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愛情なんて無駄です
しおりを挟む「最近のルルアンナさん、本当に可愛くなりましたねー」
「え?」
ビスティさんがサンドイッチを頬張りながら私へ話しかける。昼休み、今日は珍しくビスティさんと二人で食堂へ来ていた。
「外見だけじゃなくて何て言うんですかね~。中身も穏やかになったっていうか。前は異論は認めない!って感じでキツーいお姉さんでしたけど、最近は周りからも評判良いみたいですよ~」
「……とりあえず、褒め言葉として受け取っておきます」
意識はしてないが、中身も変わったということだろうか。
そうだとすれば、全てウォルターさんのおかげだ。外見だけでなく、心も結婚相手を見つけるのに相応しいものになってきたということなのだろう。
けどそうなると、ウォルターさんから卒業する日も近いということになる。
それって嬉しいことなのだろうか。
いや、喜ばしいことに決まっている。父を喜ばせると言う当初の目標に一歩近づいたということなのだから。
でも何だろう。何かが胸に引っかかる。
「そんなに綺麗になって、誰か狙ってる人でもいるんですか~?」
ビスティさんがニヤニヤとなにかを期待するように笑っている。
「狙う……。不特定多数に受け入れられるように頑張っているだけです」
「うわっ、誰でも良い宣言出たっ!」
「誰でも良いというのは悪いことなのですか?」
「悪いって言うか……それで良いの?っていうか~」
ビスティさんがう~ん、と上空を見ながら歯切れ悪く呟く。
「じゃあルルアンナさんは、全然タイプじゃない人が目の前に来てもOKってことですか~?」
「タイプじゃないとは……?」
「えー! そこから説明させるんですか!」
「はい。よろしくお願いします」
ビスティさんはやれやれ、と肩をすくめて水を一杯飲む。
私の発言で不機嫌にさせてしまっただろうか、と少し心配したが、ビスティさんは全然気にした風はない。あっけらかんとした人だ。
「要は好みですよ。ルルアンナさんも少しはあるでしょ~? 背の高い人が良いとか、筋肉のある人が好きとか」
「……そういうの考えたことありません」
「ええ~~っ?! じゃあ本当に誰でも良いんですかぁ?!」
誰でも良い。結婚するのに、子供を作って父を喜ばせるのに、誰でも良いと思っているはずだ。
感情、まして愛情なんてものは物事を効率よく進めるのに邪魔になる。父が私の母だった人をずっと思い焦がれている状況ほど、哀れなものはない。それに、母も愛情を持ったせいで家を出て行った。
自分の欲しい結果を得るためなら、愛情、情なんて邪魔なだけで全く必要はない。
だから結婚だって愛のない方がスムーズに決まっている。仮にうまくいかなくなっても別れがスムーズだ。
「結婚に愛がある方が邪魔だと思うのですが」
「政略結婚ってやつですか~? 私そういうの嫌いです~」
「政略結婚とは少し違いますが……では、ビスティさんは愛情があった方が良いと」
「当たり前ですよ~~。この先何十年と一緒にいるのに、好きじゃない人と一緒にいてもつまらなくないですか~?」
「それなら別れれば良いのでは?」
「もう! そういうことじゃなくってぇ!」
ビスティさんがぷりぷりと怒り始める。
どこで彼女の逆鱗に触れたのか見当がつかず、すみません、とお辞儀して謝った。
「ルルアンナさん。何のために結婚するんですか~?」
「父のためです。孫が見たいと言うので、それで、」
「それってお父さんのために嫌々結婚するようなもんじゃないですかぁ。それってお父さん喜びます~?」
内実を知ったら父も顔をしかめるかもしれない。でも結婚して孫が生まれたという見かけさえ整えて幸せですよという振りでもすれば、父も幸せ、私も幸せで万々歳ではないだろうか。
やはりどこを切り取っても愛情なんて必要ない。
ビスティさんへ言い返そうとした瞬間、
「ルルアンナさん、すみませんちょっと」
男性の声がしてふと顔を上げる。名前はわからないが、確か騎士団に所属している男性の一人だと思い出す。
「あ~、行ってきたらどうです~? きっとデートのお誘いですよ~」
ビスティさんがつまらなそうに私を一瞥する。
デートのお誘い、そんな訳ないだろう。いくら外見や中身が変わったところで、すぐにそんな機会が得られるとは思えない。
しかも、ビスティさんとちょうど今、熱い討論を交わしていたというのに。急に中断されたものだから、ふぅ、とため息が漏れた。
「では、少し席を外します」
「はーい」
ビスティさんは相変わらず退屈そうな顔で、ひらひらと手を振った。
***
「あ、あの……」
私を呼び出した青年は先ほどからもじもじと何か言いにくそうにしている。
「何でしょうか」
時間の無駄になることは嫌いだ。
単刀直入に言えば良いのに。仕事の時間に差し障る。生粋のせっかちが私のお腹をむかむかさせる。
「あの、これを!」
「これは……花束?」
「僕と結婚を前提に付き合ってください!」
目の前に差し出された花束を渡されるままに受け取る。
花、束。理解するのにしばらく時間がかかった。私はなぜこれを受け取ったのだろう。あぁ、結婚を前提にということは、これがいわゆるプロポーズというものだ。
以前の私なら仕事中に余計な話をしないで、と突っぱねていたことだろう。そんなことしたら『何やってるんですかルルさん、折角の話が台無しじゃないですか!』ってウォルターさんに軽口で叱られるのだろう。
