター帝国の問題――それは、お金が足りない。切実に。
まず、元々の体制の問題があった。エリオットの父である前皇帝は、臣下を諌めることはなかった。
そのため、官僚を中心に腐敗、欺瞞、横領が蔓延していた。
なんとかベンジャミンが帳簿をたどり、正しいデータを集めた結果――「このままでは数カ月後に国が滅ぶ」事がわかった。
皇帝陛下が皇太子を決めなかった理由にはこれもあるのだろう。
自分が死ぬまで、こんな酷い国の有り様を息子たちに見せたくなかったのだ。
内乱、粛清などを恐れた貴族たちは財産を持って国外へ逃亡した。帝城内の金庫番も、そのうちの一人である。空っぽになった帝城内の金庫を見て、ベンジャミンは思わず崩れ落ちた。
結果、カネがない。につながる。
エリオットの評判が悪すぎる。主に血の粛清とブレメア家のせいで。
今の彼の評価は「異母兄弟と敵対勢力を全員殺し、血塗れの王冠を手にした」そして「重宝していた部下を自身の命令で殺し、その生家を断絶した」皇帝だ。
即位するにあたり、敵対する貴族たちを容赦なく「破壊」してまわった。
内乱では民間人へも犠牲が出た。
雇用を創出しなければいけないが、金がない。冒頭へと繋がる。
主要産業の傭兵業も、宝石や鉱石の輸出も、人が居なければ増やせない。
春の国は「早く平和になるように祈っています」と毎日祈ってくれているらしい。ありがとう。
夏の国はヴィンター帝国の内乱の隙を嬉々として攻めてくる。
「異民族」はいつもどおりだ。気がついたらどこかから湧いてくる。
秋の国は国内が混乱状態なのを見越して「こんな製品どうですか」とセールスを仕掛けてくる。
しかも、金があれば欲しい製品ばかりだ。
ちくしょう、良い性格してんな。ラインナップを見ながらベンジャミンは内心で毒づいた。
他にも色々な問題が出るが、総じて「金がない」ことが一番の目的だった。
エリオットに相談するか――いや、彼は今死んだ目で仕事をしている。
モーリスに……いや、内乱で負った傷が深い。ただでさえ手足を無くしてリハビリで忙しくしているところに、こんな問題を持っていくわけにはいかない。自分で、なんとかするしか無いのだ。
問題がもう一つ追加だ、「人材不足」という。
ふと、エリオットから押し付けられた書類の中に、仕事とは関係のない書類が混じっていた。
――それは、もう二度と届くことのない手紙だった。
宛名は「アリアナ」。
エリオットが書き続けた、痛みそのもののような文字列。
どうやらエリオットは仕事の合間に、アリアナへの想いを手紙に書くことで昇華しているようだった。
紙とペンさえあれば出来る息抜き、主君の些細な趣味――それを咎めるなんてこと、出来るはずもない。
目に入って――つい、読んでしまった。
エリオットのアリアナへの想いが――後悔と、初恋にも満たない淡い想い、苦い記憶の数々が、紙面から滲み出していた。
「どうして、死んだんだよ……」
ぽつり、とベンジャミンの口からつぶやきが漏れる。
ベンジャミンの双眼から涙がこぼれ落ち、届くことのない手紙にいくつものシミが落ちた。
エリオットに進言したのは自分だ。「アリアナごと殺せ」と。
「それしかなかった」「国家にとって、それが最善だった」ベンジャミンは言い訳のように何度も繰り返した。
でも、彼女が居たら――夏の国との小競り合いや、「異民族」の討伐は、彼女に任せられたのに。
こんな終わってる国の状況を一緒に笑い飛ばせたかもしれないのに。
エリオットが死にそうな顔をして仕事をすることもなかったのに。
どうしても、その想いを拭い切る事はできなかった。
民衆の一部は“春の国の庇護下に入るべきだ”と言い始めている。
あの頭お花畑の国の庇護下に入ってどうなる。
共倒れで終わる未来が見えていないのか。政治の分からぬ馬鹿どもが。
秋の国からは“債務代わりに傭兵ギルドか騎士団をよこせ”との圧力も来ていた。
つまり、もう国を切り売りする段階に入っている。
そこまでして守るほどの価値が、この国にまだあるのか?
