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第Ⅰ部 第一章 性転の霹靂
TSヒロイン・前向き思考は難しいけれど
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「やらかちまった、やらかしちまった~」
思わずどぶ〇っくみたいなフレーズを呟いてしまったが、今すぐ逃げ出したい気分なのは本当だ。
「ショタに襲いかかる痴女(元男)……声に出せばやばさ爆発だな」
盛大に怒られるだろうなぁ。
もしかしたら追い出される可能性も……
いっそ、出会い頭に土下座……いや、土下潜りぐらいやれば許してくれるだろうか?
でも、何時までも布団の中でウダウダやってる訳にも行かない。こういうのは時間が経てば経つほど気まずくなるに決まってる。
「謝りにいこ……」
覚悟を決め、ため息交じりに部屋を出る。
「仕方ないですね。格闘技などをやると軽い興奮状態になりますし、ボクも初めて見ましたが、魔術連動により自我の齟齬が上手くとれずに暴走する事があると聞きます」
アルハンブラはそう言うと、以外にも困ったように苦笑いするだけだった。
めっちゃ怒られると思ったから、拍子抜けというか、何て言うか……
「それに」
「そ、それに?」
「ま、まぁ何て言うか、その、失礼ながら貴女はすでに女性として成熟期に入っていると思っていたものですから、失念していました」
最初何を言われたのかわからなかったが、どうやら俺は連日の運動やら魔法やらの練習で軽く興奮状態になっていた上に、男としては未知の経験を体験する事で感情まで不安定になっていたらしい。
まあ、運動なんかやってると起こる、ナチュラルハイだかランナーズハイだかって状況だろうか?
問題は、何時か来るんじゃないかと恐れていた事が、自分の身に起きてしまった事だ。
俺の気持ちとは裏腹にこの身体はどんどん女になっていく。
どうなるんだ……これから?
……落ち着け。
落ち着くんだ日野良!
小学校の通信簿でお前は6年間、落ち着きは無いが前向きなのが取り柄ですと書かれ続けた人間じゃないか、逆に考えろ!
生理になっちゃってもいいさ、男で体験できるなんて人類初の経験じゃないか、と!
……
…………
………………
厳しい、我ながら厳しい。
これじゃ前向きと言うより、もはや自暴自棄の領域だ。
俺が敬愛して止まない首に★の痣があるイギリス紳士一族の教えにあやかろうにも、この考え方には無理がありすぎる。
まさか自分自身をこんなにも持て余す事態に遭遇するなんて、想像した事も無いからどうしていいかわからない……
そんな感じで安静を促され数日が経過した。
「はぁ……」
寝ても覚めてもため息しか出ない。
これからどうすんべか。
ま、やることは決まってるんだ。強くなる、それしかないんだから。
幸いにもアルハンブラも寛大に許してくれたわけだし。
コンコンコン。
布団の中で悩んでいると、扉をノックする音かが聞こえてきた。
「入っても良いかな?」
「あ、うん、大丈夫」
「良かった、目を覚ましてたみたいだね。牛乳温めておいたよ」
穏やかな声音とともにアルハンブラが入ってくると、すぐに甘いミルクの香りが俺の鼻孔をくすぐる。
アルハンブラが椅子に腰を落とすとギシリと乾いた音が鳴った。
沈黙。
アルハンブラから優しくされたのに、何だかこれから落第通告でもされるみたいで緊張が俺の中を駆け巡る。
「あの……」
「大丈夫だよ。言ったでしょ? 怒ってないよ」
おずおずと話しかける俺の心情を察してくれたのか、アルハンブラが優しい声音で微笑みかけてくれた。
うきゅ~……可愛いじゃねぇか、この野郎……
何かわからねぇけど、身体の奥がキュンキュンしやがるぜ。
って、だから、お、落ち着けよ俺ッ!
