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両想い
38 完熟桜桃
しおりを挟む猫月の世界
その都は明治浪漫に憧れて華やかな雰囲気で統一されていた
街路には満開の桜がずらっと並んでいる
桜桃は、この光景を体ごとくるり見回してどこか懐かしくなった
エーデルワイスからのお手紙を読んで萌黄色のお城を久しぶりに訪れた
そこで殿様と再会した桜桃は目玉が飛び出そうなほど驚かされた
なんと、殿様は大きな猫が化けた姿だったのである
あらため新猫様は、エーデルワイスのように丸っこい、というよりでっぷりしていた
彼は恥ずかしそうにストレスと運動不足で太っちゃった、と言い訳してから思いを打ち明ける
仲間を救ってほしい、と揺るぎない眼差しで思いを託された
お釈迦様によって封印された猫さんは、また彼の正体を想像するプレイヤーも、皆が猫さんを孤独だと思っていた
しかし、現実は違っていたのだ
彼を心から思う仲間は目の前にいる新猫様に限らず、これまで時に対立して時に協力したあの猫研究同好会の皆さんもそうであった
そして、田中孝一も心のどこかで彼を求め始めていた、、、
さて、新猫様より支度金を三千コインも頂戴した
これもまた懐かしいね
新たな世界への扉を開く鍵を受け取った
思いを託されたからには必ず果たしてみせる
桜桃も現在では皆と一心、救いたいと願っている
ところで、早速決戦だ、とはいかない
子供達には子供達の日常があるからだ
約束の日まで、まだ数日ある
目的地へ転移するための扉を召喚する
木製で、花が飾られて趣向が凝っている
ノブを回して押し開くと、その向こうには広大な草原が広がっていた
そこへ躍り出ると、扉は背後で薄くなって消えた
桜桃は丘の上から世界を見渡す
森も川も桃色を帯びた山に峰がある
気温は優しい温かさで、そよ風に運ばれてくる若葉の匂いに、ふと和む
近くの木陰に腰を下ろすと、子供達と作った思い出を慣れた手つきで操作して表示する
このゲームにはバトルを録画できる機能が備わっている
さらに一場面を切り抜いて写真にして残すこともできる
併せてバトル以外の日常でも、桜桃は密かに写真や動画を撮って集めていた
なかには綾羽から送って貰ったものもある
それらをコツコツ編集したアルバムのページを、一枚一枚、丁寧に大切に振り返る
はや一時間が経った
わざわざ、よっこいせ、と唸って桜桃は立ち上がる
そして、満足そうに大きく深呼吸して
はればれ街道を散歩しながら帰路につく
道中、不思議と誘われるように街道から外れて丘の上までやって来た
またまた懐かしい
初心者だろう
鈴なりのプレイヤーが初期装備でマルピーを相手に奮闘する姿が見える
これから彼らもたくさんの試練を乗り越えて勇ましく成長するのだろうと思うと、ひとりひとりが輝いて見えた
ほっこりして笑顔になる
彼らに囁くようにエールを送った
「ふぁいと!」
しばらくして、賑やかなその場を離れて一体のマルピーと向き合った
そいつは猫耳みたいな尖った耳をもつピーマンのネコツキ
パプリカのようでもある
大きさは一輪車級で丸っこいのが愛らしい
桜桃は猫缶を置いてマルピーを召喚した
今からマルピーとマルピーを戦わせようと恐ろしいことを企んでいるのである
早速、おでこの上に見える「バトル!」の文字をハイタッチ
戦闘に入ると陽気な音楽が流れた
マルピーは、まるでゴムボールのように跳ねて体当たりする
二匹のピーマンが苦味を仄かに香らせて激突する
桜桃のレベルが遥かに高く、一撃で一体を倒した
報酬を得た案内表示は一瞥して、次のマルピーに挑む
なんと三体もまとめて狙ってきた
しかし桜桃は動じない
ピラジン!