「アリアナが守った国」という以外に価値があるなら、誰か教えてくれ。
そんな問いを、ベンジャミンは打ち消したくてたまらなかった。
思わず持っていたエリオットの文をぐしゃりと握りつぶす。
ぐしゃぐしゃになった紙を見て、ふと、思いつく……「これ、金になるのでは?」と。
ベンジャミンは自分のことを「冷静なゲス」であると自己認識している。
血も涙もなく、淡々と物事を処理できる人間だと。
なにせ、十三歳からずっと一緒にいた――実質、育てたアリアナを「ナラカごと殺せ」と進言できるような外道な人間だ。
その自分ですらエリオットの手紙には、涙を流すほど心揺さぶられるのだ。
ベンジャミンは考えた。この、主君の「恥」を金に変える方法を。
手紙――という体ではなく、たとえば「皇帝陛下の詩歌集」という形にすればより民衆が手に取りやすいのでは。
アリアナ・ブレメアという人間は名前だけは有名だ。救国の英雄である。
だが、「ナラカと戦って死んだ」という功績しか知らないものの方が多い。
そういう人向けにアリアナがナラカ以外でどういう功績を残したかを知れる形にすれば……。
ベンジャミンからしてみればこの文字の羅列は主君がアリアナへ書いた「贖罪と追悼の手紙」である。
二人の間に恋愛感情は無かった。少なくともベンジャミンはそう思っている。
エリオットにとってのアリアナは『可愛くて仕方ない部下』だったし、アリアナにとってのエリオットは『信頼できる主君』だった。それ以上でもそれ以下でもなく。
アリアナがもう少し長く生きていたら「恋」に発展していたかもしれないが、そうなる前に消えた淡い何か。
だが、民衆はそうは思わないだろう。この手紙を読んでこう解釈するはずだ。『これは、恋文だ』と。
英雄を未だに恋文を書き続けている程大切に想っている、と民衆が知れば――。
(……前半はアリアナの伝記のような形にして、後半は陛下の手紙を詩の形に整えて出版してみるか)
百連勤し続けた男の頭は、もはや回転することを忘れていた。どうか赦してやってほしい。
ベンジャミンは有能な参謀である。思い立ったら即行動した。
「陛下、お忙しいところ申し訳有りません。資金を得るために、皇帝陛下関連の書籍を発行する予定です。一任していただけますか?」
嘘は言っていない。
エリオットは手元の資料から目線を動かすこと無く、死んだ声で「許可する」と呟いた。
「陛下、書類の整理はお任せください」
「頼む」
主君の目元には、消えない濃い隈が染み付いていた。
案の定、未整理の書類にはアリアナへの届かない手紙がいくつも挟まっていた。
この時のベンジャミンには「ちょっとは国庫の足しになればいいな」という願望しかなかった。
百連勤した参謀の脳が、「恥でも金になるならやるしかない」と判断しただけだった。
たとえその「恥」が敬愛する主君のものであっても。
***
数カ月後、ベンジャミンはエリオットに呼び出された。
「……どういうことだ?」
エリオットの手には『2083』が握られていた。
黒い表紙の分厚い本だと言うのに、力の入りすぎで曲がっている。
「まさか……お前まで、ブレメア家と同じことをするのか?」
声は怒りで震えていた。魔力の奔流が部屋の隅々まで満ちていく。
床材が音を当てて変形し、窓ガラスが薄く凍りはじめる。
ベンジャミンの吐き出す息が、白く濁る。
どうやら既に中を見たらしく、エリオットの青い目は「お前を殺す」と言っていた。
主君の怒りは当然だ。
勝手に秘密の手紙を公開された挙げ句、それを「恋文」であるとする解釈付きで売られているのだから。
ここで気圧されるわけにはいかない。
ベンジャミンには、アリアナが救った国を継続させるという使命がある。
「こちらを御覧ください」
ベンジャミンはそう言って、「2083」の売上と、この国の帳簿を差し出した。
最初は胡乱げに見ていたエリオットも、いつしか資料に釘付けになった。
「これ……すっごいね……」
エリオットの思わず崩れた言葉に、ベンジャミンも頷いた。
「2083」はエリオットの言う通り「すっごい」経済効果なのである。
いつの間にか、部屋中を覆う冷気は止まっていた。
ヴィンター帝国は「冬の国」という別名もあるほど、一年のうち、冬の期間が長い。
