60 / 62
第三十一章
第一話
しおりを挟む
「やっぱり君が持っていたんだ」
六条はにやにや笑いながら教室の中に入ってきた。智香は唖然として六条を見て、それから鬼平はサッと、静かにびんを鞄に隠した。
六条はそれを見ると、ますます愉快そうに笑った。
「今さら隠しても無駄だよ、鬼木くん。もう全部わかってるんだからね」
彼は諭すように言った。それから六条は智香を横目で見て、
「でもまさか本当に、こんなことがあるなんて……鈴本も鈴本だ。どうしてこんな奴に」
と、ぶつぶつと呟いた。
「ちょっと! いきなり何?」
智香はその態度に我慢できなくなって席を立ち、六条に迫った。六条は両手の平を智香に向けて、苦笑いしながら距離を取った。
「悪いけど、僕が今用があるのはこの裏切り者の方なんだよ」
彼は鬼平を見ると、
「鬼木くん、騙していたお詫びとしてそのびん、僕に渡してくれよ」
と言った。鬼平は心配そうに鞄の中のびんを見た。心臓が、はち切れそうなほど早く動いていた。
「い、嫌だと言ったら……?」
鬼平が六条を見上げながら答えると、六条の片眉が僅かに吊り上がった。彼はゆっくりと言った。
「どうして? 言っとくけど、そんな権利なんてないよ? 大人しく渡した方がいい」
六条は獲物を見定めるかのように目を細めた。
「ねえ、私をのけ者にしないでくれる?」
智香が間に割り切って入ろうとしたので、六条は面倒くさそうに苦笑いをした。
だが、この時、予想外にも鬼平の方が、智香を懇願するように見つめながら首を振った。智香は、鬼平の態度が腑に落ちず、首を傾げたが、その眼に確かに鬼平の意図を感じ、口をつぐんだ。それを見て六条は喜んだ。
「なんだよ、わかってるじゃん。ほら、渡す気になったんだろ?」
六条は、催促するように鬼平の目の前に手を伸ばし、指先を動かした。鬼平はその陶酔した動きを眺め、びんを渡すかわりに言った。
「……い、いつから? いつからいた? ずっと……つけていたんだろ?」
六条の頬がピクリと動いた。それから肩の力を抜いて、やれやれ、といったふうに答えた。
「最初からだ。君ら、僕がつけているのに、まったく気づかないんだもんな。話も全部聞かせてもらった。そう言えば、よくわからないことも喋っていたな」
六条は皮肉っぽく笑い、首を傾げた。
「だけどその後の話はけっこう面白かったな。ていうか、鬼木くん。君って親から虐待を受けてたんだね。まあでもそれって君にも原因があるんじゃないの? なんか君って痛めつけてやりたくなるんだよな」
六条は恥ずかしげもなくそう言った。
それから、
「ん? ああ、なるほど、そういうことか!」
と何か思い当たったのか、彼は驚きの声を発した。
「何?」
うんざりした智香が、後ろで嫌悪感を丸出しにして聞いた。六条は振り返り、智香に言う。
「鈴本。わかったよ。こいつがびんに願ったことが。簡単だ。それは鈴本を惚れさせることだったんだよ。そりゃそうだよな。絶対あり得ないことだもんな。鬼木くん、君もやるなあ」
六条はそれを言い終えると、腹の底から笑った。六条が笑っていた間、鬼平は、智香から、「そうなの?」と言いたげに見つめられたが、彼は何も答えずに目を逸らした。
「さ、それ、くれよ」
好きなだけ笑った後、六条は再び手を差し伸べた。鬼平はその手を見て顔をしかめ、首を横に振るかわりに、
「……わ、渡さない」
と答えた。
その言葉を聞いて、六条は不機嫌になった。だが、なんとか取り繕い、鬼平の怯えた表情を見てから、甘ったるいものを食べた後みたいなため息を漏らした。
