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第二十九章
第一話
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智香はそう言った後、百川から攻撃を受けるだろうと思って身構えた。
だが百川は抜け殻みたいな顔をして固まって、ぼんやりとしていた。まるで、三國とのいざこざがあった時の自分のようだ、と智香はその表情を見ながら思った。
「ああ、あんたたち、こんなところで何してるの?」
百川はほとんど反射的に智香たちに悪態をついたが、そこには以前のピリピリと張り詰めるような、相手を徹底的に傷つけてやるのだという気概を感じ取ることはできなかった。
それは、まるで今にも燃え尽きようとしているのに、消えることもできず、かと言って燃えることもできなくて、くすぶり続けているみたいだった。
「別に、何でもないよ。だから、ほっといてくれると有難いんだけど」
智香は慎重に、そう伝えた。智香にはもう百川を傷つけるつもりはなかったが、同時に百川の悪意が完全に消えたわけでもないことも感じ取っていた。
「無理。だってあんたが悪いんだよ? 全部あんたのせい」
百川は、気だるげに言った。
「私の? どうして?」
自分の計画が知られてしまったのではないかと危惧した智香は、落ち着いた低い声で尋ねた。
百川は、皮肉っぽく笑って答えた。
「あんたのせいで、あたしは一番になれない。あんたなんかいない方がいいんだ。ねえ、自分がやったこと、わかってんの?」
智香は苦笑いをする。
「……何のこと?」
百川はそれを聞くと、せせら笑った。
「やっぱり、わかってないんだ? あんたはね、いるだけで迷惑なの。わからない? あたしはいつもあんたと……ああ、もう、考えるだけでイライラする」
百川は、うっとうしそうに智香から目を逸らした。
智香はそこで黙って、不機嫌そうに鼻にしわを寄せている百川を見つめた。智香はもう百川の言葉に傷つかなかったし、彼女を痛めつける気も起らなかった。
「それは、なんていうか、ごめんね」
それから、思わずその言葉が出た。
「謝って、謝ってすむと思ってるの? あんたが犯した罪はもう消えないんだよ?」
「……どういうこと?」
しばらくの間の後、智香は焦って聞き返した。
「わかってるくせに。そうだよ? あたし、あんたが三國先生に近づいたから、あんたが振ったから、彼に近づいた。でもあの人の中にいるのは、あたしじゃない、あんたなの。何をしても結局あんたを消せない。それがムカつく。あんたなんか死ねばいいのに」
そうして百川は、顔に悪意をたっぷりと塗りたくって智香を睨んだ。だが智香は、たとえ死ねばいいと言われても、もはやそんなことはどうでもよかった。ただ百川がどこまで知っているのかだけ、気になった。
百川は、智香が挑発に乗ってこないので、惨めな気持ちになっていた。死ねと言ったのに、智香は平気な顔をしている。百川は不満だった。舌打ちをして、バタバタと足を上下に動かした。
「ねえ……あんた、まだ三國先生に未練があるんじゃないの?」
智香は何も言わなかったが、瞼をぴくりと動かした。そう反応した後で、智香は自分の失態に気付いた。だがもう遅かった。百川はそれを見て嬉しそうに笑った。
「やっぱり。そうなんだ」
「あのねえ、そんなわけないでしょ」
智香は呆れながら言った。だが、百川はすでにその感情を喰らい、生気を取り戻しつつあった。どんよりとしていた目はいつの間にか冴えわたり、目の前の獲物を逃がすまいと、智香を見据えていた。
「思い出した。そう言えばさ、こないだあんた廊下にいたでしょ? ねえ、もしかして、あんたさ、あたしたちをつけてた?」
智香はぎくりとした。そしてもちろん百川もそれを捉えた。だが、その意図までは読み取れなかったようだ。彼女は、勝ち誇ったように笑うと、
「迷惑だからやめてくれない?」
と言った。そして、この言葉が、智香に確信をもたらしてくれた。――この子は、私のしようとしていることまでは知らない。それを他ならぬ百川自身が教えてくれたのだ。
百川の言葉は行き場を失って消え失せた。それがわかった百川は、不満を抱いて顔を歪ませた。
それを見た智香は、ふと、そんな百川を哀れに思った。それが百川に伝わり、彼女は智香の鞄を勢いよく掴んだ。
「あんたなんかさあ! いなくなればいいんだよ! 邪魔なの!」
百川は怒りと一つになり鞄を掴んだまま、激しく上下に揺さぶった。智香はなんとか逃れようとして抵抗した。
智香は百川を傷つけないように彼女から離れようしていたが、百川はまったく構わず、ギラギラした目で憎しみに任せ智香を揺さぶり続けた。
その様子を見ていた鬼平が止める前に、事態は動いた。
「離して!」
とうとう耐え切れなくなった智香は叫び、百川を突き飛ばした。百川はあっけなく吹き飛ばされ、尻もちをついて倒れた。
――その時、運悪く百川の手が鞄に引っかかり、中から「びんの悪魔」が百川の前に、嘲笑うように音を立てて転がった。
智香は倒れている百川を見たが、自分がどうやって彼女を吹き飛ばしたのかわかっていなかった。