「肌寒い」「寒い」「クソ寒い」――特に「クソ寒い」期間、平民の殆どは家の中でこもりきりになる。
そのため、本が――特に、感情のこもった本との相性が良かった。
売れた。とにかく売れた。それだけで国の危機を乗り切れそうなほど。
あと本屋と印刷屋の雇用が増えた。劇的に。
「第一版だけで、ブレメア家が散財した分の半額が回収できてます。第二版以降も準備できています」
「いや、でもアリアナを金に変えるような真似は……! そんなの、ブレメア家がやってたことと同じだ」
エリオットが苦々しい思い出を吐き捨てるように言う。
「陛下……」
ここは参謀の腕の見せ所である。
ベンジャミンは言葉に熱を乗せて、説得した。
ブレメア家がやっていたこととは違う。彼らは英雄を貶め、笑いものにすることで、金を得ていた。
だがこれはアリアナという「英雄」の新たな側面を、皇帝陛下の視点から発掘するものである。
この国の皇帝陛下に想いを寄せられるアリアナという「英雄」は素晴らしい人間であったに違いない、民はそう思う。
というか、実際そう思っている。第一版の評価はめちゃめちゃいい。
出来ること全てをやったうえで国が滅んだなら、彼女は仕方ないと笑ってくれるだろう。
出来ることがあるのにやらずに国を滅んだのであれば、アリアナはなんのために命をかけてまでこの国を救ったのか。
どちらかというのはこれを発行されて恥をかくのはアリアナじゃない。陛下の方だ。
恥が金になるなら喜んで売るべきでは?元より、この国に売れるような資源はほとんど無いのだ。
綺麗事では国は救えない。今この国を救えるのは金だ。
「恥」が資源になるならいくらでも売ってしまえ!
今はもう、国を切り売りするか、恥を切り売りするかのどちらかしかない。さあ、どっちを売るんだ。
あと、これを公開するのがだめならアリアナ・ブレメア博物館にあるアリアナの手紙を公開するほうがもっとアウトでは?
論理は若干破綻していたが、とにかく説得した。
夜通し話し合った結果、とうとう疲れ切ったエリオットの「いいよ」を引き出した。
本は相変わらず売れた。
「アリアナ・カラー」の遊び紙、薔薇の飾り枠、小口染めを入れた特別版を出版した、売れた。
子どもでも分かりやすい言葉で書き直し、挿絵を入れ、解説を入れたものを出版した、売れた。
貴族が持っていて自慢できるような豪華絢爛装丁の「一周年記念特装版 2083」を出したが、高額にもかかわらずあっという間に完売御礼だった。
貴族たちの中では、その本を持っていることが一種のステータスとなる程だった。
2083は出せば出すだけ売れた。あと、出版社の印刷技術が物凄く向上した。
エリオットは「僕が恥をかくことで国が救われるなら」と、半ばやけくそ気味に新作を発表し続けた。
恥ずかしさと後悔とで、半分泣きながら書いていた。
ベンジャミンが「恋文の方が評判が高いですよ」と言えば、「……分かった」と死んだ声で言い、恋文としか思えない新作が提出された。
それは――自己洗脳により「恋」だったと思い込んでいるだけかもしれないし、生前アリアナに言えなかった想いを、ようやく形にできたものだったのかもしれない。
あるいは、失ったことでようやく“恋だった”と気づいたエリオットが、自分自身を納得させるために書き続けているだけなのかもしれない。
そのあたりは本人にしかわからない、ベンジャミンとしては売れればそれで良し、と思っていたので。
結果、アリアナに出会った「2078」からアリアナが死んだ年の「2083」まで合計六冊出された。
これら全てが大好評で、国の輸出金額の割合が変わった。――それまでランキング外だった芸術が二位となった。
民衆たちの話題は皇帝陛下の行った凄惨な粛清よりも、皇帝陛下の叶わない恋へと移行した。
影響は国内だけでは終わらない。
春の国からの観光客がめちゃめちゃ増えた。
アリアナとエリオットが踊ったあの舞踏会の会場は、いまやツアーの目玉になっているらしい。
新作が発表されるたびに、夏の国の襲撃がピタリと止んだ。
武力無くして、戦争を止めた。
秋の国では次の教科書改定でエリオットの詩が掲載される予定とか。
「エリオット・ヴィンター」の名は「他国の王族」欄だけでなく「近代の著名な芸術家」欄にも記載されるようになった。
それどころか、大陸外からも大量の発注が来た。
