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第一章
トミトト村
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ファンタジー王国のトミトト村は、人口数百人ほどの山間の小さな村だ。
そこには珍しい観光スポットもなければ、古く価値のある工芸品、建築物などもなにもなかった。
家は住めればそれでいいといった風で、簡素であり、村民たちはその中で花壇や壁、屋根の色を変え、個性を出していた。
だが、そんな誰も見向きもしない田舎の村に、勇者がやって来ることになったのである。
それは村のみすぼらしさが、いい感じに「最初の村」に適しているからだそうだ。
どうも勇者という生き物は、最初から都会に生まれてはいけないらしい。
それは大抵、田舎か、人から離れて生きている世捨て人に育てられるか、場合によっては墓場で生まれ育ったりする。
そして、いくらトミトト村が「最初の村」に適しているからといって、ありのままの村を勇者が受け入れてくれるかは、怪しいものだ、と村の観光協会会長であるコレオは考えた。
そこでみすぼらしい村の町並みを、道が真っ直ぐで、平坦な石畳が広がり、小綺麗で、窓際に花なんかが咲いているようなものに変えておいたのだ。
村のすべてをそのように変える必要はなかった。あくまでも「最初の村」、つまりどこか暖かみはあるが、物足りない、といった印象にしたかったのだ。
勇者がやって来る日、コレオはその完成した町並みを見て、しばらくは自分の出番はないだろうと判断した。
勇者が常闇の森を抜けて、村長である自分のところにやって来るまではまだ時間がある。
暇をもて余したコレオは、愛車である赤のカブリオレで近くの丘までドライブし、その頂上に車をとめ、黒のレザージャケットを頭から被さった。
そこで鳥の鳴き声に耳を傾けながら眠っていると、耳元でけたたましく鳴かれて飛び起きた。
「なんじゃい、騒々しい」
コレオは、ジャケットをどけ、不機嫌そうに唸りながらそう言った。
カーブミラーにとまったその鳥、ゴジュウカラは変わらずピーチクパーチク鳴いていた。
「ふむ、わかったわかった。すぐ帰るからそんなに鳴かんでくれ。耳がおかしくなるわい」
コレオはゴジュウカラにパンくずを与えると、伝言を頼んだ。
「まったく、奴ら、役には立つが、もう少し、音量を考えてくれんかの。老体にあの高音は堪えるわい」
コレオはそう呟くと、エンジンをかけ、ブレーキを解除し丘を下りだした。
「だから言ったでしょう! 勝手なことはしないでくださいねって! すぐ、撤去してください!」
コレオが町に戻ると、秘書のレンドンが口論をしていた。相手は大工のクランプで、この町を中世風に変えるための工事の責任者だった。クランプは、申し訳なさそうにしていたが、同時にレンドンを不満げな表情で見ていた。
「あっ、会長。どこに行ってたんですか」
レンドンは車から降りたコレオに気付くと声をかけた。
「うむ、まあちょっとな」
コレオは曖昧に答えた。
「会長がいない間に、見てくださいよこれ!」
レンドンはそう言うと、彼の横に生えている柱をポンと叩いた。
「ふむ、ガス灯のようじゃ。見事な出来じゃな」
コレオが見上げて言った。
「さっき、確認のために町に来たらこれですよ、信じられますか?」
レンドンは呆れ果てながらコレオに訴えた。
「何があったのかな? クランプ。わしに教えてくれんかの」
コレオはあごひげを撫でながら、ふてくされているクランプに尋ねた。
「はあ、まあ、なんていうか、自分は善意でやったのでありまして」
クランプは非を認めたくないのかもごもごとした。
「それではよくわからん。もっと詳しく説明してくれんかの」
クランプはしばらく、話すのを拒否していたが、コレオに見つめられて折れてくれた。
「こういうことです。今朝、女房と話してたんでさ、『おい、今日は勇者が来る日だぞ』『え!?』『勇者ってのはどんなんだろうな、きっと枝みたいに細えガキだろうぜ』」
「ふむふむ、それで?」
コレオは、どうやら長くなりそうじゃわい、と思いながらも、余計な口を挟まずに先を促した。
「それで、『ついに、このトミトト村にねぇ、ねえ、あんた、あたし勇者を見に行ってもいいかね』『馬鹿言っちゃいけねえ! おめえ、勇者ってもんを知らねぇのかよ、奴ら、人ん家に勝手に入ってはタンスを開けてまわってコインだチーズだ薬草だ取ってくって話じゃねえか、そんな奴を許すことねぇんだ、鍵かけて閉じこもってろ!』ってさ」
