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第二章――少女の生霊――
第一節【西の村1】
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カルラが【始まりの杖】の枝を手に入れてから、数刻が経過していた。
二人は予定通り西の村に向かって歩みを続けていた。
「なぁ、じいさん。この枝、俺が持ってていいのかい? じいさんの奥さんなんだろう?」
カルラは右手に握りしめた枝を、隣を歩くローレンツに見せるように掲げた。
歩みを止めぬまま、ローレンツは首を横に動かし、カルラの言葉を否定する。
「ダメなんじゃ。言ったじゃろう? 【始まりの杖】は魔力の高い魔法使いを襲い、魔力を奪い、枝に変えてしまったと。わしがもしその枝に触れれば、たちまち魔力を吸い上げられてしまう」
「え!? 俺は大丈夫なのか!? 危ないもんなら、捨てた方がいいかな?」
「おいおい……さっき自分でその枝はわしの妻の化身だと言っていたじゃろうが。魔力の持たぬカルラが持っている分には問題ない。それに、カルラにはその枝を持つ利益もあるのだぞ?」
「え……? 俺が枝を持つ利益? なんだよそれ? 教えてくれよ!」
カルラは手にした枝を振り回しながら、ローレンツに説明を求めた。
勢いがつき過ぎた枝の先が、ローレンツの肩を叩く。
その瞬間、ローレンツは顔を歪め、小さな声を漏らした。
「あ! ご、ごめんよ! じいさん。大丈夫か!?」
カルラは慌てて枝を後ろに隠し、心配そうな顔をローレンツに向ける。
そんなカルラにローレンツは無理に作った笑顔で答えた。
「大丈夫じゃ。しかし、次からはちょっと気を付けておくれ」
「ごめんよ。じいさん。痛いのか?」
「いや……痛くはない。うまく伝わるか分からんが、どっと疲れが襲ってきた感じじゃ」
そう言うとローレンツは足を止め、その場どかりと腰をおろした。
いつの間にか地面との間には、以前見た不思議な座り心地の布が敷かれている。
「ふぅ……折った枝でこれか。少し触れただけだったから良かったが、根に繋がったままの枝では、ひとたまりもないの」
「やっぱり大丈夫じゃないんじゃないか。じいさん。ほんとごめんよ……やっぱり、この枝、捨てちゃった方がいいんじゃないか?」
泣きそうな顔をしながらカルラは座り込んだローレンツに向かって言う。
しかし、ローレンツは首を横に振った。
「大丈夫だというに。少し疲れただけじゃ。なに、わしは他の者より多くの魔力をこの身に宿しているから。それにカルラも歩き通しで疲れたじゃろう。お前は魔力が無いのだから人よりも疲れやすいはずじゃ。ほれ、そこに座りなさい」
ローレンツが指さした先には、ローレンツと同じ綺麗な布が置かれていた。
カルラは相変わらずのローレンツの不思議さに、内心興奮していた。
物語の中でしか聞いたことのない魔法使い。
人の世に栄華を築き上げ、祝福をもたらした素晴らしき人たち。
ローレンツと会うまでは、この世界に止まない酸の雨が現れたのと同じ時期に全員姿を消した、という知識しかカルラは持っていなかった。
その魔法使いが目の前に居る。
しかも実際に会ってから、不思議な力を何度も見せてくれているのだ。
酸の雨に濡れない魔法。
『異形』になった羊を葬り去った火の玉。
どこからともなく取り出される、座り心地の良く絶対に破れないという綺麗な布。
カルラは高揚しながら、布に腰掛けた。
「あぁ。やっぱりこの布は不思議だなぁ。こんなに薄っぺらいのに、まるでお尻が痛くない。これはじいさんが作ったって言ったね。どうやって作ったんだい?」
「うん? なに、すこーし難しい話になるが、聞きたいか?」
「うん! 聞きたい!!」