さすがに私も成長した。これがプロポーズだということぐらい、よくわかる。
ウォルターさんの叱る様を想像したら、ふふっと勝手に頬が緩んだ。
「ルルアンナさん、いま笑いました?」
目の前の青年が目を丸くして驚いている。
この青年と付き合うことになったら、きっとウォルターさんは、成長しましたねって褒めてくれて、男性に告白されたなんて聞いたら、きっと喜んでくれるはず。
不器用で地味だった私がウォルターさんのおかげで告白されるにまで至ったのだ。
でもなぜだろう。
ウォルターさんが喜ぶ姿を想像したら、胸がぎゅうっと締まるように痛くなってきた。
「返事は……OKってことでいいのかな?」
目の前の青年がそわそわとしながら私の返事を待っている。
待たせてしまうのはいけない。何よりも時間の無駄になるのはもったいない。早く返事をしなくては。
受け取った花束をくしゃりと手で強く握る。
早く返事をしなくては。結婚前提にということは、私のかねてからの目標へ渡りに船ではないか。彼と結婚して子供を作って、父を喜ばせるのが私の目標なのだ。ついに、ついにここまで来た。早く返事を、返事をしなくては。
「あ、あの……」
なぜでしょう、声が出てきません。
「あ、の…」
返事を、と思えば思うほど胸が苦しくなった。良かったですね、というウォルターさんの明るい笑顔が頭の中に浮かび上がると、心臓がぎゅっと痛くなってきて、私は思わず胸に手を当てる。
そしてその瞬間、つーっと頬を生暖かいものが伝って落ちて行った。
私の頬を涙が勝手に零れ落ちる。
「えっ、ルルアンナさん?! どうしたんですか?!」
花を渡してきた青年がおろおろと狼狽えている。当の私はというと、自分がなぜ涙を流したのか訳がわからずにそのまま呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「す、すみません」
自分の感情に追い付くことができずに思わず謝ると、ポンっと誰かが肩に手をかけてきた。
「ルルさん、何話してるんですか?」
聞き慣れた声、ウォルターさんの声が近くから聞こえる。
はっとして振り向くと、すぐ横に綺麗な顔の青年が来ていた。
にこにこといつもの人の良さそうな微笑を浮かべていたが、私が泣いているのに気が付くと、さーっと表情を変える。
「どうしました?! ルルさん!」
「あ、いえ、これはなんでも……」
「何かされたんですか?」
ウォルターさんが血相を変えて私に話しかけていると、青年は慌てたように言葉を告げた。
「あ、あの、返事はいつでも良いから。じゃあっ!」
風のように去って行く彼。今はただ頭が真っ白で何も考えられない。ただ呆然と去っていく青年の背中を眺めてしまった。
「大丈夫ですか?」
ウォルターさんが心配そうに私の顔を覗き込む。声音からも私を心配しているのがよく伝わる。
「だ、大丈夫です」
そう答えて私はウォルターさんに背を向ける。なぜ泣いてしまったんだろう。こんな格好悪いところは見られたくない。何となく決まりが悪くて、体を向けられない。
ウォルターさんが私の肩に触れようとする。
けど、私は顔を見られたくなくて、ぱっと肩を引いて思わず避けてしまった。
気まずい沈黙がしばらく流れる。
しばらく私がそうしていると、ウォルターさんの溜め息が背中から聞こえた。
「何してたんですか?」
問いかけに振り向くと、ウォルターさんは口元に笑みを浮かべていた。いつも人に見せている綺麗なにっこりとした笑み。
優しい笑みのはずなのに、ウォルターさんが何を考えているのかわからない。どこかピリピリしているような。
「あ、あの、花束…」
「あ、あー、花束! もしかして誰かからもらったんですか?」
目ざといウォルターさんなら、私が花束を持っていることぐらいすぐに気がつくはずなのに。どうしたんだろう。ちょっと様子がおかしい。
「はい、あの、告白をされました。それで、」
「駄目です」
ウォルターさんがきっぱりと告げる。目には力強い光がこもっている。
「えっ?」
「あ、あぁいや、あのさっき走ってった奴ですよね。あいつ碌でもないやつなんで、告白は断った方が良いです」
早口にウォルターさんが言った。少し憮然とした表情。でも相変わらず何を考えているのかわからずに、私は小首をかしげる。
「そう、なんですか?」
「ええ。絶対、駄目です」
にっこりと唇が弧を引いた。やっぱり笑顔が少し怖い。
「わ、わかりました。ウォルターさんがそう言うのならそうなのでしょう。お断りします」
ウォルターさんの剣幕に押されて頷く。
ただ何だかほっとしてしまった。これで、断る理由を考えなくて済むのだから。
「あっ」
「花束、捨てておきますね」
ウォルターさんは私から花束を奪い取ると、歩いて来た道を戻って行った。私はぽかん、とウォルターさんの後ろ姿を眺める。
何だったのだろう。
そして、私はなぜ涙を流してしまったのだろう。
自分の気持ちに驚く。これまで判断のつかない、割り切れない事柄があっただろうか。合理的、結婚と子供を目的にするのなら自分の気持ちなんて関係ないではないか。
どうしてあの青年の手を取らなかった。
私の気持ちなんて関係ない。
そもそも私の気持ちって、とそこまで考えた自分に愕然とする。
私、ウォルターさんのことが好きなんだ。
応援ありがとうございます!
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