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第二章
第5話【現在】家族愛、あるいは敬愛
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「アナ、入学はもう少し遅くともいいんじゃないか?」
「お父様は貴族学校への入学を遅くしたい理由でもおありですか?」
コルデー家では晩餐はみんな揃って食べるというルールが有る。
次男のユリスお兄様は帝都で任務中だからいないけれど、それ以外は全員が揃っている。揃いも揃ってお父様そっくりの顔だ。
「お父様はアナのことを心配しているのよ」
「そうだ。お前は身体が弱いんだし、まだ療養してたっていいじゃないか。貴族学校は十三歳から十五歳の間に入学すればいいんだし、十四歳と十一ヶ月と二十九日くらいまで領地にいたって問題ないだろう」
「なんならそのまま領地にずっと居てくれてもいいよ! お嫁さんにする人はアナスタシア大好きになる人じゃないと認めない! って条件出すから」
上からお母様、お父様、テオお兄様の順で畳み掛けられる。
身体が弱かったのはアナスタシアだったころだから、今から何年も前であって私になってからはずっと健康なのに。
お父様はいつまで私の病弱を引きずってるんだろう。
つまるところ、みんなアナスタシアが可愛くて仕方ないから領地から出したくないだけなのだ。こんなに愛されてていいのかな。
貴族学校は帝都にしか無い。在学中は帝都で過ごす予定だ。
帝都まで馬車で一週間かかるから、長期休暇でしか家族には会えなくなる。
「お前が敬愛するアリアナ様だって貴族学校には入っていないんだ。貴族学校に入ることがすべてじゃないんだよ」
前世の父親には金のかかる貴族学校に通わせてもらえなかっただけなんだけど、そのあたりの事情は後世に伝わっていないらしい。
喉元まで出かかってぐぅ、と飲み込んだ。
「何よりなぁ。貴族学校はあの皇帝陛下が学園総帥なんだ」
「! っ皇帝陛下になにか?」
なかなか皇帝陛下に関する話は聞けないから貴重なチャンス!
アリアナであることを感づかせたくないから、皇帝陛下関連の話を必要以上に聞けなかったのである。
「どうも胡散臭い」
ばっさりと皇帝陛下について切り捨てた。言い方からして、お父様が皇帝陛下派ではないことがはっきりと分かった。
「……私のような者を取り立てるくらいだからな。周囲からは“見る目が無い”と思われていても仕方がないかもしれん」
そう言ってお父様が自虐的に笑った。
コルデー家は数年前まで伯爵だったけれど、今の皇帝陛下が即位してから侯爵に叙爵された。外国とのコネクションが強く、今の帝国に様々な品を取り入れたことが評価され、粛清で減った高位貴族との入れ替わりで出世したらしい。
うーん、そうかなあ。
未だに参謀のベンジャミンがいるなら適当な人間を叙爵するなんて絶対にしないと思うし、何よりお父様は領地経営も順調で領民からも信頼されているし、悪い人選ではないと思うけれど。
参謀のベンジャミンは性格に難はある人物だが、采配はいつだって的確だった。
「皇帝陛下っていうのは、城でどっしりと構えて指示を出すことが仕事だ。学園の総帥なんて忙しい仕事は家臣にやらせるべきなんだ。そうでないと本当にやらないといけないことが疎かになってしまうからね。それを自らやるってことはよほど信頼できる部下がいないんだろう。」
第一、第二皇子派で反抗的な貴族を粛清したって話だし、有能な家臣がいないのは有り得る。
だとしたらお父様が取り立てられるのも納得なんだけれど。
「『血の粛清』をやったことで、“暴虐皇帝”なんてあだ名もあるくらいだろう。だけど一部では、“墓守皇帝”って言われてるらしい。ずっと誰かの墓を守ってるみたいだ、ってな。」
それは、お父様にしては珍しい皮肉だった。
“暴虐皇帝”の次の新しいあだ名が出てきた。まさかの”墓守皇帝”。
殿下は、お母様とお姉様が亡くなられていたはずだから、それを揶揄するあだ名なのかな。
あるいは……殺した人間の多さを皮肉ってるとか?