俺は男で、アルハンブラのは見た事無いけど、たぶん付いてるはずだ。
絶対、ここが踏ん張りどこだと、俺の中の男が全力で警鐘を鳴らす。
ここから一歩でも進んでしまえば、あとは転がり落ちるみたいに止める事も出来ずに女としての自分を受け入れる気がするのだ。
「だから、そんな不安な顔しないで」
「あ、あうぅぅぅ……」
俺が不安に思っている事とは違う事をアルハンブラが想像しているのは確実だ。
それでも、ただ俺の不安を拭おうと考えてくれるのが、嬉しいやら恥ずかしいやら……
「それでさ、リョ……ウ」
「な、何?」
「キミの魔術の件だけど」
「才能がしおれきったウンコ以下だって言いたいんだろぅ。わかってるよ」
「いや、まあその表現はともかく。うん、確かにそれに近いレベルの事を思っていたのは本当だ。こいつエルフのくせにつっかえねぇーなーって」
「うわぉ、バッサリ!」
漫画的表現をしていたら、きっと俺は粉々になっていたんじゃないかなってレベルのショックを受ける。
「でも、今はその認識を少し改めるよ」
「え? それはもしかして俺には秘められた才能があるのか?」
「いや、それは飛躍した考えだ」
「何だろ、この落としてちょい上げしてまたたたき落とすみたいなSっぷりは」
「まあ、ちょっと聞いて。魔術って言うのは本来は男性よりも女性の方が適正値が高いんだよ。理由はよくわかってないんだけどね」
「わかってないの?」
「学者によっては『魔術の根源は産む力だから』って言ってる者もいるけど、明確な理由は不明だね。まあ、僕には興味が無いジャンルだから、研究や講釈はその分野の学者にでも任せておけば良い話さ」
実に投げやりな感じの言葉だが、この少年の本質を垣間見た気がする。
「とにもボクが言いたいのは、キミの魔力の話だ」
「俺の魔力……」
「そう、その……失礼な話だと重々承知の上で言うけど、キミの見た目……ようは肉体的には女性として成熟しているようだから失念していたんだ」
「エッチな目で見ていたって事だな」
「聞けよ!」
「ごめん、冗談だから。何もそんなに青筋たてんでもええやねん、真弓くん」
「誰だよ、真弓くんって。取り敢えず本題に戻すよ。ようは男子なら精通、女子なら初潮を迎えないと、体内の魔力循環が上手くいかなくて魔術が上手く使えないんだ」
「そう、なのか?」
「一般的には、ね」
「一般的?」
「ま、世の中には例外もあるってことさ」
所謂、天才というかぶっ壊れ能力というか、要はチート連中か。
アル君はまだ精通してなさ……
「おい、何考えてる?」
「なにも~。たぶん、アル君はチート持ちなんだろうなって思っただけ」
「チート? よくわからないけど、まあいいや。本題に戻るよ。キミの場合いくら記憶が飛んでいるにしても、たいした魔術も使ってないのに魔素酔いを起こすとかちょっとあり得ない事が起きてて、それでまったく適性が無いのかなって思ってたんだけど……そもそもが魔素の循環自体が上手くいってなかったんだ。完全にボクの失念だ、ごめん」
「あ、いや、こっちこそ、ごめん……」
アルハンブラは何も悪くない。
何せ、俺はそもそもがこっちの世界の人間ですら無く、女ですら無かったのだ。気付けと言ったって、そりゃ最初から無理な話だったんだ。
「それでね、改めてキミの体調が良くなったら、基礎的な事からだけど一からやり直そうと思うんだ。きっとそれが一番の近道なはずだから、ね」
念を押すように優しく告げられる。
年下のくせに! 年下のくせに! このイケショタめ!