「もしかしてさ、なんか誤解してないか? 僕は別にそれを悪用するつもりはないんだって。ただ、どんな力を持っているのか確かめたいだけなんだから。それさえわかれば、そんなびんなんてどうでもいいんだよ。まあ、万が一本物だった時のためにお金は払ってあげる。そこの金額より安ければなんでもいいんだろ?」
六条は机の上に横たわったお金に向かって顎をくいっとさせる。だが鬼平は頑として聞かなかった。
「ああ、面倒くさい! 早くびんを渡せよ! どうせ、もう散々いい思いをしたんだろ? だったら、もう僕に渡すべきだろ」
鬼平は首を振って否定した。
「い、いやだ!」
そして叫んだ。六条は、子供みたいに抵抗する鬼平を見て、頬を引きつらせながら言った。
「何? ひょっとして、お前、まだ僕を見くびってんの? 僕が一人じゃなんにもできないって、本気で思ってんのか?」
鬼平は六条に凄まれたが、ひるまず頷いた。六条は笑っていた。鬼平も挑発的な笑みを薄っすら浮かべた。
結局、それが二人が交わした最後の感情的なやり取りだった。
六条は険しい顔をして鬼平の胸倉をつかむと、思い切り床に叩きつけた。
後ろで見ていた智香が叫び、六条は抵抗する鬼平を抑え込んで、馬乗りになった。
鬼平は手で顔を覆って守り、六条は我を忘れて顔を真っ赤にし、その上から殴るのをやめなかった。
六条はにやにや笑いながら教室の中に入ってきた。智香は唖然として六条を見て、それから鬼平はサッと、静かにびんを鞄に隠した。
六条はそれを見ると、ますます愉快そうに笑った。
「今さら隠しても無駄だよ、鬼木くん。もう全部わかってるんだからね」
彼は諭すように言った。それから六条は智香を横目で見て、
「でもまさか本当に、こんなことがあるなんて……鈴本も鈴本だ。どうしてこんな奴に」
と、ぶつぶつと呟いた。
「ちょっと! いきなり何?」
智香はその態度に我慢できなくなって席を立ち、六条に迫った。六条は両手の平を智香に向けて、苦笑いしながら距離を取った。
「悪いけど、僕が今用があるのはこの裏切り者の方なんだよ」
彼は鬼平を見ると、
「鬼木くん、騙していたお詫びとしてそのびん、僕に渡してくれよ」
と言った。鬼平は心配そうに鞄の中のびんを見た。心臓が、はち切れそうなほど早く動いていた。
「い、嫌だと言ったら……?」
鬼平が六条を見上げながら答えると、六条の片眉が僅かに吊り上がった。彼はゆっくりと言った。
「どうして? 言っとくけど、そんな権利なんてないよ? 大人しく渡した方がいい」
六条は獲物を見定めるかのように目を細めた。
「ねえ、私をのけ者にしないでくれる?」
智香が間に割り切って入ろうとしたので、六条は面倒くさそうに苦笑いをした。
だが、この時、予想外にも鬼平の方が、智香を懇願するように見つめながら首を振った。智香は、鬼平の態度が腑に落ちず、首を傾げたが、その眼に確かに鬼平の意図を感じ、口をつぐんだ。それを見て六条は喜んだ。
「なんだよ、わかってるじゃん。ほら、渡す気になったんだろ?」
六条は、催促するように鬼平の目の前に手を伸ばし、指先を動かした。鬼平はその陶酔した動きを眺め、びんを渡すかわりに言った。
「……い、いつから? いつからいた? ずっと……つけていたんだろ?」
六条の頬がピクリと動いた。それから肩の力を抜いて、やれやれ、といったふうに答えた。
「最初からだ。君ら、僕がつけているのに、まったく気づかないんだもんな。話も全部聞かせてもらった。そう言えば、よくわからないことも喋っていたな」
六条は皮肉っぽく笑い、首を傾げた。
「だけどその後の話はけっこう面白かったな。ていうか、鬼木くん。君って親から虐待を受けてたんだね。まあでもそれって君にも原因があるんじゃないの? なんか君って痛めつけてやりたくなるんだよな」
六条は恥ずかしげもなくそう言った。