国庫問題、皇帝陛下の評判問題、雇用問題etc...を、一冊でありとあらゆる問題を片付けてくれた。
エリオットとしては自分の恋文が世界中で読み回されているこの状況、なんとかして回収したい、が、もはや回収は不可能なほど広まってしまった。
実は今回、エリオットが起こした「怒りのあまり国を滅ぼそうとした」事件についても、冬の国の民からは比較的寛容に受け入れられている。
春の国の民の性質が『人を疑うことを知らず、夢見がち。自分の世界観に入ったら戻ってこない』だとするならば、
冬の国の民は『表面上は冷静で皮肉屋だが、情に厚く一途であり、自分の内側に入れたものにはとても甘い』だ。
「皇帝陛下の内側に入れた人を馬鹿にしたなら、そりゃそうなるよね」とか、
「その人達、2083読んでなかったのかな」と城下では言われている。
今回エリオットが壊した帝都の復興費用も、そのほとんどが2083の利益から当てられることになっている。
「2083の真実」――それは、エリオットがアリアナへの愛のために出版したわけではない。
出さなければ国が滅亡していた。だから主君の黒歴史をベンジャミンが金に変えた。それだけの話である。
「この国は本当にアリアナによって救われてるなー」
ベンジャミンは「2083シリーズ」の売上を見ながら一人そう、呟いた。
彼の次なるの目標はただ一つ、皇帝陛下からアナスタシアへの詩歌集「2089」の制作である。
――この国は、皇帝の羞恥と、英雄によって救われている。
***
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これにて一通りの完結となりますが、外伝をあと何話か更新予定です。
読まなくても支障はないですが、回収しそびれた伏線や、書きたかったけど入れられなかった描写などを回収する予定なので、
もし興味のある方は読んでいただけると嬉しいです!
そんな様子を見て、エリオットはベンジャミンに目配せした。
『言ったら殺す』。
一瞬で意味を察したベンジャミンは、無言で頷くしかなかった。
……というか、言えるわけがなかった。
アリアナ――アナスタシアはまだ知らない。
彼女はナラカとの戦いで国を救った。でも、”それだけじゃない“。
……エリオットとベンジャミンが、絶対に知られたくない「真実」がそこにあった。
――帝国暦2086年、ベンジャミンは自身に与えられた執務室で頭を抱えていた。
(このままでは、国が滅びる)
ようやく血の粛清も終わり、ブレメア家による騒動も一区切りついて、最底辺まで到達した。
あとは上がるだけ。そのはずだった。
ヴィンター帝国の問題――それは、お金が足りない。切実に。
まず、元々の体制の問題があった。エリオットの父である前皇帝は、臣下を諌めることはなかった。
そのため、官僚を中心に腐敗、欺瞞、横領が蔓延していた。
なんとかベンジャミンが帳簿をたどり、正しいデータを集めた結果――「このままでは数カ月後に国が滅ぶ」事がわかった。
皇帝陛下が皇太子を決めなかった理由にはこれもあるのだろう。
自分が死ぬまで、こんな酷い国の有り様を息子たちに見せたくなかったのだ。
内乱、粛清などを恐れた貴族たちは財産を持って国外へ逃亡した。帝城内の金庫番も、そのうちの一人である。空っぽになった帝城内の金庫を見て、ベンジャミンは思わず崩れ落ちた。
結果、カネがない。につながる。
エリオットの評判が悪すぎる。主に血の粛清とブレメア家のせいで。
今の彼の評価は「異母兄弟と敵対勢力を全員殺し、血塗れの王冠を手にした」そして「重宝していた部下を自身の命令で殺し、その生家を断絶した」皇帝だ。
即位するにあたり、敵対する貴族たちを容赦なく「破壊」してまわった。
内乱では民間人へも犠牲が出た。
雇用を創出しなければいけないが、金がない。冒頭へと繋がる。
主要産業の傭兵業も、宝石や鉱石の輸出も、人が居なければ増やせない。
春の国は「早く平和になるように祈っています」と毎日祈ってくれているらしい。ありがとう。
夏の国はヴィンター帝国の内乱の隙を嬉々として攻めてくる。
「異民族」はいつもどおりだ。気がついたらどこかから湧いてくる。
秋の国は国内が混乱状態なのを見越して「こんな製品どうですか」とセールスを仕掛けてくる。