桜桃が冷静に命じるや、虹色に輝くマルピーが必殺技を発動する
それは威力を増した疾風の体当たり
マルピーは矢継ぎ早に三体を打ち倒してみせた
よーしよしよし偉いぞ
よくやったなサボテンマル
親父は壊滅的なネーミングセンスでペットのピーマンにサボテンマルといかにも雑に名付けたのだが、それは取るに足らないことであろう
さて、寄り道を終えて都に帰った桜桃だが、程なくしてサブクエストを受け、またもや都から街道へ出た
仕事は行商人の護衛を選んだ
都の市場で行商人と待ち合わせて、牛が引く荷車に乗せてもらう
桜桃は懐かしいあまり年甲斐なくウキウキソワソワしてしまう
おたふく侍が腰を並べて、もへじろうは飛脚らしく並走した
あの日、確かそんな感じだったよなあ
と青空に浮かぶ雲を眺めて過去を振り返る
心地よい微風が向かいから吹いてきた
ポニーテールが上機嫌に揺れる
荷車は牛の気分に任せて、のんびりと進んでいく
やがて川を跨ぐ橋に差し掛かったその時、襲撃者が行手を阻んだ
以前、桜桃が大苦戦しながらも戦い方を学んだ大先生、グンタイコメだ
そいつは仲間を次々と呼ぶ
ゲームを始めたばかりのプレイヤーは倒しきれずにやられてしまうことが多い
でも桜桃はすっかり熟したベテラン
負けるはずがない
グンタイコメは、頭に猫耳らしく尖った二本の角を生やしただけと単純で、実に米と分かりやすい姿をしている
背丈は小学校低学年児童級
全てのネコツキに猫らしい特徴があったり、どこか愛嬌ある見た目だったりサイズが大人より小さいのが多いのは、子供が怖がりすぎないよう工夫した優しさである
桜桃は荷車から颯爽と飛び降りるやBランクの桃剣ヒナマツリという大剣を構えた
これはいつか、第三のミステリースポットへ向かう前に港町スカハマに立ち寄り、そこで受けた特別クエストの報酬に貰ったものだ
桜桃は上品に歩いてグンタイコメに近付く
前に戦った時に、威勢よく斬りかかって刃を弾かれたことは覚えている
だが恐れはない
今ここにいるのは、あの時の俺ではない
初めから本気を出す
指定された動作でスキル、雛霰を発動
パステルカラーの和風エフェクトを散らしながら易々と米を一刀両断した
ん?はっはっはっ
また増えたのか
たまたま近くにいたグンタイコメが騒ぎを聞いて寄ってきたようだ
振り返ると、もう六体に増えていた
本当に面倒な敵で、いわゆる初心者キラーとして有名である
でも桜桃はすっかり熟したベテラン
必勝の兆しが眩しい
まとめていくぞ、、、!
必殺技、雛嵐
緑、白、桃の花弁を散らして菱形を描く芸術的な斬撃
残るグンタイコメは五体となった
桜桃は決して焦らない
必殺技でまとめて倒したはずなのに残っていることに驚かない
疑問も抱かない
ただ心を無にして立ち尽くすのみ
ぴゃ
後ろから一匹のグンタイコメに小突かれて桜桃は前のめりに倒れてしまった
体力が1も減ってしまう
そこへグンタイコメ五匹、いや今は八匹に増えて畳み掛けてくる
ここでメッセージが届いた
娘の綾羽からだ
夜に待ち合わせしよう、という内容の連絡がきた
いつものことで短く返事を送る
さてと
十二匹に増えたグンタイコメに囲まれてボコボコに体当たりされても
砂を払い落ち着いた動作で優雅に立ち上がる
ふと、彼らが最高で五十まで増えるらしいことを思い出した
複数人で挑めば序盤のレベル上げに使えるとかなんとかだったかしら
ふふん、面白い
俺がとことん遊んでやる
そうして時間を浪費したことで約束の時間に遅刻してサブクエストは失敗に終わった
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