十三歳で女の子のアナスタシアがそんなのに口出すのはおかしいので、私は「まあ、そうなのですね」と言って微笑んでいることにした。
「陛下は怖いぞ~」
「なんせ貴族学校の総帥に就任したのだって、腐敗を一掃するためだからね」
「僕達、貴族学校に入って一年してようやく慣れたーって思ったら先生がほぼ一新されたからね!」
「「ねー」」
息ぴったりに掛け合うのは三男と四男のウィルとリアムだ。二人は双子ではなく、二人は十ヶ月違いの年子で、同じ学年に通っている。お父様とお母様仲良すぎるだろ。
今は貴族学校は休暇中なので帰ってきているのだ。
「んー、そうねえ。私も、卒業生の立場からいうけれど、アナスタシアだったら魔法がうまく使えるようになってからの入学でも遅くはないんじゃないかなって思ってるわよ」
そのほうが観劇にいっぱい付き合ってもらえるし!と目をキラキラさせて付け加えるカーシャお姉様。
うぐぅ。魔法について言われると反論できない。
前世で国一番の魔力量を誇っていた私だが、生まれ変わってからはどうもうまく扱えない。
これに関してはアナスタシアが最後に使った魔法が原因なのか、単純にこの身体がそういうものなのかはわからない。
体中に魔力が巡り、必要分を自然に練る――あの感覚が、もう私にはわからない。
魔力を練ろうとしても身体の奥でぷすぷすとくすぶっている感じで、体中から魔力を集めて絞り出してようやくカスみたいな威力の魔法が出力される。持続時間は1秒くらい。
魔法に関しては同世代では下から数えたほうが早いだろう。
「でも、私、お兄様たちと一緒に学園生活を送りたいんです」
目をうるうるとさせて上目遣いをしながら心にもないことを言った。
貴族学校は三年制で、兄二人は次のセメスターが始まれば最終学年になる。卒業後は就職するか、別の敷地内にある高等専門学校に進むことになる。私が兄たちと通うには今回一緒に入学する必要があるのだ。
「やめときなって。陛下が総帥に就任してから試験の難易度も激ムズになったし……」
「総帥主導の体制が安定してからのほうがいいよ。可愛い妹が落第して泣いてたら僕達はどうやって慰めたらいいんだい?」
「陛下に「落第させてごめんなさい」って言わせようか?」
「いや、謝罪の手紙を書かせよう!」
「もう、どうして最初から落第前提なんですか!」
ぷりぷりと怒る私を見て兄二人がニヤニヤ笑う。この人たちは他の家族と違って私をからかうのが楽しくて仕方がないのだ。
でもそんなからかいにも愛を感じるから不快ではない。
「妹をからかうのはやめなさい二人共。あー、コホン、……アナスタシア。食後にパパの部屋に来なさい。そこでゆっくり話そう」
仲の良い兄弟は「はぁい」と声を合わせて返答したのだった。
***
お父様の部屋は整然とした混沌という表現以上にぴったりくる表現を私は知らない。
本棚には領地に関する資料がぎっしりと詰まっていて、これ以上本一冊入る余地がない。床にも本の高層建築が立ち並ぶ。箱には書類がぎっしりと積まれていて、一日に何回かは山からこぼれているに違いない。
にも関わらず、本や書類はきちんと分類分けされていて、お父様が必要な本をぱっと手に取るところを何度も見てきた。
「アナスタシアが生まれた時、早くに生まれてしまってね、とても小さかったんだ。片手で乗るくらいだったかな」
お父様が優しく語りかける。
今の私はお父様の腕にだっこされた状態で、二人で窓から外を見ていた。
昼間であれば採光を取り入れる大きな窓からは、月と、領民たちの営みを表す光がうっすらと見えた。
お父様は時々こうやって家族を呼んで、「あれが僕達が守るべき光だよ」と優しく教えてくれた。
「パパとママに早く会いたくて急いできちゃった慌てん坊だね。って言ってたんだけれど、お空に健康を忘れちゃったのかな?って思うくらい、熱を出したし、成長も遅くて、何度も風邪で死にかけた。そして……あの日。お前が十歳のときに、お医者様に『最期のご家族の時間を過ごしてください』って言われたんだ」
お父様の言う「あの日」とは私がアナスタシアの身体に入った日だ。
おもわずどきりと心臓の鼓動が大きく動いたのを感じるけれど、お父様の腕の中で身動ぎをして誤魔化した。