「ふむ」
「で、あっしが、『じゃあ仕事行ってくるわ』って言ったら、『あんた!』って呼ばれてさ、『なんでい』って言ったら、『ガス灯は建てたの?』って」
「なるほど」
コレオは話がわかってきて満足そうに頷いた。後ろではレンドンが頭を抱えていた。
「『ガス灯!? なんでい、それは?』『あんた、ガス灯も知らないの。中世といったらガス灯じゃない』『知らねぇわけねぇだろうがよ、一応聞いてみただけよ』『あそう』『で、どんなんだ?』ってことで、女房に絵を描いて貰ったのよ。なんでもピーンって伸ばした柱の上に、ろうそくを載っけるんだろ? 向こうのやつら、変なこと考えるねぇ」
クランプはおかしそうに笑っていた。コレオはそれを聞いてガス灯を見ながら言った。
「まあ、絵で見ただけにしたら、よくできておるわい」
「でしょ?」
クランプは得意げに微笑んだ。
「じゃが、確かにあまり見慣れないものじゃ、とくに、中世風を求めてやって来る勇者にはな」
「その中世風っての、あっしにはいまいちわからんのですが、どんな風なんですか?」
「まあちょっと古くさい風といった感じかの、寒いような熱いような」
クランプは首をかしげた。
「とにかく、ガス灯は余計じゃの。どうにかしなくては」
コレオはクランプを気にせずレンドンに言った。
「しかしどうすれば。クランプの奴、こんな時だけしっかり仕事をしています」
レンドンはガス灯を揺らそうとした。が、それはほとんど動かなかった。
「まあ、一本くらいなんとなるじゃろ。一応、惑わしの魔法をかけておく」
そう言うとコレオはガス灯に向けて手を振った。
「これで、まあ勇者が気付いたら、その時はその時じゃな」
「本当に大丈夫でしょうか?」
レンドンが疑念を挟んだ。
「そう願おう」
コレオはあごひげを撫でながら振り向き、ばつの悪そうにしているクランプに向き合った。
「クランプ。とても見事な働きぶりじゃった。しかし、今度からはこのようなことにならないよう、報告するように。安心しなされ、今回はお咎めなしじゃよ」
クランプはまだ不満げだったが、それを聞いて、渋々自分の非を認めた。
「へえ、まあ、それならいいです」
そこには珍しい観光スポットもなければ、古く価値のある工芸品、建築物などもなにもなかった。
家は住めればそれでいいといった風で、簡素であり、村民たちはその中で花壇や壁、屋根の色を変え、個性を出していた。
だが、そんな誰も見向きもしない田舎の村に、勇者がやって来ることになったのである。
それは村のみすぼらしさが、いい感じに「最初の村」に適しているからだそうだ。
どうも勇者という生き物は、最初から都会に生まれてはいけないらしい。
それは大抵、田舎か、人から離れて生きている世捨て人に育てられるか、場合によっては墓場で生まれ育ったりする。
そして、いくらトミトト村が「最初の村」に適しているからといって、ありのままの村を勇者が受け入れてくれるかは、怪しいものだ、と村の観光協会会長であるコレオは考えた。
そこでみすぼらしい村の町並みを、道が真っ直ぐで、平坦な石畳が広がり、小綺麗で、窓際に花なんかが咲いているようなものに変えておいたのだ。
村のすべてをそのように変える必要はなかった。あくまでも「最初の村」、つまりどこか暖かみはあるが、物足りない、といった印象にしたかったのだ。
勇者がやって来る日、コレオはその完成した町並みを見て、しばらくは自分の出番はないだろうと判断した。
勇者が常闇の森を抜けて、村長である自分のところにやって来るまではまだ時間がある。
暇をもて余したコレオは、愛車である赤のカブリオレで近くの丘までドライブし、その頂上に車をとめ、黒のレザージャケットを頭から被さった。
そこで鳥の鳴き声に耳を傾けながら眠っていると、耳元でけたたましく鳴かれて飛び起きた。
「なんじゃい、騒々しい」
コレオは、ジャケットをどけ、不機嫌そうに唸りながらそう言った。
カーブミラーにとまったその鳥、ゴジュウカラは変わらずピーチクパーチク鳴いていた。
「ふむ、わかったわかった。すぐ帰るからそんなに鳴かんでくれ。耳がおかしくなるわい」
コレオはゴジュウカラにパンくずを与えると、伝言を頼んだ。
「まったく、奴ら、役には立つが、もう少し、音量を考えてくれんかの。老体にあの高音は堪えるわい」