うぅ、この世界で初めて出会ったのがアルハンブラで、本当に良かった……。
情けないけど、年下だけど頼れる人が居る。その安心感で俺の頬をまた、大粒の涙がこぼれて落ちていた。
そして、またしばらく時が流れた。
女って本当に凄いと思う。
正直、毎月あんな思いをしている思うと、男の俺からすれば恐怖でしか無い。
ええ、まともに動けるようになるまで四日もかかりましたよ。
その間の飯はぶっちゃけクソ不味かったけど、アルハンブラが甲斐甲斐しく手を貸してくれたのは嬉しかった。
ただ、ちょっと気になるのが、コイツ弱った女の扱いやけに手慣れてね? ってことだ。
ま、まぁ、アルハンブラがどこの誰と仲良かったとか、俺には別にどうでも良い話だけどな。
「集中してないみたいですが、かわさないと死にますよ」
凄まじい勢いのかかと落としが俺の眼前を走り抜け、視界のすみで地面がえぐれ吹き飛んだ。
や、やう゛ぇ~……俺の背中に冷たい物が走る。
今のまともに喰らってたら俺の頭は確実にスイカ割り状態だったぞ。
眼前に居るのは戦闘モード全開(それでも恐らくはだいぶ手加減してくれてるみたいだけど)のアルハンブラだ。
初潮を迎えたからと言って、正直、あれから劇的に魔術が上手くなったとかそんな都合の良い事は起こらなかった。
ただ、未熟者は未熟者なりに魔術がどんなものかは知覚出来る状態にまで成長出来たのは確かだった。
……男として、大切な何かを犠牲にしたけどな。
とにも、俺は師匠であるアルハンブラに向き不向きを選別してもらえる程度には認めてもらえたんだと思う。
それが現在の俺。
すなわち、魔術が使えないなら魔素循環のみで肉体を強化する魔拳士になれとの事だった。
簡単に言えば、近接してグーで殴れって事だ。
剣も魔術も使った事が無い人間がゼロから何かをはじめるよりも、扱い慣れた肉体で戦う方が楽なのは確かだ。
そして、アルハンブラの見立て通り、俺にはそっち方面の才能があるらしかった。
まあ、昔から姉貴からのボディタッチ攻撃をかわし続けたおかげかもしれない。
……認めたくはないが、姉貴には感謝である。
「ほら、また気が散漫になってるよ」
いつの間にか俺の懐に踏み込んでいたアルハンブラ。
その手が俺の身体にスッと伸びた瞬間、今まで覚えた事の無い戦慄が背筋を駆け抜けた。
この技、漫画で見た事ある! 確か、踏み込みと全身のひねりで爆発的な破壊力を生む……
「師として命令します。耐えなさい」
ッ!
刹那、俺は本能のみで持てる全魔素を両腕に集めクロスアームブロックの姿勢を作る。
が、そんな物はただの付け焼き刃。
それはまるで、豆腐でハンマーを、いや、豆腐でダンプカーを受け止めるような特大の無茶だった。
「あ、あんたはチンミか……」
俺は全身を凄まじい衝撃に襲われた事だけを知覚し、またも意識を失った。
………………
…………
……
そこは、目を覚ますとベッドの上だった。
直後の記憶はあるが、何が起きたのかまったく覚えていない。
「いッ! いででででで……」
起き上がろうとした瞬間に全身を襲った痛みと背中を走る打ち身のような激痛。
脳裏に突如蘇ってくる、アルハンブラの異常な攻撃力。
一歩間違えたら俺は全身挽肉状態だったんじゃ無かろうか?
挽肉ミンチマシーンに危うくチタタプされるところだったのかと思うとゾッとする。
「アルハンブラ……やっぱ強ぇ……」
思わず漏れた呟き。
だが、それは嫉妬でも悲観でも無かった。
俺の中からふつふつと湧き上がる感情。
それが何なのかはよくわからなかったが、アルハンブラがただ強いという事実が無性に誇らしく、
そして、妙に嬉しかった。
だけど……
「俺、ドMじゃないんだけどなぁ……」
そして、また自分の中に沸き起こる複雑な感情。
俺、元の世界に戻れても、普通の男子として生活できるんだろうか?