お父様は、私の寝台の傍らに膝をつき、何度も何度も私の名前を呼んだという。……それでも命の灯火は儚く潰えた。
『神だって、悪魔だって、娘を助けてくれるなら誰だって良い。どんな代償だって支払う。命だって惜しくはない。だから娘を返してくれ!』
お父様の必死の祈りは、誰に届いたのだろうか。
アリアナか、アナスタシアか――。
お父様の必死の祈りが届いたのが、悪魔でなくて良かったと思う。
奇跡的な回復を遂げたその日から、アナスタシアはまるで別人のように回復しはじめたという。
「だから、なんというか、……アナが何らかの理由で罪悪感を抱いていて、早くここから離れて貴族学校へ行きたいっていうなら、そんなのは気にしなくていい」
お父様の声が震えた。
「……パパは今までもこれからもアナが大事で大好きなんだ。可愛くて仕方ないんだ。今までアナを可愛くないって思ったときは一瞬たりともないんだよ。パパだけじゃない。家族みんながそう思っている」
は、と息を思わず息を飲んだ。精一杯我慢して、息を飲むだけでこらえた。
お父様は、多分……――。
気づいているのだ。愛する娘が「あの日」に変わってしまったことに。
それでも言わないで見守っていてくれる。変わっていたことに気づいて、「それでもいい」と言ってくれている。
アナスタシアであっても、なくても変わらず愛してくれている。
「お父様……」
「今はまだ決めなくて良い。変なことを話してしまって悪かったね、ゆっくりお休み」
そういってお父様は不器用な手つきで頭を撫でてくれた。
布団の中で私はぐるぐると考えた。
このまま、コルデー領で過ごせば私は家族にたくさん愛されて、そこそこ好きな人を見つけて、結婚して、ある程度幸せに生きていけるんだろう。
前世では知らなかった”家族愛”とやらを溢れるほど与えられて、誰もアナスタシアを傷つけない優しい世界で生きていく。とても魅力的で惹かれる生き方だ。
血なまぐさい戦場に戻ることもなく、宮中の魑魅魍魎共が跋扈する政治ゲームに巻き込まれることもない。
殿下の今を知ることは、必ずしも家族が望んでくれている幸せの形とは限らない。
「アナスタシア」にとっての幸せはコルデー領で生きることだ。
でも、「アリアナ」にとっての幸せは?
どうしてだろう。寝る間際まで「絵本の中から出てきた王子様」だった殿下の顔が離れてくれなかった。
「お父様は貴族学校への入学を遅くしたい理由でもおありですか?」
コルデー家では晩餐はみんな揃って食べるというルールが有る。
次男のユリスお兄様は帝都で任務中だからいないけれど、それ以外は全員が揃っている。揃いも揃ってお父様そっくりの顔だ。
「お父様はアナのことを心配しているのよ」
「そうだ。お前は身体が弱いんだし、まだ療養してたっていいじゃないか。貴族学校は十三歳から十五歳の間に入学すればいいんだし、十四歳と十一ヶ月と二十九日くらいまで領地にいたって問題ないだろう」
「なんならそのまま領地にずっと居てくれてもいいよ! お嫁さんにする人はアナスタシア大好きになる人じゃないと認めない! って条件出すから」
上からお母様、お父様、テオお兄様の順で畳み掛けられる。
身体が弱かったのはアナスタシアだったころだから、今から何年も前であって私になってからはずっと健康なのに。
お父様はいつまで私の病弱を引きずってるんだろう。
つまるところ、みんなアナスタシアが可愛くて仕方ないから領地から出したくないだけなのだ。こんなに愛されてていいのかな。
貴族学校は帝都にしか無い。在学中は帝都で過ごす予定だ。
帝都まで馬車で一週間かかるから、長期休暇でしか家族には会えなくなる。
「お前が敬愛するアリアナ様だって貴族学校には入っていないんだ。貴族学校に入ることがすべてじゃないんだよ」
前世の父親には金のかかる貴族学校に通わせてもらえなかっただけなんだけど、そのあたりの事情は後世に伝わっていないらしい。
喉元まで出かかってぐぅ、と飲み込んだ。
「何よりなぁ。貴族学校はあの皇帝陛下が学園総帥なんだ」
「! っ皇帝陛下になにか?」
なかなか皇帝陛下に関する話は聞けないから貴重なチャンス!
