45 / 62
第二十六章
第三話
しおりを挟む
「ごめん。ちょっと言い過ぎたかも、もう忘れて。でもね、こんなこと、今更なんだけど、私は自分が見た記憶もあなたが見た記憶も偽物だとは思ってない。それはね、びんが見せたからってわけじゃなくて、あの傷と、痛みは偽物なんかじゃないって思ったからなの。あれは、同情されるべき記憶だと思う。でもね、だからって彼らを許す気になったわけでもない。あの人達が私にしたことは消えないからね。それにね、さっきは言ってなかったけど三國の奴、私と百川以外にも手をだしていたの。それが誰なのかまでは、ちょっと私にはわからなかったけど、その記憶が見えた。まあでも、こんなことになるなら、見なくてもよかったのかもね。私の考えていることは間違っていなかったわけだし。何か変わった、と言えば、もし機会があれば、私たちが見たものが本当だったのか、聞こうっていう気になったことかな。ううん、それは嘘かも。あいつらが本気で答えてくれるとは思えない……し」
智香は鬼平をちらと見た。鬼平は相変わらず手元を見つめて、口を開く様子を見せなかった。智香は少し喋り疲れて、肩を落とした。智香は時計を見て、立ち上がった。
「もう行かないとね。長々喋っちゃってごめんね。福田先生に無理言って時間作ってもらったし。あ、鬼平くんの荷物は、そっちにあるから」
智香は足もとにあった鞄を手に持った。鬼平は指を差された方を見て、自分の鞄があるのを確認した。振り返った時、もう智香は鞄を肩に掛け、帰る準備ができていた。
「じゃあ、私帰るね。鬼平くん、もう大丈夫そうだし。……それに私、あなたに迷惑かけちゃって、これ以上合わせる顔ないよ」
智香は寂しそうに笑い、鬼平から視線を外した。
――行ってしまう。言わないと。でもどうやって伝えればいい? それにもし言えば、智香が自分を責めるかもしれない。こんなこと、嘘だと思うかもしれない。それでも智香なら、鬼平の言葉を信じてくれる気がしていた。鬼平の心はざわつき、真っ二つに引き裂かれていた。
「……じゃあ、また」
智香が言って、カーテンに手をかけた。
「あ! あの……」
声が出てしまった。何かを考えて、それが出るかどうか吟味する前に。
「何? どうしたの?」
半身をカーテンの向こう側に置いたまま、智香が振り返る。その顔を見て、鬼平は覚悟を決める。
「ほ、本当は見た、んだ。じ、自分の記憶。二人の記憶の後に、見えてきた」
智香は、すぐに、どういう記憶? と聞こうと思ったが、できなかった。彼女は、鬼平の追い詰められたような表情に気付いて、今は聞くことに専念した方がいいとわかって、黙った。
鬼平はもう言葉にすることを躊躇しなかった。だが、それはいつもよりもずっと、言葉にし辛かった。さっき見たはずの記憶だったが、もう彼の奥底に向かって、消えたがっていた。鬼平は震えながら、ゆっくりとそれを言葉にし始めた。
「昔……ぼ、僕のお父さん。が、あ、あの、」
始め、智香は、無表情で鬼平の話を聞いていた。何があっても動揺せずに、最後まで黙って聞くつもりだった。だが、その後鬼平が言った言葉で、すぐにそこに語られようとしている内容の異常性に気付いて、その意識は消えてしまった。
「僕がシャワーを……あ、浴びてる時……そ、そこに、は、入ってきた、そ、それで、……ぼ、僕に……」
それを聞いた時、智香は彼の身に何が起きたのか理解し、目を見開き、苦虫を噛み潰したような顔になった。
鬼平は、それを見て、さらにこれから語るイメージを思い、この先を言えば自分が傷つくことがわかった。だが、もう止められなかった。それはもう鬼平の唇の裏まで来ていた。鬼平は唾を飲みこみ、それを言った。
「ぼ、僕の身体を……お、押さえつけて……て、手が下に伸びてきて……」
鬼平は先を言おうとした。だが、その後をどう頑張って言おうとしても、それは言葉にならなかった。代わりに、ただ喉がせわしなく動き、舌がくるくる回って動き、身体がもどかしそうに震えるだけだった。
智香には、もう過去の鬼平に何が起きたのかわかっていた。彼女はその瞬間、はらわたが煮えくり返るような気がした。
「ぼ、僕は、怖くて、びっくりして……お父さんが、僕のこと……」
「……もういい」
