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第十一章
第一話
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「ああっ! もう!」
鬼平は自分が落としたばかりの、土が被さって、枯草にまみれた、口が結ばれたビニール袋をトングでもう一度持ち上げた。中には何かが入っているようだが、別に見たくもなかった。そのまま持っているゴミ袋に投げ入れる。
“掃除”とは便利な言葉だと思った。ゴミ拾いも掃除、箒で落ち葉を集めるのも、玄関の砂利をどかすのも掃除、窓を拭くのも掃除、厄介な生徒の言うことを聞かせるのも、“掃除”……。
鬼平は最後に思いついた皮肉に笑った。なんだ、自分も“掃除”させられていたのだ……。そして額の汗を拭うと、周囲にゴミがないか目を光らせた。
「源はたいした奴だ。社会のゴミをこうやって再利用しているんだから」
鬼平は自分の口から出たあまりにも辛辣な言葉に自分で驚いたが、もう取り返しがつかなかった。自分の言葉に自分で傷つきながら、ゴミ拾いを続けた。利用されているのをわかっていながら、なぜかやめようとは思わなかった。それが不思議だった。自分でも知らなかったが、ゴミ拾いはそこまで嫌いではないのかもしれない、と思った。
鬼平は丸められたティッシュを見つけ、トングで掴み袋に入れた。
「ごくろうさん。ちゃんと言ったとおりにゴミを集めてくれたようだね。ありがとう」
溜まったゴミを捨てようとゴミ捨て場で作業をしていると、後ろから足音がして、源に声をかけられた。鬼平は先生に向かって頭を下げる。最初にここで道具を受け取ってから時間が経ち、もう日もだいぶ傾いていた。
「本当に申し訳ない。ちょっと作業が長引いて」
源はそう言って、手のひらを鬼平に向けた。鬼平は先生が何をしようとしているのかわからなかった。ぼーっとしてその様子を髪の隙間から眺めていると、先生はトングに手を伸ばし、鬼平は慌てて渡した。先生は鬼平の道具を受け取り、手際よく片付けていく。
正直、いつまで経っても源が来なかったし、裏切られた気がして、もう背中も痛み出していたので帰ろうとしていたのだが……。まあいい、と鬼平は思い直した。
「今日はもうこれで終わりにしよう。悪いことをしたね。ごくろうさま」
心の中で何度も罵倒していた源からねぎらいの言葉をもらい、鬼平は混乱していた。まだ、源に対しての反抗心が消えてはいなかったが、それをわざわざ表現しようとも思わなかった。
次の日、前日の失態を反省した先生が思いついたのは、鬼平と源が一緒に掃除する、という、鬼平にとってなんともはた迷惑なアイデアだった。しかもそれは校舎内外問わずで、鬼平がゴミを捨てる時以外、一時も先生から自由になる時間がない、という徹底ぶりだった。
これにはさすがに鬼平もうんざりした。こんなことなら、昨日の方がはるかにましだったと、思った。昨日の帰り際の屈託のない笑顔を見て、源先生っていい人なのかも、と思った自分を恨んだ。想定通り悪い先生の方が楽だった。それならサボっても罪悪感など生まれようがない。
「そっちの床を、これで拭いてくれ」
源が鬼平に雑巾を渡す。鬼平は雑巾を受け取り、間の抜けた顔で床を拭く。その顔が白い廊下に反射して、薄っすら見えた。――情けない顔。鬼平は自分の顔を見てそう思った。――これじゃ、誰かの言いなりになって当然だ。
二人は今、なぜか、源が担任する教室の掃除をしていた。掃除は、すでにこのクラスの生徒がしているはずなのに、どうして自分がこんなことを、と鬼平は床を磨きながら思う。
だがそれは汚れを擦って落としている間に、どうでもよくなった。その後雑巾を絞っている時には、自分よりも、なぜ源がここの掃除をしているんだろう、という疑問の方が大きくなっていた。業者も入っているし、別にそこの担任が掃除しなければならないルールなんてないはずのだ。
と言っても……鬼平は昨日見た校舎周りの空き缶やビニール袋などを思い出し、今擦っている床の汚れを見た。まあ仕事はあるようだが。鬼平はもう一度床を擦った。