「う~……」
悩めば悩むほど、どうにもならない無限ループの思考が泥沼みたいに俺を捉えて放さない。
もぞもぞと布団の中に潜り込めば、アルハンブラの残り香と俺の香りが鼻孔をくすぐる……
「この身体、もしかしたらエルフじゃなくてサキュバスなんじゃねぇのか?」
いかん、どうにもならない事を考えても、思考のドツボにはまるだけだ。
「おりゃー!!」
なけなしの男力を振り絞り、気合いとともに立ち上がる。
全身を駆け巡る激痛の嵐。
「い、いだだだだだ」
冷たい脂汗が頬を伝い落ちる。
「お、おお、おおぅう……」
あまりの痛みに、前衛芸術ともJ〇J〇立ちとも見える立ち姿で身体が硬直した。
「何してるの?」
部屋に入ってきたアルハンブラの呆れたような目。
そりゃそうだ、気絶していた怪我人が常識の範囲を超えた関節の可動域で硬直していれば、呆れるか慌てるかのどっちかだろう。
でも、その目はお願いだからやめてほしい。
俺が姉貴に今までどんだけ冷たい対応をしていたのか思い出して心がえぐられる。
「まあ、チョットやり過ぎたけど元気みたいで良かった」
「貴男はアレをちょっとと言いますか?」
「強くなりたいんだろ?」
「そうだけどさ」
あかんこの男、可愛い顔してるけど基本ドSのスパルタだ。
「とりあえず、二日で動けるようになってね」
「お、おう……まかせとけ」
「うん、頼もしいね。あまり休まれたら家の雑務も溜まるしね」
「……あい」
「あと、それなりに動けるのが確認できたから、数日以内に実戦デビューをしようか」
「え?」
「あ、聞こえなかった? 実戦デビューしようって言ったんだよ」
「や、それは聞こえたけど……実戦って、あの実戦ってことかな?」
「うん、ニュアンス的にはあってると思うよその実戦で。まあ実戦って言っても低脳種を相手にするぐらいだから、今まで教えてきた事をきちんと踏まえて丁寧に向き合えば苦戦する事はないはずだよ」
すげぇー良い笑顔であっさりと説明してくれた。
でも、低脳種って逆を言えば加減もわからない、くれいじーなもんすたーって事だよな?
それは安全と言えるのか?
メチャクチャ危険じゃ無いのか?
だけど、アルハンブラの世話になって早一ヶ月以上。
ここらで本気でこの世界で生きていけるのか実証しないと、一生何も出来ないままな気がする。
何よりもここで期待に応えないのは、こんな正体もわからない怪しい俺を世話してくれたアルハンブラに申し訳ないってもんだ。
そうだよ、これこそ応えないと男が廃るってもんさ!
「わかったよ! 任せてくれ! 必ず師匠の試練乗り越えてみせるぜ!」
「うん、良い返事だ。頑張れ」
それはアルハンブラの素直な応援だった。
今までダメダメだった俺を信じて応援してくれる。
それが嬉しくて、どこかむずがゆくて。
だけど、それに浮かれた俺は、気が付かなかった。
アルハンブラの声音に潜む確かな闇と苦悩を……
俺は、この時の自分自身の未熟さを、いや、自分自身の愚かさを絶対に忘れない……
思わずどぶ〇っくみたいなフレーズを呟いてしまったが、今すぐ逃げ出したい気分なのは本当だ。
「ショタに襲いかかる痴女(元男)……声に出せばやばさ爆発だな」
盛大に怒られるだろうなぁ。
もしかしたら追い出される可能性も……
いっそ、出会い頭に土下座……いや、土下潜りぐらいやれば許してくれるだろうか?
でも、何時までも布団の中でウダウダやってる訳にも行かない。こういうのは時間が経てば経つほど気まずくなるに決まってる。
「謝りにいこ……」
覚悟を決め、ため息交じりに部屋を出る。
「仕方ないですね。格闘技などをやると軽い興奮状態になりますし、ボクも初めて見ましたが、魔術連動により自我の齟齬が上手くとれずに暴走する事があると聞きます」
アルハンブラはそう言うと、以外にも困ったように苦笑いするだけだった。
めっちゃ怒られると思ったから、拍子抜けというか、何て言うか……
「それに」
「そ、それに?」
「ま、まぁ何て言うか、その、失礼ながら貴女はすでに女性として成熟期に入っていると思っていたものですから、失念していました」
最初何を言われたのかわからなかったが、どうやら俺は連日の運動やら魔法やらの練習で軽く興奮状態になっていた上に、男としては未知の経験を体験する事で感情まで不安定になっていたらしい。
まあ、運動なんかやってると起こる、ナチュラルハイだかランナーズハイだかって状況だろうか?
問題は、何時か来るんじゃないかと恐れていた事が、自分の身に起きてしまった事だ。
俺の気持ちとは裏腹にこの身体はどんどん女になっていく。
どうなるんだ……これから?
……落ち着け。
落ち着くんだ日野良!
小学校の通信簿でお前は6年間、落ち着きは無いが前向きなのが取り柄ですと書かれ続けた人間じゃないか、逆に考えろ!
生理になっちゃってもいいさ、男で体験できるなんて人類初の経験じゃないか、と!
