このセカイで。

翠雨。

文字の大きさ
上 下
6 / 6
第二章 

第五話 入隊式まで

しおりを挟む
「で、柏どうだったの?」

「んー、なんか入隊式が四月にあるみたいだから来いって。詳細は手紙で、それが今週中に来るらしい」

 記憶探りが終わってから一週間後、柏の電話にフィルツィア歩兵部隊の本部から掛かってきた。

「そっかぁ」

「うん! ……今思うとさぁ、もしも入隊するのに難しい試験があって、それで落ちてたら今頃何してたんだろうなって不思議になる」

「確かにお前は赤点はしょっちゅうだったもんな」

 隣に座った柏をギュッと抱きしめ、そう呟く。

「でも別に落第とか留年がなかったからいいじゃん」

「まぁ、それはそうかもしれないけど」

「冷きゅんと巡り会えたことだけでも充分だよ」

 ニコッと無邪気に笑う柏が愛おしくて、思わず頬にキスをしてしまう。

「えへへ」

 柏も、俺の頬にキスをする。

    »†«

 キスされ、し返すというやり取りをしばらくの間やっていると、俺の電話が鳴った。

「ごめん、俺電話出るね」


 部屋から出、電話に出る。

「はい、冷徹です」

『こちらフィルツィア歩兵部隊の本部だ。冷徹で間違いないな?』

 この声、聞き覚えがあるような……。

「間違いないです」

『そうか。入隊式についてだが、詳細はこれから送られてくる手紙に書いてある。だいたいの予定は四月の中旬くらいだ』

「かしこまりました」

『……ところで、私をお前は覚えている?』

(やはり、か)

「覚えております。私の記憶探りを担当してくださったお方ですよね?」

 はぁ、と溜め息が溢れるのか聞こえる。

(俺なんかやらかしたか……?)

『君あんなにも生意気だったのにね。敬語とかやればできるじゃん』

「は、はぁ……」

『じゃ切るから』

 相手はそういうとプチッと切ってしまった。
 色々あって整理が追いつかないが、取りあえず部屋に戻る。

「どした? なんか長かったけど」

 心配そうな顔をした柏がソファーから降りて俺の隣にピタッとくっつく。

「大丈夫だよ、柏と同じことを言われただけだから」

「ホント……? なんかあったら僕に言ってね?」

 コクリと頷くと柏の頭を優しく撫でた。

    »†«

「じゃ、行ってきます」

 今は誰もいない家に挨拶をした。
 インフィニル専門校付属学校を卒業してから約一週間後————つまり今日、入隊式が行われる。

 歩いて、最寄り駅から電車でクリムゾン駅に行く。そしてそこから歩いて、ある喫茶店で柏と待ち合わせをしている。

「ここかな?」

 メモの通りに進むと、風情のある喫茶店の前に止まった。

「失礼しまーす……」

 古そうな扉を開け、中に入る。

「一名様ですね。ではこちらのカウンター席へどうぞ」

 案内された席に座り、コーヒーとクッキーを一つ頼む。

(なんだか物静かな喫茶店だな。今は俺一人みたいだ……)

「あ、冷きゅん」

 扉が開いた音がしたと思ったら柏が来た。

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、俺もさっき着いたばっかりだから大丈夫だよ」

「そっか。ありがとう」

 席に座った柏に、さっき俺が頼んだクッキーを差し出す。
 柏は「ありがとね」と言ってそこから一枚取って食べる。


「じゃ、行こっか」

「うん」

 お金を支払い、喫茶店を出る。

「ねね、なんか緊張しない?」

「俺は大丈夫だよ、柏がいるからね」

 ギュッと手を握って笑ってみせると、安心したようにほぅっと息を吐いた。

「これからお互い頑張ろうね」

「あぁ」

    »†«

「————では、第五十七回フィルツィア歩兵部隊入隊式を始める。全員、起立」

 バッと席に座っていた全員が立つ。

「礼」

 ただ一つ、凛とした声が響いた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...