それから、
「ん? ああ、なるほど、そういうことか!」
と何か思い当たったのか、彼は驚きの声を発した。
「何?」
うんざりした智香が、後ろで嫌悪感を丸出しにして聞いた。六条は振り返り、智香に言う。
「鈴本。わかったよ。こいつがびんに願ったことが。簡単だ。それは鈴本を惚れさせることだったんだよ。そりゃそうだよな。絶対あり得ないことだもんな。鬼木くん、君もやるなあ」
六条はそれを言い終えると、腹の底から笑った。六条が笑っていた間、鬼平は、智香から、「そうなの?」と言いたげに見つめられたが、彼は何も答えずに目を逸らした。
「さ、それ、くれよ」
好きなだけ笑った後、六条は再び手を差し伸べた。鬼平はその手を見て顔をしかめ、首を横に振るかわりに、
「……わ、渡さない」
と答えた。
その言葉を聞いて、六条は不機嫌になった。だが、なんとか取り繕い、鬼平の怯えた表情を見てから、甘ったるいものを食べた後みたいなため息を漏らした。
「もしかしてさ、なんか誤解してないか? 僕は別にそれを悪用するつもりはないんだって。ただ、どんな力を持っているのか確かめたいだけなんだから。それさえわかれば、そんなびんなんてどうでもいいんだよ。まあ、万が一本物だった時のためにお金は払ってあげる。そこの金額より安ければなんでもいいんだろ?」
六条は机の上に横たわったお金に向かって顎をくいっとさせる。だが鬼平は頑として聞かなかった。
「ああ、面倒くさい! 早くびんを渡せよ! どうせ、もう散々いい思いをしたんだろ? だったら、もう僕に渡すべきだろ」
鬼平は首を振って否定した。
「い、いやだ!」
そして叫んだ。六条は、子供みたいに抵抗する鬼平を見て、頬を引きつらせながら言った。
「何? ひょっとして、お前、まだ僕を見くびってんの? 僕が一人じゃなんにもできないって、本気で思ってんのか?」
鬼平は六条に凄まれたが、ひるまず頷いた。六条は笑っていた。鬼平も挑発的な笑みを薄っすら浮かべた。
結局、それが二人が交わした最後の感情的なやり取りだった。
六条は険しい顔をして鬼平の胸倉をつかむと、思い切り床に叩きつけた。
後ろで見ていた智香が叫び、六条は抵抗する鬼平を抑え込んで、馬乗りになった。
鬼平は手で顔を覆って守り、六条は我を忘れて顔を真っ赤にし、その上から殴るのをやめなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
現実とサキュバスのあいだで ――夢で告白した相手が、同居を始めた話
そう
青春
ある日家に突然現れた謎のサキュバスのホルさん!
好感度はMAXなようで流されるがまま主人公はホルさんと日常を過ごします。
ほのぼのラブコメというか日常系小説
オチなどはなく、ただひたすらにまったりします
挿絵や文章にもAIを使用しております。
苦手な方はご注意ください。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
地味男はイケメン元総長
緋村燐
青春
高校一年になったばかりの灯里は、メイクオタクである事を秘密にしながら地味子として過ごしていた。
GW前に、校外学習の班の親交を深めようという事で遊園地に行くことになった灯里達。
お化け屋敷に地味男の陸斗と入るとハプニングが!
「なぁ、オレの秘密知っちゃった?」
「誰にも言わないからっ! だから代わりに……」
ヒミツの関係はじめよう?
*野いちごに掲載しているものを改稿した作品です。
野いちご様
ベリーズカフェ様
エブリスタ様
カクヨム様
にも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる