敬愛していた殿下に笑ってぶち殺されましたが、未だに敬愛が捨てきれないので皇帝となった陛下をそっと見守りたいと思います!※そっと見守れるとは言

スイカの種

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第二章

第10話【過去】命を燃やす魔法

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 ギルドマスターを見送ってひと心地つく。
 彼は騎士団がアリアナの身柄を引き受けた事に安堵していたようだった。
「アリアナ、君の身柄は一旦第三騎士団が引き受ける。ただ、これは一時的なものであって、正式な所属は君と部隊長の双方の同意の元決定される」
 アリアナは素直に頷いた。
 細かい意味はわかっていなかったが、自分の不利益にならないようにしてくれたのだということだけは分かった。
「疲れているだろうが、最後に君の魔力について知っておきたい。……事前に呼んでいたから、そろそろ来ると思うんだが――」
 エリオットの言葉の途中で扉が乱暴に開かれた。

「それで……何の用?」

 ドカドカと不機嫌な足音を響かせて、肩までの髪を無造作にまとめた人物が部屋に入ってくる。
 すみれ色の瞳に、くすんだ金髪。軽く引いたアイシャドウと、濃すぎない口紅が顔立ちに妙に映えている。
 騎士服の上から白衣を羽織っているが、整った顔立ちに対してガタイが良すぎてどこかアンバランスだ。

「モーリス、この子の魔力を確認してほしいんだ」

 エリオットが落ち着いた声で言うと、モーリスは「はああ!?」と叫んだ。「絶対に嫌」と全身で主張している。
 モーリスのキンキンとした声を受けてベンジャミンが耳を塞いだ。

「なぁんでアタシがこんなチビの魔力を?……計測器で十分でしょ。魔力鑑定はねぇ、そんな簡単にポイポイできるもんじゃないって殿下も知ってるわよね」
「わざわざ口にしなくても、お前の魔力が貧弱ってことはそのへんを歩く猫でも知ってる――うッ」
 毒を吐くベンジャミンの腹にモーリスからの重い一撃が飛んだ。耳を塞いでいたベンジャミンはノーガードで受けることになった。
 腹に響いたのは「ゴスンッ」という鈍い音。見てるだけで内臓が痛くなる音だった。

「……く、くそ……それでも殿下はお前が必要だから呼んだんだ」
「計測器が振り切れたんだよ。それで念のため、君に」

 二人の男たちに「お前が必要」と主張されて、モーリスの気は随分良くなったらしい。
 アリアナの眼の前にどっかりと座り、かってにベンジャミンのお茶を飲み始めた。

「名前」
「アリアナ・ブレメアです……」
「ブレメア、……ね。ま、いいわ、そんじゃ――」

 モーリスは右手をあげ、そのまま右目を隠すように添えた。
 部屋の空気が変わった。充満した魔力でぴりぴりと鼻先がひりつくように痺れる。

 それまで不満たらたらだったモーリスの表情から、嫌味も文句も消えた。
 すみれ色の瞳がアリアナの頭の先から爪先までを静かに見渡す。

「うーん、…………珍しいタイプね。コスト型」
『コスト型』エリオットとベンジャミンがどちらからともなく呟く。

「しかもこれ、命賭けてるわよこの子」
「命?」
「そう。血塗れの死神がスタンバってるもの。アタシ、初めて見たわこんなの」

 エリオットは思わず天を仰いだ。騎士団で彼女を引き受けたのは間違いだったのかもしれない。
 ただ、訓練もせず、補助も無しにワゴンを灰にできた理由の説明がこれでつく。

 ――魔法を発動するには、三つの基本動作が必要とされている。
 まず、体内を巡る魔力を意識し、特定の箇所に蓄えること。
 次に、それを外へと出力すること。
 そして最後に、「氷雪」や「温度操作」などの“方向性”を持たせて、魔力に意志を宿すこと。こうして世の中に「魔法」という現象が発生する。
 コスト型の魔法使いはこれらの三つの基本動作を、訓練無しで100%使いこなすことができる。
 必要となる大量の魔力は「命」というあまりに重い代償を支払っているからだ。

 文字通り、彼女はこれから騎士団で仕事をするたびに命を削るのだ。

「今、コスト型って第三騎士団に誰かいたっけ?」
「ガイがそうですね。ただ、アイツの代償は命に比べたら……――彼女の参考にはならないでしょうね」
「魔力の残りはまだ満タンって感じ。ほとんど魔法使ったこと無いわね」

 そこでモーリスは魔力鑑定を終え、机の上にあるお菓子に手をつけ始めた。
 額には汗が滲んでおり、短い時間の使用だというのに顔色が急速に悪くなった。おそらく、モーリスはしばらくの間、立てないだろう。
 そう、普通は「こう」なのだ。一度に大量の魔力を消費すれば誰だってこうなる。