アリアナであることを感づかせたくないから、皇帝陛下関連の話を必要以上に聞けなかったのである。
「どうも胡散臭い」
ばっさりと皇帝陛下について切り捨てた。言い方からして、お父様が皇帝陛下派ではないことがはっきりと分かった。
「……私のような者を取り立てるくらいだからな。周囲からは“見る目が無い”と思われていても仕方がないかもしれん」
そう言ってお父様が自虐的に笑った。
コルデー家は数年前まで伯爵だったけれど、今の皇帝陛下が即位してから侯爵に叙爵された。外国とのコネクションが強く、今の帝国に様々な品を取り入れたことが評価され、粛清で減った高位貴族との入れ替わりで出世したらしい。
うーん、そうかなあ。
未だに参謀のベンジャミンがいるなら適当な人間を叙爵するなんて絶対にしないと思うし、何よりお父様は領地経営も順調で領民からも信頼されているし、悪い人選ではないと思うけれど。
参謀のベンジャミンは性格に難はある人物だが、采配はいつだって的確だった。
「皇帝陛下っていうのは、城でどっしりと構えて指示を出すことが仕事だ。学園の総帥なんて忙しい仕事は家臣にやらせるべきなんだ。そうでないと本当にやらないといけないことが疎かになってしまうからね。それを自らやるってことはよほど信頼できる部下がいないんだろう。」
第一、第二皇子派で反抗的な貴族を粛清したって話だし、有能な家臣がいないのは有り得る。
だとしたらお父様が取り立てられるのも納得なんだけれど。
「『血の粛清』をやったことで、“暴虐皇帝”なんてあだ名もあるくらいだろう。だけど一部では、“墓守皇帝”って言われてるらしい。ずっと誰かの墓を守ってるみたいだ、ってな。」
それは、お父様にしては珍しい皮肉だった。
“暴虐皇帝”の次の新しいあだ名が出てきた。まさかの”墓守皇帝”。
殿下は、お母様とお姉様が亡くなられていたはずだから、それを揶揄するあだ名なのかな。
あるいは……殺した人間の多さを皮肉ってるとか?
十三歳で女の子のアナスタシアがそんなのに口出すのはおかしいので、私は「まあ、そうなのですね」と言って微笑んでいることにした。
「陛下は怖いぞ~」
「なんせ貴族学校の総帥に就任したのだって、腐敗を一掃するためだからね」
「僕達、貴族学校に入って一年してようやく慣れたーって思ったら先生がほぼ一新されたからね!」
「「ねー」」
息ぴったりに掛け合うのは三男と四男のウィルとリアムだ。二人は双子ではなく、二人は十ヶ月違いの年子で、同じ学年に通っている。お父様とお母様仲良すぎるだろ。
今は貴族学校は休暇中なので帰ってきているのだ。
「んー、そうねえ。私も、卒業生の立場からいうけれど、アナスタシアだったら魔法がうまく使えるようになってからの入学でも遅くはないんじゃないかなって思ってるわよ」
そのほうが観劇にいっぱい付き合ってもらえるし!と目をキラキラさせて付け加えるカーシャお姉様。
うぐぅ。魔法について言われると反論できない。
前世で国一番の魔力量を誇っていた私だが、生まれ変わってからはどうもうまく扱えない。
これに関してはアナスタシアが最後に使った魔法が原因なのか、単純にこの身体がそういうものなのかはわからない。
体中に魔力が巡り、必要分を自然に練る――あの感覚が、もう私にはわからない。
魔力を練ろうとしても身体の奥でぷすぷすとくすぶっている感じで、体中から魔力を集めて絞り出してようやくカスみたいな威力の魔法が出力される。持続時間は1秒くらい。
魔法に関しては同世代では下から数えたほうが早いだろう。
「でも、私、お兄様たちと一緒に学園生活を送りたいんです」
目をうるうるとさせて上目遣いをしながら心にもないことを言った。
貴族学校は三年制で、兄二人は次のセメスターが始まれば最終学年になる。卒業後は就職するか、別の敷地内にある高等専門学校に進むことになる。私が兄たちと通うには今回一緒に入学する必要があるのだ。
「やめときなって。陛下が総帥に就任してから試験の難易度も激ムズになったし……」
「総帥主導の体制が安定してからのほうがいいよ。可愛い妹が落第して泣いてたら僕達はどうやって慰めたらいいんだい?」
「陛下に「落第させてごめんなさい」って言わせようか?」
「いや、謝罪の手紙を書かせよう!」
