すみれの花笑む春

旭ガ丘ひつじ

文字の大きさ
13 / 19

名産、名勝

しおりを挟む
るる「いちごジュース美味かったわ」

すみれ「でしょ?実はね、タカラジェンヌさんに大人気のジュースなんだよ。差し入れされるくらいにね」

るる「あーそう」

すみれ「飲み物と言えば、コーヒーの町ここ宝塚には、日本最古のコーヒーチェーン店があったって知ってる?」

るる「黙って歩いて」

宝塚駅のすぐ近くに、かつてこの一帯が温泉街だったことを思い出させるホテルと旅館が集まっている。
フランスの彫刻家さんがデザインした緩やかに湾曲する宝来橋を渡っていると、川の真ん中で華やかに噴水が上がった。
思わず足を止めて、肩を寄せる。

すみれ「宝塚には温泉だけじゃなくて炭酸も湧いてたの」

ほっけ「温泉街や炭酸水の工場などがここらにあったわけじゃ」

すみれ「その当時から銘菓だった炭酸煎餅が現在も食べられるんだよ」

るる「観光ハラスメントやめて」

すみれ「そんなのありません」

るる「あと、楽しめハラスメントと散歩しよハラスメントも」

すみれ「ハラスメントハラスメントやめてください」

橋を渡り終えたところに本家、炭酸煎餅のお店がある。
菫は、どのサイズにしようかしら、と悩みながら観光ガイドを続ける。

すみれ「実は現在も炭酸は湧いてるんだよ。そこの旅館の裏あたりに親切な指差し看板があるの。向こうのナチュスパの横から河川敷に降りて」

るる「行かへん」

すみれ「じゃ、今度さんぽしようね」

るる「なんでやねん」

信号が青になった。
菫は黄金色の煎餅が詰まった袋を抱えて、横断歩道を駆け渡る。

すみれ「てけてーん!胃腸を仁王の如く強くする炭酸水!それオンリーワンの自販機です!故郷はもちろん、ここ宝塚!」

るる「宣伝いらんわ。あと砂糖入ってなかったら不味いだけの水や」

ほっけ「生粋のクレーマーじゃのう」

るる「生臭いから口閉じて」

ほっけ「小娘ー!」

すみれ「さ、寄り道するよ」

るる「えー帰ろうや」

すみれ「ふっふっふっ。とっておきもとっておき。伝説の名勝を見せてやるからついて来い」

二人はそのまま、左は崖で右は川が流れる一本道を奥へ進んでいく。
一昔前は歩道がなくなり車道だけの狭く危険な一本道だった。
やがて交通のため明治に貫通削岩したみかえり岩が現れる。
その向かいにあるのが丁字ヵ滝である。

るる「こんなとこあったんか」

すみれ「みかえり岩もそうだけど、宝塚八景て呼ばれてた名所なんだよ」

るるは設置されていた屋根付きの休憩所に腰を下ろして可愛らしい滝を見つめた。

るる「ふあ……涼しい」

これから始まる怒涛の観光ハラスメントに耐える為に脱力して気を落ち着かせる。

すみれ「名前の由来は縁起のいい丁子や長寿。ここ一帯のアレコレを縁起のいい名前にしようとしたことがあったの」

ほっけ「向かいには観光客の誘致の為に大正時代では珍しい鉄筋コンクリート製の、讃美歌から名付けられた千歳橋があり、寿楼という温泉旅館があった」

すみれ「そこのトンネルで湯の花が採れたんだって。でもね、宝塚は温泉の湧出量が少ないから温泉旅館は無くなっちゃったんだ。川向こうに源泉が残ってて泉水が一日に二回くらい湧いてるらしいから後で見に行ってみようね」

るる「やあ……」

ひめ「るるちゃん起きてあげてください」

すみれ「源泉と言えば、ここでも昔にボーリング工事が行われたの。でも失敗して、道具も何もそのままに放置で酷い有様。そこでね。地元の人がある日にボランティアでここの掃除と整備を始めたの」

ほっけ「今では休憩所が復活して、トンネル向こうには公園が出来た。いつか千歳橋も復活させたいとのことじゃ」

すみれ「この休憩所には茶屋があって、納涼で冷たいラムネや蜜柑水が飲まれてたんだよー」

菫はるるの機嫌を損ねないよう慎重に彼女を抱き起こして丁寧に誘導する。
滝壺から続く小川の一箇所、木の根元でヒキカエルの石像が熱い湯が出るよう願い見守っている。
二人はその傍らに肩を並べて屈んだ。

すみれ「ほら見て。カエルさん」

るる「だから何やねん」

すみれ「ここを最初に掃除して整備した、おじいさんが置いたものなの。あっこそこの案内もその人が置いたんだって」

言いながら菫は、唐突にるるの手を川に浸けた。

るる「冷た!何すんねん!」

すみれ「いひひ。匂ってごらん」

るる「っさ!くさ!温泉のあれや!」

すみれ「泉水は、分かりやすく言えば熱くない温泉」

るる「分かるかおら」

すみれ「いやー!ほっぺに塗らないで!」

るる「帰るで」

すみれ「カエルだよ」

るる「は?」

すみれ「え?」

二人はトンネルを抜けると公園で遊ぼうとする菫を引きずって先へ進み、日本一幅の狭い水道橋を楽しく渡って、結局わがままに付き合ってマンションの横道を通って寿楼源泉を観光して、やっとの思いで帰り着くことが出来た。