コレオはそう呟くと、エンジンをかけ、ブレーキを解除し丘を下りだした。
「だから言ったでしょう! 勝手なことはしないでくださいねって! すぐ、撤去してください!」
コレオが町に戻ると、秘書のレンドンが口論をしていた。相手は大工のクランプで、この町を中世風に変えるための工事の責任者だった。クランプは、申し訳なさそうにしていたが、同時にレンドンを不満げな表情で見ていた。
「あっ、会長。どこに行ってたんですか」
レンドンは車から降りたコレオに気付くと声をかけた。
「うむ、まあちょっとな」
コレオは曖昧に答えた。
「会長がいない間に、見てくださいよこれ!」
レンドンはそう言うと、彼の横に生えている柱をポンと叩いた。
「ふむ、ガス灯のようじゃ。見事な出来じゃな」
コレオが見上げて言った。
「さっき、確認のために町に来たらこれですよ、信じられますか?」
レンドンは呆れ果てながらコレオに訴えた。
「何があったのかな? クランプ。わしに教えてくれんかの」
コレオはあごひげを撫でながら、ふてくされているクランプに尋ねた。
「はあ、まあ、なんていうか、自分は善意でやったのでありまして」
クランプは非を認めたくないのかもごもごとした。
「それではよくわからん。もっと詳しく説明してくれんかの」
クランプはしばらく、話すのを拒否していたが、コレオに見つめられて折れてくれた。
「こういうことです。今朝、女房と話してたんでさ、『おい、今日は勇者が来る日だぞ』『え!?』『勇者ってのはどんなんだろうな、きっと枝みたいに細えガキだろうぜ』」
「ふむふむ、それで?」
コレオは、どうやら長くなりそうじゃわい、と思いながらも、余計な口を挟まずに先を促した。
「それで、『ついに、このトミトト村にねぇ、ねえ、あんた、あたし勇者を見に行ってもいいかね』『馬鹿言っちゃいけねえ! おめえ、勇者ってもんを知らねぇのかよ、奴ら、人ん家に勝手に入ってはタンスを開けてまわってコインだチーズだ薬草だ取ってくって話じゃねえか、そんな奴を許すことねぇんだ、鍵かけて閉じこもってろ!』ってさ」
「ふむ」
「で、あっしが、『じゃあ仕事行ってくるわ』って言ったら、『あんた!』って呼ばれてさ、『なんでい』って言ったら、『ガス灯は建てたの?』って」
「なるほど」
コレオは話がわかってきて満足そうに頷いた。後ろではレンドンが頭を抱えていた。
「『ガス灯!? なんでい、それは?』『あんた、ガス灯も知らないの。中世といったらガス灯じゃない』『知らねぇわけねぇだろうがよ、一応聞いてみただけよ』『あそう』『で、どんなんだ?』ってことで、女房に絵を描いて貰ったのよ。なんでもピーンって伸ばした柱の上に、ろうそくを載っけるんだろ? 向こうのやつら、変なこと考えるねぇ」
クランプはおかしそうに笑っていた。コレオはそれを聞いてガス灯を見ながら言った。
「まあ、絵で見ただけにしたら、よくできておるわい」
「でしょ?」
クランプは得意げに微笑んだ。
「じゃが、確かにあまり見慣れないものじゃ、とくに、中世風を求めてやって来る勇者にはな」
「その中世風っての、あっしにはいまいちわからんのですが、どんな風なんですか?」
「まあちょっと古くさい風といった感じかの、寒いような熱いような」
クランプは首をかしげた。
「とにかく、ガス灯は余計じゃの。どうにかしなくては」
コレオはクランプを気にせずレンドンに言った。
「しかしどうすれば。クランプの奴、こんな時だけしっかり仕事をしています」
レンドンはガス灯を揺らそうとした。が、それはほとんど動かなかった。
「まあ、一本くらいなんとなるじゃろ。一応、惑わしの魔法をかけておく」
そう言うとコレオはガス灯に向けて手を振った。
「これで、まあ勇者が気付いたら、その時はその時じゃな」
「本当に大丈夫でしょうか?」
レンドンが疑念を挟んだ。
「そう願おう」
コレオはあごひげを撫でながら振り向き、ばつの悪そうにしているクランプに向き合った。
「クランプ。とても見事な働きぶりじゃった。しかし、今度からはこのようなことにならないよう、報告するように。安心しなされ、今回はお咎めなしじゃよ」
クランプはまだ不満げだったが、それを聞いて、渋々自分の非を認めた。
「へえ、まあ、それならいいです」
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