百川は悪態をつきながら、目を開けると、目の前にあったびんを見つけた。
そして、悪魔の囁きに導かれるように、それを手に取った。
だが百川は抜け殻みたいな顔をして固まって、ぼんやりとしていた。まるで、三國とのいざこざがあった時の自分のようだ、と智香はその表情を見ながら思った。
「ああ、あんたたち、こんなところで何してるの?」
百川はほとんど反射的に智香たちに悪態をついたが、そこには以前のピリピリと張り詰めるような、相手を徹底的に傷つけてやるのだという気概を感じ取ることはできなかった。
それは、まるで今にも燃え尽きようとしているのに、消えることもできず、かと言って燃えることもできなくて、くすぶり続けているみたいだった。
「別に、何でもないよ。だから、ほっといてくれると有難いんだけど」
智香は慎重に、そう伝えた。智香にはもう百川を傷つけるつもりはなかったが、同時に百川の悪意が完全に消えたわけでもないことも感じ取っていた。
「無理。だってあんたが悪いんだよ? 全部あんたのせい」
百川は、気だるげに言った。
「私の? どうして?」
自分の計画が知られてしまったのではないかと危惧した智香は、落ち着いた低い声で尋ねた。
百川は、皮肉っぽく笑って答えた。
「あんたのせいで、あたしは一番になれない。あんたなんかいない方がいいんだ。ねえ、自分がやったこと、わかってんの?」
智香は苦笑いをする。
「……何のこと?」
百川はそれを聞くと、せせら笑った。
「やっぱり、わかってないんだ? あんたはね、いるだけで迷惑なの。わからない? あたしはいつもあんたと……ああ、もう、考えるだけでイライラする」
百川は、うっとうしそうに智香から目を逸らした。
智香はそこで黙って、不機嫌そうに鼻にしわを寄せている百川を見つめた。智香はもう百川の言葉に傷つかなかったし、彼女を痛めつける気も起らなかった。
「それは、なんていうか、ごめんね」
それから、思わずその言葉が出た。
「謝って、謝ってすむと思ってるの? あんたが犯した罪はもう消えないんだよ?」
「……どういうこと?」
しばらくの間の後、智香は焦って聞き返した。
「わかってるくせに。そうだよ? あたし、あんたが三國先生に近づいたから、あんたが振ったから、彼に近づいた。でもあの人の中にいるのは、あたしじゃない、あんたなの。何をしても結局あんたを消せない。それがムカつく。あんたなんか死ねばいいのに」
そうして百川は、顔に悪意をたっぷりと塗りたくって智香を睨んだ。だが智香は、たとえ死ねばいいと言われても、もはやそんなことはどうでもよかった。ただ百川がどこまで知っているのかだけ、気になった。
百川は、智香が挑発に乗ってこないので、惨めな気持ちになっていた。死ねと言ったのに、智香は平気な顔をしている。百川は不満だった。舌打ちをして、バタバタと足を上下に動かした。
「ねえ……あんた、まだ三國先生に未練があるんじゃないの?」
智香は何も言わなかったが、瞼をぴくりと動かした。そう反応した後で、智香は自分の失態に気付いた。だがもう遅かった。百川はそれを見て嬉しそうに笑った。
「やっぱり。そうなんだ」
「あのねえ、そんなわけないでしょ」
智香は呆れながら言った。だが、百川はすでにその感情を喰らい、生気を取り戻しつつあった。どんよりとしていた目はいつの間にか冴えわたり、目の前の獲物を逃がすまいと、智香を見据えていた。
「思い出した。そう言えばさ、こないだあんた廊下にいたでしょ? ねえ、もしかして、あんたさ、あたしたちをつけてた?」
智香はぎくりとした。そしてもちろん百川もそれを捉えた。だが、その意図までは読み取れなかったようだ。彼女は、勝ち誇ったように笑うと、
「迷惑だからやめてくれない?」
と言った。そして、この言葉が、智香に確信をもたらしてくれた。――この子は、私のしようとしていることまでは知らない。それを他ならぬ百川自身が教えてくれたのだ。
百川の言葉は行き場を失って消え失せた。それがわかった百川は、不満を抱いて顔を歪ませた。
それを見た智香は、ふと、そんな百川を哀れに思った。それが百川に伝わり、彼女は智香の鞄を勢いよく掴んだ。
「あんたなんかさあ! いなくなればいいんだよ! 邪魔なの!」
百川は怒りと一つになり鞄を掴んだまま、激しく上下に揺さぶった。智香はなんとか逃れようとして抵抗した。
智香は百川を傷つけないように彼女から離れようしていたが、百川はまったく構わず、ギラギラした目で憎しみに任せ智香を揺さぶり続けた。
その様子を見ていた鬼平が止める前に、事態は動いた。
「離して!」
とうとう耐え切れなくなった智香は叫び、百川を突き飛ばした。百川はあっけなく吹き飛ばされ、尻もちをついて倒れた。
――その時、運悪く百川の手が鞄に引っかかり、中から「びんの悪魔」が百川の前に、嘲笑うように音を立てて転がった。
智香は倒れている百川を見たが、自分がどうやって彼女を吹き飛ばしたのかわかっていなかった。
百川は悪態をつきながら、目を開けると、目の前にあったびんを見つけた。
そして、悪魔の囁きに導かれるように、それを手に取った。
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