しかも、金があれば欲しい製品ばかりだ。
ちくしょう、良い性格してんな。ラインナップを見ながらベンジャミンは内心で毒づいた。
他にも色々な問題が出るが、総じて「金がない」ことが一番の目的だった。
エリオットに相談するか――いや、彼は今死んだ目で仕事をしている。
モーリスに……いや、内乱で負った傷が深い。ただでさえ手足を無くしてリハビリで忙しくしているところに、こんな問題を持っていくわけにはいかない。自分で、なんとかするしか無いのだ。
問題がもう一つ追加だ、「人材不足」という。
ふと、エリオットから押し付けられた書類の中に、仕事とは関係のない書類が混じっていた。
――それは、もう二度と届くことのない手紙だった。
宛名は「アリアナ」。
エリオットが書き続けた、痛みそのもののような文字列。
どうやらエリオットは仕事の合間に、アリアナへの想いを手紙に書くことで昇華しているようだった。
紙とペンさえあれば出来る息抜き、主君の些細な趣味――それを咎めるなんてこと、出来るはずもない。
目に入って――つい、読んでしまった。
エリオットのアリアナへの想いが――後悔と、初恋にも満たない淡い想い、苦い記憶の数々が、紙面から滲み出していた。
「どうして、死んだんだよ……」
ぽつり、とベンジャミンの口からつぶやきが漏れる。
ベンジャミンの双眼から涙がこぼれ落ち、届くことのない手紙にいくつものシミが落ちた。
エリオットに進言したのは自分だ。「アリアナごと殺せ」と。
「それしかなかった」「国家にとって、それが最善だった」ベンジャミンは言い訳のように何度も繰り返した。
でも、彼女が居たら――夏の国との小競り合いや、「異民族」の討伐は、彼女に任せられたのに。
こんな終わってる国の状況を一緒に笑い飛ばせたかもしれないのに。
エリオットが死にそうな顔をして仕事をすることもなかったのに。
どうしても、その想いを拭い切る事はできなかった。
民衆の一部は“春の国の庇護下に入るべきだ”と言い始めている。
あの頭お花畑の国の庇護下に入ってどうなる。
共倒れで終わる未来が見えていないのか。政治の分からぬ馬鹿どもが。
秋の国からは“債務代わりに傭兵ギルドか騎士団をよこせ”との圧力も来ていた。
つまり、もう国を切り売りする段階に入っている。
そこまでして守るほどの価値が、この国にまだあるのか?
「アリアナが守った国」という以外に価値があるなら、誰か教えてくれ。
そんな問いを、ベンジャミンは打ち消したくてたまらなかった。
思わず持っていたエリオットの文をぐしゃりと握りつぶす。
ぐしゃぐしゃになった紙を見て、ふと、思いつく……「これ、金になるのでは?」と。
ベンジャミンは自分のことを「冷静なゲス」であると自己認識している。
血も涙もなく、淡々と物事を処理できる人間だと。
なにせ、十三歳からずっと一緒にいた――実質、育てたアリアナを「ナラカごと殺せ」と進言できるような外道な人間だ。
その自分ですらエリオットの手紙には、涙を流すほど心揺さぶられるのだ。
ベンジャミンは考えた。この、主君の「恥」を金に変える方法を。
手紙――という体ではなく、たとえば「皇帝陛下の詩歌集」という形にすればより民衆が手に取りやすいのでは。
アリアナ・ブレメアという人間は名前だけは有名だ。救国の英雄である。
だが、「ナラカと戦って死んだ」という功績しか知らないものの方が多い。
そういう人向けにアリアナがナラカ以外でどういう功績を残したかを知れる形にすれば……。
ベンジャミンからしてみればこの文字の羅列は主君がアリアナへ書いた「贖罪と追悼の手紙」である。
二人の間に恋愛感情は無かった。少なくともベンジャミンはそう思っている。
エリオットにとってのアリアナは『可愛くて仕方ない部下』だったし、アリアナにとってのエリオットは『信頼できる主君』だった。それ以上でもそれ以下でもなく。
アリアナがもう少し長く生きていたら「恋」に発展していたかもしれないが、そうなる前に消えた淡い何か。
だが、民衆はそうは思わないだろう。この手紙を読んでこう解釈するはずだ。『これは、恋文だ』と。
英雄を未だに恋文を書き続けている程大切に想っている、と民衆が知れば――。
