びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

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第十九章

第一話

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 勉強机の前に座って、智香はびんを回していた。横には硬貨を吐き出して軽くなった彼女の財布がある。鬼平からは、千九百五十五円でびんを買った。これが本物なら安い買い物なのかもしれないが、偽物ならそれなりの痛手だ。とにかく、これで財布に残っていた小銭はすべてなくなり、代わりに、「びんの悪魔」を手に入れたのだ。

 智香はびんを回しながら、願い事を考えていた。もう、びんの力を殊更に否定するようなことはしない。びんが偽物だと疑ってもいない。正確には、その力がどこまで及ぶのか、対価はどうなるのか懸念していたが、これが本物の「びんの悪魔」であるという確信は持っていた。

 鬼平からびんを買ってから、智香はすぐにこの商品が不良品ではないことを証明しようとした。戸惑う鬼平をよそに、びんを見ながらこう提案したのだ。

「あのさ、別に鬼平くんを疑っているわけじゃないけど、一応、これが本物だって確かめたいから、このびん、持って帰ってくれない? お金は先に払うからさ」

 智香にとってそれは最後の賭けだった。「びんの悪魔」なんていない。そんな力もない。自分の培った常識と、鬼平が智香を騙しているのかどうかを見極めるための、最後の勝負。

 結果的に、智香は賭けに負けた。鬼平は嘘をついてなどいなかった。このびんは本物だった。鬼平と別れて数分後、何も持っていなかったはずの智香は、その手にびんを持っていた。――びんが知らぬ間に手に飛び込んできたのだ。

「やっぱり無理」

 智香はびんを机の上に置いたまま、願いが思い浮かばず、ベッドに倒れ込み枕に顔を埋めた。視界が消えて、いくつもの顔が浮かんでは消えていった。麻由里、百川千花、三國修司、鬼平、お母さん、そして、もうずっと会っていないお父さん……。

「麻由里は、お金って言ってたっけ? でもお金を望んで、どうなるのか、恐ろしくて言えたもんじゃない。あんな風に言えるのは、手に入らないってわかってる時だけ」

 仰向けになって、前髪を整えながら智香は呟いた。

「私、何を望んでいるんだろう。どんな願いなら、許されるんだろう……」

 しばらくの間、その答えを探して考えていた。せっかくこの力を手にしたから、なるべく上手く使いたいと考えていたが、どれも大きすぎるか、小さすぎるかで、いい案は何も浮かばなかった。が、それだと一向にびんの力がわからないので、一応、ちょっとした願いを言ってみた。

 しばらく何も起きなかった。そのままそこに横になり、智香は、部屋の向こうから聞こえてきた物音で、ベッドから起き上がり、時計を見た。びんを置いたまま、――願いもそのままに部屋を出ると、廊下を歩き、リビングに向かった。キッチンではワイシャツの袖をまくったお母さんが夕飯の準備をしていた。その横に行きながら智香は冷蔵庫を開け、麦茶を取ろうとして見慣れない物を見つけて止まった。智香が帰って来た時にはなかった白い箱がビニールに包まれて置かれている。

「あれ? これ、どうしたの?」

 智香は、なるべくいつも通りを装いながら聞いた。

「ああ、なんかね、ほら駅前のケーキ屋さん、あそこで買ってきたの」

 智香のお母さんはコンロに乗ったカレーをかき混ぜながら言った。

「ふうん」

 智香は興味のない振りをして、麦茶だけ取って冷蔵庫を閉めた。水切りかごからコップを取り、そこに麦茶を注ぐ。

「ケーキ?」

「うん」

 智香はコップを持って歩き、リビングの机に置いた。

「どうして買ってきたの?」

 お母さんは笑った。

「何? いけなかった? 好きでしょ?」

「いつもは買わないじゃん」

「買う時だってあるでしょ?」

「お母さん」

「何?」

 智香のお母さんは不審に思って手を止め、智香を見た。

「今日さ、えっと、ついさっきとかに、何か、変なことなかった?」

「なに? どうしたの? 別に、何もないけど?」

 智香のお母さんは笑いながら答えると、すぐに作業に戻った。

「そう、ならいいけど」

「変な子」

 智香はテーブルの横の椅子に座って、風に揺れるカーテンを眺めていた。銀の刺繍の花柄の入った、真っ白なカーテンだった。両親にショッピングモールに連れていかれて智香が選んだカーテンだった。その帰り、智香は二人が離婚することを知った。智香はよく、このカーテンの対価が、父だったのだと、それが馬鹿馬鹿しい考えだと思いながらも考えることがあった。

「今日ね、ケーキを食べたいって思ったから」

「へーえ、そうなの、」

 お母さんはカレーライスを持ってきた。

「それは偶然ね」

 
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