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第十五章
第一話
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こうして改めて、智香と百川は鬼平を間に挟んで再会した。二人は初め、お互いを見て笑っていた。それはすぐに、ギラギラと照り付けるような敵意に変わった。二人の間には、相変わらず仲良く話し合う空気などなかったし、手を取り合うつもりも、もちろんなさそうだった。
「ちょうどよかった、百川さん、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
智香は、先手こそ大事だというように果敢に切り込んでいった。百川は、その自信満々な態度が気に食わなかった。自分の自信が少し揺らいだのを感じた。だが、智香の横にいた、このぼさぼさ頭の、みすぼらしく肩を縮こませていた鬼平の存在が彼女に自信をもたらした。百川は思い切り口を吊り上げて、威勢よく声をあげた。
「あたしが素直に答えると思う? あんたに教えて、何の得があるわけ?」
智香は百川を射貫くように見つめた。
「なんでそんなに怒っているの? なにか、気に触るようなことでも言った? まあ、答えたくないなら、別にいいよ。でも、言っておくけど、あなたがしようとしていることなんて全部わかってるから」
百川の目が細くなり、不敵に笑った。
「何言ってんの? あんた、頭おかしいの?」
「あなたって、自分が何をしているのかも、わからないんだろうね」
百川は唸り声を出していた。
「ちょっとさあ、さっきから何言ってんの? 感じ悪いし、何言ってんのかわかんない。もっとはっきり言えば?」
「別に。ただ感じの悪い人の話」
「はあ?」
それを最後に、しばらく二人は黙り込んだ。百川は智香が何を言いたのかまったくわからなかったし、智香も自分がこの会話で何を試みたのかわからなかった。智香は、どうしようもなく空回りしている自分を自覚し、下唇を噛んだ。
そして、百川はその隙をついた。百川はどん欲に視線を横に滑らせ、鬼平を見てから言った。
「あんたって、こういうのが好みなんだ」
「は?」
百川は智香の感情が揺れ動いたのを読み取って、にやりとした。
「三國先生を捨ててまで、こんなのと付き合いたかってことでしょ? ちょっとどうかと思うよ、それ」
智香の気持ちは重く沈み込んだ。
「呆れた。あのさあ、どうしてそういう話になるわけ?」
百川は笑うのをやめなかった。だが彼女はまだ満足していなかった。百川は、もっと決定的な瞬間が見たかった。智香が壊れる瞬間を。百川は鬼平を見て、大げさに語りかけた。
「ねえ、今の聞いた? あんたとは付き合いたくないってさ」
「そんなこと言ってない!」
智香が急いで否定すると、百川はますます愉快そうに笑った。そして続けた。
「じゃあ、あんたたち、ここで何の話をしていたわけ?」
智香は大きなため息をついた。
「あなたに言うつもりはない」
「ほらね? 言えないことを話してたんでしょ」
「どうして、あなたも他のみんなも、同じようなことを言うの? 違うって言ってるのに絶対に信じない。何を言っても聞かないんだ」
智香はうんざりしながら言った。百川はその意味はわからなかったが、とにかく智香が不快感を覚えているなら何でもよかった。
「最近、あんたがこいつと一緒にいるっていう噂は本当だったんだ」
「だから何? 私が誰と喋っても別に自由でしょ?」
百川は智香を無視して続けた。
「そんなのなんかの間違いだと思ったけどねぇ」
「あっそ!」
智香はとうとう、我慢できなくなった。今になってようやく、そこから離れようと思った。顔を真っ赤にしながら、対話をしてどうにかしようと甘い考えを抱いていた自分に憤っていた。――自分の周りにいるのはこんな人間ばかりだ、智香は失望しながら歩き出す。
それを見て、百川はほくそ笑んだ。だが、百川はまだ満足していなかった。
「ねえ、鈴本さん。あなたにいつもくっついてた、大切なお友達はどこいったの?」
その言葉が、歩き出していた智香の足を止めた。振り返って、悪魔みたいな笑いを浮かべている百川の顔を見た時、彼女が、本当はこれを言うためにここに来たのだと気付いた。
「あんたって鈍いよね。友達のことも何も知らないんだ。それともそんなに仲良くないの?」
「なに?」
智香は目を細めた。