(……前半はアリアナの伝記のような形にして、後半は陛下の手紙を詩の形に整えて出版してみるか)
百連勤し続けた男の頭は、もはや回転することを忘れていた。どうか赦してやってほしい。
ベンジャミンは有能な参謀である。思い立ったら即行動した。
「陛下、お忙しいところ申し訳有りません。資金を得るために、皇帝陛下関連の書籍を発行する予定です。一任していただけますか?」
嘘は言っていない。
エリオットは手元の資料から目線を動かすこと無く、死んだ声で「許可する」と呟いた。
「陛下、書類の整理はお任せください」
「頼む」
主君の目元には、消えない濃い隈が染み付いていた。
案の定、未整理の書類にはアリアナへの届かない手紙がいくつも挟まっていた。
この時のベンジャミンには「ちょっとは国庫の足しになればいいな」という願望しかなかった。
百連勤した参謀の脳が、「恥でも金になるならやるしかない」と判断しただけだった。
たとえその「恥」が敬愛する主君のものであっても。
***
数カ月後、ベンジャミンはエリオットに呼び出された。
「……どういうことだ?」
エリオットの手には『2083』が握られていた。
黒い表紙の分厚い本だと言うのに、力の入りすぎで曲がっている。
「まさか……お前まで、ブレメア家と同じことをするのか?」
声は怒りで震えていた。魔力の奔流が部屋の隅々まで満ちていく。
床材が音を当てて変形し、窓ガラスが薄く凍りはじめる。
ベンジャミンの吐き出す息が、白く濁る。
どうやら既に中を見たらしく、エリオットの青い目は「お前を殺す」と言っていた。
主君の怒りは当然だ。
勝手に秘密の手紙を公開された挙げ句、それを「恋文」であるとする解釈付きで売られているのだから。
ここで気圧されるわけにはいかない。
ベンジャミンには、アリアナが救った国を継続させるという使命がある。
「こちらを御覧ください」
ベンジャミンはそう言って、「2083」の売上と、この国の帳簿を差し出した。
最初は胡乱げに見ていたエリオットも、いつしか資料に釘付けになった。
「これ……すっごいね……」
エリオットの思わず崩れた言葉に、ベンジャミンも頷いた。
「2083」はエリオットの言う通り「すっごい」経済効果なのである。
いつの間にか、部屋中を覆う冷気は止まっていた。
ヴィンター帝国は「冬の国」という別名もあるほど、一年のうち、冬の期間が長い。
「肌寒い」「寒い」「クソ寒い」――特に「クソ寒い」期間、平民の殆どは家の中でこもりきりになる。
そのため、本が――特に、感情のこもった本との相性が良かった。
売れた。とにかく売れた。それだけで国の危機を乗り切れそうなほど。
あと本屋と印刷屋の雇用が増えた。劇的に。
「第一版だけで、ブレメア家が散財した分の半額が回収できてます。第二版以降も準備できています」
「いや、でもアリアナを金に変えるような真似は……! そんなの、ブレメア家がやってたことと同じだ」
エリオットが苦々しい思い出を吐き捨てるように言う。
「陛下……」
ここは参謀の腕の見せ所である。
ベンジャミンは言葉に熱を乗せて、説得した。
ブレメア家がやっていたこととは違う。彼らは英雄を貶め、笑いものにすることで、金を得ていた。
だがこれはアリアナという「英雄」の新たな側面を、皇帝陛下の視点から発掘するものである。
この国の皇帝陛下に想いを寄せられるアリアナという「英雄」は素晴らしい人間であったに違いない、民はそう思う。
というか、実際そう思っている。第一版の評価はめちゃめちゃいい。
出来ること全てをやったうえで国が滅んだなら、彼女は仕方ないと笑ってくれるだろう。
出来ることがあるのにやらずに国を滅んだのであれば、アリアナはなんのために命をかけてまでこの国を救ったのか。
どちらかというのはこれを発行されて恥をかくのはアリアナじゃない。陛下の方だ。
恥が金になるなら喜んで売るべきでは?元より、この国に売れるような資源はほとんど無いのだ。
綺麗事では国は救えない。今この国を救えるのは金だ。
「恥」が資源になるならいくらでも売ってしまえ!
今はもう、国を切り売りするか、恥を切り売りするかのどちらかしかない。さあ、どっちを売るんだ。
あと、これを公開するのがだめならアリアナ・ブレメア博物館にあるアリアナの手紙を公開するほうがもっとアウトでは?