るる「あーしんどい!また付き合ってもうた!」

すみれ「そういうとこが好きだよ」

るる「黙れ。せんべい寄越せ」

もぐもぐタイム。
るるは素朴な味が気に入ったようで、煎餅をあっという間に平らげてしまった。
それでも続けて、乙女のおもちと元祖のやきもちと老舗のもなかをつまむ。

るる「だんだん暑なってきたなあ」

すみれ「そだねー」

るる「桜も、あっという間に散ったな」

すみれ「武田尾に桜の名所があるから、来年はそこに行こうね」

るる「約束ハラスメントやめて」

すみれ「温泉もあるよ」

るる「春はのぼせるわ。ほっけなんか茹で上がってまうぞ」

ほっけ「なるか!」

すみれ「茹でたホッケかあ……どんな味だろう……」

ほっけ「おいおい」

ひめ「ホッケの煮付けという料理がありますよ」

すみれ「いいね」

ほっけ「姫様まで」

るる「今日の夜はそれでええやん」

すみれ「そうしよっか。ほっけさん、レシピ検索しといて」

るる「お前の天然は恐ろしいな。サイコやん」

すみれ「サイコー?」

るる「ちょっとだけ同情したるわ」

ほっけ「お前さんの同情などいらぬ」

ひめ「では、ここは私にお任せください」

すみれ「じゃあ、今日は姫ちゃんにお願いするね」

ひめ「かしこまりました」

すみれ「るるちゃんはさ。料理できるの?」

るる「せえへん。したことない」

ひめ「子供の頃なら、お菓子作りを楽しんでいました」

るる「こら。個人情報漏洩やめろ」

すみれ「ゆめかわー」

るる「しばくぞ」

すみれ「なに作ってたの?」

ひめ「主にホットケーキを焼いていました。他にも、お母様と一緒にクッキーを焼いたこともあります」

るる「だから、人のプライバシーをペラペラ喋るなっちゅうねん」

すみれ「いいじゃん。これくらい」

るる「もっと危機何とかああせい」

ひめ「ごめんなさい」

すみれ「アバウトー」

るる「いま焼け言われても無理やからな」

すみれ「どうしてやめたの?」

るる「子供言うて小学生ん時や。誰だって成長したらやめるやろ」

すみれ「夢を諦めたパターンのやつ?」

るる「全然ちゃう」

すみれ「るるちゃんの子供の頃の夢は何だったの?」

ひめ「お姫様です」

すみれ「きゃ!ゆーめーかーわー!」

るる「姫、ええ加減にしとけよ」

ひめ「るるちゃんのこと、もっと知ってほしかったので、つい」

るる「自分のことは自分のタイミングで話す。ええな」

ひめ「分かりました」

るる「お前の夢は何やったんや」

すみれ「私?」

るる「そう。暴露されて気分悪いからお前も白状せえ」

すみれ「おけまる」

るる「調子乗んな」

すみれ「私はねーえーとねーえーとーえー」

るる「ほっけ」

ほっけ「菫と出会ったのは最近じゃから、わしは知らぬ」

るる「そやったな」

すみれ「くっ駄目だ……思い出せない……」

るる「嘘やろ?そんなことあるか?」

すみれ「なりたいものなかったもん」

るる「マジか」

すみれ「やりたいことが多すぎて決められなくて、ぜんぶ思い出せないくらい」

るる「あーそゆこと。お前らしいな」

すみれ「夢いっぱいでした!以上!」

るる「寄るな暑苦しい。あと声のボリューム落とせ」

すみれ「夏になったらクリーンセンターの近くにある大きいプールに行こうね」

るる「今も夢いっぱいやないか」

すみれ「そうだね。やりたいことたくさんあるよ」

るる「じゃ、好きに全部やったらええ」

すみれ「るるちゃんは?やりたいことないの?」

るる「何もない」

すみれ「見つかるといいね」

るる「そやね」

すみれ「きっと見つかるよ」

るる「暑苦しいっちゅうねん。ポジティブハラスメントも禁止」

すみれ「やだ。今日は、このままお昼寝しちゃお」

るる「ちょ!きもい離れろ!お前体温高いねん!ああっー!」

すみれ「うるさいなあ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

沢田くんはおしゃべり

ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!! 【あらすじ】 空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。 友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。 【佐藤さん、マジ天使】(心の声) 無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす! めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨ エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!) エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848

下宿屋 東風荘

浅井 ことは
キャラ文芸
神社に憑く妖狐の冬弥は、神社の敷地内にある民家を改装して下宿屋をやっている。 ある日、神社で祈りの声を聞いていた冬弥は、とある子供に目をつけた。 その少年は、どうやら特異な霊媒体質のようで? 妖怪と人間が織り成す、お稲荷人情物語。 ※この作品は、エブリスタにて掲載しており、シリーズ作品として全7作で完結となっております。 ※話数という形での掲載ですが、小見出しの章、全体で一作という形にて書いております。 読みづらい等あるかもしれませんが、楽しんでいただければ何よりです。 エブリスタ様にて。 2017年SKYHIGH文庫最終選考。 2018年ほっこり特集掲載作品

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...