「知らないみたいだからついでに教えてあげる。ちょっと前にね、あんたのお友達があたしのところに顔を真っ赤にして来たの、知ってる? 知らない? そう。あのね、あの子、何を言いに来たのかと思ったら、あんたに謝れって言うのね。ノートを盗ったとかなんとかってさ。笑っちゃった。あたし、何にもしてないのに謝る必要なんてなくない? それにさ、あたし、あたしより可愛くない人に何言われても平気なんだよね。そんな馬鹿なことするわけないでしょって言ってやったんだけど、しつこくて。あんまりしつこいから、ちょっと色々、アドバイスをさせてもらったってわけ。そしたらあの子、固まっちゃってさ。この世の終わりみたいな顔してさ。それから学校に来てないって聞いて、笑っちゃった。そんなに効く? って。痩せる努力もできないような自分が悪いんじゃんって」
智香はもはや、何も言えなかった。百川が何を言っているのかよくわからなかったが、やがて自分を悩ませてきた真相を彼女が喋っているのだとわかると、その悪意は彼女の中で波紋を広げて、確実に蝕んでいった。智香の頭は怒りで真っ白になった。声が出なくなったような気がした。震えながらも、なんとか出した声は、自分の声だと思えないくらいに枯れていた。
「麻由里に、何を言ったの?」
百川は目を細めた。
「別に? たいしたこと言ってない。ただちょっと、ボンレスハムみたいな脚だね、とか、あんたみたいなのなんて言うか知ってる? って言っただけ? あたし別に悪くなくない? 本当のこと言っただけだもん」
百川は、そこで急に、自信満々に、自分の脚を見せつけるように片足を一歩前に突き出した。智香は、どうすればいいのか何もわからなかった。ただ、その脚を一瞥すると、こう言った。
「……死にかけの鳥の脚」
「は?」
百川の顔が歪んだ。
「死にかけの鳥の脚みたいって言ったの。……本当のことでしょ?」
智香は、わざわざ言い直したが、それはもう一度自分を傷つけただけだった。
「はあ? あのねえ」
百川は苛立って言い返そうとして、智香が動きだしたのを見てやめた。
そして、横を通り過ぎた智香の充血した目を見て、百川はついに自分が追い求めていたものが形となって現れたのがわかり、彼女はうっとりとしながらそれを見た。
さらにその後、智香の鼻をすする音を聞いて、百川はそれを美しい音楽のように聞きほれ、ますます気持ちよさそうに笑った。
智香は走って、そこから去った。
その間、鬼平はというと、彼はその一部始終を見ていながら、何もできずにいた。そこにいなかったのも同然のように呆然と、智香が泣いて去っていったのを見て、彼女を追うこともできず、足は木のように動かなかった。
それは、百川が鬼平を完全に無視して、満足そうにそこから離れていってもそうだった。
鬼平の頭の中で、今さっきまで起きていたことが、何度も繰り返し再演されては、消えていった。鬼平は、力、勇気、機転、それらすべてが自分にはないことを痛感し、その悲しみを表すような言葉がないことに、打ちひしがれていた。
「ちょうどよかった、百川さん、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
智香は、先手こそ大事だというように果敢に切り込んでいった。百川は、その自信満々な態度が気に食わなかった。自分の自信が少し揺らいだのを感じた。だが、智香の横にいた、このぼさぼさ頭の、みすぼらしく肩を縮こませていた鬼平の存在が彼女に自信をもたらした。百川は思い切り口を吊り上げて、威勢よく声をあげた。
「あたしが素直に答えると思う? あんたに教えて、何の得があるわけ?」
智香は百川を射貫くように見つめた。
「なんでそんなに怒っているの? なにか、気に触るようなことでも言った? まあ、答えたくないなら、別にいいよ。でも、言っておくけど、あなたがしようとしていることなんて全部わかってるから」
百川の目が細くなり、不敵に笑った。
「何言ってんの? あんた、頭おかしいの?」
「あなたって、自分が何をしているのかも、わからないんだろうね」
百川は唸り声を出していた。
「ちょっとさあ、さっきから何言ってんの? 感じ悪いし、何言ってんのかわかんない。もっとはっきり言えば?」
「別に。ただ感じの悪い人の話」
「はあ?」
それを最後に、しばらく二人は黙り込んだ。百川は智香が何を言いたのかまったくわからなかったし、智香も自分がこの会話で何を試みたのかわからなかった。智香は、どうしようもなく空回りしている自分を自覚し、下唇を噛んだ。
そして、百川はその隙をついた。百川はどん欲に視線を横に滑らせ、鬼平を見てから言った。
「あんたって、こういうのが好みなんだ」
「は?」
百川は智香の感情が揺れ動いたのを読み取って、にやりとした。
「三國先生を捨ててまで、こんなのと付き合いたかってことでしょ? ちょっとどうかと思うよ、それ」
智香の気持ちは重く沈み込んだ。
「呆れた。あのさあ、どうしてそういう話になるわけ?」
百川は笑うのをやめなかった。だが彼女はまだ満足していなかった。百川は、もっと決定的な瞬間が見たかった。智香が壊れる瞬間を。百川は鬼平を見て、大げさに語りかけた。
「ねえ、今の聞いた? あんたとは付き合いたくないってさ」
