上 下
8 / 24

妻と娘の改造計画

しおりを挟む
 二頭立ての馬車がカラフルな屋根の屋敷敷地に入っていく。

 乗っているのは、御者の他には吾輩ことフィリップ・ランド伯爵と妻リンダ、次女リディア。

 王国屈指の新進デザイナー、ラメンダ夫人と会う約束を取り付けることができた。

「領主様~、奥様~。よくいらっしゃいました~。あなたはリディアお嬢様ね!可愛いね~!」

 30歳ほどのエネルギッシュで快活な女性デザイナー。ブラウン髪ショートカットのラメンダ夫人が肩の露出したスタイリッシュな紺のドレスで出迎えてくれた。

 多くのデザイナーが王都に工房を構える中、ランド伯爵領に拠点を構え、独自のファッションを展開する彼女。その作品は「可愛らしさ」「動きやすさ」「その人らしさ」をテーマにしている。

 この世界の既存の服装は「庶民は耐久性と値段の安さ」「貴族は権威が伝わる豪華さ」を追及することで二極化しており、「その人の個性に合わせて作る」彼女の仕事は異端。流行に敏感な商家の夫人たちには人気であるが、貴族の利用者は、この度の吾輩が初めてとなる。

 妻と娘が貴族の礼に則って挨拶する。

「ランド伯爵の妻リンダです。今日は、よろしくお願いしますね」

「娘のリディアです!お出迎え、ありがとうございます!」

 今日は妻リンダも次女リディアも、手持ちの中では軽快な服装を選んで着用している。先日の吾輩のアドバイスを取り入れてのことのようだ。

 リンダはこれまでより化粧も薄く、本人は恥ずかしがっていたが、むしろ若く見えるようになった。『貴族女性は白ければ白いほどいい』という妙な価値観に彼女も縛られてきたのだ。

「領主様~、ご連絡いただいてびっくりしちゃった~。あたし、みなさんに嫌われてると思ってたから~」

 いたずらっ娘のような目を向けながら、こちらの真意を値踏みしてくるラメンダ夫人。

「いやぁ、そう思わせていたなら、すまなかったね」

 謝る吾輩。たしかに、これまで吾輩は彼女の工房に便宜を図ることもなかったし、仕事を依頼することもなかった。

 正直に不義理の理由を話すことにする。これから大事な取引先になってもらう以上、誤魔化しても仕方がない。

「実はね…、本当に、情けない話なのだが、吾輩自身がファッション、服装や化粧の重要性そのものを軽視していたからなんだ。それで既成の業者優先のままになってしまっていたのが本当のところだ」

「あらあら~」

 しょうもない理由で軽視されていたことに、少しガッカリした様子のラメンダ夫人。

「奥様はいかがでしたの~?お洋服は王国工房製の上物をお召しでいらっしゃいますが?」

 王国工房。王都の三大工房の一つだ。モノは悪くはないが、この国の貴族伝統のスタイルで全体にゴテゴテしており、権威の象徴のような服である。地方領主や貴族に利用者が多いとされ、ひとまず値段が高い。

「私は領主の妻として恥ずかしくないものを…ってことしか考えてなかったから。王国工房以外のものは着たことがなかったの。

でも、華奢な黒髪の私に合う服装があるのなら、一度は着てみたいな…って本当はずっと思ってて…。夫もその方がいいって言ってくれたし…」

「いいっ!奥様!いいわっ!」

 突如、身を乗り出すラメンダ夫人。

「えっ…!?」

「その、いくつになっても持っている繊細で儚げな乙女心…!綺麗な肌に黒い髪。そっくりの娘ちゃんもいいね!」

「ラメンダ夫人!お母さま可愛いですよね!」

「そう!奥様は恋で綺麗になるタイプよっ!旦那様大好きなのねっ!」

「えっ…!あっ…、あの……はぃ…」

 妙にテンションの高いラメンダ夫人と、真っ赤になって俯くリンダ。

 話が脇道に逸れていきそうなので、吾輩が商談を進めるとする。

「じゃあ、お願いしていいかい?リンダとリディア、それにもう一人の娘クレアの服一式。普段着、寝巻き、外行き、礼装。それから、化粧品と下着も。

あとは使用人たちの制服も依頼したい。依頼リストはこちらで…」

 鞄から出した書類を夫人に手渡す。

「ええっ!そんな大口、いきなり任せていただいていいの?」

 目を丸くしている夫人。

「ああ、これまで軽視していた吾輩が言うのもなんだが、服装は大事だ。そもそも、王国工房のは高すぎるし、センスが気に入らない。それで今回、この量を、こちらの金額で依頼したいが、どうだろうか?」

 用意しておいた小切手を提示する。

「!!!!」

 腰を抜かすラメンダ夫人。

「ええっ!?これだけあったら、何でもできちゃいますよ!」

「うん、妻と娘たち、使用人たちも綺麗に仕上げてくれるなら安いものだ。任せられるかい?」

 何度も頷く夫人。

「最優先でやらせてもらいます!奥様、リディアちゃん、さあ入って!入って!あっ、領主様は?」

「吾輩は公務があるので、すぐに出る。あとは、よろしく頼む。リンダ、リディア、帰りは迎えを寄越すから、ゆっくり化粧の仕方も教えてもらいなさい」

「あっ、アナタ!」

 吾輩を呼び止める妻。

「ん…?なんだい?リンダ?」

「あの、早速ありがとう。…うれしかった」

「ふふ、君に喜んでもらえて吾輩もうれしいぞ。では、またな」

 リンダを抱き寄せ、おでこにキスをする。

 頬を染めて目をうるませる妻。ちょっと、この可愛い反応はくせになるな。

 キャーキャー言ってるラメンダ夫人と次女。

「な、なーに?領主様夫妻、ラブラブじゃない!」

「そーなんだよー!前からだけど最近すごくラブラブになったのー」

 すっかり女子高モードの女性たちを置いて、吾輩は馬車に乗り込んだのだった。
しおりを挟む

処理中です...