「この子、騎士団所属って話が出てるんだけど」
「……やめときなさいよ。早死確定ルートじゃない。ブレメア家ってことは子爵家でしょ?家でテキトーにだらだらゴロゴロして親が決めた結婚相手とせいぜい幸せに過ごしたほうが良いわよ」
「そうも出来ない理由があるんだ。……君だって部下を欲しがってただろう」

 エリオットは残酷にもニッコリと笑った。
 モーリスはその笑顔を見てお菓子に伸ばしていた手を止めて、表情を引きつらせた。
「モーリスの初めての部下だ。可愛がってあげてね」
「拒否権は?」
「あると思う?……さて、アリアナに正式に紹介しよう。モーリスは、とある伯爵家の長男──」
 
 ごり、と。エリオットのつま先がモーリスのかかとに潰される。
 痛そうな音にアリアナは眉を潜めた。
「……第一子、だ」
「“性別”は他人が決めるものじゃないわ。アタシと一緒に働くなら覚えておいて」
「モーリスにも色々と事情があってね。生家とは距離を置いている。アリアナと境遇が似ているね」
「殿下、気を使わなくてもアタシが”こんなだから”伯爵家からは絶縁された。って素直に言ってくれていいわよ」

 モーリスの口元がゆがむ。さあ、笑え、とでも言うように。
 エリオットはモーリスの自虐を意に介さない様子で続けた。

「君と同じで、自分の選択で未来を掴んだ人間だ。きっと学ぶところが多くあるはずだよ」
 あら、とモーリスは恥ずかしさを隠すために自分の口元に手を添えた。

 エリオットはまず、アリアナに語りかけた。
「さて、明日からの予定だけど、騎士団見学のあとは自分の意見を淀みなく喋れるようになること。それが最優先。モーリスの言うことをしっかり聞くんだよ」
 そのあとはベンジャミンとモーリスをそれぞれ見ながら告げる。

「教育方針だけど、叱るのは良い。だけど暴力と怒鳴るのは駄目。まだ十二歳だから」
 じゅうにさい!?甲高い悲鳴が部屋にこだまする。
「十歳くらいにしか見えないわよ! ちょっとアンタ、もっと食べなさい」

 モーリスはアリアナも「訳アリ」であることを察したらしい。
 どうして幼い年齢で騎士団に入団する必要があるのか。その家庭環境を。

「さっき、いっぱいたべたので、もうだいじょうぶ」
「部屋に戻ってからも食べられるように持ち帰り用の袋を用意した。好きなだけ詰めて持って帰れ」
「アンタにしては珍しく気が効くわね~!」
「さっさと帰れ」

 モーリスとアリアナがお菓子を袋に詰める様子を見ながらエリオットはうーん、と腕を組む。

「この国の問題点だよねぇ。親に問題があっても未成年のうちは縁切れないの」

 あのねえ、とモーリスは途中まで言葉にしたが、それを飲み込んだ。
 踏み込んでほしくない領域、というのは誰にだってある。モーリスにも、アリアナにも、エリオットにだって。

「この子を不憫に思うなら殿下が皇帝陛下になって変える、というのが最速だと思うけど?」
 代わりに、モーリスはそんな捨て台詞を吐いて部屋から退出した。アリアナが慌ててあとに続く。

「さて、彼女、どうしようね?兄上二人は欲しがるだろうな……でも、兄上二人のもとで彼女が幸せになれるかな?」
「分かり切ったことを聞かないでください。殿下がどうやって女の子を口説くのか、楽しみにしていますよ」

 ***

「ねえ、モーリスさん」
「なによ、くだらない質問だったらぶっ飛ばすわよ」
「モーリスさんもやっぱり、結婚したくなくてお家から逃げてきたの?」
「はぁ?なによ、藪から棒に」
「だってモーリスさん、きれいだから……」

 アリアナはモーリスの”こんなだから”という発言を「男なのに女のなりをしているから」ではなく、「女なのに強気だから」と取ったらしい。
 彼女にとってモーリスは「きれいで勝ち気なお姉さん」なのだ。
 モーリスにとって雷で撃ち抜かれたような衝撃だった。
 胸がきゅっとして、息苦しくて、居心地が悪いような、もぞもぞとする。でも嫌な感覚ではない。
 他人から、打算でなく、お世辞でもなく「きれい」と言われるのはこんなにも心動かされることなのか。
 そんなモーリスの様子にも気づかず、彼女は自分のした質問を「くだらない質問だったのかもしれない」と恥じたようで、最後はうまく言葉にできなかった。

「ちょっとここで待ってなさい」

 すぱぁん!と景気の良い音を立ててドアが開く。
 ふー、とモーリスが息を吐く。
「殿下、ベンジャミン。アタシ、あの子を養子にするわ」
「モーリス、独身の君じゃ養子は取れないよ。”あの子を不憫に思うなら貴族の跡取りになってから養子をとるのが最短”……そう思わない?」

 普段モーリスに言い負かされてばかりだったので、久しぶりにやり返せてすっきりしたエリオットだった。
 モーリスはああいう小動物のような子どもが好きだと確信した配属だったが、どうやら合っていたようだ。
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