論理は若干破綻していたが、とにかく説得した。
夜通し話し合った結果、とうとう疲れ切ったエリオットの「いいよ」を引き出した。
本は相変わらず売れた。
「アリアナ・カラー」の遊び紙、薔薇の飾り枠、小口染めを入れた特別版を出版した、売れた。
子どもでも分かりやすい言葉で書き直し、挿絵を入れ、解説を入れたものを出版した、売れた。
貴族が持っていて自慢できるような豪華絢爛装丁の「一周年記念特装版 2083」を出したが、高額にもかかわらずあっという間に完売御礼だった。
貴族たちの中では、その本を持っていることが一種のステータスとなる程だった。
2083は出せば出すだけ売れた。あと、出版社の印刷技術が物凄く向上した。
エリオットは「僕が恥をかくことで国が救われるなら」と、半ばやけくそ気味に新作を発表し続けた。
恥ずかしさと後悔とで、半分泣きながら書いていた。
ベンジャミンが「恋文の方が評判が高いですよ」と言えば、「……分かった」と死んだ声で言い、恋文としか思えない新作が提出された。
それは――自己洗脳により「恋」だったと思い込んでいるだけかもしれないし、生前アリアナに言えなかった想いを、ようやく形にできたものだったのかもしれない。
あるいは、失ったことでようやく“恋だった”と気づいたエリオットが、自分自身を納得させるために書き続けているだけなのかもしれない。
そのあたりは本人にしかわからない、ベンジャミンとしては売れればそれで良し、と思っていたので。
結果、アリアナに出会った「2078」からアリアナが死んだ年の「2083」まで合計六冊出された。
これら全てが大好評で、国の輸出金額の割合が変わった。――それまでランキング外だった芸術が二位となった。
民衆たちの話題は皇帝陛下の行った凄惨な粛清よりも、皇帝陛下の叶わない恋へと移行した。
影響は国内だけでは終わらない。
春の国からの観光客がめちゃめちゃ増えた。
アリアナとエリオットが踊ったあの舞踏会の会場は、いまやツアーの目玉になっているらしい。
新作が発表されるたびに、夏の国の襲撃がピタリと止んだ。
武力無くして、戦争を止めた。
秋の国では次の教科書改定でエリオットの詩が掲載される予定とか。
「エリオット・ヴィンター」の名は「他国の王族」欄だけでなく「近代の著名な芸術家」欄にも記載されるようになった。
それどころか、大陸外からも大量の発注が来た。
国庫問題、皇帝陛下の評判問題、雇用問題etc...を、一冊でありとあらゆる問題を片付けてくれた。
エリオットとしては自分の恋文が世界中で読み回されているこの状況、なんとかして回収したい、が、もはや回収は不可能なほど広まってしまった。
実は今回、エリオットが起こした「怒りのあまり国を滅ぼそうとした」事件についても、冬の国の民からは比較的寛容に受け入れられている。
春の国の民の性質が『人を疑うことを知らず、夢見がち。自分の世界観に入ったら戻ってこない』だとするならば、
冬の国の民は『表面上は冷静で皮肉屋だが、情に厚く一途であり、自分の内側に入れたものにはとても甘い』だ。
「皇帝陛下の内側に入れた人を馬鹿にしたなら、そりゃそうなるよね」とか、
「その人達、2083読んでなかったのかな」と城下では言われている。
今回エリオットが壊した帝都の復興費用も、そのほとんどが2083の利益から当てられることになっている。
「2083の真実」――それは、エリオットがアリアナへの愛のために出版したわけではない。
出さなければ国が滅亡していた。だから主君の黒歴史をベンジャミンが金に変えた。それだけの話である。
「この国は本当にアリアナによって救われてるなー」
ベンジャミンは「2083シリーズ」の売上を見ながら一人そう、呟いた。
彼の次なるの目標はただ一つ、皇帝陛下からアナスタシアへの詩歌集「2089」の制作である。
――この国は、皇帝の羞恥と、英雄によって救われている。
***
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これにて一通りの完結となりますが、外伝をあと何話か更新予定です。
読まなくても支障はないですが、回収しそびれた伏線や、書きたかったけど入れられなかった描写などを回収する予定なので、
もし興味のある方は読んでいただけると嬉しいです!
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