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その方法は俺が嫌うもの

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 ルルさんが公爵邸へ引っ越してきてから1週間ほどが経とうとしていた。

 俺はかなり浮かれていた。
 ルルさんに好きだと言われた時、酔いもあったから冗談だと思っていたが、のちに本心だということを確認できた時は、本当に幸せ者だな、と柄にもなくそう思った。

 結婚を決めた時も、引っ越しをしてきた時も、ルルさんは相変わらず淡々としていたが、いつもより表情も穏やかで、彼女も喜んでくれていることがわかった。つい嬉しくて、ドレスやアクセサリーを大量に贈ってしまい、彼女を困惑させてしまったけれど、怒った様子ではないので受け入れてくれているのだとは思う。

 晴れて両想いになれたが、少し不安に思うこともある。
 彼女は非常に合理的で感情を挟んで決断しているところを見たことがない。仕事においてもそうだし、まして『子作りの方法を教えてください』なんていう意味のわからないお願いに関しても、一貫して合理主義を貫いていた。
 結婚と子作りという彼女の難題を解決するのに、一番の最短ルートが俺にお願いすることだと思ったのだろう。難なく女性と関係を持てる俺から見たら、なんて遠回りな、とは思わなくもないが。
 とにかく、彼女の近道が俺だった。

 その合理主義な彼女が、どうして感情任せに俺を選んだのだろう。これまで、恋愛なんて必要ない、と言わんばかりの態度の彼女が、プライドを曲げてまでどうして俺を。
 だけど、その信念を曲げてまで俺を選んでくれた、その事実がたまらなく嬉しい。それほどに俺を好いてくれていると思ったから。

 だから、純粋に彼女を信頼していた。



***




「ルルアンナさ~ん! 噂聞きましたよっ! ウォルターさんと婚約されたんですか?!」

 王城の中庭に甲高い声が響き渡る。この声は確か、ルルさんと同じ職場のビスティさんの声だ。
 彼女は良くも悪くも女性らしく、いつも一般の青年に好まれるような服装を着ている印象からも、恋愛が好きで、いつも男性を見定めているような女性だなという所感である。
 ルルさんが遠目に呼び止められているのが見える。

「そういうことになりました」

 ルルさんがはにかみながら答えている。あれは照れているな、と嬉しくて勝手に頬がにやける。

「も~~!! 早く言ってくださいよ~~!! どうなったかずっと気になってたんですっ!!」

 ビスティさんが大きな声で叫んでいる。自分とルルさんとの仲をそんな風に大きな声で話されると、なんだかむずがゆい。

 それしても、ルルさんとビスティさんが仲が良かったことに驚く。二人とも全然違うタイプの人間だから、勝手に馬が合わないだろうと思っていた。
 二人が顔を突き合わせて笑顔で話している。案外仲が良さそうだな、と勝手に安心する。
 ルルさんの非社交的な性格はこっちが見ててはらはらするものがある。とっつきづらい彼女と出会ってから、彼女の社交性の変化を間近で見てきた自分としては、仲の良い友人が一人でも居るのなら良かったな、と親の境地だ。

 遠目から見ているせいで、何を話しているのかよく聞こえない。二人の会話が気になって、そっと中庭の木の陰に隠れるようにして近づいた。

「もうっ! それは良いとして、やっぱりあれですか? ウォルターさんと飲んだんですか?」

 ビスティさんがルルさんに迫るように質問している。
 その言葉に思わずひやりとなった。俺と飲んだことを知っているのか。

「はい。お陰様でビスティさんのご指導の通りにやった所、成功しました」
「やっぱりー!! まぁ、ルルアンナさんは元が美人だからうまくいくと思ったんですよ~!!」

 二人は一体なんの話をしているのだろう。胸の鼓動が急に早くなってばくばくと煩いほどに鳴った。

「ありがとうございます。果たしてあのような小手先の振る舞いで上手くいくのかは半信半疑だったのですが、見事完遂できてよかったです」
「小手先って何か失礼なんですけどーっ! まぁ、成功したならそれで良いです。これで公爵家の跡取りゲットですね!」
「はい、ありがとうございました」

 頭を鈍器で殴られたかのように頭が思考停止して、途中から何を話しているのか理解できない程に気が動転してしまっていた。
 ご指導通りに。
 つまりはルルさんはあの日、酔っぱらって俺に愛を囁いたのは、全て演技だったということか。

 ルルさんとビスティさんが仲良く話しながら中庭から去って行く。俺はその姿をただ茫然としながら二人を眺めていた。

 中庭に取り残された俺は、ひとり木にもたれかかって上空の木から伸び茂る小枝を見上げる。

「はは……まさか」

 二人が去った後、ひとり呟いた。
 ルルさんはあの日演技をしていた。酔っぱらったフリをして、俺のことを好きだと言ったのか。

「一体何のために……」

 何のために演技をしたというのか。頭が混乱する中で、ぽつぽつとキーワードだけが頭の中に入っては消えていく。もしかして、いや本当に。信じたい気持ちと信じたくない気持ちが心の中で拮抗して、さきほどからせめぎ合っている。

「合理主義、結婚、指導、公爵家の跡取り……」

 一気に体がさーっと冷えて、俺は視点を定めることができない。

 演技をして好きだと言った理由は一つしかないだろう。俺を手に入れるためだ。
 どうして俺を手に入れたかったのか。
 結婚をしたかったから、『公爵家の跡取り』だったから。
 ばくばくと心臓がうるさく鳴りやまない中で、一つの正解へと導きだす。

 そうだ。彼女は感情を決して優先したりはしない。昔も今までもずっとそうだった。彼女の選択はいつでも冷静で、合理的で、効率的だ。だから結婚をするために効率的に、ビスティさんから『指導』してもらっていたということか。
 そして俺の大嫌いな肩書きの『公爵家の跡取り』を目当てにしていたということなのか。

 呆然として言葉を失う。

 彼女が結婚のために俺に近づいたのだとしたら、もしかして最初からそれが狙いだったのか。そうだとしたら、彼女の態度はすべて嘘だったのか。
 俺が愛した彼女は、すべてまやかしだったのか。
 
 これまで俺が寝てきた女たちは全て、俺の肩書きを愛していた。そんな空虚な関係に辟易し、ようやっと一人の女性を愛せると思ったのに。
 その愛した彼女が、俺の最も嫌う『肩書きのためなら手段を選ばない』選択をしていたなんて。

「……ははっ」

 乾いた笑いが漏れる。

「ルルさん……」

 俺はしばらくの間、木陰の下から空の見えない上空を見ていた。







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