……
…………
………………
厳しい、我ながら厳しい。
これじゃ前向きと言うより、もはや自暴自棄の領域だ。
俺が敬愛して止まない首に★の痣があるイギリス紳士一族の教えにあやかろうにも、この考え方には無理がありすぎる。
まさか自分自身をこんなにも持て余す事態に遭遇するなんて、想像した事も無いからどうしていいかわからない……
そんな感じで安静を促され数日が経過した。
「はぁ……」
寝ても覚めてもため息しか出ない。
これからどうすんべか。
ま、やることは決まってるんだ。強くなる、それしかないんだから。
幸いにもアルハンブラも寛大に許してくれたわけだし。
コンコンコン。
布団の中で悩んでいると、扉をノックする音かが聞こえてきた。
「入っても良いかな?」
「あ、うん、大丈夫」
「良かった、目を覚ましてたみたいだね。牛乳温めておいたよ」
穏やかな声音とともにアルハンブラが入ってくると、すぐに甘いミルクの香りが俺の鼻孔をくすぐる。
アルハンブラが椅子に腰を落とすとギシリと乾いた音が鳴った。
沈黙。
アルハンブラから優しくされたのに、何だかこれから落第通告でもされるみたいで緊張が俺の中を駆け巡る。
「あの……」
「大丈夫だよ。言ったでしょ? 怒ってないよ」
おずおずと話しかける俺の心情を察してくれたのか、アルハンブラが優しい声音で微笑みかけてくれた。
うきゅ~……可愛いじゃねぇか、この野郎……
何かわからねぇけど、身体の奥がキュンキュンしやがるぜ。
って、だから、お、落ち着けよ俺ッ!
俺は男で、アルハンブラのは見た事無いけど、たぶん付いてるはずだ。
絶対、ここが踏ん張りどこだと、俺の中の男が全力で警鐘を鳴らす。
ここから一歩でも進んでしまえば、あとは転がり落ちるみたいに止める事も出来ずに女としての自分を受け入れる気がするのだ。
「だから、そんな不安な顔しないで」
「あ、あうぅぅぅ……」
俺が不安に思っている事とは違う事をアルハンブラが想像しているのは確実だ。
それでも、ただ俺の不安を拭おうと考えてくれるのが、嬉しいやら恥ずかしいやら……
「それでさ、リョ……ウ」
「な、何?」
「キミの魔術の件だけど」
「才能がしおれきったウンコ以下だって言いたいんだろぅ。わかってるよ」
「いや、まあその表現はともかく。うん、確かにそれに近いレベルの事を思っていたのは本当だ。こいつエルフのくせにつっかえねぇーなーって」
「うわぉ、バッサリ!」
漫画的表現をしていたら、きっと俺は粉々になっていたんじゃないかなってレベルのショックを受ける。
「でも、今はその認識を少し改めるよ」
「え? それはもしかして俺には秘められた才能があるのか?」
「いや、それは飛躍した考えだ」
「何だろ、この落としてちょい上げしてまたたたき落とすみたいなSっぷりは」
「まあ、ちょっと聞いて。魔術って言うのは本来は男性よりも女性の方が適正値が高いんだよ。理由はよくわかってないんだけどね」
「わかってないの?」
「学者によっては『魔術の根源は産む力だから』って言ってる者もいるけど、明確な理由は不明だね。まあ、僕には興味が無いジャンルだから、研究や講釈はその分野の学者にでも任せておけば良い話さ」
実に投げやりな感じの言葉だが、この少年の本質を垣間見た気がする。
「とにもボクが言いたいのは、キミの魔力の話だ」
「俺の魔力……」
「そう、その……失礼な話だと重々承知の上で言うけど、キミの見た目……ようは肉体的には女性として成熟しているようだから失念していたんだ」
「エッチな目で見ていたって事だな」
「聞けよ!」
「ごめん、冗談だから。何もそんなに青筋たてんでもええやねん、真弓くん」
「誰だよ、真弓くんって。取り敢えず本題に戻すよ。ようは男子なら精通、女子なら初潮を迎えないと、体内の魔力循環が上手くいかなくて魔術が上手く使えないんだ」
「そう、なのか?」
「一般的には、ね」
「一般的?」
「ま、世の中には例外もあるってことさ」
所謂、天才というかぶっ壊れ能力というか、要はチート連中か。
アル君はまだ精通してなさ……
「おい、何考えてる?」
「なにも~。たぶん、アル君はチート持ちなんだろうなって思っただけ」
「チート? よくわからないけど、まあいいや。本題に戻るよ。キミの場合いくら記憶が飛んでいるにしても、たいした魔術も使ってないのに魔素酔いを起こすとかちょっとあり得ない事が起きてて、それでまったく適性が無いのかなって思ってたんだけど……そもそもが魔素の循環自体が上手くいってなかったんだ。完全にボクの失念だ、ごめん」
「あ、いや、こっちこそ、ごめん……」
アルハンブラは何も悪くない。
何せ、俺はそもそもがこっちの世界の人間ですら無く、女ですら無かったのだ。気付けと言ったって、そりゃ最初から無理な話だったんだ。
「それでね、改めてキミの体調が良くなったら、基礎的な事からだけど一からやり直そうと思うんだ。きっとそれが一番の近道なはずだから、ね」
念を押すように優しく告げられる。
年下のくせに! 年下のくせに! このイケショタめ!