鬼平は自分が落としたばかりの、土が被さって、枯草にまみれた、口が結ばれたビニール袋をトングでもう一度持ち上げた。中には何かが入っているようだが、別に見たくもなかった。そのまま持っているゴミ袋に投げ入れる。
“掃除”とは便利な言葉だと思った。ゴミ拾いも掃除、箒で落ち葉を集めるのも、玄関の砂利をどかすのも掃除、窓を拭くのも掃除、厄介な生徒の言うことを聞かせるのも、“掃除”……。
鬼平は最後に思いついた皮肉に笑った。なんだ、自分も“掃除”させられていたのだ……。そして額の汗を拭うと、周囲にゴミがないか目を光らせた。
「源はたいした奴だ。社会のゴミをこうやって再利用しているんだから」
鬼平は自分の口から出たあまりにも辛辣な言葉に自分で驚いたが、もう取り返しがつかなかった。自分の言葉に自分で傷つきながら、ゴミ拾いを続けた。利用されているのをわかっていながら、なぜかやめようとは思わなかった。それが不思議だった。自分でも知らなかったが、ゴミ拾いはそこまで嫌いではないのかもしれない、と思った。
鬼平は丸められたティッシュを見つけ、トングで掴み袋に入れた。
「ごくろうさん。ちゃんと言ったとおりにゴミを集めてくれたようだね。ありがとう」
溜まったゴミを捨てようとゴミ捨て場で作業をしていると、後ろから足音がして、源に声をかけられた。鬼平は先生に向かって頭を下げる。最初にここで道具を受け取ってから時間が経ち、もう日もだいぶ傾いていた。
「本当に申し訳ない。ちょっと作業が長引いて」
源はそう言って、手のひらを鬼平に向けた。鬼平は先生が何をしようとしているのかわからなかった。ぼーっとしてその様子を髪の隙間から眺めていると、先生はトングに手を伸ばし、鬼平は慌てて渡した。先生は鬼平の道具を受け取り、手際よく片付けていく。
正直、いつまで経っても源が来なかったし、裏切られた気がして、もう背中も痛み出していたので帰ろうとしていたのだが……。まあいい、と鬼平は思い直した。
「今日はもうこれで終わりにしよう。悪いことをしたね。ごくろうさま」
心の中で何度も罵倒していた源からねぎらいの言葉をもらい、鬼平は混乱していた。まだ、源に対しての反抗心が消えてはいなかったが、それをわざわざ表現しようとも思わなかった。
次の日、前日の失態を反省した先生が思いついたのは、鬼平と源が一緒に掃除する、という、鬼平にとってなんともはた迷惑なアイデアだった。しかもそれは校舎内外問わずで、鬼平がゴミを捨てる時以外、一時も先生から自由になる時間がない、という徹底ぶりだった。
これにはさすがに鬼平もうんざりした。こんなことなら、昨日の方がはるかにましだったと、思った。昨日の帰り際の屈託のない笑顔を見て、源先生っていい人なのかも、と思った自分を恨んだ。想定通り悪い先生の方が楽だった。それならサボっても罪悪感など生まれようがない。
「そっちの床を、これで拭いてくれ」
源が鬼平に雑巾を渡す。鬼平は雑巾を受け取り、間の抜けた顔で床を拭く。その顔が白い廊下に反射して、薄っすら見えた。――情けない顔。鬼平は自分の顔を見てそう思った。――これじゃ、誰かの言いなりになって当然だ。
二人は今、なぜか、源が担任する教室の掃除をしていた。掃除は、すでにこのクラスの生徒がしているはずなのに、どうして自分がこんなことを、と鬼平は床を磨きながら思う。
だがそれは汚れを擦って落としている間に、どうでもよくなった。その後雑巾を絞っている時には、自分よりも、なぜ源がここの掃除をしているんだろう、という疑問の方が大きくなっていた。業者も入っているし、別にそこの担任が掃除しなければならないルールなんてないはずのだ。
と言っても……鬼平は昨日見た校舎周りの空き缶やビニール袋などを思い出し、今擦っている床の汚れを見た。まあ仕事はあるようだが。鬼平はもう一度床を擦った。
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