「そんなこと言ってない!」
智香が急いで否定すると、百川はますます愉快そうに笑った。そして続けた。
「じゃあ、あんたたち、ここで何の話をしていたわけ?」
智香は大きなため息をついた。
「あなたに言うつもりはない」
「ほらね? 言えないことを話してたんでしょ」
「どうして、あなたも他のみんなも、同じようなことを言うの? 違うって言ってるのに絶対に信じない。何を言っても聞かないんだ」
智香はうんざりしながら言った。百川はその意味はわからなかったが、とにかく智香が不快感を覚えているなら何でもよかった。
「最近、あんたがこいつと一緒にいるっていう噂は本当だったんだ」
「だから何? 私が誰と喋っても別に自由でしょ?」
百川は智香を無視して続けた。
「そんなのなんかの間違いだと思ったけどねぇ」
「あっそ!」
智香はとうとう、我慢できなくなった。今になってようやく、そこから離れようと思った。顔を真っ赤にしながら、対話をしてどうにかしようと甘い考えを抱いていた自分に憤っていた。――自分の周りにいるのはこんな人間ばかりだ、智香は失望しながら歩き出す。
それを見て、百川はほくそ笑んだ。だが、百川はまだ満足していなかった。
「ねえ、鈴本さん。あなたにいつもくっついてた、大切なお友達はどこいったの?」
その言葉が、歩き出していた智香の足を止めた。振り返って、悪魔みたいな笑いを浮かべている百川の顔を見た時、彼女が、本当はこれを言うためにここに来たのだと気付いた。
「あんたって鈍いよね。友達のことも何も知らないんだ。それともそんなに仲良くないの?」
「なに?」
智香は目を細めた。
「知らないみたいだからついでに教えてあげる。ちょっと前にね、あんたのお友達があたしのところに顔を真っ赤にして来たの、知ってる? 知らない? そう。あのね、あの子、何を言いに来たのかと思ったら、あんたに謝れって言うのね。ノートを盗ったとかなんとかってさ。笑っちゃった。あたし、何にもしてないのに謝る必要なんてなくない? それにさ、あたし、あたしより可愛くない人に何言われても平気なんだよね。そんな馬鹿なことするわけないでしょって言ってやったんだけど、しつこくて。あんまりしつこいから、ちょっと色々、アドバイスをさせてもらったってわけ。そしたらあの子、固まっちゃってさ。この世の終わりみたいな顔してさ。それから学校に来てないって聞いて、笑っちゃった。そんなに効く? って。痩せる努力もできないような自分が悪いんじゃんって」
智香はもはや、何も言えなかった。百川が何を言っているのかよくわからなかったが、やがて自分を悩ませてきた真相を彼女が喋っているのだとわかると、その悪意は彼女の中で波紋を広げて、確実に蝕んでいった。智香の頭は怒りで真っ白になった。声が出なくなったような気がした。震えながらも、なんとか出した声は、自分の声だと思えないくらいに枯れていた。
「麻由里に、何を言ったの?」
百川は目を細めた。
「別に? たいしたこと言ってない。ただちょっと、ボンレスハムみたいな脚だね、とか、あんたみたいなのなんて言うか知ってる? って言っただけ? あたし別に悪くなくない? 本当のこと言っただけだもん」
百川は、そこで急に、自信満々に、自分の脚を見せつけるように片足を一歩前に突き出した。智香は、どうすればいいのか何もわからなかった。ただ、その脚を一瞥すると、こう言った。
「……死にかけの鳥の脚」
「は?」
百川の顔が歪んだ。
「死にかけの鳥の脚みたいって言ったの。……本当のことでしょ?」
智香は、わざわざ言い直したが、それはもう一度自分を傷つけただけだった。
「はあ? あのねえ」
百川は苛立って言い返そうとして、智香が動きだしたのを見てやめた。
そして、横を通り過ぎた智香の充血した目を見て、百川はついに自分が追い求めていたものが形となって現れたのがわかり、彼女はうっとりとしながらそれを見た。
さらにその後、智香の鼻をすする音を聞いて、百川はそれを美しい音楽のように聞きほれ、ますます気持ちよさそうに笑った。
智香は走って、そこから去った。
その間、鬼平はというと、彼はその一部始終を見ていながら、何もできずにいた。そこにいなかったのも同然のように呆然と、智香が泣いて去っていったのを見て、彼女を追うこともできず、足は木のように動かなかった。
それは、百川が鬼平を完全に無視して、満足そうにそこから離れていってもそうだった。
鬼平の頭の中で、今さっきまで起きていたことが、何度も繰り返し再演されては、消えていった。鬼平は、力、勇気、機転、それらすべてが自分にはないことを痛感し、その悲しみを表すような言葉がないことに、打ちひしがれていた。
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