うぅ、この世界で初めて出会ったのがアルハンブラで、本当に良かった……。
情けないけど、年下だけど頼れる人が居る。その安心感で俺の頬をまた、大粒の涙がこぼれて落ちていた。
そして、またしばらく時が流れた。
女って本当に凄いと思う。
正直、毎月あんな思いをしている思うと、男の俺からすれば恐怖でしか無い。
ええ、まともに動けるようになるまで四日もかかりましたよ。
その間の飯はぶっちゃけクソ不味かったけど、アルハンブラが甲斐甲斐しく手を貸してくれたのは嬉しかった。
ただ、ちょっと気になるのが、コイツ弱った女の扱いやけに手慣れてね? ってことだ。
ま、まぁ、アルハンブラがどこの誰と仲良かったとか、俺には別にどうでも良い話だけどな。
「集中してないみたいですが、かわさないと死にますよ」
凄まじい勢いのかかと落としが俺の眼前を走り抜け、視界のすみで地面がえぐれ吹き飛んだ。
や、やう゛ぇ~……俺の背中に冷たい物が走る。
今のまともに喰らってたら俺の頭は確実にスイカ割り状態だったぞ。
眼前に居るのは戦闘モード全開(それでも恐らくはだいぶ手加減してくれてるみたいだけど)のアルハンブラだ。
初潮を迎えたからと言って、正直、あれから劇的に魔術が上手くなったとかそんな都合の良い事は起こらなかった。
ただ、未熟者は未熟者なりに魔術がどんなものかは知覚出来る状態にまで成長出来たのは確かだった。
……男として、大切な何かを犠牲にしたけどな。
とにも、俺は師匠であるアルハンブラに向き不向きを選別してもらえる程度には認めてもらえたんだと思う。
それが現在の俺。
すなわち、魔術が使えないなら魔素循環のみで肉体を強化する魔拳士になれとの事だった。
簡単に言えば、近接してグーで殴れって事だ。
剣も魔術も使った事が無い人間がゼロから何かをはじめるよりも、扱い慣れた肉体で戦う方が楽なのは確かだ。
そして、アルハンブラの見立て通り、俺にはそっち方面の才能があるらしかった。
まあ、昔から姉貴からのボディタッチ攻撃をかわし続けたおかげかもしれない。
……認めたくはないが、姉貴には感謝である。
「ほら、また気が散漫になってるよ」
いつの間にか俺の懐に踏み込んでいたアルハンブラ。
その手が俺の身体にスッと伸びた瞬間、今まで覚えた事の無い戦慄が背筋を駆け抜けた。
この技、漫画で見た事ある! 確か、踏み込みと全身のひねりで爆発的な破壊力を生む……
「師として命令します。耐えなさい」
ッ!
刹那、俺は本能のみで持てる全魔素を両腕に集めクロスアームブロックの姿勢を作る。
が、そんな物はただの付け焼き刃。
それはまるで、豆腐でハンマーを、いや、豆腐でダンプカーを受け止めるような特大の無茶だった。
「あ、あんたはチンミか……」
俺は全身を凄まじい衝撃に襲われた事だけを知覚し、またも意識を失った。
………………
…………
……
そこは、目を覚ますとベッドの上だった。
直後の記憶はあるが、何が起きたのかまったく覚えていない。
「いッ! いででででで……」
起き上がろうとした瞬間に全身を襲った痛みと背中を走る打ち身のような激痛。
脳裏に突如蘇ってくる、アルハンブラの異常な攻撃力。
一歩間違えたら俺は全身挽肉状態だったんじゃ無かろうか?