智香は鬼平をちらと見た。鬼平は相変わらず手元を見つめて、口を開く様子を見せなかった。智香は少し喋り疲れて、肩を落とした。智香は時計を見て、立ち上がった。
「もう行かないとね。長々喋っちゃってごめんね。福田先生に無理言って時間作ってもらったし。あ、鬼平くんの荷物は、そっちにあるから」
智香は足もとにあった鞄を手に持った。鬼平は指を差された方を見て、自分の鞄があるのを確認した。振り返った時、もう智香は鞄を肩に掛け、帰る準備ができていた。
「じゃあ、私帰るね。鬼平くん、もう大丈夫そうだし。……それに私、あなたに迷惑かけちゃって、これ以上合わせる顔ないよ」
智香は寂しそうに笑い、鬼平から視線を外した。
――行ってしまう。言わないと。でもどうやって伝えればいい? それにもし言えば、智香が自分を責めるかもしれない。こんなこと、嘘だと思うかもしれない。それでも智香なら、鬼平の言葉を信じてくれる気がしていた。鬼平の心はざわつき、真っ二つに引き裂かれていた。
「……じゃあ、また」
智香が言って、カーテンに手をかけた。
「あ! あの……」
声が出てしまった。何かを考えて、それが出るかどうか吟味する前に。
「何? どうしたの?」
半身をカーテンの向こう側に置いたまま、智香が振り返る。その顔を見て、鬼平は覚悟を決める。
「ほ、本当は見た、んだ。じ、自分の記憶。二人の記憶の後に、見えてきた」
智香は、すぐに、どういう記憶? と聞こうと思ったが、できなかった。彼女は、鬼平の追い詰められたような表情に気付いて、今は聞くことに専念した方がいいとわかって、黙った。
鬼平はもう言葉にすることを躊躇しなかった。だが、それはいつもよりもずっと、言葉にし辛かった。さっき見たはずの記憶だったが、もう彼の奥底に向かって、消えたがっていた。鬼平は震えながら、ゆっくりとそれを言葉にし始めた。
「昔……ぼ、僕のお父さん。が、あ、あの、」
始め、智香は、無表情で鬼平の話を聞いていた。何があっても動揺せずに、最後まで黙って聞くつもりだった。だが、その後鬼平が言った言葉で、すぐにそこに語られようとしている内容の異常性に気付いて、その意識は消えてしまった。
「僕がシャワーを……あ、浴びてる時……そ、そこに、は、入ってきた、そ、それで、……ぼ、僕に……」
それを聞いた時、智香は彼の身に何が起きたのか理解し、目を見開き、苦虫を噛み潰したような顔になった。
鬼平は、それを見て、さらにこれから語るイメージを思い、この先を言えば自分が傷つくことがわかった。だが、もう止められなかった。それはもう鬼平の唇の裏まで来ていた。鬼平は唾を飲みこみ、それを言った。
「ぼ、僕の身体を……お、押さえつけて……て、手が下に伸びてきて……」
鬼平は先を言おうとした。だが、その後をどう頑張って言おうとしても、それは言葉にならなかった。代わりに、ただ喉がせわしなく動き、舌がくるくる回って動き、身体がもどかしそうに震えるだけだった。
智香には、もう過去の鬼平に何が起きたのかわかっていた。彼女はその瞬間、はらわたが煮えくり返るような気がした。
「ぼ、僕は、怖くて、びっくりして……お父さんが、僕のこと……」
「……もういい」
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
地味男はイケメン元総長
緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。
GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。
お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが!
「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」
「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」
ヒミツの関係はじめよう?
*野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。
野いちご様
ベリーズカフェ様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる