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第八章
会議①
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一階に降りた私は、気持ちを切り替えて時計を見た。まだ日が落ちるまでには時間がある。
これからどうしたらいいだろう。
途方に暮れた私は、外に出ると、適当な木陰に入って、スマホを取り出した。
私のスマホはこっちの世界ではほとんど役に立たない。故障はしていないが、インターネットはできないし、通話もできない。
そんなスマホでもこっちに持ってきたのには理由があった。
「もしもし?」
電話が繋がったことを確認して私は声を出した。
「もしもし? じゃないよ。あなた、今どこにいるの?」
「丑」の「私」は呆れながら聞いた。自分の声だが、彼女の声を聞いてすこしだけ不安が和らいだ。
私は振り返ってついさっき出てきた病院を眺め、
「病院。そこで『私』の恋人の斎垣という男と、友人の芹川って人と会ってた」
と答えた。
「……ああ。じゃあ、本当に行ったのね」
彼女は呆れてそれ以上なにも言ってこなかった。
私は耳からスマホを離した。
スマホの画面は真っ暗だ。急ごしらえに繋ぎ直したせいか、ビデオ通話までは再現できなかったようだ。
「それでね、さっき、『私』が殺された時の詳しい状況についての情報を手に入れたの」
「本当に?」
「うん。聞いてくれない?」
返事がなかったが、私は話を続けた。どのみち「私」が事件のことが気になっているのは同じはずだ。
「……というわけ。ねえ、どう思う?」
「うーん。どうだろ……」
斎垣の書いた内容を読み上げ、私が最後まで話した後には、彼女の声色はすっかり元に戻っていた。慎重に言葉を選び、私と同じように、頭を働かせているのがわかる。
「話を聞いている限りだと、私も強盗犯が殺したってことで間違いないと思うよ。その人はその場で事件の内容を書いたんだよね? 私なら、そんなわずかな時間で、それだけ矛盾のないことは書けないと思う。……前もって考えていたのなら別だけど」
私は無言でそれに同意していた。
「それと、あなたは、最初に会った時から、その恋人が怪しいって思ったんだよね? だから、本当だと思いながら、その話が信じらなかった」
私は激しく頷いた。当然だけど、「私」は私のことをよく知っている。
「そうなの。まあ直感で思っただけで、証拠も何もないんだけど」
「直感で、怪しいと思ったのね?」
「うん。というか、この人が犯人だって言葉が浮かんだ」
「そこまで?」
「私」は素直に驚きを言い表した。
「うん」
「……でも、話を聞いている感じ、変なところは何もない気がする」
それから冷静に指摘した。
「うん。その話はね。私もそう思った。だけど、それ以外のことはもう変なところだらけなの」
「どういうこと?」
「まずその芹川っていう女だけど」
「ああ『私』の友達だったっていう人ね」
「うん。でもそう言うとあなたの友達みたい……ごめん、なんでもない。彼女がね、斎垣ととても仲がいいの。つまり、気があるっていうか、ううん、もうこれは絶対にそう。彼女、しきりに、私と彼を離したがっていたから。というか、二人は既に恋人なのかもしれない」
「うん。だから、斎垣に事件のことを聞いたから、追い出されちゃったんでしょ?」
「まあね。でも、だからこそ変なの。だって私を斎垣のところに連れて行ったのはその人なんだよ。まあ私が約束を破って聞いたのがよくないんだけど、そもそも彼女、私が事件のことを知りたがっているのをその前に知っていたはずなの。だけど彼女は私を病室に連れて行ってくれた。それがよくわからなくて。普通そんなことする?」
「……私にはなんとも言えない。その人のことを見ていないし。もしかして、断るのが嫌だったんじゃないかな」
「そうかもね。あと、彼女は『寅』の『私』のファンだったらしいの。音羽弓のね。私を助けてくれた時、『私』と見間違えて駆け寄ってきたし」