勢いよく答えたカルラに、ローレンツは長い髭を撫でながら嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、そうか。では、休憩している間に話してやろう。まずは魔法の道具を作るには素材選びが重要じゃ」
「うん、うん。素材が重要なんだね」
「その布は魔法が幾重にもかかっていると前にいったな? 複数の魔法を留めるにはそれぞれにあった材質を選ばなければならないんじゃ。まずはマノニトの繭から紡いだ糸、カラカッサの木の樹皮、オタダイラの毛、ポタンシャンの髭、他にもいくつかの素材が使われておる」
「ま……マノイト……カラサッサ……お……オ……?」
ローレンツの口から次々と繰り出される聞き慣れない単語に、カルラはすでに目を白黒させていた。
そんなカルラの様子に気付かず、ローレンツは説明を続ける。
「マノニト、カラカッサ、オタダイラじゃ。それらの素材を使って布を織るのじゃが、その前に重要な下拵えが必要なんじゃ。マノニトの糸は手触りが良いが熱に弱い。耐性を付けるためにサラマンドラの血に一晩漬ける。時間が長過ぎても短過ぎてもダメなんじゃな。この塩梅が難しい」
「サラ……サラ……」
「カラカッサの樹皮から得られる繊維は丈夫だがそのままでは他の素材と混じりが悪い。混じりを良くするために、マーライムの粘液をかける」
「マー……あ! じいさん! なんかこの布が座り心地が良かったせいか、疲れがもう吹き飛んじゃったよ! 西の村を目指すんだろ? さぁ! 行こうよ!」
カルラはすくっと立ち上がると、ローレンツの返事を待たずに歩き出してしまった。
「なんじゃ、なんじゃ。まだ始めたばっかりだというに。まぁ、よい。元気になったのなら村へ向かうとしようか」
遠い昔、弟子たちに教えを与えていた時を思い出していたローレンツであったが、やおら立ち上がると布を消し去る。
先を行くカルラはローレンツが後を追って来てるのを確認し、歩調を合わせた。
しばらくして、二人は目的地である西の村の入り口へとたどり着いた。
二人は予定通り西の村に向かって歩みを続けていた。
「なぁ、じいさん。この枝、俺が持ってていいのかい? じいさんの奥さんなんだろう?」
カルラは右手に握りしめた枝を、隣を歩くローレンツに見せるように掲げた。
歩みを止めぬまま、ローレンツは首を横に動かし、カルラの言葉を否定する。
「ダメなんじゃ。言ったじゃろう? 【始まりの杖】は魔力の高い魔法使いを襲い、魔力を奪い、枝に変えてしまったと。わしがもしその枝に触れれば、たちまち魔力を吸い上げられてしまう」
「え!? 俺は大丈夫なのか!? 危ないもんなら、捨てた方がいいかな?」
「おいおい……さっき自分でその枝はわしの妻の化身だと言っていたじゃろうが。魔力の持たぬカルラが持っている分には問題ない。それに、カルラにはその枝を持つ利益もあるのだぞ?」
「え……? 俺が枝を持つ利益? なんだよそれ? 教えてくれよ!」
カルラは手にした枝を振り回しながら、ローレンツに説明を求めた。
勢いがつき過ぎた枝の先が、ローレンツの肩を叩く。
その瞬間、ローレンツは顔を歪め、小さな声を漏らした。
「あ! ご、ごめんよ! じいさん。大丈夫か!?」
カルラは慌てて枝を後ろに隠し、心配そうな顔をローレンツに向ける。
そんなカルラにローレンツは無理に作った笑顔で答えた。
「大丈夫じゃ。しかし、次からはちょっと気を付けておくれ」
「ごめんよ。じいさん。痛いのか?」
「いや……痛くはない。うまく伝わるか分からんが、どっと疲れが襲ってきた感じじゃ」
そう言うとローレンツは足を止め、その場どかりと腰をおろした。
いつの間にか地面との間には、以前見た不思議な座り心地の布が敷かれている。
「ふぅ……折った枝でこれか。少し触れただけだったから良かったが、根に繋がったままの枝では、ひとたまりもないの」
「やっぱり大丈夫じゃないんじゃないか。じいさん。ほんとごめんよ……やっぱり、この枝、捨てちゃった方がいいんじゃないか?」
泣きそうな顔をしながらカルラは座り込んだローレンツに向かって言う。
しかし、ローレンツは首を横に振った。
「大丈夫だというに。少し疲れただけじゃ。なに、わしは他の者より多くの魔力をこの身に宿しているから。それにカルラも歩き通しで疲れたじゃろう。お前は魔力が無いのだから人よりも疲れやすいはずじゃ。ほれ、そこに座りなさい」
ローレンツが指さした先には、ローレンツと同じ綺麗な布が置かれていた。
カルラは相変わらずのローレンツの不思議さに、内心興奮していた。
物語の中でしか聞いたことのない魔法使い。
人の世に栄華を築き上げ、祝福をもたらした素晴らしき人たち。
ローレンツと会うまでは、この世界に止まない酸の雨が現れたのと同じ時期に全員姿を消した、という知識しかカルラは持っていなかった。
その魔法使いが目の前に居る。
しかも実際に会ってから、不思議な力を何度も見せてくれているのだ。
酸の雨に濡れない魔法。
『異形』になった羊を葬り去った火の玉。
どこからともなく取り出される、座り心地の良く絶対に破れないという綺麗な布。
カルラは高揚しながら、布に腰掛けた。
「あぁ。やっぱりこの布は不思議だなぁ。こんなに薄っぺらいのに、まるでお尻が痛くない。これはじいさんが作ったって言ったね。どうやって作ったんだい?」
「うん? なに、すこーし難しい話になるが、聞きたいか?」
「うん! 聞きたい!!」
勢いよく答えたカルラに、ローレンツは長い髭を撫でながら嬉しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、そうか。では、休憩している間に話してやろう。まずは魔法の道具を作るには素材選びが重要じゃ」
「うん、うん。素材が重要なんだね」
「その布は魔法が幾重にもかかっていると前にいったな? 複数の魔法を留めるにはそれぞれにあった材質を選ばなければならないんじゃ。まずはマノニトの繭から紡いだ糸、カラカッサの木の樹皮、オタダイラの毛、ポタンシャンの髭、他にもいくつかの素材が使われておる」
「ま……マノイト……カラサッサ……お……オ……?」
ローレンツの口から次々と繰り出される聞き慣れない単語に、カルラはすでに目を白黒させていた。
そんなカルラの様子に気付かず、ローレンツは説明を続ける。
「マノニト、カラカッサ、オタダイラじゃ。それらの素材を使って布を織るのじゃが、その前に重要な下拵えが必要なんじゃ。マノニトの糸は手触りが良いが熱に弱い。耐性を付けるためにサラマンドラの血に一晩漬ける。時間が長過ぎても短過ぎてもダメなんじゃな。この塩梅が難しい」
「サラ……サラ……」
「カラカッサの樹皮から得られる繊維は丈夫だがそのままでは他の素材と混じりが悪い。混じりを良くするために、マーライムの粘液をかける」
「マー……あ! じいさん! なんかこの布が座り心地が良かったせいか、疲れがもう吹き飛んじゃったよ! 西の村を目指すんだろ? さぁ! 行こうよ!」
カルラはすくっと立ち上がると、ローレンツの返事を待たずに歩き出してしまった。
「なんじゃ、なんじゃ。まだ始めたばっかりだというに。まぁ、よい。元気になったのなら村へ向かうとしようか」
遠い昔、弟子たちに教えを与えていた時を思い出していたローレンツであったが、やおら立ち上がると布を消し去る。
先を行くカルラはローレンツが後を追って来てるのを確認し、歩調を合わせた。
しばらくして、二人は目的地である西の村の入り口へとたどり着いた。
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