「もう、どうして最初から落第前提なんですか!」
ぷりぷりと怒る私を見て兄二人がニヤニヤ笑う。この人たちは他の家族と違って私をからかうのが楽しくて仕方がないのだ。
でもそんなからかいにも愛を感じるから不快ではない。
「妹をからかうのはやめなさい二人共。あー、コホン、……アナスタシア。食後にパパの部屋に来なさい。そこでゆっくり話そう」
仲の良い兄弟は「はぁい」と声を合わせて返答したのだった。
***
お父様の部屋は整然とした混沌という表現以上にぴったりくる表現を私は知らない。
本棚には領地に関する資料がぎっしりと詰まっていて、これ以上本一冊入る余地がない。床にも本の高層建築が立ち並ぶ。箱には書類がぎっしりと積まれていて、一日に何回かは山からこぼれているに違いない。
にも関わらず、本や書類はきちんと分類分けされていて、お父様が必要な本をぱっと手に取るところを何度も見てきた。
「アナスタシアが生まれた時、早くに生まれてしまってね、とても小さかったんだ。片手で乗るくらいだったかな」
お父様が優しく語りかける。
今の私はお父様の腕にだっこされた状態で、二人で窓から外を見ていた。
昼間であれば採光を取り入れる大きな窓からは、月と、領民たちの営みを表す光がうっすらと見えた。
お父様は時々こうやって家族を呼んで、「あれが僕達が守るべき光だよ」と優しく教えてくれた。
「パパとママに早く会いたくて急いできちゃった慌てん坊だね。って言ってたんだけれど、お空に健康を忘れちゃったのかな?って思うくらい、熱を出したし、成長も遅くて、何度も風邪で死にかけた。そして……あの日。お前が十歳のときに、お医者様に『最期のご家族の時間を過ごしてください』って言われたんだ」
お父様の言う「あの日」とは私がアナスタシアの身体に入った日だ。
おもわずどきりと心臓の鼓動が大きく動いたのを感じるけれど、お父様の腕の中で身動ぎをして誤魔化した。
お父様は、私の寝台の傍らに膝をつき、何度も何度も私の名前を呼んだという。……それでも命の灯火は儚く潰えた。
『神だって、悪魔だって、娘を助けてくれるなら誰だって良い。どんな代償だって支払う。命だって惜しくはない。だから娘を返してくれ!』
お父様の必死の祈りは、誰に届いたのだろうか。
アリアナか、アナスタシアか――。
お父様の必死の祈りが届いたのが、悪魔でなくて良かったと思う。
奇跡的な回復を遂げたその日から、アナスタシアはまるで別人のように回復しはじめたという。
「だから、なんというか、……アナが何らかの理由で罪悪感を抱いていて、早くここから離れて貴族学校へ行きたいっていうなら、そんなのは気にしなくていい」
お父様の声が震えた。
「……パパは今までもこれからもアナが大事で大好きなんだ。可愛くて仕方ないんだ。今までアナを可愛くないって思ったときは一瞬たりともないんだよ。パパだけじゃない。家族みんながそう思っている」
は、と息を思わず息を飲んだ。精一杯我慢して、息を飲むだけでこらえた。
お父様は、多分……――。
気づいているのだ。愛する娘が「あの日」に変わってしまったことに。
それでも言わないで見守っていてくれる。変わっていたことに気づいて、「それでもいい」と言ってくれている。
アナスタシアであっても、なくても変わらず愛してくれている。
「お父様……」
「今はまだ決めなくて良い。変なことを話してしまって悪かったね、ゆっくりお休み」
そういってお父様は不器用な手つきで頭を撫でてくれた。
布団の中で私はぐるぐると考えた。
このまま、コルデー領で過ごせば私は家族にたくさん愛されて、そこそこ好きな人を見つけて、結婚して、ある程度幸せに生きていけるんだろう。
前世では知らなかった”家族愛”とやらを溢れるほど与えられて、誰もアナスタシアを傷つけない優しい世界で生きていく。とても魅力的で惹かれる生き方だ。
血なまぐさい戦場に戻ることもなく、宮中の魑魅魍魎共が跋扈する政治ゲームに巻き込まれることもない。
殿下の今を知ることは、必ずしも家族が望んでくれている幸せの形とは限らない。
「アナスタシア」にとっての幸せはコルデー領で生きることだ。
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