「あの家の前でだよね」
「うん。それでね、その後、彼女、音羽弓の作品に命を救われたって言ってたの。命よ? 大げさに言う癖があるのかもしれないけど、そんなことってあるの?」
「……どうだろう。でも、私にも小説じゃないけど、そういうことあるよ。この『時の環』がそうだし。でも、ずいぶんと影響力を持っていたのね、そっちの私は」
熟考した後、「私」は感心したように言った。
「うん。そうみたい。その点じゃ運がよかったのかもね。まあとにかく、彼女、私を助けるのが当然みたいに言ってた。ああ、でも、もしかして、だからなのかな? 本当は私の言うことなんか聞きたくなかったけど、つい『寅』の『私』を思い出しちゃったとか? それで斎垣のところで話そう、なんて言っちゃったのかな。いま思うと、あの後急に態度がよそよそしくなった気がするし」
「まあそういうことはあるかもね。あんまりそっくりだから、つい間違えしまったのかもね。その……私と『私』を」
「うん。そうかもね。ねえ、でもどう思う?」
「どうって?」
「二人が共犯だったら」
「共犯?」
「うん」
しばらく無言の間があった。
「でも動機は? 彼女、『私』のファンだったんでしょ?」
「私」が言った。
「本当はアンチになっていたのかもしれないよ。あるいは、斎垣が芹川と付き合いたくて『私』が邪魔になって殺したとか」
「そんな……本気で言ってるの?」
「……ごめん。あんまり信じてないかも」
私はすぐに自信がなくなった。
「なんとも言えないけど、それはまだ無理があるんじゃない?」
「私」が言った。
「うん。まあこれだけじゃ情報が少なすぎるかもね。それに私の直感だけじゃ逮捕なんかできないし」
「直感が間違っているのかもしれないよ。別に百発百中じゃないもんね。よく間違えるでしょ私たち。それにこう聞いているとあなた、斎垣が犯人だってことに引っ張られ過ぎているような気もする」
「うん。そうね。それは私も感じる。でも、やめようと思っているんだけど、どうしてもできなくて」
私はしぶしぶ認めた。
「わかるよ。私もそうだもの」
電話の向こうで「私」が微笑んだのがわかった。
これからどうしたらいいだろう。
途方に暮れた私は、外に出ると、適当な木陰に入って、スマホを取り出した。
私のスマホはこっちの世界ではほとんど役に立たない。故障はしていないが、インターネットはできないし、通話もできない。
そんなスマホでもこっちに持ってきたのには理由があった。
「もしもし?」
電話が繋がったことを確認して私は声を出した。
「もしもし? じゃないよ。あなた、今どこにいるの?」
「丑」の「私」は呆れながら聞いた。自分の声だが、彼女の声を聞いてすこしだけ不安が和らいだ。
私は振り返ってついさっき出てきた病院を眺め、
「病院。そこで『私』の恋人の斎垣という男と、友人の芹川って人と会ってた」
と答えた。
「……ああ。じゃあ、本当に行ったのね」
彼女は呆れてそれ以上なにも言ってこなかった。
私は耳からスマホを離した。
スマホの画面は真っ暗だ。急ごしらえに繋ぎ直したせいか、ビデオ通話までは再現できなかったようだ。
「それでね、さっき、『私』が殺された時の詳しい状況についての情報を手に入れたの」
「本当に?」
「うん。聞いてくれない?」
返事がなかったが、私は話を続けた。どのみち「私」が事件のことが気になっているのは同じはずだ。
「……というわけ。ねえ、どう思う?」
「うーん。どうだろ……」
斎垣の書いた内容を読み上げ、私が最後まで話した後には、彼女の声色はすっかり元に戻っていた。慎重に言葉を選び、私と同じように、頭を働かせているのがわかる。
「話を聞いている限りだと、私も強盗犯が殺したってことで間違いないと思うよ。その人はその場で事件の内容を書いたんだよね? 私なら、そんなわずかな時間で、それだけ矛盾のないことは書けないと思う。……前もって考えていたのなら別だけど」
私は無言でそれに同意していた。
「それと、あなたは、最初に会った時から、その恋人が怪しいって思ったんだよね? だから、本当だと思いながら、その話が信じらなかった」
私は激しく頷いた。当然だけど、「私」は私のことをよく知っている。
「そうなの。まあ直感で思っただけで、証拠も何もないんだけど」
「直感で、怪しいと思ったのね?」
「うん。というか、この人が犯人だって言葉が浮かんだ」
「そこまで?」
「私」は素直に驚きを言い表した。
「うん」
「……でも、話を聞いている感じ、変なところは何もない気がする」
それから冷静に指摘した。
「うん。その話はね。私もそう思った。だけど、それ以外のことはもう変なところだらけなの」
「どういうこと?」
「まずその芹川っていう女だけど」
「ああ『私』の友達だったっていう人ね」
「うん。でもそう言うとあなたの友達みたい……ごめん、なんでもない。彼女がね、斎垣ととても仲がいいの。つまり、気があるっていうか、ううん、もうこれは絶対にそう。彼女、しきりに、私と彼を離したがっていたから。というか、二人は既に恋人なのかもしれない」
「うん。だから、斎垣に事件のことを聞いたから、追い出されちゃったんでしょ?」
「まあね。でも、だからこそ変なの。だって私を斎垣のところに連れて行ったのはその人なんだよ。まあ私が約束を破って聞いたのがよくないんだけど、そもそも彼女、私が事件のことを知りたがっているのをその前に知っていたはずなの。だけど彼女は私を病室に連れて行ってくれた。それがよくわからなくて。普通そんなことする?」
「……私にはなんとも言えない。その人のことを見ていないし。もしかして、断るのが嫌だったんじゃないかな」
「そうかもね。あと、彼女は『寅』の『私』のファンだったらしいの。音羽弓のね。私を助けてくれた時、『私』と見間違えて駆け寄ってきたし」
「あの家の前でだよね」
「うん。それでね、その後、彼女、音羽弓の作品に命を救われたって言ってたの。命よ? 大げさに言う癖があるのかもしれないけど、そんなことってあるの?」
「……どうだろう。でも、私にも小説じゃないけど、そういうことあるよ。この『時の環』がそうだし。でも、ずいぶんと影響力を持っていたのね、そっちの私は」
熟考した後、「私」は感心したように言った。
「うん。そうみたい。その点じゃ運がよかったのかもね。まあとにかく、彼女、私を助けるのが当然みたいに言ってた。ああ、でも、もしかして、だからなのかな? 本当は私の言うことなんか聞きたくなかったけど、つい『寅』の『私』を思い出しちゃったとか? それで斎垣のところで話そう、なんて言っちゃったのかな。いま思うと、あの後急に態度がよそよそしくなった気がするし」
「まあそういうことはあるかもね。あんまりそっくりだから、つい間違えしまったのかもね。その……私と『私』を」
「うん。そうかもね。ねえ、でもどう思う?」
「どうって?」
「二人が共犯だったら」
「共犯?」
「うん」
しばらく無言の間があった。
「でも動機は? 彼女、『私』のファンだったんでしょ?」
「私」が言った。
「本当はアンチになっていたのかもしれないよ。あるいは、斎垣が芹川と付き合いたくて『私』が邪魔になって殺したとか」
「そんな……本気で言ってるの?」
「……ごめん。あんまり信じてないかも」
私はすぐに自信がなくなった。
「なんとも言えないけど、それはまだ無理があるんじゃない?」
「私」が言った。
「うん。まあこれだけじゃ情報が少なすぎるかもね。それに私の直感だけじゃ逮捕なんかできないし」
「直感が間違っているのかもしれないよ。別に百発百中じゃないもんね。よく間違えるでしょ私たち。それにこう聞いているとあなた、斎垣が犯人だってことに引っ張られ過ぎているような気もする」
「うん。そうね。それは私も感じる。でも、やめようと思っているんだけど、どうしてもできなくて」
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