挽肉ミンチマシーンに危うくチタタプされるところだったのかと思うとゾッとする。
「アルハンブラ……やっぱ強ぇ……」
思わず漏れた呟き。
だが、それは嫉妬でも悲観でも無かった。
俺の中からふつふつと湧き上がる感情。
それが何なのかはよくわからなかったが、アルハンブラがただ強いという事実が無性に誇らしく、
そして、妙に嬉しかった。
だけど……
「俺、ドMじゃないんだけどなぁ……」
そして、また自分の中に沸き起こる複雑な感情。
俺、元の世界に戻れても、普通の男子として生活できるんだろうか?
「う~……」
悩めば悩むほど、どうにもならない無限ループの思考が泥沼みたいに俺を捉えて放さない。
もぞもぞと布団の中に潜り込めば、アルハンブラの残り香と俺の香りが鼻孔をくすぐる……
「この身体、もしかしたらエルフじゃなくてサキュバスなんじゃねぇのか?」
いかん、どうにもならない事を考えても、思考のドツボにはまるだけだ。
「おりゃー!!」
なけなしの男力を振り絞り、気合いとともに立ち上がる。
全身を駆け巡る激痛の嵐。
「い、いだだだだだ」
冷たい脂汗が頬を伝い落ちる。
「お、おお、おおぅう……」
あまりの痛みに、前衛芸術ともJ〇J〇立ちとも見える立ち姿で身体が硬直した。
「何してるの?」
部屋に入ってきたアルハンブラの呆れたような目。
そりゃそうだ、気絶していた怪我人が常識の範囲を超えた関節の可動域で硬直していれば、呆れるか慌てるかのどっちかだろう。
でも、その目はお願いだからやめてほしい。
俺が姉貴に今までどんだけ冷たい対応をしていたのか思い出して心がえぐられる。
「まあ、チョットやり過ぎたけど元気みたいで良かった」
「貴男はアレをちょっとと言いますか?」
「強くなりたいんだろ?」
「そうだけどさ」
あかんこの男、可愛い顔してるけど基本ドSのスパルタだ。
「とりあえず、二日で動けるようになってね」
「お、おう……まかせとけ」
「うん、頼もしいね。あまり休まれたら家の雑務も溜まるしね」
「……あい」
「あと、それなりに動けるのが確認できたから、数日以内に実戦デビューをしようか」
「え?」
「あ、聞こえなかった? 実戦デビューしようって言ったんだよ」
「や、それは聞こえたけど……実戦って、あの実戦ってことかな?」
「うん、ニュアンス的にはあってると思うよその実戦で。まあ実戦って言っても低脳種を相手にするぐらいだから、今まで教えてきた事をきちんと踏まえて丁寧に向き合えば苦戦する事はないはずだよ」
すげぇー良い笑顔であっさりと説明してくれた。
でも、低脳種って逆を言えば加減もわからない、くれいじーなもんすたーって事だよな?
それは安全と言えるのか?
メチャクチャ危険じゃ無いのか?
だけど、アルハンブラの世話になって早一ヶ月以上。
ここらで本気でこの世界で生きていけるのか実証しないと、一生何も出来ないままな気がする。
何よりもここで期待に応えないのは、こんな正体もわからない怪しい俺を世話してくれたアルハンブラに申し訳ないってもんだ。
そうだよ、これこそ応えないと男が廃るってもんさ!
「わかったよ! 任せてくれ! 必ず師匠の試練乗り越えてみせるぜ!」
「うん、良い返事だ。頑張れ」
それはアルハンブラの素直な応援だった。
今までダメダメだった俺を信じて応援してくれる。
それが嬉しくて、どこかむずがゆくて。
だけど、それに浮かれた俺は、気が付かなかった。
アルハンブラの声音に潜む確かな闇と苦悩を……
俺は、この時の自分自身の未熟さを、いや、自分自身の愚かさを絶対に忘れない……
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しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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